第六話 稲葉山から岐阜へ
書き直し前の9,10話を約5000字にまとめました。
もう少し長くしようか悩みましたが、キリがよく出来たので2話分のまとめにしました。
★竹中半兵衛
永禄十年七月、そろそろ浅井家に来て一年が経つ。何度か、浅井長政様とお話する機会を得られたが、かつての道三様と同じぐらい、いやそれ以上に面白い方だ。彼が完全に浅井家の実権を握れていたのであれば、今頃近江を統一していてもおかしくない実力を持っていると私は思う。
「半兵衛殿、殿がお呼びでござる」
私に声をかけたのは遠藤直経と呼ばれる長政様の重臣だ。彼は、浅井の中でも親織田派の方で、長政様にも大事に扱われている。そんな彼も元々は信長様と同盟を結ぶことに反対だったらしい。ただ、長政様の話が分かりやすかったからか、織田と手を組む意図がよくわかり、今では長政様のよき理解者となっている。
「わかりました、すぐに向かいます」
さて、今日はどんな話をしてくださるのだろうか。
部屋に入ると先に長政様が座られていた。
「半兵衛殿、わざわざ呼んで済まないな」
「いえ、長政様とのお話は私にとって為になるものばかりですから、寧ろ読んで頂けて感謝しております」
「そうか。それならよかった」
そう言いながら、懐から書状を出して私に見せてきた。
「これは?」
「義兄上からの書状だ。もうじき、稲葉山城を攻めるらしい。墨俣、西美濃三人衆の調略が成功した今、もう斎藤が義兄上に抗う力は残っていないだろう」
「そうでしょうね。かつて、蝮の力で成り上がった斎藤もこれまででしょう」
「そうなると、半兵衛殿の役目もこれまでか?」
驚いた。もしやしなくても私がここに来た理由が既に知られていたか?
「あ、勘違いしないでほしい。別に俺としては半兵衛殿がこの先どう生きようと構わないし、殺すつもりも何もない。ただ、半兵衛殿が織田の木下秀吉と密に書状を送りあっていると聞いてな。もしかしたら、秀吉に仕える気があるのかと思ったんだ」
半分その通りだ。だが、私も秀吉殿と同じく織田家に仕えたいと最近思えてきた。最近は、時間があれば菩提山城に行き、孫子の兵法を弟の久作にところどころ解説してもらいながら読んでいるらしい。ただ、久作の教え方よりも私の教え方の方が上手だと手紙に書いてあった。そこまで言ってもらえるとは、お世辞でもうれしいものだ。
そんな彼と、私は織田家で共に目指す世のために力を尽くしたいと思ったのだ。彼と手を組めばきっとこの乱世を終わらせることが出来る。だから、稲葉山城が落ちたらすぐにでも秀吉殿に話そうと思っていた。
「実は、私が浅井家に仕えた理由は、彼に今の浅井家がどうなっているのかを調べてほしいと頼まれたからでして、仰る通り稲葉山城が落ちたら長政様に報告して織田家に仕えようと思っていたのですが」
「出来れば、もう少しだけ浅井家に残ってもらいたかったが、義兄上の天下に近付くためには其方の知略は必ず必要になるだろうからな。短い間だったが、色々教えてくれてありがとな」
不思議な御方だ。普通ならば、そこまで分かっていて快く送り出す人はいないだろう。何故この御方は……と思ったら長政様が先に口を開いた。
「半兵衛殿も一年間浅井にいてわかっただろう?今の浅井では、天下を狙うことが出来ない。お荷物……と言ったら失礼だが朝倉には過去の恩がある以上、簡単には見限ることが出来ない。ただ、今の織田家が斎藤を滅ぼした後、敵対しても朝倉と二家で勝てる見込みもない。だから今は中途半端に両家と同盟を結んでいるが、この状況も義兄上が上洛したらきっと変えざるを得ないと思う。きっとその時には織田に付くか、朝倉に付くかで家中は真っ二つに割れるだろうな」
そこまで、現実的に考えることが出来ているとは。やはり浅井長政は只者ではないな。頷いた後、私も続ける。
「これほど優秀な人材が揃っているのに家中が一つにまとまっていないのは確かに私も感じていました。ですが、貴方なら……いえ、貴方たちなら、一つにまとめられると思います。浅井家が滅びないためには、織田家との連携が必須であることを上手く伝えられれば、浅井家はきっとこの乱世を生き延びれる」
「皆の心を一つに、か」
「間違っても、斎藤家や武田家のように親子で争ってはいけませんよ」
「わかっている。争う時間があったら、もっと先に役立つことを行うべきだ」
「貴方のような人に、もっと早く出会っていたら私はずっと浅井家に仕えていたかもしれません」
「戯れを。ただ、そこまで言ってもらえて俺も嬉しい」
そう言って長政様は右手を差し出した。
「お互い、頑張ろうな。互いの理想の世のために」
「はい。本当にお世話になりました。ここまで分かっていても雇って頂けた御恩は忘れません」
そう言って、長政様の右手を握った。そしてもう一言。
「仮に何かの間違いで貴方と信長様が敵対関係になったとしても、絶対に貴方の命を救います」
そう言うと、長政様は両目を大きく開いた。ただ、すぐに元に戻り、私の右手を握り返した。
「そうか、流石は日ノ本一の軍師……あ、いや何でもない。達者でな!」
日ノ本一の軍師?私はまだ軍師じゃ……気にしないでと言っていたから特に反応することはやめよう。
★堀久太郎
永禄十年八月、西美濃三人衆の御三方が、人質を受け取ってほしいと信長様に書状を送ってきた。信長様は、村井貞勝様達を、人質の受け取りに向かわせた。同時に、井ノ口まで軍を率いて斎藤家との戦いに決着を付けようとしている。
そんな戦で僕、堀久太郎秀政は初陣を迎えることになった。正直僕は武芸が苦手だ。同世代の中でも一番か二番に腕に自信がない。どちらかというと頭を使う方が得意なのだ。だけど、信長様は今回、お前の初陣を勝ち戦にするために連れて行くと言って無理やり……と言ったら失礼だけど連れて来させられた。信長様の戦をこの目で見させていただけることは嬉しいけど、いざ戦場に行くとなると武者震いが止まらない。
「さて、どうやって龍興を閉じ込めようか」
閉じ込める?籠城戦になるのかな?
「そう言えば、蝮殿は元々油売りだったな。よし、城下町を燃やすぞ!火をつける準備をせよ!」
城下町を……燃やす?城下には、沢山の商人がいるはず。まさか、その人たちを犠牲にしようとか考えてないよね…?
「久太郎、そんな目をするな。時には鬼にならなくてはならない時もある」
「信長様……流石に民を巻き込むのは厳しすぎます。もっと違う手は無いのですか…?」
思わず、聞いてしまった。しかし、信長様は怖い目をしながら話し始める。
「駄目だ。善だけでは日ノ本を治めるなど無理に等しい。だから、俺はどんなに悪いことだと分かっていても全てを変える魔王として、手を下さねばならぬ」
そう言って、この場を去っていった。
本当に、このやり方が効率良いと言えるのだろうか……。
その日のうちに、稲葉山城下は火で覆われた。こんな炎、見たことがない。横を見ると兵士たちも震えながら様子を見届けていた。ただ、常識外れなことをするから、信長様はここまで強いこともわかった。僕はこの先、この御方をどのような目で見ていくことになるのだろうか。
八月十四日、信長様は鹿垣で稲葉山城を囲むように指示を出した。その日のうちに、囲むことに成功し、斎藤側の戦意を消失させた結果、翌十五日に降伏に追い込むことに成功した。
「しかし、龍興には逃げられたか。まあ、ここまで来たらどこに逃げても重用されることはないと思うがな」
「良かったではないですか。ようやく、美濃を統一することが出来たのですから」
「久太郎は全て良い方向に考えるよな」
「いけませんか?」
「いや、それがいいんだ。お前はずっとそのままでいい」
褒めて貰えたのかな?それとも皮肉が入っているのかな。
☆
信長様による稲葉山城攻略から、二週間が経過した。父上が帰ってきてすぐ。前田家は稲葉山城下に引っ越しした。隣の木下家も一緒に引っ越しし、またお隣同士関わっていくことになった。
引っ越したからと言ってやることは特に変わらない。毎日武芸と学問に励み、たまに木下家に遊びに行く。これが今の僕の日課だ。
引っ越した時は城下町はほとんど機能していなかったけど、一週間ぐらいで最低限の復旧が完了した。そんな街に父上と姉上と遊びに行くのも楽しい日課の一つだ。そういえば、十月に、加納の街で楽市楽座を始めるそうだ。楽市楽座は、確か組合による独占を禁じ、税や関所を廃止し、自由に商売できることだったはずだ。そうすることで、街に人を集め、金を回し、集めた金で復興を進めようと信長様は考えているのだろう。加納は近所だから、楽市楽座が始まったら、どういう仕組みになっているのか見学に行きたい。
それから先日、井ノ口から岐阜にこの地の名前が変わった。それに伴い、稲葉山城も岐阜城と名を改めることになった。未来では岐阜県と呼ばれる理由は信長様がこの地を改名したからということをこの時代に来て初めて知った。毎日、色々なことを学べてこの時代に来てよかったって改めて感じた。…感じた?いや、数年後には元服して戦に出て討死する可能性が出てくるけど、それでも前世に比べたら今のところ楽しく生きることが出来ていると思う。
今日も鍛錬が終わったので、隣の木下家に遊びに行く。
「お、元気そうだな犬千代」
「こんにちは、秀吉様。暑い中、草むしりご苦労様です」
「応よ!にしても本当に暑いな。お前も水分補給忘れるなよ」
そう言いながら、水を飲む。美味しそうに飲んでるね。父上もだけど、この時代のおじさん……は失礼か。お侍さん?は皆美味しそうに水を飲む。こんなに水を幸せそうに飲む様子を現代の人たちにも見せたい。(見せて何か起こるかと言われればそこまでだけど)
「御免下さい、木下秀吉殿はいらっしゃいますか?」
「おいらならここに……って半兵衛殿!?」
半兵衛?半兵衛と言ったらあの竹中半兵衛?
なんて考えながら振り向いたらまだ若い男の人がいた。彼が、あの竹中半兵衛なのか?
「お久しぶりです。稲葉山……今は岐阜でしたね。岐阜に引っ越しされたと聞きましたので信長様にご挨拶して、貴方の家の場所を教えてもらいました」
「信長様に挨拶?つまり、それはもしかして?」
「はい。私、竹中半兵衛は本日付で織田信長様にお仕えすることになりました」
本当に、竹中半兵衛なんだ!この時代、一番活躍したと言われている竹中半兵衛には一回会ってみたかったんだよね。出来れば、色々兵法とか教えてもらいたいな。
「そうか!これからは、半兵衛殿と一緒に戦うことが出来るんだな!頼もしい味方が増えた!」
「私も、これからは秀吉殿のお手並みを拝見させていただきますよ」
「おいらなんてそんな大した男じゃないぞ?けど、そう言ってもらえるなら有難い!」
「ところでそちらの子は?」
僕のことだよね?普通に話していいのかな?
「隣の前田家から遊びに来ています。又左衛門利家が子、犬千代と申します」
「犬千代は俺より賢い子だ。数年後には俺や利家殿より先に出世していてもおかしくない知識を持っている」
「秀吉殿にそこまで言わせるとは。ただ、その目は確かに何かを感じますね」
僕はそこまで賢いわけじゃないですよ。
この人が後に秀吉の右腕として後世に名を残すことを僕は知っている。彼にお願いしたら、織田信長に仕える前に基本的な兵法とか知っておいた方がいい知識を学べるかもしれない。
「半兵衛様に、お願いがあります」
「何でしょう?」
「貴方の下で、沢山のことを学ばせてください。将来、織田信長様に仕える時に、少しでもお役に立てるようになりたいのです」
「今まで弟子を取ってなかったけど……君ならいいか。わかりました。いつでも、私の家に来ていいですよ」
「本当ですか!これからよろしくお願いします、半兵衛先生」
「ず、ずるいぞ!おいらも半兵衛殿の弟子に―」
「貴方は弟子じゃなくて友達ですよ?」
「え?……本当か!ありがとう、半兵衛殿!」
「そうじゃなかったらわざわざ今日中に訪ねませんよ」
「聞いたか、犬千代。俺は半兵衛殿の友達だからな!」
「良かったですね」
「お、おう」
何で反応に困っているんだろう。もしかして僕が嫉妬するとでも思ったのかな?もうちょっと悔しそうな返事をすればよかった?
父は前田利家、知り合いに後の豊臣秀吉、そして師匠が竹中半兵衛か。ここまで有名な方が周りに集まるこの環境はもしかしなくてもチートかもしれないって今更ながらに気づいた。そして未来の主君は織田信長。彼にも多くのことを学ばせてもらうことになるだろう。多くの人との繋がりを大切にしながら、この乱世を生き残れるように頑張ろう。
浅井長政を書き直し前より早めに出しました。その分、出会いパートをスッキリさせることが出来たのでこれはこれでありだったのかなと思います。
久太郎は最初から僕が一人称だった設定に変えました。次の話であの件をカットするためです。
犬千代視点では秀吉と上手く関われているように見えるのに、秀吉視点(第五話参照)だと、結構危うい感じに見えるのはわざとです。あえてこうしています。
次回で出来れば11~14話をまとめる予定ですけど、この調子だと8000字を超えそうなのでどうなるかはわかりません(笑)また、一か月ぐらい空くかもなという感じで待っていただけると有難いです。
二話連続で沢山のいいねありがとうございます。まさか、ここまで伸びるとは思わなかったので頑張って一週間以内に次話を書き切りました。今後も伸びたら少し早めに更新するかも(不確定ですが)