第四話 墨俣城を奪う一手
しばらく空いてしまい申し訳ございません。
不定期更新に変えましたが、やはり時間が空くと申し訳ないと感じます。
またまた加筆修正しました。と言っても700字ぐらいですけど(それでも多い)。
書き直し前の7話と読み比べてみると結構書き換えたことが分かりやすいと思います。
河野島の戦いから数週間が経ったとある夜、風呂から上がってそろそろ寝ようかと思っていた時だった。
「こんばんは、又左はいますか?」
突然、玄関から声が聞こえた。聞き覚えがない声だ。父上は今、秀吉様の家に飲みに行ってるからいないんだよな。母上は姉上の髪を梳かしていたから今出れないよね。僕が出ますか。
「父なら、隣の秀吉様の家で飲んでいると思いますよ」
「これは、犬千代殿。お久しぶりですな」
誰だかわからないけど、話からしてここに来る前の犬千代はあったことがある人か。大事そうな話だから僕が出たらまずいと思い、母上に目でサインを送った。母上は姉上に、すぐ戻るからねって言いながら玄関に向かっている。
「丹羽様!今日はどうされましたか?」
丹羽というと丹羽長秀のことかな?丹羽長秀と言えば、織田四天王の一人で、信長から何でもできるって賞賛された人だったはず。
「まつ殿、元気にしておられたか。実は、又左と少し話をしたかったんだが…」
「何か急用という感じですか?」
気になったので聞いてみた。
「実は、先日佐久間信盛殿が墨俣城を攻略するように命じられたのですが、斎藤家の奇襲に遭い、失敗してしまったのです」
佐久間ってこの間の戦でも頓珍漢なことを言っていたって父上が言っていたような…。少なくとも攻城戦に向いていないんじゃないかな、多分。
「それで父に頼もうと?」
「佐久間殿よりは上手くやってくれると思ったのですが…」
父上が得意なのは野戦なんだよな。でも、僕が知っている人の中で攻城戦に得意な人は……いるじゃん。それも隣の家に。
「それでしたら、お隣の秀吉様はどうでしょう?彼は頭がすぐ回りますから誰にも考えられない策で城を落とすかもしれませんよ」
「藤吉郎か。…それは名案だ。ふむ、一旦殿にも話をしてから改めて尋ねるか。ありがとう、犬千代殿」
「犬千代で構いませんよ。私の方が歳下ですし」
「又左よりも賢いな、其方は。到底その歳で言うこととは思えなんだ。夜分に失礼しました」
そう言って丹羽長秀らしい人は帰っていった。礼儀のいい人だ。あの人も信用していい人だと思う。
「せっかくの手柄を秀吉様に譲るなんて…」
母上が少し驚いている。でも、何となくは理由が分かっているから怒ってはいなさそうだ。
「父上は大きな戦の方が得意ですからね。それに、このお役目を成し遂げて秀吉様が仮に出世したとしても父上と秀吉様の絆は簡単には切れませんし」
「それはそうだけど…」
「…僕は家族皆が生きているだけで幸せです」
「…そうね」
慣れないことして討死したなんて知らせを受けるぐらいなら、得意な戦で活躍して帰ってきたという知らせを聞く方がいいよね。
★織田信長
夜遅くだが、五郎左(丹羽長秀のあだ名)がどうしても話がしたいということで布団を敷きながら聞くことにした。
「珍しいな、こんな時間に訪ねてくるなんて」
「夜分遅くに失礼します。墨俣の件ですが」
「ああ、そう言えばお前に任せていたな。誰かちょうどいい者が見つかったか?」
「はい。木下の藤吉郎がよろしいかと」
ほう、秀吉か。確かにあいつは頭が回るし、人脈も広い。佐久間よりも上手く行くかもしれないな。
「わかった。では、秀吉に任せるとしよう。明日、伝えてくれるか?」
「はっ。…それと、実はこの話は私だけが考えたわけではありませぬ」
「ほう?」
「…又左の子の犬千代が考案したものでございます」
又左の子?そう言えば四年前に生まれたとか言っていたな。
「とてもではありませんが、私と話している時の彼の話し方は年相応ではなかったと思います」
「五郎左がそう思うということは見込みがあるということか」
「多分ですが、久太郎とも相性が合うと思います。早めに信長様の元で育てるのも―」
「それを決めるのは俺でもお前でもなく、又左だ」
しかし、五郎左にそこまで言わせる犬千代という子は何者なんだ?一度会ってみたいが…今は美濃攻めに集中するべきだな。
「出過ぎた真似を」
「良い、今日はもう帰れ」
「はっ」
又左の子、犬千代。俺の楽しみが一つ増えた。
翌朝
☆
朝食を食べ終わり、今日も隣の木下家に遊びに行く。
「おはようございます、秀吉様」
「おはよう、犬千代。朝から元気だな」
「秀吉様には元気負けしますよ」
「やめてくれ、俺が恥ずかしくなる!」
「誉め言葉ですよ」
「そうか?」
最近はこんな会話が出来るぐらい、秀吉様と仲良くなった。出来ればもう少し子供らしく接したいけど中々難しいんだよね。
「御免!藤吉郎はいるか?」
昨日、うちにきた丹羽様と呼ばれる人が来た。すぐに秀吉様も営業モードに入る。
「丹羽様、朝から何の用でしょうか?」
「驚かないで聞け!明日から墨俣城奪取の大将に其方を任じる」
あの後、正式に決まったんだ。良かったですね、秀吉様。
「え、おいらが?」
「そう。お前がだ」
「し、しかし本当に私めでよろしいのですか?滝川様や柴田様もいるのに…」
「柴田様は今、御坊丸様の教育役として毎日忙しい。そして一益殿は別の任務が入っていて手が回らぬそうだ。…私はお前ならきっと役目を果たしてくれると信じている。どうだ、藤吉郎。やってみないか?」
「うーん、そう言われましても」
「失敗は恐れるな、そう教えてくれたのは誰でしたっけ?」
「小一郎!」
秀吉様の弟の秀長様だ。
「らしくないですよ、兄上。いつもとんでもないことをやって成功しているのに今回は自信がないんですか?」
「…!」
「そうだよ、お前様!お前様ならきっと上手くいくよ!」
ねね様も来た。
「ねね……決めました。丹羽様、その役目俺にお任せください。期待通りに…いや、期待以上の結果を出して見せまする!」
「わかった、殿にもそう伝えよう」
「これであの時の借りを返すということでよろしいですか?」
借り?二人だけの話かな。
「上手く行ったらな。困ったことがあったら何でも私に聞いてくれ。健闘を祈る」
そう言って、丹羽様と呼ばれる人は帰っていった。僕も今日は帰ろうかな。父上にも今あったことを話してこよう。
数日後
★木下秀吉
命じられた当初は何がどうなっているのかよくわかっていなかったけど、数日経ってようやく作戦を考えられるぐらいには状況を整理することが出来た。
「さて、小一郎よ。二人で城を奪うことは出来んよ」
「当たり前です。まずは人を集めるところからですね。でも、誰に頼みましょう?」
「それならいいところがある」
「いいところ?」
かつて、俺がお世話になったあの人ならきっと助けてくれるはず。
蜂須賀亭
「兄上、ここは?」
小一郎にとってはきっと知らない場所だ。まあ、何度か話をしたことはあるけど。
「小六殿~!いるなら返事してくだされ!」
「小六?」
あれ、話してなかったっけ?俺が駿河に行った時の話。と思っている間に大男が家から出てきた。
「この声は藤吉郎か。元気か?」
「おかげさまで元気にしていますよ。おや、小六殿はもう御年ですかな?」
「そうそう。もうお爺さんの歳に……って俺はまだ四十だ!」
この呆けと突っ込み……昔から変わらないな、小六殿は。
「ん?そこにいるのは」
「ああ、小六殿には会わせたことがなかったな。こいつはおいらの弟の小一郎秀長だ。小一郎って呼んでやってくれ」
「小一郎か。俺は蜂須賀小六郎正勝だ!小六と呼んでくれ!よろしく!」
「よ、よろしくお願いします」
明らかに圧倒されてるな。そして雑だな。でもこれが小六殿のいいところなんだよな。さて、改めて要件を言いますか。
「それで、小六殿にお願いがありまして」
「頼まれる前から嫌な予感がするな」
「まあ、ある意味当たりですね。実は、今度の墨俣城を奪う役目においらが任命されまして」
「本当か!あの小物時代からは大出世だな」
「そうなんですが……人手が足りなくて」
「ようは俺たち川並衆の力を貸せってことだろ?別にいいぞ。旧知の仲だからな」
え、そんなあっさり?
「その代わり、無駄死にするような作戦はやめてくれよ。俺たちだって不死身なわけじゃないんだから」
「わかってます!ありがとう、小六殿!」
「こらこら、藤吉郎!三十手前のおじさんが俺に抱き付くな!」
「おいら、もう三十になりましたよ?」
「なおさらだ!」
横を見ると小一郎が明らかに引いてる目で俺たちを見ている。まあ、無理もないか。三十と四十のおじさんがこんなことやっていたら誰だって引くよな…。
二日後
今日から作戦を実行する。まずは、小一郎と小六殿と三人で墨俣の様子を確認する。
「ここが墨俣…川を上手く使う作戦も考えられそうですが」
「そんな作戦をするなら人をもっと集める必要がある。小六殿、用意できる最大人数は?」
「五十だな。そんなに多く連れてきても敵にばれそうだからな」
「ということだ。とりあえず、俺が考えた作戦を始めていこうか。弓を借りるぞ、小六殿」
そう言いながら書状を矢の先の方に縛って準備をしていく。
「これで良し。小一郎、あの壁に向かって射抜け」
「え?あ、はい」
そう言って、小一郎は墨俣城の城門の少し横に一発で矢を放った。これで一つ目の仕掛けは完了した。さて、墨俣城兵はどんな反応をするかな?
夜
墨俣城に動きがあった。城門から兵士が何人かの首を持って出てきた。
「作戦成功だな」
「…一体どんな仕掛けがあったのですか?」
「あの書状には、お前たちの中に織田への内通者がいるぞという内容を書いただけだ。勿論、実際にはいないんだがな。今の様子を見る感じ、城兵は偽報にまんまと騙されるぐらい弱り切っているんだな」
呆然とした目で小一郎は俺を見ている。こんな作戦を思いつくやつ、おいらぐらいしかいないだろうな。
「次はどうする?」
「小六殿は明日の朝までに五十人をこの場所に連れてきてくれ。小一郎は事前に持ってきた旗を準備してくれ。俺はもう一枚偽の書状を作る」
急がず、着実に。これが俺のやり方だ。
翌日
二日目に入った。俺と小一郎は農民の姿に変装して墨俣城の城門前に来た。
「なぜ、ここに農民がいる。ここには来てはならぬと言われているだろう!」
「申し訳ございませぬ。ですが、今朝起きたら家にこんなものが刺さっておりまして」
言葉遣いが甘いな、小一郎は。今はへぼい斎藤家だからいいけど最盛期の斎藤だったらばれてたかもしれないぞ。これじゃあ武士と思われる。
「これは、書状?」
「中身を見たのですが、おらたちにはよくわからない内容でして。是非、お殿様に見てもらいたいのでござます」
「…わかった。其方らには後で褒美を出してもらおう。殿にはわしから伝えておく」
よし、上手く行った。とりあえず、戻ろう。
「では、失礼しますだ」
昨日から様子見に使っている場所まで戻ってきた。
「こんなに上手く行くとはな」
「兄上、農民としても生きて行けそうですね」
「そうか?」
なんて話している間に墨俣城から法螺貝が鳴り始める。
「な、何が起きているのですか?」
「書状の内容は西から浅井が攻めてくると書いておいた。様子を見る感じ、奴らは籠城するつもりだな」
「え、でも浅井様はそのことを―」
「まさか。ここで長政殿に迷惑をかけるわけにはいくまい」
「藤吉郎!こっちも根回し終わったぞ!」
「わかった!夜まで皆待機!今夜、決着をつけるぞ」
絶対に成功させる。焦るな。相手の方が焦っている。焦らなければきっと上手く行く。
夜
墨俣城兵が城門から出てきた。ということは西から奴らが近づいてきたってことだな。
「…西から近付いてきたのはもしかして同じ斎藤勢?」
小一郎がそう呟く。……何でわかったんだ?
「よくわかったな。旗は浅井の家紋を使っているのに」
「浅井様は今、美濃攻めに手を貸せる余力はないはず。そうなると今、西から向かってきている軍勢は多くの兵を溜めこんでいる大垣城の兵ぐらいしかない。恐らくですが、兄上が小六殿に命じて、昼間のうちにこっそり旗をすり替えさせたのではないですか?」
「当たり!一か八かの賭けだったが見事に引っかかってくれたな。昨晩、墨俣と大垣の両城を川並衆の皆に視察してもらったんだが、どっちの城もかがり火さえ炊いてないんだ。こんなに暗くなってからじゃ、旗が本当に斎藤のものかわからないだろうに」
「つまり、兄上の狙いは同士討ちの間に両城の大将の首をあげること?」
「そういうこと。まあ、簡単だろ?」
「いやいや、逆に難しくなってますよ。同士討ちの間に入るのはとても」
「何のために最初に城兵を殺させたと思う?」
「城兵の人数を減らすため……まさか!?」
「死体から甲冑だけ拾ってきた。ざっと20個な。多少、血がついているが気にしないよな?」
「まあ、気にしませんが……だとしても途中で入ることはあまりにも危険です」
「墨俣からの伝令です!とでも言いながら入ればばれない!」
我ながらよく考えた策だと思う。人は焦っている時はよく確認しないで外に出てくる癖がある。これをおいらは上手く利用できないかと考えたわけさ。
「皆、気合い入れろよ!ここで必ず決着をつけるぞ!」
「応!」
俺の予想通り、墨俣と大垣の城兵が向かい合って戦闘を開始している。
「来ました!浅井の兵です!」
「行くぞ!」
「お、おい!目の前に織田が来てる!」
「あの旗の数、3000はあるぞ。」
「えーい!まずは織田信長を討ち取ってからにせよ。城兵は後からでも助けられ…」
「大将様!大丈夫で…」
「何が起こっている!わしは味方ぞ!下が…」
「退け!大将が死んだ!逃げろ!」
何が起こっているのか、よくわからない。ただ一つわかったことがある。大垣城主がどさくさに紛れて討たれた。となると作戦を変えた方がいいな。
「作戦二に変える!」
「わかった!」
この混乱している中なら、墨俣城主を討てる!
大将がいそうな陣に着いた。恰好からしてあの者が墨俣城主だろう。よし、声をかけるか。
「城主様、お助けくだされ」
「なぜ、昼に会った民がここにいる」
城兵の一人がそう叫ぶ。そう。実はまた俺と小一郎は農民に変装してこの陣に来た。まずい、ばれるか?と思ったら城主が口を開いた。
「ほう。昼に書状を届けてくれたのは其方らだったのか。助けてほしければまず我らを助けてくれ」
何を言っているんだ、この大将は。どうしてそんな考えが出来る?まあ、こちらとしては逆に利用させてもらうけど。
「はい。大好きな城主様と一緒に戦えるなんて光栄でございます。それでは……覚悟せよ」
喋りながら正体を見せ、城主の首元に刀を近づけ動けなくした。
「き、貴様!何奴!」
「おいらの正体?織田家家臣、木下藤吉郎秀吉だ!その名を覚えておけ!」
「なっ、おのれおのれおのれ!」
動いても逃げられないよ。お前の味方は唖然として腰を抜かしてるから。そして、今の俺はもう誰にも止められない。
「城主殿、降伏せよ。降伏すれば命は取らぬ」
「黙れ!わしは織田には降ら…」
小一郎が話している間に俺が城主の首を落とした。血が噴き出てくる前に蹴っ飛ばして横にいた城門を守っていた兵にぶっかけた。斎藤の兵は相変わらず腰が抜けたままだ。
「墨俣城主の首を討ち取ったり!これより、お前たちは自由の身だ!降伏するならここにいてよし!斎藤のために尽くすのであれば大垣城にこのことを伝えてこい!」
そう言ったら、斎藤兵は全員西へ逃げて行った。誰一人、降伏しないとは……残念だ。
「勝鬨を上げましょう、兄上」
「そうだな。これにて墨俣城を乗っ取ったり!鋭鋭応!」
「鋭鋭応!」
★織田信長
小牧山城内を散策していたらどたばたと足音が聞こえた。誰かと振り返ったら五郎左が笑顔で近づいてきた。
「如何した、五郎左」
「藤吉郎が墨俣城を落としました!それも僅か一夜で!」
秀吉に任せて正解だったな。それにしても一夜か。一体どんな手段を使ったのやら。
「流石は秀吉。俺が見込んだ男だ」
「さて、この後はどうしましょう?」
「佐藤忠能らも我らの味方に付いた。次は西美濃三人衆を味方に付けたいが……また、秀吉に任せるか」
「承知いたしました。彼の疲れが取れ次第そう伝えましょう」
また一歩、こうして天下に近づけたな…。
★???
「兄上、墨俣城が落ちました」
「そうですか。もう斎藤も御終いですね」
「落とした織田の将は木下秀吉という者だそうですが……何と五十人で城を落としたとか」
五十人?あの城を五十人で落とすなんて不可能に近い気が……何て言う私も稲葉山城を十六人で落としたことがあったっけ。
久しぶりに話に興味を持った。
その後の話も聞いたが、とても私には実行できない作戦だった。
変装、同士討ち、虚報。思い付きはするもののいざ実行に移すとなると難しい。それが五十人なら猶更だ。
それを実行に移せる秀吉とはいったいどのような男なのだろうか。
そして、彼と手を組めば私の夢も叶うかもしれない。
木下秀吉。一度話してみたい男だ。
書き直し前にも書きましたが、墨俣城は一夜で建てたという逸話が有名ですが、実はもともと建っていたという説も有力なんですよね。
なので今回は、城を乗っ取ったという説を採用しました。
少しだけ信長のシーンを増やしました。この頃から犬千代に興味を持ち始めた設定に変更したかったので。
秀吉と秀長の性格も少しだけ修正しました。この方がネガティブ感少なくて良いかなと思ったので。
最後に出てきた男の正体は次回分かります。(話の内容から誰だかすぐ特定されそうですけど)