180 立花統虎と鍋島直茂
二月十四日 豊前国 小倉城
九州に帰ってきた。まさか、人生で二度、九州に来ることになるとは思ってなかったな。ん、あれは、官兵衛殿と長政だ。
「孫四郎!無事だったんだな。知らせを聞いた時は心配したぞ。」
「何とか、元気ですよ。官兵衛殿も元気そうで何よりです。」
「…荒木殿に捕らわれた時にもう無茶はしないって決めたからな。状況は違えど、お前もわかっただろう?」
「そうですね。…もう、味方があんなに死ぬ戦はしたくないです。」
「…珍しいな。お前がそんな感じで喋るなんて。」
「父上、掘り下げない方がいいこともありますよ。」
「…そうだったな、すまない。」
「いえ、お気になさらず…。」
駄目だ、やっぱり引きずるね…。こんな時、先生だったら何て言うかな…。
「官兵衛殿、この地図を見てほしいのですが…孫四郎殿。生きていたのですね。」
懐かしい声。覚えていますよ、貴方のことは。
「小早川隆景殿ですよね。何とか、生きてますよ。もう、あれから十六年経つのですね。…本当に十六年経ちました?あの時から全く姿が変わっていないように見えますけど。」
「鍛錬と食事の栄養を偏らないようにしているだけですよ。」
「以前もそう言ってましたね。…そちらの方は?」
「毛利輝元と申します。未熟者ですがよろしくお願いします。」
後の五大老の一人ね。…頼りなさそう。
「前田孫四郎利長です。こちらこそ、これからよろしくお願いします。」
「一度お会いして見たかったので、今、感動しております。」
「え?」
「…輝元はこういう変なところもありますが悪い人ではないので、面倒を見てやってください。」
「いやいやいや、私の方が年下ですし…。」
「ですが、官位や所領は孫四郎殿の方が多いですよ?」
「そ、そう言われたらそうかもしれませんけど…。」
「軍師殿、隆景殿、どうなりましたか?…これは、客人が来て進んでいないということでしょうか?」
誰だろう。僕より若そうに見える。
「申し訳ない、立花殿。十六年ぶりの再会でつい、盛り上がってしまいました。」
「…貴方がもしや、噂の前田様ですか?」
だ、誰ですか?立花…立花…立花宗茂のことか。。
「は、初めまして。前田家当主、前田孫四郎利長と申します。…立花統虎殿で間違いないでしょうか?」
「某の名を知っているなんて…光栄でございます。」
「…統虎殿も、去年、大切な御方を戦で亡くしたのですよね。」
「はい。…前田様も?」
「前田様って…下の名前で呼んでください。そっちの方が嬉しいです。…戸次川で、大切な仲間を皆、失ってしまいました。でも、あの時、仇を取ってやるという感情は出ませんでした。二度と、あんな悲惨な戦を起こしてはいけない。その気持ちの方が強かったからか、義弘殿ともある程度は仲良くなれました。」
「…だから、孫四郎様は皆と上手く関わることができるのですね。」
「よく言われますよ。自覚はないですけど。」
「…私のことも弥七郎と呼んでください。…もっと、孫四郎様のことを知りたいです。」
「急に言われてもな…。夜、一緒に飲みますか?そんな、遅くまでは飲めないですけど、夜ぐらいしか空いている時間がないので。」
「よ、良いのですか?」
「私ももっと弥七郎のことを知りたいです。…では、また夜に。」
「軍師殿、少しよろしいか。…おや?その旗印。もしや、天下の?」
次から次に来るな。…また、有名な人かな。
「鍋島殿、この方は前田の…困ったな。」
鍋島ということはこの年齢からして鍋島直茂のことだろう。でも、何で困るんだ?
「ああ、そういうことですか。九州では孫四郎と言えば私なのですよ。」
「え、鍋島殿も孫四郎と呼ばれているのですか。…後で、父上に替えの名を用意するよう伝えておきます。」
「いやいやいや。天下では、前田殿の方が有名ですから、変えなくてもいいと思います。」
「そうですか?ならば、良いのですが…。」
確か、父上とギリ同い年なんだよね。だけど鍋島殿の方が老けているように見える。
「…その、甲冑軽そうですな。」
「はい。これは、堺の今井宗久殿に仕入れていただいた物です。これ、袖無しの外套も付いているんですけど着けると信長様っぽくなっちゃって、少し恥ずかしいんですよね。」
「そんな外套で変わるものですかね?」
「それが、変わるんですよ。…吉継、ちょっとつけてもらっていい?」
「畏まりました。…出来ましたよ。」
「…ああ、確かに。実際に織田様を見たことはありません。ですが、派手好きと聞いていますので…。」
「戦場では絶対、目立ちますな。」
「…だから、あまり着けたくないんですよ。」
「でも、何かの役に立ちそうですけどね。」
「簡単に着け外し出来るので、必要に応じて着けることも可能ですが…皆がはぐれた時ぐらいしか役に立たない気がします。」
上様みたいに目立ちたくはないけど、誰かにあげるのは勿体ないからな。…いつか、着けて戦いたい気持ちがないわけではないし。
そして、もう二人。
「孫四郎殿!本当に生きている!…あの時は助けられなくて申し訳ございませんでした。」
「いやいや、あれは僕が撤退してと命じたから元親殿たちは悪くないですよ。秀吉様にもちゃんと伝えておきましたから、貴方たちは何も処罰されないですよ。」
「…そうだとしても、何かお礼をしないと気が済みません。何か、欲しいものはありますか?」
「え、本当にいいですよ~。」
「頼みます。何もしなかったら長宗我部の恥となってしまいます。」
「…でしたら、土佐の鰹節を下さい。民への炊き出しの際に大量に使うので。」
「鰹節ですか。いいですけど、本当にそれだけでよろしいので?」
「土佐と言えば、鰹と言う印象が私にはあるので…後、可能であれば野菜も欲しいですね。お味噌汁の具に使います。」
「…弥三郎、お前も見習いなさい。ここまで民を思う者は孫四郎殿以外この国にはいないぞ?」
「はい。…これからは土佐でも炊き出しと言うものをやっていきたいと思います。」
「え、でも、炊き出しは相当費用が掛かりますよ?前田家では石鹸や懐炉のおかげで、何とか黒字に出来ていますけど…。」
「心配ご無用です。土佐は和紙や刃物のおかげで収入の問題はありませんから。」
土佐和紙は知ってるよ。だけど、土佐の刃物は聞いたことがなかったな。今度、試しに包丁とか買ってみようかな。性能が良かったら土佐で買うのもありかもね。
立花統虎は、本文中にも書きましたが、後の立花宗茂です。
新たに出てきた2人とも、ストーリー終盤まで活躍する予定です。
高知県の伝統工芸品は土佐和紙と土佐打刃物です。私も、孫四郎同様、最初は土佐打刃物について、全く知りませんでした。今回、この話を書いていて、また新たな知識を増やすことが出来ました。
四国勢での重要人物は、今のところ長宗我部親子のみの予定です。九州勢は、島津・立花・鍋島の三家と、後で領地を貰う豊臣家臣組が重要になります。
次回、もう1話、戦の前の話を挟みます。戸次川で一番最初に撤退したあの男の話と博多の様子の話の予定です。