172 茶の才能も意外にあるんですよ?
裏話に載せようか悩みましたが、重要人物が新たに2人出てくるのでこちらに投稿しました。
翌日
今日は、のんびり過ごす日と決めていた。
「ごめんください!孫四郎はいますか?」
げっ、この声は…。
「孫四郎ならいるぞ。庭に。」
「ち、父上⁉言わないで下さいよ。今日はのんびりしようと思っていたのに…今、向かいます。」
絶対、鍛錬しようとか言ってくるあの人でしょ?
「おはようございます、賦秀さん。…あれ?今日は鍛錬じゃないんですか?」
「いつも、そんな風に思っていたのか…。酷いな。」
「え、そんなつもりじゃ…。」
「まあまあ。…今日はお出かけですよ、孫四郎様。」
「与一郎君。久しぶりだね。…いいですね!行きましょう!」
「え、案外乗り気?」
「賦秀さんと与一郎君だったらいいですよ。秀吉様とか正則なんかより楽しいと思うので。」
「…どこに行く?」
「ここから日帰りで行ける場所と言えば…堺とか?」
「お前、堺に行って面白いか?俺らは面白いけど。」
「え、何でですか?」
「きっと孫四郎様が苦手な、あれが出来るからですよ。」
「…気になるじゃないですか。行きましょうよ。」
「本当にいいんだな?せっかくの休日が台無しになるかもしれないぞ?」
「お二人と一緒に出かけられるだけで孫四郎は嬉しいですよ。」
「…!そ、そうか?」
「忠三郎殿、照れてます?」
「て、照れてない!」
何で照れるんですか?
ここは、茶室?
「…嫌なら嫌って言えよ?今日はお前が行きたい場所に―」
「賦秀さん分かってますね~。じゃあ、刀を預けるので行ってきます!」
「…え、ええ⁉お前も好きなのか?」
「あれ、知らなかったですか?僕も好きですよ。こういうの。」
「…だったらこれから三人で出かける時はここに行くか。」
「…孫四郎様、もう、入っちゃいましたよ?」
「…待て!…あ、俺、刀持ってるから入れないや。しかも、この刀、結構大切そうな物だし…与一郎、今井殿の家に行って預けてもらってきてもいいか?」
「いいですよ~。」
今井殿?誰ですか?
中に入るといかにも茶を点てそうな帽子をかぶったおじさんがいた。…もしかして。
「千宗易殿ですか?」
「…私の名前を知っているとは、一体、どこのどちらさんでしょう?」
やっぱり。日本史の教科書にも載ってる後の千利休だ。
「宗易様、彼は前田利長殿です。…彼もまた、侘茶というものに興味があるそうで。」
僕、そんなこと言ってないですよ?お茶を点てて落ち着きに来ただけです。
「…まずは、そのお点前を見せてもらいましょか。」
「…本当に出来るのか、孫四郎?」
「上様に教わりましたから…。」
そう言いながら、丁寧に、かつ、あまり時間をかけずにささっと茶を点てる。…いい感じに出来た。
「…どうですか?」
「…結構なお点前で。」
「え、宗易様がそんなこと言うなんて…。」
「言ったでしょ?僕、こういうの好きだって。」
「…負けました。私も何も言うことがありません。」
「え、宗易殿の茶も楽しみたいのですが…。」
「これほどのものを見せられてしまっては私が点てる茶なんて…。」
そんなわけない。こんなんですごいんだったら上様なんかもっとすごいことになっちゃうよ?
「…ちなみに、賦秀さんはどれほどのお点前で?」
「…恥ずかしいからいなかったことにしてほしい。」
「いいじゃないですか。…お借りしますね、宗易様。」
与一郎君がそう言うと、賦秀さんはじろっと彼のことを見た。
「…そ、そんなに見ないで下さいよ。私、怒りますよ?」
今日は『私』を使っているということは落ち着いているということか。…茶道ってすごいね。戦で暴れる僕ら三人をこんなに落ち着かせるんだから。
「どうぞ。」
…まず、見た目から綺麗だ。これを細川…長岡忠興が点てたとは普段を知っている僕からしたら意外に感じる。
そして、爽やかな味、喉越しも良い。…ああ、感想を言わないとね。
「結構なお点前で。」
「…だそうですよ、忠三郎殿。」
「お前ので大丈夫なら、俺も大丈夫か?」
「せっかくですし、和菓子と一緒に楽しみませんか?いつものお饅頭ですけど。」
常備している饅頭箱を風呂敷から取り出す。
「いいですね。…あれ?宗易様?」
「前田殿…何て呼べばよろしいでしょうか?」
「孫四郎と呼んでください。…いかがしました?」
「この茶碗を、貴方にお譲りしましょう。これからも、時々で構いませぬ。どうか、私に指南を―」
「お、おやめくだされ。指南を頂きたいのは私の方です。…なので、この茶碗はどうか―」
「貰っておけ、孫四郎。宗易様に認められたら、皆、これを貰える。勿論、俺も持ってるよ。」
「あ、ああ、では、有難く使わせていただきます。…これからよろしくお願いします、宗易殿。」
「では、指南を―」
「していただけるのですね。ありがとうございます。」
「…孫四郎はこういう人です、宗易様。」
「言われる前に言い切らないとこうなりますよ、宗易様。」
「あ、ああ…。」
「いいじゃないですか。孫四郎は悪い人じゃないですよ?…これを仮とする手もありますし。」
耳元で話しているのに聞こえてますよ。
「…そうですな。では、よろしくお願いします。孫四郎殿。」
「…!はい。」
こうして一応?僕も千利休の弟子とさせていただいた。
ちなみに、この茶碗は後で聞いたんだけど、信長様が本能寺に行く数日前に、宗易殿に預けたものなんだって。確か、曜変天目茶碗って言ったかな。そんな大切なものを頂くとは…というか、信長様も宗易殿に教わったんだよね?だったら、何で、僕が宗易殿に教える必要があるんだ?やっぱり、あの方に教わった方が良いのでは?と思った。
その後、刀を返してもらいに今井殿という御方の家に向かう。
「長岡殿、聞いていた時間より遅いですぞ。」
「思っていたより長引いてしまいまして…。」
「田中さんのところに行ってたんじゃしゃあないか。…ところで、見覚えのない刀が二つありますが…。」
「これは孫四郎様の刀です。」
「孫四郎ってあの…ああ、信長様の傍仕えの!私、今井宗久と申します。覚えていないでしょうが、上様に茶を教わっているときに横にいたあの男ですよ、あの男。」
ん?…あっ⁉あの人か!
「前田孫四郎利長です。刀を預かっていただきありがとうございました。…今井殿と言えば商人という印象が強いのですが、茶道にも長けているのですか?」
「別に、田中さんに比べたらそこまでの実力ですけど、茶会やるぞーって言ったらそこらの大名全員遊びに来たことはありましたな。」
遠回しに自慢していますね。別にいいですけど。
「それより、この刀、どこかで見覚えが…。」
「…これは、明智十兵衛殿が最後、持っていた刀です。」
「…懐かしいですな、長岡殿。」
「…もう、あれから四年経ったのですね。」
言われてみたら、そうだ。上様と十兵衛様が亡くなって四年。四年の間にこの国は大きく変わった。きっと誰もこうなることは予想しなかっただろうな…。
「時に孫四郎殿。確か貴方は武具を着ずに戦っていましたよね?」
「いえ、最近は父から『大将なんだから甲冑ぐらい着ろ』と言われてしまい、ずっと重い甲冑を着ながら戦に参加していますよ。」
「…重いのは嫌ですよね?」
「それは、まあ、そうですね。」
「…では、こちらの商品はいかがでしょうか?南蛮式ですが、従来の製品より軽く、動きやすいと諸将から評判を得ているのですが―」
いきなり、商品販売番組が始まった。
「丈夫ですか?」
「簡単には壊れない作りになっております。はいー。」
「…採寸、お願いします。」
「「…⁉」」
「いいのか、孫四郎。今井殿の商品は高級で、俺らには手の届かないものだぞ?」
「え、金はありますよ。…後払い、お支払い場所は大坂の前田屋敷でよろしいですか?」
「ね、値段を聞かないで買えると確信するなんて…流石、孫四郎様。」
「この商売を三十年しておりますが、孫四郎殿は変わっていますな。一応、このぐらいの金額になると思いますが。」
「一、十、百…大丈夫ですね。よろしくお願いします。」
「ま、毎度あり…。」
「…ケチの孫四郎が、こんな買い物をするなんて。」
「信長様に信頼された今井殿だから信用できるのです。仮に、他の商人の方に同じ説明をされても絶対に買いません。」
「…!では、今後、前田家の甲冑は。」
「子孫代々、今井殿から買わせていただきます。」
この言葉が後に役に立つことになるとはこの時にはまだわからなかった。
帰り道
「今日は楽しかったです。また、皆で一緒にお出かけしたいですね。」
「…今日の孫四郎は子供みたいだったな。」
「え、あ、そう言えば…何か、ごめんなさい。」
「いいや、お前はそっちの方が似合ってるよ。」
「…?」
「大名になってから、また忙しくなって、自分を忘れているんじゃないかって忠三郎殿は心配していたんですよ。」
「…!何で全部話しちゃうんだ…。」
「…ありがとうございます、賦秀さん、与一郎君。」
「その笑顔は反則だろ…。また、いつでも誘ってやる。その時まで、死ぬんじゃないぞ。」
「賦秀さんも、ですよ。」
「…毎日、こうやって遊べればいいのに。」
与一郎君がポツリと呟く。…戦が終われば、楽しい日々が待っているよ。きっとね。
田中さんは千利休のことですね。彼の幼名は田中与四郎でした。何で、宗久がそう呼ぶかはまだ、わかりませんが。
日常回は2時間ぐらいで書けるので、私的には好きです。ですが、こういう話が増えると戦の回が遠ざかるんですよね…。
次回、いよいよあの大名が上洛します。