170 犬千代誕生
タイトルでわかってしまいますが…待望の嫡男誕生です。
六月、なつによる定期健診の時期がやってきた。
「順調ですね。予定通り、八月に生まれるかと。」
「ちゃんと言いつけを守っていたもんね。偉いよ、永。」
「えへへ。…桜姉様も見てもらったらどうですか?」
「…?え?」
「…最近、来てないですよ。もしかしたら…。」
「わかりました。では、診察いたします。」
もしかして…?
数分後
「…おめでとうございます。2人目の子がお腹の中にいることが確認できました。」
「男の子?女の子?」
「それは、もう少し大きくならないとわからないですね。あるいは医療機器の発展が進めばわかりますが。」
「僕、医療機器に関しては全くわからないんだよね。…ありがとう、桜。」
「こちらこそ、ありがとうございます。…旦那様?」
「…なつ、梅も見てくれない?さっきからソワソワしているから怪しくて。」
「わ、私⁉そんな、まさか、同じ時期に―」
「畏まりました。すぐに、診察しますね。」
数分後
「その顔、やっぱり?」
「孫四郎様、敏感です。」
「…梅、しばらく金沢から動いちゃ駄目だよ。」
「え?」
「…本当はもっと君とお出かけしたいけど、お腹の中の子に悪影響を与えたら大変だからね。…でも、ありがとう。」
「それは…こちらこそです。」
「…お二人とも来年の一月頃に生まれると思います。」
「正月か。流石に、帰って来れないね。二人ともごめんね。」
「…むしろ立ち会えないことの方がこの乱世では多いのです。旦那様は気にせず、戦に集中してください。」
「そうですよ。…一緒に頑張りましょう。」
「…そう言えば、一年いないって言いましたよね?」
「うん。四国勢と一緒に九州に年内に攻めるって―」
「…!それ、辞退できませんか?」
「え、何で?多分無理だと思うけど。」
「…ちょっと、こちらに来てもらってもいいですか?」
そう言われて、一瞬部屋を出る。
「孫四郎様、戸次川の戦いって知ってます?」
「いや、流石に知らないよ。…どんな戦いなの?」
「仙石秀久率いる豊臣軍が島津の釣り野伏せ戦法に引っ掛かり、大敗する戦のことで、史実通りに行くと長宗我部信親や十河重存が討死する戦です。」
「…本当に知らないな。何で、わからないんだろう。」
「前田家には本来関係ない戦ですからね。…このままだと、多分、孫四郎様も死にますよ。」
「でも、引っ掛からなければいいんじゃ…仙石秀久は死んでないけどどうなるの?」
「いいところに気が付きましたね…。仙石秀久は、勝手に突撃して大敗したため、所領没収されています。」
「…!逃げるのも駄目だと。」
「はい…。」
「…だったら、その未来、僕が変えてみせるよ。」
「…!そんな無茶な…いや、史実を知った孫四郎様なら出来るかもしれません。」
「でしょ?…笑ってよ、なつ。久太郎さんが悲しむよ?」
「…信じていますから。孫四郎様が帰ってくることを。」
「うん。…桜たちには絶対に言わないで。反対されるに決まっているから。」
「…状況によっては、伝えますよ?」
「わかった。…じゃあ、戻ろうか。」
死ぬかもしれない戦は過去に何度も経験しているから、身震いとかはしないけど…皆を生かす。それが、今回の戦の目標だ。
八月二十七日
その日もゆっくり、皆で過ごしていたら、永の陣痛が始まった。
「うっ…生まれそうです…。」
「大丈夫、永?まず―」
「孫四郎様は、下がりましょう。…大丈夫、永姫様なら絶対大丈夫ですから。」
蘭丸は僕の気持ちを瞬時に理解してくれたみたいだ。…待つ、か。
待っている間に、出立の準備も始める。流石に今日は出ないけど明日か明後日には出ないと…三人を待たせるわけにはいかないから。
「その服は緑の風呂敷に、こっちの巻物は赤い箱に入れて。」
「わかりました。…五六八姫様の時より、落ち着いているようで。」
前回の出産の時も一緒にいた新九郎がそう話す。
「…ま、まあ、流石に子供も出来たのに、オロオロしているわけにはいかないから。」
「…そうですね。」
ギャアァァァ!
この泣き声、間違いない。
「殿、生まれましたよ。」
梅が、呼んでくれた。
「…わかった。今から、行くね。」
「…永、大丈夫かい?」
「はい。…永は頑張りましたよ。ほら。」
そう、指差す方向には、小さな赤子が白い布に巻かれていた。
「…抱いてあげてください。」
「うん。」
…キャハキャハ!
え?
「…泣かれない?もしかして、笑っている?」
「…間違いなく、孫四郎の子、そして利家様の孫だね。」
「母上…。私も笑っていたのですか?」
「うん。利家様も、義父上に抱かれたとき、笑っていたって言ってたから。」
「…そして、男の子ですね。永、本当によく頑張ったね。偉いよ。」
「…名前は決まっていますか?」
「勿論。この子の名前は、犬千代だよ。」
「…代々の幼名を受け継いだのですね。」
「それに、嫡男だという印にもなるから…。」
「…ちゃんと考えているのですね。」
「当たり前でしょ。自分の…僕たちの子供だから。」
「…将来、孫四郎はこの子が受け継ぐ。」
「そうなったら、僕、どうなるのかな。人斬り内府とか言われたくないよ?」
「…自分で作りましたね?」
「あ…。」
「冗談ですよ。私たちは誰も孫四郎様に恥をかかせるようなことはしませんから。」
「本当かな?…これからも、よろしくね。永、犬千代。」
「はい!孫四郎様。」
この幸せを守りたい。だから、僕はまだまだ死ねないよ。永が頑張ったんだ。今度は僕の番だよね。
史実では一人も子供がいなかった前田利長と永姫夫妻。この世界では、中身が違うとはいえ、まず、一人目の子を授かりました。
次回、いよいよ、戸次川の戦いです。(もしかしたら長めになるかもしれません)