154 新時代、ここに始まる
前半は家臣紹介(追加重要人物が多数出ます)、後半は孫四郎が当主になるお話です。
九月四日 夜
明後日、いよいよ、僕が前田家の当主となる。とは言っても、形だけで実際にはまだまだ父上にも頑張ってもらう予定だ。
「…月が綺麗だ。」
「本当だな。」
父上…。ってこれ、去年も同じぐらいの時期に一緒に空を見ていたよね?
「…緊張しているのか?」
「それは、しますよ。あの、前田利家の跡を継ぐのですから。」
「俺はそんな大した奴じゃない。」
「皆、そうやって言いますよ。…本当に大丈夫かな。皆、僕の言うことを聞いてくれるでしょうか。」
「何、今更弱気になっているんだ。大丈夫。孫四郎なら絶対に大丈夫だ。」
「…そうですかね?」
「民のことも、家臣のことも、そして自分のことも考えられるお前なら、きっとな。」
…そうかもしれない。
「そうだよ。今、皆が幸せに暮らせる世を作るために一番頑張っているのは孫四郎さんだよ。」
「…久太郎さん。」
気付いたら隣にいた。…髪が少しだけ濡れているから風呂上がってすぐ来たっていうのがバレバレだ。
「お前は恵まれているぞ。何でもできる、久太郎と吉継。武働きではだれにも負けない盛政。そして、前田のためなら命を捨てても構わないと思っている永福と長頼、口が堅い一孝、そして、孫十郎と与六郎。こんなに優秀な家臣がいるのだから。」
そうですよね。…ん?何人か知らない人の名前があった気がする。
「…まさか、俺、お前に家臣団の紹介をしていなかったか?」
「…そのまさかです。」
「…明日、一人一人説明する。」
これは、気づけなかった僕も悪いですね。
翌日
というわけで、今日は家督相続前日なのに初めて、家臣となる予定の人と会うことになった。
「これが篠原一孝。石垣普請が得意な奴だ。お前とは確か一個上だから仲良くやっていけるはずだ。」
「勝手に決めないで下さいよ。…前田孫四郎利長です。よろしくお願いします。」
これからたくさん迷惑をかけると思うから深々とお辞儀をする。
「篠原一孝と申します。勘六とお呼びください。」
…呼びづらいです。
「一孝殿と呼ばせてもらいますね。」
「そこは、お前、一孝さんじゃないのか?」
「それも何だか変かなって。」
「…噂通りの御方ですね。」
噂通り?…どんな噂だろう。
「こいつもお前と同じでこの間、家督を譲られたばかりだから、まだまだ慣れていないことが多いと思う。だが、決して粗末に扱うなよ。こいつほど口が堅いやつは見たことがないから、絶対に謹慎とかさせるんじゃないぞ。」
「僕を何だと思っているんです?流石に父上から預かる大事な家臣を『明日からクビです!』なんて言うわけないじゃないですか。」
「どうかなあ?『こんな作業もできないんじゃ、いらないよ。明日から来なくていいよ。』とか言いそうだが。」
「だから、僕を何だと思っているんですか?そんなこと言うわけないですって!」
「…面白い、御方ですね。」
変な目で見られちゃったじゃん。父上、どう責任取ってくれるんですか?
「この人が高畠定吉。俺の3つ年上で、何かあったらそっと助けてくれる。優しい爺さんだ。」
「いやいやいや。父上と3つ差で爺さんって。まだ、50歳…そういうことか。」
この時代は50歳からお爺さんだった。すっかり忘れてた。…というか、失礼だけど見た目もお爺さんっぽい。
「ほっほっほ。高畠定吉と申します。孫十郎とお呼びくだされ。」
「前田孫四郎利長です。孫十郎殿と呼ばせてもらいますね。」
「ちなみに俺は定吉爺さんって呼んで―」
「その言い方だと父上もいずれ、又左爺さんって呼ばれますよ。やめた方がいいと思います。」
「…すまぬな、孫十郎。」
「ほっほっほ。別によいですぞ。又左爺さんですか。ほっほっほ。」
「おい!誰が爺さんだ!まだ俺は47だぞ!」
「ほっほっほ。」
でも、優しそうなお爺さんだな。見た目で判断しちゃいけないけど…信用できる人だと思う。
「こいつは青山吉次だ。特に特徴はない。あだ名は与三だ。お前も大谷の吉継と分けるために与三と呼べ。」
特徴はないって…。可哀想ですよ。流石に父上のジョークだと思うけど。…変なあだ名ですね。
「…何で与三なんですか?」
「さあ、何でだったかな?覚えているか、青山。」
「…さあ?信長様に気づいたらそう言われていましたから。」
「ええと、じゃあ、青山殿と呼ばせてもらいます。あ、申し遅れました。私、前田孫四郎利長と申します。これから、よろしくお願いします。」
そう言って頭を深く下げる。
「青山吉次でございます。若様のことを精一杯お支えさせていただきます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
父上、人を選ぶの上手いですね。今のところ、怪しい人が一人もいない。
「で、こいつが最近配下に加わった富田重政。お前の2個年下で、槍捌きが上手い。」
「父上よりも?」
「…それは聞いたらいけない。」
「ううっ、また、利家様と比べられた。俺、そんな強くないんだ…。」
…なるほど。化け物と比べてはいけませんよと。
「ごめんなさい。僕、前田孫四郎利長と言います。これからよろしく―」
「俺のこと、大事にしてくれますか?」
ちょっと蘭丸っぽさがあるね。
「もちろん。その代わり、僕の言うことをちゃんと聞いてね。」
「与六郎と呼んでください。それが俺の通称です。」
「よろしくね、与六郎。…父上、この子、刀も強いんじゃ―」
「馬鹿、それは触れちゃいけな―」
「もしかして若様も刀が得意なんですか?ちょうどいい!俺と勝負してください!」
…ええっ⁉急に元気になったよ!
「しょ、しょうがないなー。ちょっとだけだよ。」
「嬉しいです!では行きますよ!」
…結論から言おう。彼は強すぎる。剣の流派は詳しくないんだけど、中条流を使う剣士らしく、僕は引き分けに持っていくのがやっとだった。隙が全く無い。間違いなく家中一の剣豪と言えると思う。こんなに強いなら絶対に重用するに決まってる。父上の召し抱え方がよく分かった気がする。
「痛たたた。なつ、湿布とかない?」
城に戻って、城内を散歩している久太郎夫妻を見つけた僕は冗談のつもりで聞いた。
「あるけど、使い物になるかはわかりませんよ?」
え?なつ、湿布作ったの?
「滅多に来れる機会がないから大量に渡しておきますね。」
「…どうしてこんなに?」
「吉継殿が始めた石鹸工場の応用ですね。福井で新たに湿布作りを始めました。」
「これ、痛いときに貼るとすごく気持ちいいんだよね。福井に工場を建てて生産すると聞いて、作り方が簡単そうだったし、別にいいんじゃないって言ったら三週間で本格的に始めてね。」
…そんなに簡単だったっけ?一番簡単な湿布でも小麦粉と卵とお酢を混ぜて作る気がするけど。
九月六日 金沢城 大広間
もう、家臣の皆は集まったみたいだ。…話すときの一人称はどうしようかな。僕じゃ舐められるかな?でも、俺もな…。余もそんな好きじゃないし。…決めた。
「孫四郎様…いえ、殿。そろそろ入っても大丈夫ですよ。」
蘭丸が僕に話しかける。
「わかった。じゃあ、行くよ。」
部屋の襖が全て開く。そして、僕は上座に向かい、ゆっくり歩く。
そして、落ち着いて座り、こう告げる。
「顔を上げよ。」
あまり命じるのは苦手な僕だけど思ったよりすんなり言えた。
「「「ははっ!」」」
皆の視線が僕に集まる。緊張するけど…大丈夫。さあ、行こう。新たな時代を拓きに。僕は、息を吸ってから、一息に、言葉を放つ。
「我が前田家当主、前田加賀守利長である。」
孫四郎が『我』を使うとは…私もギリギリまで考えましたがこれがいいかなと思い、『我』にしました。(本作での三法師と同じになってしまいましたが…)
次回は、孫四郎が何をやりたいのかを家臣に発表します。