128 天地人が全て備わった男
山城国 小栗栖藪
~光秀視点~
ここまで逃げられた。ここまで来たら坂本城は目の前…。
「見つけたぞ!明智光秀だ!討ち取れ!」
…ここで落ち武者狩りか。私の運命もここまでか。
ダダダダダダダダン!
聞き覚えのある銃音。まさか…!
~孫四郎視点~
本当にやってきたか。昔、高校の日本史の先生に教えてもらったんだ。光秀は山城国の小栗栖で落ち武者に討たれて死んだって。
「…十兵衛殿。」
高次殿、そんなに出てきたら殺されちゃうよ?
「ぐわっ!」
この落ち武者狩りの人みたいに。
「孫四郎か。…助けに来てくれたのか?」
は?何を言っている…まあ、捉え方によってはそうか。
「そうですね。僕は十兵衛様が落ち武者狩りごときに殺されないためにやってきました。」
「…お前のことを敵と思って済まなかった。てっきりお前が黒幕かと―」
ダン!
今度は単発銃で撃つ。といっても、殺したらつまらないから足を狙い撃った。
「僕が貴方の味方になる?そんなわけないでしょう?信長様と信忠様を討っておいて、よくそんなこと言えますね。」
「…!やはりお前が黒幕か!」
黒幕?何のこと?と思いながら今度は光秀の左腕を撃つ。
「…刀は握らせませんよ。」
「だったら何で―」
「何で、信長様と信忠様を討ったのですか?魔王の上様はともかく、希望の光の信忠様を討ったことが許せないのですよ…!」
「別に信忠は討つつもりじゃなかった。だが、あいつが先に攻撃を仕掛けてきて―」
「そりゃそうでしょ。父親があんたのせいで殺されそうなときに守らない息子がどこにいる?いないよね?僕だって父、利家が殺されそうなときは守ろうとするよ?」
「…それは間違いだ。与一郎と七兵衛は私に味方しなかった。」
あ、そういうことか。だから、こいつは僕のことを黒幕と思っているのか。…ということは信澄様は無事生き残れたということか。
「与一郎君はともかく、あんたは信忠様と信澄様の関係を知らなかったのか?」
「…!」
「与一郎君もきっと久太郎さんと仲が良かったから味方に付いた方がいいとか言われたんだと思う。…そこにいる高次殿だってあんたのことを心から思っているわけじゃないそうだし。つまり―」
「黙れ!」
本性を現したな。だけど僕はやめない。
「あんたは精々寄せ集めしか用意できない、そんなの絆でも家族の関係でも何でもない。ただの―」
「あああああ!」
これ以上言ったら、精神が崩壊しそうだからやめておこう。
「ねえ、何で挙兵したの?」
「そんなの、どうでもいいじゃないか。」
「どうでもいい?」
「…2年前、上様の足りない部分を補う。家臣は主君の足りない部分を補うのが役目。お前はそう言ったな?」
「言ったよ。それで?」
「あの瞬間、私はお前たちに失望した。せっかく信忠様中心の世を作れると思ったのにお前が上手くまとめたせいで権六も秀吉も丹羽も皆―」
「それがお前の狙いだったのか。」
「…信忠様だったら私の言うとおりに動いてくれると思ったのだが。」
「それ、信忠様を舐めて話してるよね?」
「…何か悪いか?」
「悪いよ!信忠様はお前なんかに操られる器じゃなかった!あの方は全ての民が豊かになる世界を求めていた。その考えに、僕と信澄様は心惹かれた。そのためにどうすればいいか、皆で一生懸命考えた。その最中にお前が裏切ったせいで僕らの…俺たちの考えは全て台無しになったじゃないか!」
珍しく俺って言っちゃった。でも、構わない。
「お前が作ろうとした世の中なんか正直興味ない。」
「…!貴様、私のことを―」
「さよな…無理しているのか?」
撃とうとした直前で気づいてしまった。光秀の目に隈が出来ていることに。
「な…。」
「…光秀、お前がやったことは許されることじゃない。」
「…そうだろうな。」
「だけど、もしかして後悔したんじゃないか?信長様を討ったことに。」
「そんな…ううっ、何で、ううっ、うわあああ!」
「…わかったでしょ?あの方も相当苦労していたんだよ。あんたはたった12日間だったかもしれないけど、上様は義昭が去ってから…いや、上洛してから、ずっと、苦労しながら僕らを、いや、この国を守ってくれていたんだよ。」
「…!」
「正直、僕も悩んだよ。上様を討つべきか。だけど、あの方がいなかったら今の僕はいないし、ここまで国をまとめることは出来なかった。そのことに気づいたから僕はあの方についていこうと決めたんだよ。」
「私は一体何を…。」
「なんとなくだけど、十兵衛様の理想の世もわかるよ。民が苦しまない世を作りたかったんでしょ?」
「…何で、それを。」
「だって、皆考えていることが似ているんだもん。半兵衛先生も秀吉様も信忠様も信澄様も…皆、考えが違うようで、結局、この国の平和を求めているって。」
「…そうか。だから、上様も信忠様も孫四郎を。」
「何か言いました?」
「…いいや、何でも。」
「…大丈夫。十兵衛様の願いも、上様や信忠様の願いも、秀吉様が叶えてくれるよ。」
「…秀吉、殿が?」
コクリとうなずく。そして、
「だって、あの方は天地人、全て揃っているんだもん。今日、戦ってわかったでしょ?」
「…天地人。私には全て足りなかった。」
「…惜しいな。先に伝えておけばこんなことしなくて済んだかもしれないのに…。」
「本当に。」
「…何か言い残すことはないですか?」
そろそろ日が暮れる。早めに討たないと秀吉様に首を届けられなくなる。
「…天地人、全て揃っているのはお前だ、孫四郎。」
え?
「後は頼んだぞ、皆。」
そう言って光秀…十兵衛様は残された右手を使って短刀で腹を刺した。…もっと早く分かり合えたら、こんなことには。
「ありがとう、十兵衛様。」
そう言って、十兵衛様の首を切り落とした。
十四日 勝竜寺城
結局、翌朝になっちゃった。
「孫四郎さん?」「若様?」
あっ!
「久太郎さん!吉継!」
「よかった~!消息不明って聞いてたから心配で―」
「すぐに秀吉様に会わせてください。大事な話があります。」
「…まさか。」
「2人もついてきていいですよ。勿論、高次殿も一緒にね。」
「おおっ!孫四郎!無事だったか!」
「何とか、無事でした。…光秀を小栗栖で討ち取りました。」
「…光秀殿を、孫四郎が?」
「はい。仕留めるのは大変でしたけど。」
「よくやった!…これが首か。」
「胴体は現地で埋めました。重い物は流石に持っていけないので。」
「そうか。…その子は?」
「京極高次殿です。日野で捕らえました。…この子は光秀殿に積極的に味方したわけではなく強制的に味方にさせられただけです。誰一人殺めていませんし、調略をしたりなんてこともしていないです。どうか、許してあげてほしい―」
「日野⁉一体この12日間で何があったのか俺にはわからんが…ともかく、この子に罪がないことは分かった。特に咎めずに許してやる。」
「誠ですか!ありがとうございます!」
「ありがとうございます。」
よし、これで僕の役割はおしまいかな。
「…さて、孫四郎。もう1つお願いしたいことがあるんだが。」
「え?」
僕は昨日働いたばかりで疲れてますよ。…いや、そんな言い訳は通用しないか。
「久太郎と一緒に坂本城を落としてきてほしい。」
「久太郎さんと一緒なら…いいですよ。」
「…意外だな。疲れているとか言って断るかと思った。」
「久太郎さんも疲れていそうですし、僕だけが休むのは申し訳ないなって。」
「…だそうだ、久太郎。」
「孫四郎さんだったらそう言ってくれるかなって思ってました。」
「…近江を取ったら一旦皆で話し合おう。だが、きっと、元通りにはならないだろうな。」
「「「え?」」」
「とりあえず、坂本城を落としてきてくれ。」
最後に言った言葉がすごい引っかかるんだけど…まあいいか。
明智光秀退場です。
次回、光秀の死後から清須会議直前までに起こったことを一回にまとめます。