125 天の時
戦闘がないとやはり薄味になりますね。
六月三日 夜 備中高松城周辺
~吉継視点~
「いよいよですね、久太郎様。」
「そうだね。これで、毛利と戦わなくて済む…。」
秀吉様は毛利に備中・備後・美作・伯耆・出雲の譲渡と清水宗治の自害を条件に講和しても良いという条件を出した。これで飲んでくれたら…誰か来る!
「…む、ここは一体―」
「くせ者!…大丈夫か、吉継。」
「清正殿!」
この人、すごい不用心だ。あっという間に清正殿に取り押さえられるなんて。…あれ?何だろう、この紙は。
『明智十兵衛ご謀反。信長は既に―』
この人、明智家の密使だ。…信長様が討たれた?若様は無事だろうか…。いや、それよりも!
「久太郎様!すぐに秀吉様と官兵衛様に知らせないと!」
「…そうだね。」
「秀吉様!この書状を見てください!」
「珍しいな、吉継がそんな慌てるなんて。」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ。」
「まあまあ、そんなわけ…上様が討たれた?嘘だ、そんなわけ…。」
「恐らく、本当かと。」
「官兵衛…!何でそんなに落ち着いていられるんだ!」
「…軍師は常に落ち着いていないと―」
「そんなことより、俺はどうすればいいんだ!信長様がいないんじゃおいらの価値なんて…。」
こんな秀吉様、初めて見た。きっと本当に信長様のことを信頼していたんだろうな。若様とは違って。…でも、このままだと私たちも危ない。どうすれば―
「「天の時。」」
ふと頭に思い浮かんだ。横にいた長政も同じような表情をしている。…私は続ける。
「これは天の時です。信長様が亡くなった今、一番天下に近いのは秀吉様、貴方です。」
「どういうことだ?おいらじゃなくて光秀殿が―」
「さにあらず。光秀には人の和はないのできっと天下を取ることはできません。ですが、秀吉様、貴方は皆から慕われています。孫四郎様、父、官兵衛、蜂須賀殿、秀長様、吉継殿、そして半兵衛様…たくさんの人に信用されています。…もちろん、上様や信忠様にも。」
「…北陸の柴田様はすぐには畿内に向かうことはできないでしょう。徳川様やわが主も少数では動くことが出来ないはず。…すぐに動けるのは秀吉様と大坂にいる丹羽様たちだけです。ですが丹羽様も秀吉様に比べたら少数と聞いております。あの方は自分の手柄よりも織田家を第一に思って動きますからきっと無謀な突撃はしないはずです。」
「でも、本当にいいのか?もし、失敗したら俺たちは皆―」
「何を言っているのです。こんな状況、金ヶ崎に比べたら全然でしょう?」
「小一郎…。」
「兄上、今しかないのです。兄上が天下を取れる機会は今しかないです!」
「きっと孫四郎さんも秀吉様に天下を取ってもらいたいと思ってるはずです。…もちろん、僕もですけど。」
「久太郎…!」
「大丈夫だ、もしも何かあったら俺が皆、守ってやる!」
「小六殿!」
「覚悟は決まりましたか?秀吉様。」
官兵衛様が最後に聞く。
「ああ。…光秀を討つ。だが、その前に毛利と和睦をする。俺たちはしっかり態勢を整えてから行くぞ。」
「…流石はわが主。抜かりがない。」
「これも全て半兵衛殿と孫四郎のおかげだ。…孫四郎は無事だろうか。」
「大丈夫です。若様はきっと無事です。…もし、無事じゃなかったとしてもここでくよくよしていたら若様に叱られてしまいますから。」
「そうだな。…官兵衛、早めに話をつけてくれ。備中・伯耆・美作。この三国と宗治が切腹するよう―」
「畏まりました。」
時は今、動き始めた。
官兵衛様による交渉は上手くいった。毛利には今、和睦を結ばないと信長様が10万で攻めてくると脅したらしい。死者を交渉に使うなんて…流石は官兵衛様。
「しかし、吉継。よく、あの場で天の時と言えたな。あの時の俺は信長が死んで少し動揺していたから忘れてたぞ。」
「半兵衛様が生前よく言っていたのです。地の利、人の和、天の時。この3つが揃っている者が天下を取ると。」
「なるほどな。…松寿丸もか。」
「私はもう元服して名を変えたって何度言えばわかるのですか、父上?…そうですね。私たちにとって半兵衛様は偉大な御方なので。」
「そうか。」
四日
~清水宗治視点~
朝から酒を飲む。…これが最後の食事か。別所殿や吉川殿の気持ちが今になってよく分かった。2人とも、皆を守るために死んだのか。だったら某も…。
「…輝元様、後は任せました。」
そう言って某は十文字に腹を裂いた。
午後
~吉継視点~
「吉継、準備は出来た?」
「はい。…いや、甲冑は全て脱ぎましょう。その方が早く京に辿り着けます。」
「孫四郎さんよりも大胆な考えだ。…でも、確かにそうかも。」
そうですかね?私、若様よりは…。あ、秀吉様が前に立った。
「では行くぞ。光秀を討っておいらたちが天下を取るんさ!」
「「「応!」」」
きっと若様は生きている。あの方は簡単に死ぬ男じゃないから。
五日
~隆景視点~
いよいよだ。いよいよ時代は動き出す。
「申し上げます!上方で織田信長が明智光秀に裏切られ自害した模様。」
「…どうする、徳寿丸。ここで秀吉を討つこともできるが―」
「もう追いつきません。…それに、もういいではないですか。秀吉殿ならきっと世の中をよくしてくれますよ。」
「…お前がそういうなら。」
珍しく次郎兄と話が合った。…この先の未来がどうなるかはわからない。だが、秀吉殿とならきっと…。
六日
~秀吉視点~
姫路まで戻ってきた。…久しぶりの風呂は気持ちいいな。
「なあ、小一郎。ここで気合を入れるためにはどうすればいい?」
「そうですな。…金銀を全部ばら撒くとか。」
「はい、それ、採用。温まったらすぐに準備するぞ!」
「え、本当に言ってますか⁉」
「こういう時のおいらは嘘つかんよ。…負けたらどうせ無くなるんだ。だったら惜しまずに使ってやる。」
「…兄上らしい。」
ここまで生きて来れたのは信長様のおかげ。だったらここで俺が最大の恩返しを見せるしかないだろ!勝負だ、光秀殿。
次回、久しぶりに孫四郎が出てきます。そして第四章、完結です。ちょっと長めになりますがお許しください。
前半は日野城の戦い、後半で山崎直前まで進む予定です。