119 信長と家康
すごく長いです。ですが、この話を適当なところで切ると字数が少ない、もしくは話の流れが悪くなってしまうので約5500字でまとめました。
五月十五日
~秀吉視点~
おいらたちは今、備中高松城を包囲している。四月に城主の清水宗治に降伏すれば備中と備後を無条件で与えると言ったが奴は輝元を裏切れないと拒否してきた。中々の曲者だ。
高松城は力攻めしても意味がない。そう判断したおいらたちは今月から小六殿に足守川の水を堰止めさせる堤防を作ってもらうようにお願いした。小六殿はすんなり引き受けてくれて現在、八割ぐらい作業が進んでいる。ま、これはおいらが農民たちに手伝ってくれたら一俵につき百文と米一升を与えるって約束しているからでもあるけど。
「しかし、兄上。何故、水攻めをしようと考えたので?」
「この城の攻め方は2通り考えられる。1つは兵糧攻め。これは確実に仕留めることが可能だが時間がかかりすぎる。では、何故水攻めにしたか。この城が攻めづらいのは沼城だからだろ?だったら逆にその利点をこっちに移せばいい。これから雨がたくさん降る時期だ。ああやって堤防を作って川の水を止めちゃえば城の周りに湖ができる。そうすれば相手は孤立して降伏せざるを得なくなる。」
「…兄上にはまだまだ勝てませんね。」
「少なくともあと5年は衰えていられないからな。毛利を倒しても島津が敵対するかもしれないし。」
「秀吉様!」
「どうした、お虎。」
「その呼び方はやめてくださいよ。…それどころじゃないです。毛利輝元が5万で高松城に向かっているとの報が。」
「な、誠か⁉」
「落ち着け、小一郎。…長政はどうした。」
「毛利は本気で攻めようとしています。吉川、小早川の旗も既に確認できました。」
なるほど、そう来たか。…これはこっちも援軍を使わせてもらうぞ。
「今月、久太郎が合流するんだったよな?」
「はい。吉継も一緒に来ると聞いております。」
孫四郎は面白いな。主君の自分の下ではなく官兵衛に兵法を学ばせるなんて。…そうじゃない。
「…上様に手紙を書くか。追加で援軍を下さいって。」
「え、上様に⁉」
「いいだろ、たまには呼んでも。」
「今の話聞いたぜ、藤吉郎。どういうことだ?」
「うわっ、小六殿。いつの間にいたんだ?」
「ちょっと休憩しに戻ってきただけだ。…上様はお前の呼びかけで来てくれるのか?」
「恐らく来てくれると思う。毛利が三万も出して来たら流石に上様も援軍として来てくれるはず。」
「確かに。あの方は大事な局面では兵を惜しまず出しますからな。」
「…決めた。」
俺は上様に向けて手紙を送った。援軍に来てくれるといいのだが…。
時は少し戻る。
~孫四郎視点~
今日は久しぶりに皆で今後の方針を決める話し合いを行う。
「…秀吉と権六と一益の3人がいないのは新鮮だな。」
「秀吉様と柴田様はともかく、一益様は毎回参加していましたからね。」
「…まず、四国の長宗我部についてだ。」
長宗我部との取次は十兵衛様が担当している。…嫌な予感。
「来月二日に長宗我部攻めを開始する。」
やっぱりね。何か怪しいなって思ったんだよ。
「…総大将を信孝。五郎左と頼隆が付き添いとして行ってもらう。それと信澄も参加できたらしてもらう。」
「…光秀殿、この話、知っていましたか?」
丹羽様が珍しく話の途中に割り込んできた。
「一応。以前から長宗我部殿はこちらの要求を無視する態度を取ってきていたのでやむを得ないかと。」
「…ならば良いのですが。」
あ、十兵衛様に話を一度通してから発表したのか。だからいつものようにお待ちください!って十兵衛様は言わなかったわけね。
「…私も出兵可能です。何かあったら日野の蒲生殿が対応してくれると仰っていたので。」
蒲生殿というのは賦秀さんのお父さんの賢秀殿のことだ。上様からの信用が厚い人だから多分大丈夫だろう。
「わかった。但し信孝。あまり信澄に負担をかけさせるな。この中で唯一、伊賀衆を従わせる才能があるのが信澄だ。それを失ったら―」
「大丈夫です。七兵衛殿には絶対に無理をさせません。」
「信孝を総大将にして正解だった。これをのぶか…何でもない。」
絶対、自分の息子を馬鹿にしようとしたでしょ。…信雄様が馬鹿なのは事実ではあるけど。
「そしてもう1つ。今月十五日に家康が安土に来る!」
おおっ、いよいよか。…この担当者も十兵衛様だよね。
「止まる宿についてだが…十兵衛、説明を頼む。」
「はっ。…この地図をご覧いただきたい。」
これは安土城下の地図か。…え、僕の家に誰かの名前が書いてある。…万千代さん?
「方々。これでよろしいか。」
「私はいいですけど…久太郎殿はどうです?」
「孫四郎殿、私は明日から中国の秀吉様の援軍に向かうので家にいるのは孫四郎殿だけですよ。」
そうだった。久太郎さんは明日から秀吉様の援軍に行くんだ。だから家にいるのは僕の家族だけとなる。
「…大丈夫です。」
「他の方々は―」
「大丈夫だ。」「私も。」「わしもだ。」
皆、早いですね。…というか十兵衛様の家で泊まるの家康殿しかいないじゃん。…本能寺の黒幕、もしかして家康殿説?まさかね…。
翌日
「久太郎さん、吉継。気をつけてね。」
「あれ?いつもより緊張しているように見えるのは気のせいかな?」
「そ、そんなことありますよ。…例の件まであと1か月を切りました。」
「…了解。」
これだけでわかってくれる久太郎さんはやっぱりすごい。
「…吉継は官兵衛殿に色々なことをとにかく学びなさい。これは戦であり、一つの学びの場なんだよ。」
「珍しく半兵衛様らしい若様を見れるなんて…。」
「そ、そこ?…ここからはお互い、生き残るために行動しましょう。なつのことは任せて。桜たちと一緒に守るから。」
「頼んだよ。孫四郎さんしか頼める人がいないから。」
「久太郎さんは堀家を守るために、吉継は自分の身を守るために、ですね。」
「…何が起こるのかわかりませんが若様の言葉をしっかり守ります。」
「久太郎さん、吉継のことをちゃんとまもってあげてね。それから―」
「行ってくるね、孫四郎さん。」「行ってきます、若様。」
危ない、危ない。これ以上喋ったら、久太郎さんたちに迷惑をかけちゃうところだった。…ご武運を。
五月十五日
家康殿ご一行が到着した。
「よく来たな、家康。」
「はっ。先日は駿河一国の加増―」
「堅苦しい挨拶はなしだ。…少し街を散歩してから夕食にしよう。それでよろしいか?」
「…はっ。」
上様らしいけど…まあいいか。
「これが孫四郎殿の家ですか。」
「うむ。この家は五郎左が作った家でな。…孫四郎に説明してもらった方が早いか。」
「全部丸投げですか…。ええと、この家は丹羽様に建ててもらった家です。僕は火事の時に燃えてしまう可能性がある木造建築は嫌いなので石で全て作ってもらいました。…池もあります。鯉を飼っています。…後は見ればわかる通り広いです。以上かな。」
「…次行こうか。」
何でシュンってしているんですか?話を振ったのは上様ですからね。
その後、色々な場所を巡った後、皆は安土城の宴に参加するために再び城の方へ歩き出した。だけど僕らは城に向かわない。
「え、孫四郎様?何故、私の手を引っ張って…。」
「あっちは大人の世界です。万千代さんは、まだそんな辛い目に遭わなくていいので。」
「…酒ですか?」
「そういうことです。」
「いいな、お二人は。」
「蘭丸も来ればいいじゃん。」
「…良いのですか!」
急に笑顔になっちゃって。
「上様!蘭丸は僕の家で食べさせてから城に帰しますね!」
「わかった。遅くなる前に帰してやれよ。」
そんな遅くはならないと思いますよ。きっとね。
「ただいま帰りました。こちら徳川から来た井伊万千代さんです。」
「井伊万千代と申します。本日から三日間よろしくお願いします。」
「とりあえず荷物を置いてください。食事は用意してあります。」
「あ、はい!」
「…確か3日間安土で滞在した後は京と堺に向かうのでしたよね?」
「はい。信長様が是非、見ていってから帰ってほしいと言っていましたので。」
「京にも昔、僕らが住んでいた家があるんですよ。かなり小さいですけど。」
「へー。その家、私が買ってもいいですか?」
「うーん。流石にやめといた方がいいと思う。もしかしたら泥棒が住んでいるかもしれないし。」
「え?」
「安土に引っ越して以来あの家には一度も戻っていないからね。鍵はここにあるけど窓が割られているかもしれないし…。」
「…鍵?」
「もしかして万千代さん、家に鍵つけてないの?」
「…はい。」
…鍵をつけないと危ないのに。
「…それにしても御馳走、すごいですね。」
「そ、そう?天ぷらにお寿司、魚の塩焼きとかだけど…。」
「やっぱり孫四郎様は只者じゃないようですね。」
「こんなんじゃ孫四郎様のすごさは語れませんよ。いつも奢ってくれるんですよ。」
「え、いつも、こんな豪華な食事を⁉」
蘭丸、それは言いすぎだ。僕が君に奢ったのは全部、和菓子だけだ。
「…今から前田家に仕えちゃ駄目ですか?」
「駄目だと思いますよ?家康殿になんて言われるか…。」
「まあ、そうですよね…。」
そもそもこれ以上、僕が給料を払えないのも理由だ。吉継と新九郎の2人だけでも厳しいのにさらに1人増えたら…。
「…今日は美味しかったです。ごちそうさまでした。」
「もう帰るのかい?」
「この後、城に戻ったら後片付けがあるので。」
「気をつけてね。」
「はーい!」
可愛いな、蘭丸は。もう数えで18歳なのにまだ声が高い。僕も高い方だけど音域はアルトぐらいだから…うん、あの子はもっと珍しい。
「孫四郎様!お風呂の準備が出来ました!」
「いつもありがとう、新九郎。万千代さん、先に入っていいですよ。」
「ありがとうございます。」
…よし、風呂に行ったね。
「梅!今、暇?」
「暇ですけど…今日もですか?」
「うん。…今日は負けないよ。」
ここ数日、ずっと梅と将棋で勝負しているんだけどここまで0勝8敗なんだよね。今日こそは負けられない。絶対に勝つぞ!
~信長視点~
皆、眠ったか。
「…家康、六階まで来てくれるか。」
「六階ってまさか。」
「今宵は二人で思い出話でもしようじゃないか。」
「しかし、何故、今頃になって―」
「良いではないか。余と…俺とお前の仲だろ?」
「…初めて信長様に会ってから35年経ちましたな。」
「あの頃はお互い幼かったな。当時の竹千代は孫四郎と同じぐらい真面目だった。」
「信長様も巷ではうつけと言われていましたが実際会ってみたら全然そんな感じではなく、むしろ、当時からこのような方が天下を取るのだろうなと思ってました。」
「…清州で盟を結んでから20年。」
「あの時の儀式も信長様らしいやり方でしたね。」
こんな風に話していたらあっという間に時間を潰してしまうな。…本題に入るか。
「家康は今後、どうやって生きていきたい?」
「…そうですな、もう周りに敵はいませんので今後は東北の反織田派の大名の調略でもしましょうか。」
「織田抜きで考えたら?」
「それってどういう―」
「いいから、考えてみろ。」
「…つまり織田家のことを何も考えないで行動できる場合と解釈します。その場合は…三遠駿の民とともに豊かな国作りを始める…かと。」
「家康らしい考えだ。…この後は十兵衛の家に泊まるんだったな。」
「はい。」
「…今日はもう寝ようか。疲れたであろう?」
「そうですね。…夜空がきれいですな。」
「…あの星が長政、あれが信康、そしてあのすごい光っているのが三左かな。」
「…昔の三郎殿に戻られたようで。」
「竹千代こそ。」
「ふふふ。竹千代はいつでも三郎殿の右腕として…信長様?」
何故だ、何故涙が止まらぬ。
「…気にするな。早く行かないと十兵衛が心配するぞ。」
「…左様ですな。」
~家康視点~
あのような信長様を久しぶりに見た。…何かあったのだろうか。
「家康殿、お楽しみいただけましたか?」
「はい。おかげさまで。」
「そうですか。…風呂の支度は出来ております。」
「ありがとうございます、光秀殿。」
…む?光秀殿の様子がいつもと違う?…まさかこの者謀反を考えているのか?いや、それはないだろう。あの光秀殿だ。信頼されている光秀殿がまさか、な。
十七日
~孫四郎視点~
「おかげさまで充実した3日間を過ごすことが出来ました。」
「こちらこそ、万千代さんが来てくれてすごく楽しかったです。…これ、お土産に持っていってください。桜が作ったお饅頭です。」
「前田家の皆さんは本当に仲が良くていいですね。…井伊は昔、内輪揉めがあったり裏切りが立て続けに起こったり…本当に今まで辛かったです。でも、今、私が頑張ることできっといつか皆のためになる。そう信じて日々、頑張っています!」
「その意気ですよ、万千代さん!」
「では、我らは京に向かいます。」
「気をつけろよ。…達者でな、家康。」
「ええ、信長様もお元気で。」
そう言って家康様一行は京に向けて出発した。
「…十兵衛、終わったばかりで申し訳ないが来月、秀吉の援軍に向かってやってくれないか。」
「承知しました。」
「この戦の働き次第によっては石見と出雲を新たに加増するつもりだ。」
「ま、誠にございますか⁉」
「ああ。…但し、上手くいかなかったらその話はなしだ。…頼んだぞ。」
「お任せください。秀吉殿と共に毛利を蹴散らして見せましょう。」
そう言って十兵衛様は帰っていった。…あの目、怪しい。
「孫四郎は北陸に―」
「上様…いや、信長様、明日の夕刻に大事なお話があります。」
「…余もある。わかった。明日の夕刻、天守で会おう。」
…決めたよ。僕は本能寺の変を回避して見せる。上様も信忠様も信澄様も蘭丸も皆、守るんだ。
勝家、秀吉、家康。この3人と信長の別れは先を知っている私からしたらちょっと切ない気がします。
次回、120話はいよいよ孫四郎と信長の最後の会話シーンです。いよいよ信長、退場が目前までやってきました。果たして孫四郎は本能寺の変を回避できるのか。また、信長は孫四郎と何を話すのか。お楽しみにお待ちください!