117 信長様と旅に
連続投稿最終日です。
四月十日
「では、行くぞ。十兵衛、京でまた会おう。」
「はっ。」
十兵衛様に見送られながら僕らは駿河に向かうことになった。
「信長様!」
「家康!どうしたのだ、別に駿府で待っていても構わなかったのに。」
「…此度の遊覧、私めが案内役を務めさせてもらいたく―」
「何だと⁉」「ええ⁉」
僕ら2人で同時に驚いちゃったよ。まだ話の途中なのにね。
「既に宿も準備しております。そして絶対に上様に一大事が起きないよう、護衛の兵も各地で用意してあります。さらに、食事も―」
「わかったから行くぞ。…ありがとう。」
え。上様が素直にありがとうって言ったよ。久しぶりに聞いた気がする。
十一日
「こちらが本栖湖にございます。」
本栖湖って富士五湖の中の一つの湖だよね。…昔の湖ってこんなに綺麗だったんだね。
「孫四郎様!すごい綺麗ですね!」
「そうだね。…あっ、鱒が泳いでるよ。」
「鱒?それは美味しい魚ですか?」
嘘?蘭丸は鱒を食べたことないの?
「美味しいよ。俺もよく、小さい頃の食事でこの魚が塩焼で出てきたんだけど皮はぱりぱりしているのに身が柔らかくてすごく美味しかった。」
そうか、賦秀さんは日野出身だから多分琵琶湖の鱒がご飯で出てきたんだね。…いや、だとしてもこの鱒と琵琶湖の鱒は種類が違うし、そもそも魚って大体そんな食感じゃないかな?食レポ下手ですね…。
「そうなんですね。蘭丸も食べてみたいです!」
「流石に今すぐには出来ないけどまた今度、琵琶湖に行く機会があったら蘭丸も誘ってあげるね。」
「嬉しいです!孫四郎様とお出かけできるだけで私は幸せです!」
だったら今も…まあいいか。
十二日
「こちらが白糸の滝と呼ばれる場所でございます。」
「頼朝が和歌を詠んだ場所か?」
どんな覚え方ですか、信長様。せめて世界遺産…はこの時代ないんだっけ。
「仰る通りでございますな。ちなみにその頼朝公は―」
「綺麗ですね。お水が真っ白です。」
蘭丸、ナイスだよ。多分あのままだと家康殿による頼朝独談会が始まるところだった。
「何でこんなに真っ白なのでしょう?」
「水が勢いよく流れる時に水の中に細かい泡が入るんだって。泡って丸いでしょ?その泡によって水の表面が真っすぐじゃなくなるから水にお日さまの光が当たる際に光の方向が変わることで僕らの目には白く見えるって葡萄牙の人が言ってたよ。」
ここで乱反射とか言ってもぽかんとするだけだろうからなるべく簡単な言葉で言ったけど理解してくれたかな。
「す、すごいです。蘭丸にはよくわからない世界です。」
あちゃー。頑張って説明したけど駄目だったか。
「簡単に言えば目の錯乱ってことだな。」
「まあそういうことです。…賦秀さんは理解できたんですね。」
「だって孫四郎は昔からこういう難しい話しかしないから…段々理解できるようになってきたよ。」
「そう言えばそうでしたね。」
「目の錯乱か。じゃあ後ろに変な男の人が刀を振り回しているのも蘭丸の錯乱ってことですかね?」
「流石にそれは…え?」
てっきり冗談かと思った。誰だ、あれは。
「待て!俺の玉を馬鹿にしただろ!」
「してません、してません!…ひいっ!」
危ない!
「ちょっと君!危ないでしょ!…って与一郎君?どうしたの?」
「御放しください、孫四郎様!この者、俺の玉より可愛い者がいると―」
「そんなこと言ってません!…私の妻が可愛いとは言いましたが―」
「言っているじゃないか!…ひっ!」
「そこまでにしろ、与一郎。」
賦秀さんが刀を首元に近づけてようやく与一郎君は大人しくなった。
「全く、君ももう20歳になったんでしょ?そこの蘭丸を見習いなよ。まだ立派な成人とは言えないけど与一郎君よりはずっと大人しいよ?」
「…孫四郎様は永姫様を馬鹿にされたら怒らないんですか?」
「そりゃあ怒るよ。でもね、そんなことでいちいち人を殺していたら玉さん含め皆からひかれちゃうよ?」
「…じゃあどうすれば―」
「まずは我慢をする。…それでも我慢できなかったら爆発させるんじゃなくて別の方法で発散させる。」
「つまり人を切って―」
「例えば、鉄砲で的あて、とかな。」
それは僕のことを言ってます、賦秀さん?
「なるほど、つまり人を撃つ―」
「どれだけ人を殺したいの?…それか玉さんと愛し合うとか?」
「なるほど!その手がありましたか!わかりました。もっと玉と愛し合います!」
これ、違う意味でやばい方向に導いちゃったよね。
「蘭丸はこうなっちゃ駄目だぞ。」
「…絶対にこうはならないようにします。」
モンスター与一郎。怖すぎる。
夜
僕らは今、富士山本宮浅間大社にいる。今夜はここで一晩過ごす。
「こちらが本日の食事でございます。」
…え⁉こんなもの食べていいんですか⁉これ、京都の公家の人が食べていそうなメニューですよ!
「…家康、この費用を後で教えてくれ。」
「「流石にやめましょうよ、上様。」」
僕と賦秀さんで思わず突っ込んじゃったよ。まあ、冗談だとわかるけどそれでも、ね。
「…旨い!この山菜、どこで取れたやつだ?」
「恐らく信濃から来たものですな。」
「くそっ、信玄め。こんないい野菜を長年食べていたなんて。…もっとはやく滅ぼせばよかった。」
「い、いや、流石に信長様の力があっても信玄には流石に…。」
「冗談だ。…そういえば与一郎。昼間の騒ぎ、余はよく見ていたぞ。罰として―」
「お許しください!もう二度とあんな騒ぎはしませんから!」
「ならぬ。…この魚の塩焼きを没収するだけで許してやる。」
…絶対、塩焼きが美味しかったからもう一個食べたくて無理やり与一郎君の魚を奪ったんでしょ。目がそう言ってるよ。
「旨い!…孫四郎のも―」
「僕はあげませんよ?」
「…じゃあ蘭丸が―」
「私も自分で食べたいです。」
「…くっ。じゃあ賦秀、お前のを―」
「ん?何か言いました?」
怖いですよ、賦秀さん。取られたくないからってそんなとぼけ方は駄目です。
「…私の魚が。」
流石に与一郎君をフォローすることは申し訳ないけど出来ないよ。
ふうっ。たくさん食べたね。
「上様!北条氏政殿がどうしても今会いたいと!」
…え?今は夜ですよ?…え⁉北条氏政⁉
「そうか。…どうする、孫四郎。」
「僕に聞きますか…。せっかく来ていただいたのです。今お会いしないと今後の北条家との友好関係に亀裂が入るかも―」
「そうじゃない。お前は来るか?」
…そういうことか。義理の兄となる男に挨拶するか?ってことね。そんなの一択ですよ。
「もちろん、会ってみたいです!」
「…其方らしいな。わかった。余についてこい。」
え、まさか玄関で会おうとか考えてませんよね?
「この時間だ。中に入れたらお互いに面倒くさい。」
やっぱり上様に僕の心の中は読まれているらしい。…それかたまたまか。
出入り口に向かった。…この人が北条氏政か。獅子のオーラみたいなものを感じる。
「…其方が北条氏政殿か。」
「いかにも、北条家前当主、北条新九郎氏政と申します。」
「余が織田上総介信長だ。…そこにいるのが。」
「前田孫四郎利長です。よろしくお願いします。」
もう夜遅くでちょっと頭の回転が悪いや。なるべく失言しないように気をつけないと。
「今日は顔合わせか?」
「はい。信長様が浅間大社まで来ていると聞いたので今しかお会いする機会はないかと思いまして。本当は息子も連れていきたかったのですが少し体調を崩しており隠居の私がご挨拶に向かうことになりました。」
「…そうか。」
上様も眠いのか。
「…孫四郎殿は梅を保護して下さったとか。」
「勝頼殿に頼むと言われたので。…当初は戸惑ったんですよ。本当に私が梅さんを預かってもいいのかと。でも、梅さんは私が疲れている時も優しい言葉で励ましてくれるすごくいい子だなって思ったので段々、梅さんのことが好きになりました。」
「その言葉、どうやら本当のようですね。…妹のことを頼みましたよ。」
「え、返さなくてもよろしいのですか?」
「梅と孫四郎殿がお互い信頼しているのであれば兄としてそれを見守ることしかできませんよ。」
「…!ありがとうございます、氏政殿…いえ、義兄上。」
「今後はいい関係を築けるといいですな。」
この人、いい人だ。今、思い出したけど北条ってすごく家族の仲がいいんだよね。昔、信用できないとか考えちゃってごめんなさい。
「…そろそろ時間がきたようです。」
「お気をつけてお帰り下さい。…上様も何か言ってくだ…寝てますね。」
「きっと日頃の疲れを抜くことが出来てほっと安心してしまったのでしょう。」
それはないでしょ。でも大事な来客中に寝るなんて…らしくないな。
「またいつかお会いしましょう。」
「はい。…梅さんは絶対に僕が守りますから。」
「…!頼みました。」
そう言って氏政殿は帰っていった。…泊って行ってはどうですか?って聞けばよかったかな?
その後、ゆっくり東海道を西へ進み、四月十六日に浜松城に着いた。富士山、すごい綺麗だったな。次はいつ見れるだろうか…。
「では、来月、安土で。」
「待っているからな。今度は余が御返しをする番だ。」
「万千代さんもわざわざ見送りに来てくれてありがとうございました。…来月、安土でですね。」
「はい!…今度お会いした時は恥ずかしい所を見せないようにします。」
ここで宣言されても…。
「そろそろ出港ですよ、上様。」
「では、待っているからな!家康!」
「はっ!」
こうして、僕らの長い長い富士遊覧は幕を閉じた。…今度は家康殿をもてなさなくちゃね。
着々と本能寺に近づいています。
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