114 甲州征伐 ⑤また生まれ変われるならば
甲州征伐シリーズ最終回です。
三月十一日 躑躅ヶ崎館
~信忠視点~
いよいよだ。あの武田家を織田が滅ぼせる。…おっと家康殿がやってきたようだ。
「信忠様、援軍に駆けつけました。」
「お待ちしておりました、家康殿。それから穴山殿も。」
「…あれ?滝川殿と孫四郎殿もいると聞いたのですが…。」
「ああ、あの2人ですか。あの2人なら…。」
~孫四郎視点~
僕は一益様と一緒に田野までやってきた。勝頼はきっとここに来る。思い出したんだ。武田が滅びる地は天目山…ではなくその山の麓の田野という場所って日本史の先生が薄っすら言っていた。つまりここで待っていれば…。
あれ?白旗を振っている?…降伏宣げ―違う!無抵抗の意志を示しているんだ。白旗を掲げるの意味は一般的には降伏宣言だけどここまで来て降伏というのはありえない。…そしてもう1つの意味、無抵抗の意志は降伏と若干似ているけどこれは話し合いをしたいとか和睦…つまり仲直りの意味でも使うことがある。だったら…。
「一益様、白旗はありますか?」
「いや、それだとこちらも…そういうことか。わかった。すぐに用意しよう。」
どうやら一益様も理解できたようだ。勝頼は心から戦おうと思っていない。でも降伏しても上様に処されるだけ。だったらどうすればいいか?まず、話が通じる相手なら話し合いをする。つまり僕らのことを話が通じる相手だと思って白旗を振っているんだ。
「これを振ればいいか?」
「そうですね。…いや、ここは僕が振ります。」
史実にはない動き。つまり勝頼…殿も―
~勝頼視点~
白旗を振り始めて10分。何故か織田軍も白旗を振っている。あの若い男、もしかして…。
「…どうやら俺の意志は通じたようだ。ほら、白旗を持ったままこちらに近づいてくる。」
「…一体どうするのですか?」
梅が怖がりながら俺に聞いてきた。
「…本当は兵の助命を願おうと思ったがどうやら相手が俺と同じ運命を握っているようだから少し話をしてもらおうかな。」
「…梅も一緒にいてよろしいのですか?」
「いいとも。梅は私の自慢の妻だから。」
「…!勝頼様…!」
梅が泣いているところを俺は初めて見たかもしれない。…大丈夫、きっとお前の命は助かるよ。
~孫四郎視点~
「一益様、ちょっと勝頼殿と話をしてきます。」
「…承知した。何かあったらすぐに戻ってくること。其方が死んだら俺も信忠様も悲しむからな…。」
「流石に死にそうになるとは思えないですけど…一応この鉄砲3つは置いていきますね。刀だけあれば何かあっても大丈夫ですし。」
「…まあ、孫四郎ならそれで大丈夫か。行ってこい。」
あれ?案外すぐに許可を取れた。丹羽様だったら「駄目だ!」って言うだろうに。これが一益様のやり方か。
殺されたら嫌だからずっと白旗を振りながら武田陣に接近する。
「…織田家家臣、前田孫四郎利長と申します。少しお話をしたくて白旗を掲げながらここまでやってきました。」
「武田家当主、四郎勝頼だ。ここにいるのは俺の妻の梅、そして嫡男、太郎信勝である。」
「…不思議ですよね。合戦中に和睦を結ぶわけでもなく話し合うなんて。」
「これも俺たちが未来のことを知っているから出来るのだろう。」
「やはりそうでしたか。史実にない動きでしたので怪しいなと思ってこちらも旗を振り返したのです。」
「…俺はその昔、いや、未来か。左右を見ずに横断歩道を渡っているお婆さんを助けようとして車にはねられてそのままこの時代にやってきた。」
「僕は、爆発事故に巻き込まれてこの時代にやってきました。…でも、この時代に来て良かったことがたくさんありましたよ。大切な友達が出来たり、人生で初めてマイホームを買えたり…すみません。こんな時に楽しい話をしてしまって。」
「マイホーム?君はいくつで―」
「22で前世は死にました。この体の年齢は21…前世で数えたら20ですからそろそろあの時の年齢になりますね。」
「…織田家は楽しいか?」
「うーん。捉え方次第だと思います。でも、僕は楽しいですよ。織田家の皆さんは右も左もわからない僕にも優しく接してくれて失敗しても皆がカバーしてくれるので楽しく過ごすことが出来ています。…でも、勝頼殿は大名ですから…。」
「そうでもなかったよ。君と同じ感じだ。…俺、どうなるのかな。今度は―」
「父上、楽しい話をしてください。内容はよくわかりませんが最後ぐらい楽しい話をしてもらわないと…。」
「…そうだな。すまない、孫四郎殿。」
「いえ、別に気にしていませんから…。勝頼殿は私以外の転生者に会ったことがありますか?」
「ない。ということは君は―」
「あります。浅井長政殿が自刃する直前にお会いすることが出来ました。あの方も家族を大切にする素晴らしい御方でした。家臣にも慕われていて私には到底あの人を超えることは出来ないなと思いました。…もっと早く会えたら、きっと、長政殿も、勝頼殿も、助けることが出来たかもしれないな。」
「…孫四郎殿、俺の夢を託してもいいか?」
「…出来ることならなんでも。」
「俺は甲斐と信濃の民に笑顔でいてもらいたかった。でも、家督を継いだ時から織田・徳川と戦ばかりしていたから重税を民には押し付けてしまった。…どうか、甲斐と信濃を笑顔溢れる国にしてほしい。」
「…僕はとある方と約束しているのです。『皆が幸せに暮らせる世を作る』と。今の僕にはまだ実現は難しいかもしれませんがこの先数年…いや、数十年かけて実現できると信じています。…だから、きっと勝頼殿の願いも叶えることが、出来ると思いますよ。…いや、絶対に出来ます!甲斐、信濃のみならず日ノ本の民、全員が笑って暮らせる世を作ります!だって、この国には僕以外にもたくさん、優秀な人がいるのですから。」
「…!そうか、そうだったね。父上、昌景…皆の願いを叶えられる者をようやく見つけることが出来ました。」
…どういうことだろうか。
「…本当は北条に返そうと思っていたが考えが変わった。孫四郎殿、梅を任せてもいいか?」
え?…任せる、か。断ったら梅さんはきっと勝頼殿と一緒に死んじゃうよね?だったら断るという選択肢はないか。
「嫌です!勝頼様と別れるなんて絶対嫌です!」
僕がうんと言う前に嫌って言われちゃったよ。…まだ僕より若いのかな。ちょっと幼さが残っているね。
「俺だって嫌だよ。梅と別れるなんて。でも、今、ここで梅と死ぬことの方が嫌なんだよ。」
…これが本当の夫婦なのかな。違うよね。戦国の世じゃなかったらきっとこの2人はいつまでもずっと一緒に生きることが出来たはずなのに…。
「…でも、勝頼様がいなかったら、私は―」
「大丈夫。きっとこの子なら…いや、この人なら梅のことを大切にしてくれるよ。」
長政殿もそうだったけどなんで初対面の人にこんなに信用されるんだろう。
「…勝頼殿はどうして僕のことを―」
「任せてよいか?」
これ、答えないと次に進まないやつだ。…勝頼殿もわかってるな。これ、RPGのお約束要素でしょ?
「…大丈夫です。梅さんは絶対に僕が守ります。僕が必ず、お2人が…いや、武田家の皆さんが目指した未来を築きます!…一緒についてきてくれますか、梅さん。」
「…!…。」
あれ?何かまずいこと言ったかな。
「…はい。勝頼様、ごめんなさい。私はこの方の言っている未来にどうしても興味が出てきてしまいました。」
「…孫四郎殿、その様子を天で見届ける。全ての民が幸せに暮らせる世、其方ならきっと作り出せるはずだ。」
「…!ありがとうございます…。」
それ以上の言葉が出てこなかった。
「…そろそろ時間だ。孫四郎殿、滝川殿にこう伝えよ。我らは最後まで抵抗する、とな。」
「承知しました。…絶対に、絶対に梅さんにこれ以上悲しい思いをさせませんから。」
「…もしも、もしも生まれ変われることが出来たらその時はまた2人で会おうな、梅。」
この人、もしかしてボカロが好きだった?この台詞、僕も好きなんだ。『もしも生まれ変われるならばその時はまた遊んでね。』でしょ?…ってそれどころじゃない。
「…勝頼様!」
「行きますよ。…短刀を持ってます?」
「え、あ、その…。」
「死んじゃ駄目です。勝頼殿と約束しましたよね?…大丈夫。絶対に僕が君を守るから。」
「…はい。はい、孫四郎様…。」
そう言って、彼女は僕に抱きついてきた。…困ったな。こんな様子じゃ一益様に内通したか?とか言われても文句言えないじゃん。あ、疲れて寝ちゃった?…とりあえず急いで本陣に運ばないと。
「孫四郎、お前…。」
「話は後です。…勝頼殿は最後まで抵抗するようです。」
「…そうか。して、その子は。」
「…最後の決戦が終わったら話します。」
「…北条から来た勝頼の正室だろう?別に殺しはせん。お前がむやみに人を殺したくないのはわかるから。信忠様もきっと俺と同じ考えだろう。上様も…一度ごまかすことが出来たお前なら何とかなるか。」
それ、どういうことですか?…でも、理解してくれて嬉しいな。
「先に信忠様と合流していいぞ。ここは俺に任せろ。」
「…わかりました。ご武運を。」
~勝頼視点~
滝川軍が攻めてきた。…数は四千か。こちらは70しかいない。
「…勝頼様、私が時間を稼ぎます。その間に。」
「わかってるよ、昌恒。…危なくなったら退くのだぞ。」
「はい…。さらばです。あの世でお会いしましょう。」
昌次と性格が変わらんな。…さらばだ、昌恒。
~土屋昌恒視点~
「ここで散るが本命。…だが、ここから先は一兵も通さん!」
そう言って私は敵兵の固まりに突撃していった。…っと危ない。危うく崖から落ちるところだった。崖から落ちて死ぬなんて兄上が見ていたらきっと馬鹿にされるな。
「…馬鹿な。蔓に捕まって生きているだと?」
「言ったであろう?ここから先は一兵も通さぬとな。さあ、死にたい奴からかかってこい!」
「昌恒殿!援軍に駆け付けた!」
この声は…。
「小宮山殿!なぜここに?貴方は蟄居中だったはずでは―」
「勝頼様が最後の戦に挑まれると聞いてな。…わしも、あの方には世話になった。最後の恩返しとして勝頼様の時間稼ぎとなるがためにここにやってきたのだ!」
「…きっと勝頼様も喜ばれましょう。さあ、行きましょうか!」
そう言って、我らは勝頼様のために、最後まで戦い続けた。
…どうやら限界が来たようだ。ここまで蔓を掴んでいるため、片手で戦ってきたがそろそろ限界だ。
「ぐはっ!」
「小宮山殿!…まだまだ!土屋昌恒はこのようなところで―」
ダーン!
…ここで撃たれるか。兄上、昌恒は最後まで勝頼様をお守りすることが出来ました…。勝頼様、あの世でお待ち―
土屋昌恒・小宮山友晴討死。昌恒は最後の最後まで片手で織田兵を討っていたことから後世では『片手千人切り』という異名を持つことになる。小宮山友晴は蟄居中の身でありながら勝頼への忠節を貫くために最後まで勝頼を守った。彼らの時間稼ぎのおかげで織田兵は勝頼の下へたどり着くことが出来なかった。
~勝頼視点~
…そうか、友晴も来てくれたのか。すまなかったな、友晴。お前の言っていることはすべて正しかったのに…。
「…勝資、介錯を頼む。」
先に太郎が死ぬのか。…俺がその最期を見届けてやる。
「…さらば、ち、ち、う、え。」
「太郎!太郎!…次は俺だ。」
うっ!…梅、幸せに生きてくれ。父上、信房、皆…すま―いや!四郎はもうすぐ向かいます。また、あっちで皆で―
武田勝頼・信勝親子、切腹。これにより甲斐武田家は滅亡した。
勝頼も転生者でした。本作の転生者は確定しているのは4人(孫四郎、浅井長政、なつ、勝頼)でしたが四章でとうとう2人だけになってしまいました。
勝頼の最期は情緒不安定になってしまいました。いつか転生関係なく勝頼主人公の物語を作ってみたいのですが…他にもやってみたいことがあるので多分未執筆になる可能性が高いです。
武田が滅亡したということは次は本能寺かと思われる方も出てきそうですがまだまだ信長は生き続けます。次回は魚津城の戦いの前半部分と戦後処理をサラッと載せる予定です。