11 信長と孫四郎
いよいよ第一章もあと2話です。ここまでお読みいただきありがとうございます。ここまで続いていることに一番驚いているのは私かもしれませんね。ここまで来たら休止期間を除いたら毎日投稿したいなあ。
今日は半兵衛先生の授業を受けた後、先生と2人でゆっくり岐阜の市を散歩していた。
岐阜。この間、未来の主君となるかもしれない織田信長が井ノ口から岐阜に名前を変えた。元々井ノ口という地名は御坊様の間では岐山、岐陽、岐阜と呼ばれていたらしい。信長様が美濃を取ったときにあるお方が『井ノ口という名よりも縁起のいい呼び方の方がこの町にとってはいいことになる。我らが知っている3つの呼び方から1つ選んでほしい。』という相談を受け信長様は岐阜がいいと選んだそうだ。これが450年先までずっと地名が変わらないのだから改めて織田信長という御方がこの国に残した物は偉大だなと思った。
ところで当初はこの市を一人で見学する予定だった。だけど『街を歩くときは大人と一緒にいなくちゃ危ないでしょ』って母上に言われたから講義の後も暇そうだった先生を誘ったわけだ。まあそうだよね。いくら自分がいくら前世で大人まで生きたとしても今の体は子供だしね。心配するよね。
「ここで問題です。楽市令を一番初めに出したお方は誰でしょう?」
え、いきなりですか?それにしてもなかなか難しいの来たね。多分あの人で合っているはず。
「南近江の六角定頼公ですよね。」
「正解です。定頼公は経済発展のために楽市令を出して商人を城下に集めた結果、観音寺城周辺を大規模な商業都市に成長させたお方です。」
六角定頼という人はこの世界に来るまでは知らなかった。調べた結果、六角家史上最も優秀な当主で彼が生きていた頃にはあの三好長慶でさえ南近江には手を出すことができなかったそうだ。そんな定頼公だが僕が生まれる10年ぐらい前に死んでいるらしい。もし今も生きていたらと考えるとぞっとする。と思っていたその時だった。
「キャー!泥棒!」
泥棒?この時代でも出るんだ。…いや出るよね。だって泥棒の始まりは石川五右衛門だって渥○清さんが言っていたもん。多分石川五右衛門もこの時代から活躍し始めるはずだから時代的には合っているよね。と思ったら近くの壺屋からその泥棒らしい人が出てきた。あれ?あの人、花瓶と一緒に刀も持っている。…まさか。
「どけどけどけ!どかねば殺すぞ。」
やっぱりだ。この人、罪のない人を殺そうとしている。まずい。このままでは犠牲が出てしまう…。先生に相談するか。
「どうします?父上に助けを呼ぼうと考えましたが今は城勤めで今はおりませぬ。」
「私も武術は苦手だからなあ。下手に動けば逆にひどい目に合う。」
見た感じでわかる。先生は多分僕よりも剣術は弱いと思う。どうしよう。考えろ、自分。このままじゃ本当に犠牲が出てしまう…。そうだ。この体だからこそ出来ることがある。
「先生、ちょっと付き合ってもらっていいですか。」
そう言いながら背負っていた風呂敷からとある巻物を出した。先生も僕が何をしようと思っているのか気づいたらしい。即うなずいてくれた。よし、奴に近づくぞ。
「どけ、小僧!どかなきゃこの刀で殺すぞ!」
子供相手に殺すんですか?あ、そんなこと言ってはいけない。今は6歳の子供として相手に接する。6歳の子供になりきる。うん、多分いける。
「おじさんは泥棒は駄目なことって勉強してこなかったの?」
「お、おじさん⁉坊ちゃん、お兄さんはまだ二十―」
急に話し方が変わった。でもそんな反応は求めていない。
「どうしておじさんはどうしてその花瓶を盗んでしまったの?」
「え、あ、その。」
「盗むっていいことなの?おじさんがもしお店の人だったら物を盗まれてどう思う?嬉しい?」
動揺しているね。まさかこんな子供に言われるとは思わなかったのだろう。
「…ってそんなことどうでもいいだろう!どけ!」
もうこうなった以上態度は変えないだろうね。でもどかないよ。僕は泥棒の足にしがみついた。6歳…前世での5歳とはいえ身長は父譲りからはたまた自分の栄養摂取がいいためか前世の同じ年の自分よりも高い。
「何!坊主!離しやがれ!」
しがみついていて驚いた。この人、大柄そうに見えて体重はそんなにない。でもこのままの状態だと一歩間違えたら殺される。先生も少し慌ててるね。大丈夫。ここからさらに脅している。
「ねえおじさん。この町で窃盗を犯したらどうなるか知ってる?」
「…どうなるもこうなるも俺はこれから逃げるんだよ。」
話をそらすな。僕は知っているかについて聞いているんだよ。まあいい。とりあえず結論だけ言おう。
「死刑だよ。つまりおじさんはこの辺りの土地のお殿様の警備兵に連行されて首を落とされる。ほら、この巻物の7条を見てみてよ。『この市で売られている物を盗んだ者は即刻処刑とす。』って書いてあるでしょ?」
僕も最初にこの市のルールを知ったときは驚いた。そこまでして町の治安を守ろうとする信長様は一体どんな人なんだろう。って今はそれどころじゃない。
「…!そんな馬鹿な話あるか!」
「本当です。今の岐阜城主である織田信長様は治安維持のためにいくつかの法を作られました。決してこの市の治安を悪化させないために。」
先生、ナイスサポートです。
「…だとしてもだ。お前ら一体何者だ?たかだか町民当たりの身分なんだろう?」
「おじさんこの人のこと知らないの?竹中半兵衛って名前聞いたことない?」
周囲からは竹中?あの稲葉山城乗っ取りの?とささやかれてる。泥棒も焦ってきている。
「ええい!そんなの嘘に決まっている!」
あ、逃げるために再び足に体重をかけ始めてきた。逃がさないよ。こんなに騒ぎになっているんだ。もうすぐ警備兵の人も来てくれるはず。
「そこまでだ!下郎!」
「誰だ!」
ようやく来てくれたか。…いや、違うようだ。後ろを見るといかにも身分が高そうな武士の人がいた。半兵衛先生が頭を下げている。僕も下げるべき?でも僕が下げたらこの人が逃げるからここは申し訳ないけど下げられないよ。
「俺の町で暴れるなんて相当な勇気があるようだな?貴様。」
「俺の町ってまさか!」
「その者をひっとらえよ!」
男の人がそう言うと後ろに隠れていた何人かの兵士が泥棒を捕まえようと飛びかかってきた。危険を察した僕はすぐに足から離れた。泥棒はその隙に逃げようとしたようだが僅か3秒ほどで捕らえられ城の方へ運んで行った。ふう。一件落着かな。周りからは拍手が飛び交った。あれだけの騒ぎになったら確かに周りの人も何事かと見ちゃうよね。何か恥ずかしいけど嬉しい。ん?俺の町って言ってたよね。まさかこの人…。
「助かったぞ、半兵衛。やはりお前をわが家臣にして正解だった。礼を言う。」
「いえ、私はそんな大したことをしていません。それよりなぜここに?」
先生が男の人へ使う言葉遣いからその人が誰だかわかってきた気がする。もしも僕が考えている人と一致するのであれば今会いたくはなかったと思うんだけど。
「ありゃ?半兵衛殿と孫四郎もここにいたのか。」
「一体ここで何があったんだ?」
城の方から秀吉様と父上もやってきた。何で今来たんですか!遅いですよ!全く、息子を危険な目に遭わせて…。ってそんなこと言っている場合じゃない。
「俺も少し買い物がしたくてな。それで来てみればあんな下郎が暴れていて驚いたわ。おかげで何を買おうと思ったか忘れたわ。なあ又左、それから秀吉。」
「ええと確か茶器だったのでは?」
秀吉様がそう答えた。茶器好き?あ、僕が思っている人の特徴と一致した。
「そうだった。してそこの子供。名を何と申す?」
え、名前を聞いてもらえた。ここはニックネームじゃなくて今の名前を言うべきだね。
「前田犬千代と申します。」
「俺は織田上総介信長だ。お前のことを気に入った。なんて呼べばいいか?」
やっぱり。織田信長。天下の覇王と呼ばれた男だ。呼び方か。ええと孫四郎?そう呼んでもらっちゃっていいのかな。言ってみるか。恐れたら何も進めない。
「皆様からは孫四郎と呼んでもらっています。なので孫四郎と呼んでもらえると幸いでございます。」
「そうか。さっきの裁きはよかったぞ。前田ということは又左の子か?」
「はい。自慢の息子でございます。」
嬉しいね。自慢の息子って言ってもらえて。ちょっと顔が緩くなりかけた。危ない。
「そうか。孫四郎、お前、俺の小姓にならないか?」
え、今からですか?…嫌です。僕はまだ6歳。まだまだいろんなことを勉強したいよ。半兵衛先生に学べていないこともあるし。あ、年齢を言えばきっと許される。
「恐れながら、私はまだ6つです。貴方様に仕えるのはまだ早いかと。」
「何とまだ6つとは。又左、本当か?」
「ええ。そうですが…。」
父上、せっかくの出世チャンスを無駄にしやがってみたいな目でこっちを見ないでください。僕はまだ働きたくないのです。しばらくはこのままの生活を送りたいのです。
「ますます気に入った。だが早めに俺はお前を側に付けたい。いつ俺のもとに来てくれる?」
もう家臣になることは決定事項なんだ。ハハハ…。せっかく気に入ってもらえてるんだ。この人に色々なことを学ぶとは前々から決めていた。とすると3年以内がベストか?それ以上長引かせると僕に失意するかもしれない。
「2年間。2年間お待ちください。それまでに基本的な知識などを身に付けます。」
「言ったな。…いや2年は長い。1年だ。又左、今の教育係は誰だ?」
はい?1年のみ?小学1年生と変わらない年で仕えるんですか?早すぎません?
「武術は某の知り合いの者です。学問はそこにいる半兵衛に任せております。」
先生が担当になってたの?僕知らなかったよ?まず僕の趣味で通っているだけかと思ってたもん。先生も思ったより動揺してないし。大人って怖いなあ。勝手に物事を進めていく。
「半兵衛、1年で終わらせられるか?」
嘘でもいいから2年かかると言ってください。先生。
「…承知しました。この子なら1年で私のすべてを教えつくせると思います。」
あ、終わった。来年僕は信長様に仕えることが確定した。
「では孫四郎。1年後に迎えに行くからな。楽しみに待ってるぞ。」
「…はい。」
嫌だ嫌だ嫌だ。確かに家臣になりたいとは言った。だけど何が何でも早すぎる。せっかく天下の名軍師に出会えたのにもう別れなくちゃいけないの?でも父上と半兵衛先生はよかったよかったと胸を撫でている。心配してくれるのは秀吉様だけだ。「いくら何でも早すぎるよな。大丈夫か?」って聞いてくれている。ちゃんと現実がわかってくれている。今の僕の唯一の救いだよ。でもその秀吉様に対しても「大丈夫です、ハハッ。」としか返せない。怖いよ。親元を離れるツバメの子の気持ちがよくわかった。…いつまでも嫌がっていても決まっちゃったものはしょうがない。頑張ろう。自分の身が滅びない程度に。
信長と孫四郎の出会いの話でした。利家と半兵衛、何か企んでそうですね。果たして何を考えているのやら。
半兵衛は孫四郎が転生者という事実を知りません。あの時何とかごまかしきれた(?)ので多少疑いつつも彼のことを弟子として扱っている状態です。
最初にあげた通り次回で第一章はおしまいです。ですがそこで休むとかは考えていませんのでご安心くださいませ。