104 岡部元信という男の一生
高天神城。かつて今川家の支城だったが今川家滅亡後は徳川家が所有していた。だが天正二年、武田勝頼による第一次高天神城の戦いによりこの城は武田家のものとなってしまった。勝頼はこの城を遠江攻略の重要拠点とし、旧今川家臣で徳川の情勢をよく知っている岡部元信を城主とした。
しかし、長篠の戦いの後、徳川家による遠江奪回の動きが始まった。かつて馬場信房が築城した諏訪原城はあっという間に開城してしまった。続く小山城攻めでは一時徳川方が有利だったが勝頼が援軍に来たため家康は小山城を落とすことができなかった。
しかし家康は遠江奪回を諦めなかった。天正六年、大須賀康高に横須賀城を築城させた。これにより小山城から高天神城への兵糧輸送路を断った。天正八年八月には小笠山砦、能ヶ坂砦、火ヶ峰砦、獅子ヶ鼻砦、中村砦、三井山砦を完成させ高天神城の補給路は完全に断たれた。十月からは家康による高天神城包囲が始まりいよいよ落城まで時間の問題となった。
はや
十二月に入ると信長からも長谷川秀一、福富秀勝らを高天神城に援軍として向かわせた。この頃から城内では餓死者が続出していた。そして天正九年三月二十五日。ついに時はやってきた。
~万千代視点~
いい朝だ。この地に来て早6ヵ月。この戦、早く終わらないかな?戦が始まる前に、孫四郎様に送ってもらった大量の煎餅が、まだ浜松城の自室に大量に残ってるから早く食べきりたいんだけど…。
「万千代!鍋食べるか?」
そう話すのは本多忠勝様だ。
「え、今日もですか?」
「鍋は健康にいいぞ!孫四郎も俺の味は文句なしって言ってたし。」
鍋の味の問題じゃないのです、忠勝様。流石に5日間連続朝飯鍋は飽きますよ。
「平八、流石に皆飽きてるぞ。今日は料理役に作ってもらおう。」
「ヤス!その通りだな!」
怖っ…。切れたかと思ったらその通りだ!って。
「…いよいよだな。」
え?何がですか?
「ああ。明日には帰れるぞ、万千代。」
まさか…戦が終わる?
亥の刻半
~岡部元信視点~
これで最後の食事だな。…我が人生悔いなし。
「…皆すまぬな。勝頼様の援軍は来れないようだ。このまま飢え死にするぐらいだったら最後は突撃しようと思うが…よいか?」
「顔を上げてくだされ、岡部様。この7年間、貴方のやり方は何も間違ってなかった。…行きましょう。徳川を巻き添えにしてくれる!」
家康…竹千代!これが最後の戦いじゃ!
「城から討って出たぞ!かかれかかれ!」
見覚えのある者ばかりじゃのう。流石は三河武士。士気だけはどこの家にも負けぬな。
「…そこの老人。この大久保彦左と一騎打ちせよ。」
見た感じ若造だな。
「ふっふっふ。若造に一騎打ちを申し入れられるとは…よかろう!いざ!」
いい槍捌きだ。…だが、甘いな。この程度ではわしは倒せ…しまった!うっかり体勢を…。
「元信、其方の槍技は見ているだけで気持ちが良いの。」
何だ?これは…。何故目の前に義元様がいる?昔のわし…俺か?
「ありがたき幸せ。」
「…何故、元信は槍で余に仕えておる。其方なら太刀の方が向いていそうだが…。」
「いえ、太刀も簡単に振れますが槍じゃないと駄目なのです。槍は多くの敵を纏めて飛ばせる。だから私は槍が好きなのです。」
「岡部殿、どうすればそのような立派な体付きになるのでしょうか?」
今度は竹千代か。
「日々の鍛錬よ。でも竹千代は学問に励んだ方が義元様のためになると思うぞ?」
「…いえ。それだけではいざという時、義元様を守れません。」
「…わかった。じゃあ刀を教えてやる。」
「元信がいれば徳川・織田攻めは簡単じゃの。」
「御館様、織田を舐めてはいけませぬ。」
「舐めてはおらんよ。だが、鉄砲は雨の日は使えないじゃろ?」
「…確かに。鉄砲が使えない織田は油断しなければ勝てる。」
「いやいや。簡単には行かんよ。」
御館様は何を考えているかわからなかったな。
ハッとした。そうだ。ここで死ぬわけにはいかぬ。ここで死ぬわけには。
「ヌオー!」
「やばい!この爺、強すぎる!」
まだまだ負けぬ!
「そこまでだ!元信殿!」
次の瞬間、わしは腹を刺された。
「…家康。」
「卑怯な行為お許しいただきたい。…だが私も大事な家臣を失いたくない。やむを得ず―」
「言うな、竹千代。…強くなったな。」
「…信康の件では世話になりました。」
「あれぐらい…何で泣いておるのだ。徳川家康!お前はもう大名なのだぞ!主君がしっかりしないでどうする!義元様はどんな時でも堂々としていたぞ!」
「…今、すぐに刀が出たのはあの時の元信殿の言葉のおかげなのだ。家臣を大事にしろ。その言葉を忘れた日は一日もない。その元信殿を殺すなんて―」
「やれ。…お前なら信長と上手くやれるはずだ。武田を滅ぼし、天下を、取れるはず、だ。」
「すまない!元信殿!」
岡部元信、討死。これにより家康はさらに遠江・駿河攻略が進むことになるのだが…それはまた別の話。