表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
【番外編】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/94

【レイナード家のその後】お父さんと呼んだ日(3)

手紙を配り終えてクローリーのもとに戻ろうとしたパーシヴァルは、廊下の角を曲がったところでクローリーの後ろ姿を発見して声をかけたのだが、彼は三人の女性と話していた。



仕事の邪魔をしてしまったのだと思い咄嗟に謝ったが、駆け寄ってきたクローリーの必死な表情にハッとして、『逃げろ』というクローリーの言葉の意味は理解した。


意味が分からないと騒ぐなど無駄なことはせず、次の仕事をもらおうと先を急いでミロを置いて戻ってきてしまったことを悔やむ。



「その子?」


「イブリン嬢、まだ午前の仕事の時間です」



そういってクローリーが女性たちの視線を自分に集中させようとしてくれていることが分かったが、彼女たちの目はパーシヴァルから離れなかった。



「ああ、パウダールームに長居し過ぎて時間の感覚がないのですね」



クローリーがにっこり笑って挑発するとそれは功をなし、彼女たちの視線が自分からクローリーに移ったところでパーシヴァルは後ろの階段に向かって走る。



「あっ」


「逃げたわ!」



苛立った声にパーシヴァルは恐怖する。


パーシヴァルは走った。


感情的になっている者に正論など通じないことを知っていた。



「わっ」



後ろからクローリーの焦った声が聞こえたが、今の自分にできることは逃げることだとパーシヴァルは割り切って階段を目指す。



後から知ったことだが、イブリンの取り巻きたちはこの手のことに慣れていた。


いままで幾人もの恋敵たちを多勢に無勢で追い詰めて、イブリン視点でいえばヒューバートを狙う不届き者を追い払ってきたのだ。




「待ちなさいよ!」



『待て』と言われても待ってはいけない。


逃げると決めたら後ろを振り返ったりせず、安全な場所まで急ぐ。


ミロに教わった護身方法を思い出しながら、少しずつ近づいてくるヒールの音に振り返って相手との距離を測りたい気持ちをグッと抑えてパーシヴァルはひたすら走った。



(怖い、怖い……お母さん‼)



辺境の街では『よそ者』や『父なし子』として嫌厭はされたが、遠巻きに軽蔑の視線を向けられただけで害意を直接向けられたことはなかった。



(三階……あと少し……でも、侯爵様がどこにいるか分からない)



クローリーが四階といっていたからパーシヴァルは四階を目指したが、四階のどこにヒューバートたちがいるか分からない。


こんなことならばさっき手紙を自分で届けに行けばよかった、とパーシヴァルは後悔した。



それがいけなかった。



不安が伝染したのか足元がもつれ、パーシヴァルの体が前方に投げ出される。


幸い転んだところが踊り場だったため階段を転げ落ちることはなかったが、転んだショックで立ち上がるのに時間がかかり、その間にイブリンたちに追いつかれてしまった。



「捕まえた……突然逃げるのだから、困ったものね」



向けられたイブリンの歪んだ笑みには悪意しかなく、パーシヴァルは恐怖のあまり震えることしかできなかった。



「ちょっと、さすがにやり過ぎ……」


「うるさいわよ!」



追いかけっこで狩猟本能が刺激されたのか、ついてきた取り巻きの制止する声を聞く理性はイブリンにはなく、醜悪で獰猛な笑みをパーシヴァルに向ける。



「あらあら、ケガをしているじゃない。おいで、手当てしてあげる」



狂気にみちたイブリンの瞳と無遠慮に伸びてきた手にパーシヴァルが身をすくめた。




「何の騒ぎだ?」



突然頭上から降ってきたヒューバートの声に、反射的にその場にいた全員が顔をそちらに向ける。


自分を覆うように立っていた女性二人が姿勢を変えたことで、ひらけた頭上からヒューバートとパーシヴァルの目が合った。



 ***



一階で仕事をしているはずのパーシヴァルがこんなところになぜいるのか。


目が合ったパーシヴァルの顔に恐怖があることに気づいたヒューバートは、パーシヴァルが対峙しているイヴリンに気づいてこの状況を理解した。



「子どもに触るな!」



パーシヴァルに伸ばされたイブリンの手のとがった爪にカッとした勢いのまま階段を跳ぶように降りたヒューバートはイブリンたちを押しのけ、パーシヴァルの前にしゃがみ込むとその全身を確認して顔を青くした。



「ケガを……膝から血が出ているじゃないか! アラン、医者を呼べ!」



ヒューバートと同時に状況からアランも経緯を察したようだったが、パーシヴァルがケガをしていると聞いて慌てて階段を飛ぶように降りていく。



「もう大丈夫だ、ほら、おいで」


青褪めたパーシヴァルを気遣うように、ヒューバートはいつも以上に優しい声を心がけながら「おいで」と繰り返す。


そしてパーシヴァルがそろりと体を起こし始めると、「つかまっていろ」と優しく声を掛けてからパーシヴァルの膝裏に腕を回してその小さな体をふわりと抱き上げた。



「気分は悪くないか?眩暈……視界がぐるぐるするようなことは?」


「……大丈夫、です」



強張った声と体をほぐすように、ヒューバートはポンポンと優しくその背中を叩いた。



「大丈夫、大丈夫……怖かったな、もう大丈夫だぞ」


「……………ふえええええん」


「パ、パーシヴァル⁉」


「お父さああああん」



年齢よりも大分大人びてみえるパーシヴァルが突然泣き出したことに驚いたヒューバートだったが、そのあとの「お父さん」と言われたことに理解が追いつかないほど驚いた。


結局、アランが手配した医師と警備員が駆け付けるまで、ヒューバートは「お父さん」と泣きながらしがみつくパーシヴァルの成すがままで、なぐさめることもできずに突っ立っているだけだった。



 ***



「これの郵送手続きをお願いします」


「これで終わりですよね? これを処理したら僕は長期休暇に入りますからね」


「はいはい、分かっていますよ。その証として処理を終えた手紙は私がメッセンジャーズ(郵便ギルド)に持っていきますから」



念を押すクローリーに苦笑しながら、アランは郵送手続きが終わるのを待つ。



「今回はどこに行くのですか?」


「東の地方をぐるっと周る予定です。閉鎖的なところなので情報も少なく、自分の目で見てこようかと。アランさんの休みの予定は?」


「サンクスホリデーの制度はまだ新しいですからね。導入しているところは王都でも半分弱、地方では二割もありません。結局は緊急事態に備えて王都内で待機していないと」


「ヒューバート様を呼び出すわけにいきませんからね」


「本当に」



ヒューバートは先ほど帰宅し、これから彼も長期の休みに入る。


かつては「感謝の日? 子どもでもない大人の我々に何の関係が?」と言っていたヒューバートだったが、パーシヴァルの職場体験以来「感謝の日は親が子どもと過ごせるよう、学校と同じ期間を休みにすべきだと思う」と手の平を返すような発言をそこかしこでしている。



感謝される側も休みが欲しい。



レイナード商会の流れに乗るように、ノーザン王国中の親である者たちが「感謝の日は子どもだけでなく大人も休みにしてほしい」と声高に要求するようになった。

 

労働時間と収益が比例する以上、長期休みの新規導入は商売にとってマイナスにしかならない。


その点を休み推奨派で最も声が大きなヒューバートに諭した者もいたが、「子どもが親の仕事を理解する機会を設けることは子どもの将来設計に大きな影響を与え、長い目で見れば経済的にプラスになる」と答えられてぐうの音も出なかったらしい。


その堂々とした姿に休み反対派の何人もが寝返ったのだが、その堂々とした主張の影にあるのは「初めてお父さんと呼ばれた嬉しい日」だとは彼らも思うまい。



あの日、アランが連れてきた医師がパーシヴァルのケガと泣きはらした目を診ている間、ヒューバートの普段の怜悧な雰囲気は鳴りを潜めてポヤポヤとしていた。


医師がヒューバートの診察も必要ではないかと思うほどポヤポヤしていた。


魂が抜けていた。



ケガの報せを聞いてパーシヴァルを迎えに来たアリシアの前では、恋する男の意地が発動したのか普段のシャキシャキした感じではあったが、二人が立ち去れば再びポヤポヤとしていた。


そして「パーシヴァル、俺のことをお父さんって言ったよな」とアランたちは耳にタコができるくらい何度も尋ねられた。



「今日のヒューバートは使いものにならない」と判断したアランはヒューバートに帰宅を促し、部下に護衛を手配させて自分はヒューバートの仕事の調整をするために会長室に籠った。



その三十分後、調整をあらかた終えたところでレイナードの騎士たちがアランを訪ねてきた。


彼らの青い顔にめちゃくちゃイヤな予感がした。



聞けば、ヒューバートがいないとのこと。


アランは慌てて彼らと共に一階の受付に行き、スタッフや守衛にヒューバートをみなかったかと訊ねれば、かなり前に建物を一人で出ていったことが発覚。


大きな迷子の誕生に護衛騎士たちは慌て、とにかく指示を仰ぐためにレイナード邸の執事であるボッシュを呼び出した。


なんと謝罪すればいいのか。


場合によっては何人か馘首しなければいけないかもしれない。


ボッシュが乗る馬車が到着するまでいろいろな悪いことがアランの頭の中をぐるぐる回っていたが、なんと到着した馬車にヒューバートが乗っていた。



聞けば、生物の本能のひとつである帰巣本能で屋敷に向かっていたヒューバートをボッシュが発見して保護したとのこと。


「ヒュー坊ちゃまがご迷惑おかけしまして」と頭を下げる家令の姿に笑いを堪えたことは言うまでもない。




パーシヴァルの『お父さん』呼びはこの事件のときの一回だけで、安定して『お父さん』呼びになるのは何年も先のことになるのだが、「それでもいいさ」と強がりでもヒューバートが笑えたのはこの時の一件が大きいとアランは思っている。


あれからヒューバートはアリシアと無事に再婚し、新たな子ども(しかも双子)にも恵まれ、近いうちに第四子も生まれる予定。


すっかり幸せな『お父さん』となっている。



(よかったですね、ヒューバート様)

【レイナード家のその後】お父さんと呼んだ日 はこの話で完結です。


ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
イブリン嬢達への制裁はないの? ピッコマから途中でこちらを検索して一気に読んでます。 面白いです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ