【レイナード家のその後】お父さんと呼んだ日(2)
「今日は一日よろしくお願いします」
護衛騎士のミロを伴ってレイナード商会に来たパーシヴァルを出迎えたアランは、ヒューバートに瓜二つなのに『優しさ』と『穏やかさ』を感じるパーシヴァルの笑みに心臓を射抜かれた気がした。
「パーシヴァル様の心はアリシア様の遺伝子でできていますね」
「同感です」
ミロに深く同意され、ミロとアランの間に強い仲間意識が生まれた。
「パーシヴァル様には郵便物の受け付けを担当しているクローリーという者の補佐をしていただきます。クローリーの指示に従って頑張ってくださいね」
「ありがとうございます、アランさん」
パーシヴァルの素直さにアランは思わずよろけ、悪魔の化身であるヒューバートにこの可愛い天使の爪の垢を煎じて飲ませたいと思った。
一階の警備室の隣りにある郵便部屋にパーシヴァルを案内する。
機密を扱う郵便部屋は中から鍵がかかるようになっており、アランとヒューバートを除いては担当のクローリーしか入れず手紙や小包は警備室と繋がった小さな扉からいれるようになっている。
「この美少年が会長のお坊ちゃんですか」
パーシヴァルと向かい合ったクローリーの第一声に、クローリーの悪い癖が出たと思った。
怒らせると本性が分かるというクローリーの持論には賛成するが、子ども相手にすることではない。
アランは止めようとしたがパーシヴァルのほうが早かった。
「はい、よろしくお願いします」
「……怒らないんですか?」
「僕は『会長のお坊ちゃん』だからここにいるので」
ニコニコ笑うパーシヴァルを見て、アランとクローリーのほうが呆気にとられる。
さすがヒューバートとアリシアの子。
大した器だとアランは感心した。
「面倒を押しつけられたと不貞腐れておりましたが、とても楽しい一日になりそうです」
クローリーのこれまた腹立つ言葉に「良かったです」とにっこり返すパーシヴァル。
こういう子どもは気に入られる人間を選ぶが、気に入られるときはとことん気に入られる。
「それでは仕事の説明をしますね」
「はい、よろしくお願いします」
これなら問題ないだろうと判断したアランは、パーシヴァルにランチについて言い忘れたことを思い出した。
クローリーの説明がひと段落したところでパーシヴァルに話しかける。
「昼休みになったら迎えにきますね。ランチは魚でいいですか? ヒューバート様もパーシヴァル様と一緒にランチを食べることを楽しみにしてますよ」
パーシヴァルの一日体験が決まってからずっとヒューバートの機嫌が良い。
機嫌がよ過ぎてかえって不安になるほど超ごきげんなのだ。
「侯爵様と二人でご飯食べるのは緊張しちゃうので、アランさんも一緒ではいけませんか?」
「もちろんです」
天使のように可愛い子に上目遣いで頼まれて拒否できる奴がいたら見てみたい。
そう思ったアランだったが、少し冷静になるとヒューバートから邪魔者扱いされるに違いないと思いクローリーも巻き込むことに決めた。
「クローリーもぜひ一緒に。今日のランチはヒューバート様のおごりで贅沢をしよう」
「『ザ・ロイヤル・ロールズ』のローストビーフサンドならばご一緒します。あそこはフィッシュサンドも絶品ですから」
ここぞとばかりに高級なものを要求したクローリーに呆れつつ、一生懸命手紙を仕分けているパーシヴァルを見る。
「仕事に戻らなくていいんですか? ヒューバート様が報告を待っているのでは?」
「もう少し癒されてから行く……クローリー、今日一日俺と仕事を交換しないか?」
「絶対に嫌です」
そんなことをクローリーと話していたら、パーシヴァルに話しかけられた。
「アランさん、もう仕事に戻りますか?」
「はい、(気が全く進みませんが)頑張ってきます」
パーシヴァルにまで働けと言われた気がしたアランがイスから立ち上がると、「これを持っていってください」と手紙の束を渡された。
「侯爵様宛ての手紙もあります。よろしくお願いします」
「え?」
渡された手紙の束にアランは視線を落とす。
そのアランの手元をクローリーものぞき込む。
「早いですね。もう全てを仕分けたんですか?」
はい、と元気よく返事するパーシヴァルの手紙には大小いくつもの手紙の山。
「クローリー、早くないか?」
「早いですね。集中力があるのと、頭の良さでしょうかね。アランさんがいてくれて助かりました、最上階まで手紙を持っていくのは面倒なので」
クローリーは『今日はこんな格好ですし』と言わんばかりに、本日限定の特注の上着をアランに見せる。
この特注の子どもサイズの上着をパーシヴァルも着ている。
この服を着たパーシヴァルを見ることをヒューバートはとても楽しみにしていた。
この服が届いた日には、日がな一日箱から出してはニヤニヤしていたほどだ。
鬱陶しいほど楽しみにしていたヒューバートのため、手紙はぜひパーシヴァルの手からヒューバートに渡してもらいたいとアランは思った。
「このあと侯爵様宛ての大事な手紙が届く……かもしれないので、それと一緒に持ってきていただけますか?」
「来たらそのときに持っていきます。お母さんが言っていました、情報は直ぐに鮮度が落ちるから手紙は直ぐに確認しないと駄目だって」
アリシアの言っていることはアランも同意する。
商売において情報は早さと正確さが大事で、一歩の遅れが取り返しのつかない損失につながることもあるのだ。
「母君が正しいですね、他にもそういう教えが?」
クローリーの好奇に満ちた質問にパーシヴァルは頷く。
「『立っている者は何でも使いなさい』と言われました。相手が貴族じゃなければ丁寧に頼み、相手が貴族だったらバレないように上手く煽てて使いなさいって」
「結局は使うのですね」
妖精のような淑やかな雰囲気のアリシアに似合わないゴリッとした感じの教え。
言っていることは正しいし、深く同意するが、アリシアが言ったと何となく思いたくなかった。
「なので、お願いします!」
「……はい」
上司の冷たく怒る目に耐える覚悟をしながら、アランは手紙を持って部屋を出ていった。
***
(すっかりマスコット化している)
パーシヴァルのレイナード商会での仕事が始まってから二時間。
あちこちに登場する小さなポストマンに商会は盛り上がっていた。
ただ幼いだけならここまで騒がなかったかもしれないが、『灼眼の悪魔』の二つ名をもつ彼らの上司のミニチュア版だ。
「可愛い」という声に「どうしてこんな可愛い子があんな悪魔から」と不思議がる声が混じるのは致し方ないだろう。
パーシヴァルは行く先々で、純粋な厚意と「お父様によろしく」という下心の籠ったお菓子を貰い続けている。
優秀でフットワークが軽いパーシヴァルのおかげで楽をしていたクローリーは、どんどん膨れるパーシヴァルの鞄を見ながら、「戻ってきたらまた膨れているのだろうな」とのんびり思っていた。
しかし、そんなクローリーの平和は一人の女性によって破られた。
「ちょっと、ここにヒューバート様の息子がいるって本当?」
雑な呼びかけと不躾な言葉遣いにクロ―リーは不快な気持ちになるが、こういうタイプは雑な対応をすると「なにその態度」と本論からどんどん逸れていくので人の善い笑みを努めて浮かべる。
「ごきげんよう、ペンドルトン嬢」
イヴリン・ペンドルトン。
彼女はこの商会内では有名人で、「ヒューバート様の秘書」を自称しているが実際には「アランの補佐の一人」でしかないという誇大な自己評価をもつ女性だ。
(そもそも名前呼びも許可されてないだろうに)
「申しわけありませんが、私はその質問に答えることができません。アラン様にお聞きください」
クローリーの言葉にイヴリンは眉をひそめる。
「私に直接ヒューバート様に問い質すなんて品のないことをしろと言うの?」
(品がないことは分かっているんだな。しかも俺は『アラン様に』と言ったのに『ヒューバート様に』って超解釈されているし)
ふとクローリーはイヴリンの両側にいる女性たちに見覚えがないことに気づく。
商会の職員でもない女性たち(おそらく友人)を許可なく商会に入れて侍らせるイブリンにクローリーは眉をひそめた。
仕事の幅が広くて人の出入りが多過ぎるから入口の警備は武器の所持を確認する程度。
重要な部屋は鍵がかけられる仕様になっているが、共用の廊下は部外者がよくいる。
「イヴリン、この男の言う通りですわ。ヒューバート様に直接お聞きになればよろしいのではなくて?」
「そうですわ。イヴリンはヒューバート様の恋人なのですから。ヒューバート様には子どもについてイヴリン様に説明し許しを請う義務がありますわ」
(勝手に恋人のように振舞って、勝手に恋人だと噂を流して、勝手に恋人の気になっている……妄想にしてもすごい思い込みだなあ)
旅はクローリーの趣味だが、夢の世界に行ってはいけないとクローリーが自分に誓ったとき――。
「ただいま戻りました……あ、お話し中にすみませんでした」
パーシヴァルの登場に大人たち全員の目がそちらに向かう。
「まずい」と直感したクローリーは近くの封筒を適当に取ると、急いでパーシヴァルに駆け寄って自分の体で彼を彼女たちから隠す。
「すみません、この手紙を急いでアランさんかヒューバート様に届けてください。ヒューバート様の部屋は四階です。いいですね、急いでお願いします」
「……分かりました」




