【レイナード家のその後】お父さんと呼んだ日(1)
「父の日」をテーマに作った後日談です。
「ボッシュ、何をしているの?」
「パーシヴァル坊ちゃま」
普段は閉まっている北の部屋の扉が開いていたことを不思議に思ったパーシヴァルが中を覗くと、執事長のボッシュが右手の壁を見て考え込んでいた。
「絵を選んでおりました」
「ああ、なるほど」
レイナード家では家族の肖像画は玄関ホールの正面に飾られる。
この家族の肖像画は毎年ヒューバートの誕生日に合わせて更新される。
右側の壁は家族のイベントのたびにヒューバートが絵師を招いて描いたもので、鉛筆画や水彩画が多い。最近でいうと、ステファンの結婚式に参加したものだろうか。
「壁の空きが少なくなりましたので、旦那様に相談して一部を領都に送りあちらで保管してもらおうかと」
ボッシュは悩んでいるが幸せそうだ。
「古いやつから順に領地に送れば?」
「それはちょっと……思い入れの深い絵もございますし」
ボッシュの視線を追ったパーシヴァルが見たのはホールに飾られたことがない絵。
ヒューバートに抱かれてしがみついている自分の鉛筆画だった。
このときのパーシヴァルはまだ王都にきたばかりで、絵の中の自分の顔は見えないが大泣きしていたことを覚えている。
「恥ずかしいんだけど……」
「駄目です。この絵だけは絶対に外しません。坊ちゃまの幸せを描いた私のお気に入りです」
ボッシュに苦笑しながら、パーシヴァルは過去を思い出していた。
***
「パーシヴァル様、どうしたのですか?」
母アリシアの店で、窓の外を眺める振りをして悩んでいたら、母の右腕のプリムに不思議そうに声をかけられた。
万年人手不足のため皆は忙しそうにしている。
アリシアも忙しそうだから、これなら大丈夫だろうとパーシヴァルはプリムをこっそり店の隅っこに連れていった。
「花を買うお金がないんだ」
「なるほど」
パーシヴァルの憂う理由をプリムは直ぐに察してくれた。
「今日、ミロさんと市場を見に行ったんだけどレイナードの倍はするんだ」
「王都は物価が高いですよね。私の故郷の街なら五十ギルドで両手いっぱいの花束が買えましたが、ここでは花一輪ですもの」
下町の花屋に行けば束で花が買えるかもしれないが、アリシアやパーシヴァルの情報を得ようとする者が彷徨いているため遠出は控えるようにしていた。
だから店の近くの花屋しか選択肢がないのだが、ここは王都の商業地のほぼ中心にある一等地で、周辺の店の品物はどれも高い。
「王都に子どもが働けるところはない、よね?」
「田舎なら子どもも労働力になりますが、王都ですからね」
田舎は常に人手不足だ。
パーシヴァルはやったことがないが、子どもが水や薪を運んだり、野菜の収穫を手伝って二十ギルドほど稼いだという話をよく聞いていた。
しかし王都には人手が沢山ある。
大人の労働力さえ余っているのだから、未成年の子どもにあえて仕事が振り分けられることはない。
「王都の子どもって、どうやってお金を稼いでいるの?」
しかし王都でも平民の子どもが市場や露店で何かを買っているのをパーシヴァルは見ている。
彼らはその金をどこで、どのように手に入れているのか。
「稼いでいるのではなく、王都では貴族でも平民でも『小遣い』が一般的ですね。パーシヴァル様もお小遣いをもらっていらっしゃいますよね」
「うん……」
アリシアは毎月決めた額を『小遣い』としてパーシヴァルにくれる。
しかしアリシアからもらった小遣いでアリシアへの贈り物を買うことにパーシヴァルは違和感があった。
「パーシヴァル様は、労働の対価で得たお金でアリシア様に贈り物をしたい。そうなのですね?」
なんて頼りになる大人だろう。
パーシヴァルは理解してもらえた嬉しさから何度も首を縦に振った。
「それでしたらアランさんに相談してみましょうか」
そう言うが早いか、プリムは店を出ていった。
そしてすぐに戻ってきたプリム。
どうしたのかと聞けば、「一番早い方法で連絡をした」と言われた。
プリムの言葉通り、昼になる前にアランからパーシヴァルに連絡がきた。
その日の夕方、パーシヴァルはミロと一緒にアパルトマン近くのカフェにいった。
「プリムさんの言う通り、私に相談して正解でしたよ。レイナード商会はストリートキッズを保護するために、子どもでもできる簡単な仕事を与えて稼ぐことを学んでもらうボランティアをしていますからね」
最初はストリートキッズだけが対象だったが、噂が広がり最近では平民の子どもの小遣い稼ぎや貴族の子どもの職業体験の場にもなっているらしい。
「もちろん仕事場なので誰でも受け入れるわけではありませんし、できることに合わせて本物の仕事を与えます。パーシヴァル様の場合は学院生なので、文字を読んだり簡単な算術が必要な仕事にしましょうか」
少し頑張って達成する仕事を与える。
それがレイナード商会のやり方らしい。
プリムだけじゃなくてアランも頼りになる。
パーシヴァルは自分が何日も悩んでいたことを解決してもらえた嬉しさから何度も首を縦に振った。
「詳しい仕事の内容はヒューバート様と話してからになりますが、大船に乗ったつもりで安心していてください」
***
(大船でも嵐がくれば転覆することを忘れていた)
「パーシヴァルがうちで仕事をしたいのは分かった。ただ、なぜお前がパーシヴァルに相談されるんだ?」
ヒューバートはパーシヴァルをとても可愛がっているが、依然として『お父さん』とは呼んでもらえない状態。
アリシアとパーシヴァルの前では何でもない振りをしているが虚勢だ。
裏ではこうしてパーシヴァルに頼りにされた者に嫉妬したり、頼りにされなかったことに落ち込んでいたりする。
(ミロ卿の大変さが分かった)
パーシヴァルはミロに大変懐いており、ヒューバートはパーシヴァルが外出するときには基本的にミロをつけるようにしている。
その配慮はいいと思う。
しかしミロは「自分よりパーシヴァルと仲良し」という理不尽な理由で嫉妬を向けられている。
アランからすれば同情しかない。
「男の子は父親に甘えたり頼ったりするのが恥ずかしいのですよ」
面倒臭いので、それっぼい法螺で煙に巻くことにする。
アランはある貴族家の庶子だが、愛人だった母親が病死すると同時に父親が興味を失って援助を止めてしまったためその後は孤児として生きてきた。
父親に対していい感情などあるわけがない。
「うちで働くのは構わないが、金が必要なのなら俺が……」
「それは駄目です。パーシヴァル様はご自分で稼いだお金でアリシア様に贈り物をしたいのですよ」
「贈り物……」と呟いたヒューバートにアランは苦笑する。
「花とかお菓子とか、子どもの小遣いで買えるものを贈るのです。ですから、基準の賃金で十分ですよ。変に色を付けないでくださいね」
ヒューバートは今でこそ億万長者だが、苦労して育ってきたので金遣いは堅実。
しかしアリシアとパーシヴァルに関しては財布の紐が緩む。
いや、緩むどころか無くなる。
そんなヒューバートの姿勢は、こちらも貴族なのに庶民的な金銭感覚をもつアリシアに「そのような贅沢は」と遠慮されそうなときもある。
「なるほど、これが『感謝の日』か」
『感謝の日』。
何に感謝するかが決まっているわけではないのだが、親に感謝する人が多いため「親に感謝する日」という感じになっているイベント。
「パーシヴァルが来るならミロを警護につけたいが……」
「ミロ卿にウロウロされたら仕事になりませんね」
レイナードの騎士であり中性的なイケメンのミロは女性に人気がある。
ヒューバートもイケメンであるが侯爵様で国でも屈指の資産家なので『手が出せないイケメン』。
それに引き換え『手の出せるイケメン』であるミロは地に足がついた現実的な女性に絶大な人気がある。
「商会内なら警備は不要ではありませんか? 入口には警備員がいますし、パーシヴァル様の存在は周知されているので『会長の息子の社会体験』とでも言えば人の目も集まってかえって安全ですよ」
パーシヴァルにつく者は郵便係のクローリーでどうかとアランは考えていた。
彼の本業は放浪の画家で、そのためにレイナード商会で副業しているというクローリーは変わり者であるがヒューバートは信頼している。
「郵便係はいいな。ポストマンに似せた服を作るか。わざわざ作ったとバレないようにクローリーの分も作って」
パーシヴァルはヒューバートによく似た美少年だ。
瞳と物腰はアリシアに似ているため優しげな印象が強いから、実用性より形式美を重んじたポストマンの制服風の服も似合うだろう。
しかし最低限の清潔感さえあればいいというクローリーは嫌がるに違いないとアランは思った。
そうと決まればアランは急いでパーシヴァルの受け入れ態勢を整え、制服を手配し、特別手当と休暇でクローリーに制服着用を承諾させた。
『感謝の日』を家族と過ごせるように、学校や一部公的機関は『感謝の日』の前後五日は休みにしている。
しかし一般的には休みではなく、これについて「感謝する側がなぜ十日間も休みで、感謝される側があくせくと働くのか」という議論もある。
そんな『感謝の日』の休暇が始まる。
十日間の休暇の初日にパーシヴァルはレイナード商会で一日体験をすることになった。
途中の過去の話(パーシヴァルがレイナード商会の手伝いをしたときの話)の時間軸は、第三章の終わり~第四章の始まりの間、その三年間にあった話です。




