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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
最終章

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第9話 因縁を断ち切る

コールドウェル子爵の屋敷は貴族街の端にある。


徒歩で行くことにしたヒューバートはレイナード商会の大盤振る舞いで賑わう街中を抜けて貴族街に入る。


お祭りムードが伝染したのか貴族街も普段に比べればどこかウキウキした雰囲気だった。



(この辺りまで来るのは久しぶりだな)



アリシアとの離縁後、定期的に監視はさせていたがヒューバート本人が子爵邸に来ていない。


彼の財産の全てを巻き上げたのはヒューバートだが、家財の差し押さえを主導したのはティルズ公爵代理のステファンで、彼から「一緒にやる?」と誘われたがヒューバートは断った。



婚約していたときは定期的に足を運んだコールドウェル子爵邸だが、いい思い出はあまりない。


唯一の例外といえば、アリシアと茶を飲んだ四阿くらいだった。




アリシアは王都に戻ると直ちにコールドウェル子爵家から籍を抜く手続きをした。


とっくに形骸化し貴族の態をなしていない家だったため手続きは淡々と進み、コールドウェル子爵家は『継嗣なし』でノーザン王国の貴族から抹消された。


子爵家の財産は全て競売にかけられた。


初代子爵が当時の国王から下賜された土地と屋敷はアリシアの祖父の従妹の孫で、演劇の街で大きな商会を営む男が落札した。


彼の祖母は幼い頃を子爵邸で過ごし、アリシアの祖父を兄の様に慕っていたらしい。



祖母の想いを汲んだと言えば美談だが、ヒューバートの立場では額面通り受け取ることはできない。


そのため所有者が変わってからもヒューバートは屋敷を定期的にチェックし続け、最近チェック係に立候補したフィランによると「あの幽霊屋敷とは思えない」とのこと。



王都の隣、花色の街にある有名な園芸店の協力により復活した庭の美しさが評判のホテルとして生まれ変わった元子爵邸だが、ほんの数年前までは雑草が生い茂り、あちこちの窓ガラスが割られて所々に焦げ跡がある殺伐とした屋敷だった。



(恨みを返されたか……あの男(子爵)の日頃の行いが分かるというものだ) 



「このホテルのオーナーから、結婚祝いで宿泊券が送られてきたんですよね」


「俺とこの屋敷の前所有者の確執を知らないわけないだろうに、なかなか食えない男のようだな」



ミロの言葉にヒューバートは口の端を上げる。



「彼を元庶民と侮る者も多いらしいが、(レイナード)を宣伝に使う図々しさは気に入った」




角を曲がったとき、目の前に広がった庭園にヒューバートは目を見張った。


かつてここにあった高い塀は撤去され、光を通す低いフェンスで庭と隔たれた道はとても明るくなっていた。



「春の花の盛りで、壮観ですね」


「随分と……見違えたな」



門の位置は変わらず、ヒューバートとミロは門のところにいる守衛に簡単な検査を受ける。


馬車もすれ違えるほど広いロータリーは変わらないが、両側にある生垣のバラは花盛りでかつて自分がここで復讐を誓った暗い思い出が払拭される。



「ここはおとぎの国のようですね、ジェマが好きそうです」


「食事だけの利用もできるようだから、今度連れてきてやるといい……あれこれと言い訳をして来なかったが、馬鹿みたいだな」



いまのここに子爵邸だった頃の雰囲気は微塵もない。



「茨姫の城のようですね」



乙女ちっくなミロの言葉を聞きながら開け放たれている建物の入口を潜ると、玄関ホールの天井から吊るされたフラワーシャンデリアの大きさと見事さに思わずため息が漏れる。



「見事の一言だ」



ヒューバートの感想に、玄関ホールにいたスタッフが嬉しそうに微笑む。



「ありがとうございます。こちらはオーナー夫人が作られたもので、いまは話題のレイナード侯爵とデイム・アリシアのご成婚をテーマにしたデザインになっております」



ピンクと赤で統一された可愛らしいフラワーシャンデリア。


心から結婚を祝ってくれる気持ちが感じられて、ヒューバートは思わず口元を緩める。



「レイナード侯爵閣下」



かけられた声に振り返ると、そこにはスーツ姿に麦わら帽子を被った男性がいた。


初対面ではあるが、ヒューバートには彼が誰かすぐに分かった。



「ようこそ、わがホテルに。ルイス・ユリースです。当ホテルには……お泊りですか?」



気まずそうに言い淀むルイスにヒューバートは内心首を傾げかけたが、自分とミロの間で視線を揺らすルイスにヒューバートはハッとした。



「お泊りでは……いや、泊りではない。アリシアがこちらに来ていないかと思ってな」



慌てたせいで変な言葉遣いになってしまったヒューバートにルイスは何度か目を瞬かせ、「そうですか」とから笑いをする。


ヒューバートも彼の勘違いをわざわざ訂正しないことにした(訂正することでより誤解を深めてしまうことがあることをヒューバートは知っていた)。



「デイム・アリシアですか? いらしていないと思いますが、一応確認させましょう」


ルイスは玄関ホールにいた男性に「金色の髪、ペリドットを思わせる淡い緑の瞳をした女性」がいるかどうかの確認をさせた。


ヒューバートに尋ねることなく正確に述べられたアリシアの特徴に思わず眉間にしわが寄る。



「アリシアを知っているのか?」


「有名ですし、一度だけお会いしたことがあります」


「会った?」


「いまから二十年ほど前のことですが、彼女は私の継母候補だったのです」


「貴殿の父親は一体いくつだ?」



ルイスの年齢は六十代前後。


そんな男から出てきた『継母候補』という単語にヒューバートは驚かされると同時に嫌悪感を募らせる。



「生きていれば八十半ばです。申し訳ありません、過ぎた冗談でした。父はもう墓石の下にいますし、ほかから買った恨みで墓は既にボロボロなのでご容赦ください」



自分の父親のことなのに軽蔑を隠さないルイスに、どこも節操ない父親には困ったものだとヒューバートは親近感を抱く。



「貴殿も大変だったのだな」


「十代の継母など我が父ながら……父に限らず、あの日この屋敷にいた者たちは頭も倫理観も狂っていたのでしょう」



『あの日』。


ルイスがそう言ったことで、この男がここで行われていた醜悪な茶会のことを知っていることを察した。



ヒューバートが茶会のことを知ったのはアリシアとの最初の結婚式の少し前。


アリシアがヒューバートの花嫁にふさわしくないと言うために、或る令嬢がコールドウェル子爵家主催の茶会という名の競りを教えてくれた。



「父が亡くなってすぐ、閣下が何人もの貴族や商人を意図的に潰して回っていると聞きました。彼らの原因を探り、十人を超えたところであの茶会の参加者だと気づきました。次はうちではないかとあのときは恐れたものです」


「俺が手を下す前に死んだ男は省いたからな、貴殿の父親もその中にいたのだろう……しかし、貴殿のことを見逃していたな」



調査が甘かったと呟くヒューバートの赤い目が獰猛な光を帯び、今にも牙をむきそうな様相にルイスは慌てた。



「お待ちください、私は父の送迎をしただけです。当時もいまも私は同じ年の妻を愛しています。ましてや三十も下の幼い少女に対してそんな、私はロリコンではありませんので!」


「そうか……調査はもう一度徹底的にしておこう。しかし、それを知っていて貴殿はどうしてここを買ったのだ?」



ヒューバートの問いにルイスは顔をしかめた。



「贖罪、です」



ルイスは力なく笑う。



「あの日は天気が良くて、茶会に参加した父を待っていた私は馬車の御者台で昼寝をしていました。そこに幼いアリシア嬢がやってきて、私を御者と勘違いしたのでしょうね……屋敷の外に連れていってほしいと、彼女は私に頼んだのです」



当時を思い出したのか、ルイスは荒れた呼吸を落ち着かせるように深呼吸をする。



「何も知らなかった私は、貴族のお嬢さんが冒険とかスリルを求めて外に出たいと言っていると思ってしまいました。だから、ご令嬢一人で外に出るのは危ないなんて月並みなことを言って……あとから来た侍女たちを令嬢を心配して追ってきたと勘違いして……イヤだと言って抗うアリシア嬢を、令嬢のワガママと思って侍女たちに渡してしまったのです」



そのあと馬車に戻ってきた父親から、自慢げに笑いながらその日参加した茶会の意図を聞いたルイスは愕然としたという。



「貴殿の行動は常識的だ」



アリシアの心の傷を思うと「仕方がない」と慰められるほど大人にはなれないが、何も知らない大人として彼の行動は間違っていなかったとヒューバートは思う。



(そのときのことがずっと心に引っかかっていたということか……想像以上の人情家だ)



祖母のために荒廃した屋敷を買ったことでも十分美談なのに、彼は一度会った少女への償いのために大金を払ったのだという。



「善意だけではありません。七日間の花嫁と、彼女を七年も探した富豪の侯爵。二人のロマンスの舞台の一つでもあるこの屋敷なら宣伝費用は最小限で売れるホテルが作れると思ったのは事実ですから」


「茨の城というコンセプトはアリシアをもとに?」


「イエスと言えればいいのですが、私がバラの繁殖力をなめた結果です。私の妻は花を育てることが大好きなので私は彼女がここを花屋敷にすることに賛成しました。職人からバラは増えると聞いていたのですがここまでとは……お見せしたいものがあるのですが、お時間は?」



ヒューバートが頷いて案内するように促すと、ルイスはヒューバートを離れのほうに案内した。


バラの生垣で見えなかったが、離れはアリシアが暮らしていたときのまま荒廃していたものの手つかずのままに残っていた。



「まだ残っていたのか」



かつてアリシアと一緒にお茶を飲んだ石造りの四阿(あずまや)もそのまま残っていた。



「うちの従業員にかつてここで働いていた者がいまして、こちらでお二人がよく会われていたとお聞きしました。緑が多い中でここだけ石が露出していて、まるで古代の神殿のようだからあの建物を改築して一日一組限りの結婚式場にしようと妻と話しております」


「結婚式場か」


「いわゆるガーデンウエディングというやつです。お許しいただけるなら、お二人のロマンスを宣伝材料に使わせていただきたいのですが」



図々しいお願いにヒューバートの口元が緩む。


やはり自分の勘は当たっていた。


同情心も取引の天秤の上に乗せるこのルイスという男はヒューバートが嫌いじゃないタイプの男だった。



「私も協力しよう……それに、アリシアも協力したがると思う。嫌な思い出を嫌なまま残しておくほど弱い女性ではないし、ドレスの貸衣装をやりたいと言っていたから声をかけておく。貴殿の言う通りだな、朽ち果てるのを待つよりもさっさと壊して違うものに変えてしまったほうがずっといい」



ヒューバートがそう言ったとき、スタッフの男がやってきてルイスに耳打ちをした。



「デイム・アリシアはいらっしゃいません。今さらですが、なぜここに来ていると?」


ルイスに問われてここに来た理由を思い出したヒューバートは、アリシアの「実家に帰る」宣言について話した。



「うちの使用人や商会の職員がいろいろ伝言を持ってくるのだが、全員が違うことを言うので要領を得なくてな」


「パーティ会場と化した王都で伝言ゲームをやっているレイナード家の皆さんに私のほうが驚きますが……デイム・アリシアの実家はこことは思えませんよ。そもそも『実家に帰る』と言うのは、私の妻によると絶対的な味方を手に入れてくるという意味だそうです」


「絶対的な味方……」



アリシアの絶対的な味方と言って浮かぶ者は何人もいるが、その中で力を持ちレイナード家を動かせれる者は母カトレアしかいないとヒューバートは合点がいく。


カトレアならたとえアリシアに非があっても常識や理論をねじ曲げて「アリシアが正しい」と主張するに違いない。



「ミロ、レイナード邸に行くぞ」

挿絵(By みてみん)


「七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。」はアマゾナイトノベルズ様より書籍化されています。

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