第14話 男たちは踊る
「最高じゃないか」
(やっぱりな)
相談があると言ってステファンを呼び出し、碌に寝ていないと休憩を要求するステファンを執務室に連れていき、ヒューバートはこれまでの経緯とパーシヴァルの意見について説明した。
それに対するステファンの返事が冒頭の大爆笑である。
「公子様、子どもの戯言ですぞ!」
一緒に部屋の中にいた老人が非難の声を上げる。
この老人はレイナード侯爵家の分家にあたるレイナール伯爵の先代当主で、ヒューバートにとっては祖父の弟のヒューザ・レイナール。先々代侯爵であるヒューバートの祖父の兄弟は彼だけ。オリバーも一人っ子だったためヒューバートには親戚が少なく、ヒューザは『ヒューバートの大叔父』としてレイナードや王都で幅を利かせている。
また、ヒューザはレイナード元老会の筆頭でもあり、パーシヴァルが次期侯爵になることに反対している者たちの代表だった。
「子ども、ねえ」
怒鳴るだけの男など恐怖の対象にならず、ステファンは煩そうに顔を顰めてヒューバートを見る。ヒューバートは面倒臭さや呆れた気分を隠さずに溜め息を吐いた。
「パーシヴァルは小侯爵としての責任をよく理解し、この意見は領の未来を考えたものとして私も賛成しています」
「ヒューバート!」
ヒューザに『親馬鹿か?』と正気を問うような目で睨まれたが、ヒューバートは自分が親馬鹿だと分かっていたため何も問題がない。
「ティルズ公子と話しているところに割り込むのか?」
「レイナード元老会は反対です」
会話にならない。「老害の見本だね」と呟くステファンもヒューバートと同意見のようだった。
「レイナード侯爵、元老会は反対のようだぞ?」
当主と元老会は国王と議会に似て切っても切り離せない関係だが、レイナード侯爵家の場合は違う。ヒューバートは元老会と縁を切っても領主としての仕事が少し増える程度だが、ヒューバートからもらった仕事で生き延びている元老会の面々は縁が切れたら一年以内に家が潰れる。
「レイナードの元老会は老人会でしかありません。天気と持病の話で盛り上がるくらいしか能がない、金計算もできない年寄りと政治の話をしろと言うのですか?」
「ヒューバート! 元老会の意見を聞かないなど非常識だ。我々がいなくて困るのは当主のほうだぞ!」
(……予想以上に馬鹿だな)
『元老会がなくなったら』と言わせるのがヒューバートの狙いで、そのために怒らせようとしていたのだが、思ったより早くヒューザはそれを言った。
「それじゃあ、なくしてみよう。メルデス、アラン、聞いた通りだ。元老会、一門の家への援助と仕事の提供をやめる。直ちに調整してくれ」
ヒューバートの指示にメルデスとアランが部屋を出ていく。扉が閉まるときに勝った負けたと言っていたから賭けをしていたに違いないとヒューバートは思った。
「しょ、正気じゃない」
「俺もそう思う。計算ができない人だと思っていたが、自ら命綱を切る自殺志願者だったとは」
侯爵家が困窮しているときに一切手を貸さず、ヒューバートが成功すると親戚面して近づいてくる者に対してヒューバートは嫌悪感しかなかった。それでも元老会に対して何もしなかったのは、忙しくて解体する時間をかけるのも惜しかったからだ。
「あんな女が生んだ息子のために!」
「……あんな女?」
とうとう気が狂ったのか。冷静沈着ほど貴族の美学と宣っていたヒューザが唾を吐きながら必死の形相をして叫ぶ。
「あの子どももお前の子どもではないはずだ。あのメリッサとかいう女と同じだ、嫁入りしたときだって純潔ではなかったんだ、どこの男の子か分かったものではない」
ヒューザの言葉にヒューバートは頭が冷えた。隣でステファンが「うわあ、馬鹿がいる」と言ったが、一緒に笑い飛ばすことはできなかった。
「カビが生えた古いガセネタを信じている馬鹿がまだいるとは。アリシアをふしだらな女のように……誰にでも足を開く女だとでも?」
ヒューバートがヒューザの肩を強く押すと、杖を突いていた彼は姿勢を崩して床に倒れた。悲鳴が上がったがヒューバートは耳を貸さず、ヒューザから離れた杖をとって男の脚の間にドンッと音を立てて突き立てる。
「節操についてお前が語るとは、虫唾が走る!」
「お、お前だと?」
「……父上に聞きましたよ、大叔父上。随分と多くの家の夫人にあなたはレイナードや俺の名を使って『接待』を強要したそうですね。父上は女友達から友人の相談を受けたそうです」
ヒューザの顔から血の気が失せる。
「ど、どうして……奴らが話すわけが……」
「泣き寝入りしたのはあなたが俺の名前を使ったからですよ。彼らが遠慮したのはあなたじゃない、俺だ。妻の名誉のため泣き寝入りをしていた夫たちの恨み……レイナールが貴族じゃなくなったら、その前にうちが切り捨てたと知ったらどうなるでしょうね」
***
「頭、冷えた?」
呆然自失のヒューザを両側から一人ずつ使用人が掴んで追い出すのを見ていたステファンがヒューバートに笑顔を向けた。
「それじゃあ真面目な話をするね。今回のレイナードの提案だけれど、素晴らしいと思う。交渉のカードを奪われないように守るのではなく、カードを奪うために向こうが動かすカードを奪う。実に攻撃的で、僕の好みだ」
「向こうのカードが子どもと分かれば、国際社会の批難は帝国の皇弟とボルダヴィータ・ララ家に向かう。火消しで戦争どころではなくなるだろうし、向こう何十年かは監視の目が厳しくて馬鹿なことはできないだろう」
ヒューバートの言葉にステファンは頷き、満足そうに持っていた書類をパンッと勢いよく叩く。
「しかも力でカードを奪うのではなく、神様のお告げでカードに自ら寝返らせるなんて、もう笑うしかないよね」
そう言いながらステファンはすでに笑い転げていた。
「反対していた元老会も片付いた、アリシア嬢とも上手くいっている。あとはこの作戦さえ上手くいけばヴァル君を軽んじる者はいなくなるだろう」
「残りの小者はパーシヴァルのダンス相手に丁度いいだろう。小侯爵となればどうしても自分の足で踊らなければいけないからな。あの子には知力も胆力もあるし、『ミセス・クロース』の服もあるからな。上手に社交界で踊るに違いない」
「親馬鹿だねえ」
「ああ、親馬鹿さ」
そう言ってヒューバートが笑うと、ステファンも楽しそうに声を上げて笑った。
「子どもたちとはどうやって接触するつもり? 潜伏場所とか分かっているの?」
「奴らは拠点をどんどん変えているようだから、こちらから攻めるのは無理だろう」
「それじゃあ向こうから来るのを待つの?」
「そうなるだろうな。ケイの話では今回ノーザン王国に入国した子どもは十人、まずは彼らの保護だ」
何でもないことのように言うヒューバートをステファンがジッと見る。
「君が囮になるのか」
「誰かが踊らないと始まらないだろう?」
「パートナーをどうするの? 万が一でも危険があるところに君があの二人を連れていくとは思えないのだけれど」
「一緒に踊るのはヴァル・シータの父親さ」
ヒューバートの言葉にステファンが首を傾げる。
「スーク・シータは知っているけど、ヴァル・シータに父親なんていた?」
「作る。髪を金色に染めればヴァル・シータの父親、オリヴァ・シータの完成だ」
「君、そういう無茶をちょいちょい押し通すとこあるよね」




