第13話 神様を信じる
話の続きは場所をヒューバートの執務室に変えることにした。罰の訓練を早速やらなければいけないと騎士たちは嘆いたがヒューバートは無視した。
[ここに来た、タピオの……やり返すため?]
[はい]
[ここ、レイナードにはどうして、いいえ、どうやって来たの?]
[組織の人が連れてきた……ました]
(アリシアの質問には素直に答えるな……組織、か)
崖と壁で囲まれているこの領都に子どもが一人で入り込むのは難しいと思っていたので組織が協力したことはヒューバートも予想できていた。
(子どもが一人で入ったという報告はない。この子どもを連れてきた者はまだ街にいるのか)
ヒューバートがカトレアを見ると、カトレアは頷いて執務室を出ていった。カトレアが鎧を着て自ら侵入者を捕まえにいったと聞いたときはため息が止まらなかったが、こういう動きの早さには助かっていた。
[入ってきた子どもはお前一人か?]
ヒューバートの問い掛けには睨み返すだけだが、
[お願い、教えて下さい]
[警備が厳重だから一人しか送りこめないって。だから俺が立候補した……しま、した]
(このガキ)
それでもアリシアの質問には答えるのだからよしとするべき。自分にそう言い聞かせながらヒューバートは貴族にあるまじき悪態を堪えていると、アリシアが少年にヒューバートを指さして見せた。
[私はまだ帝国語があまり話せません。この男の人と話してください]
[嫌です]
[どうして?]
[赤い目だから]
(ああ、帝国で赤い目は悪や欲の象徴だったか……ずいぶんと信心深いな)
[赤いのは駄目ですか?]
[ヴァル・シータ様は赤が好きですか?]
[はい、私は赤い目がとても好きです]
赤い色の好き嫌いを尋ねられているのに、『赤い目が好き』というアリシアにヒューバートの顔が赤くなった。それでも少年の目が自分に向いたのが分かった。
[聞きたいことがかなりあるが、いいか?]
[うん、何でも言うよ。ヴァル・シータ様がそう願っているから]
(ずいぶんと素直だな……)
タピオの復讐のために単身で乗り込むなど、この少年の根は素直ないい子なのだとヒューバートは理解した。
[お前を連れてきた者はどうした?]
[分からない。街まで俺と一緒に来たけれど、そのあといなくなった]
[無責任じゃないか]
ヒューバートの言葉に『意味がわからない』と首を傾げる少年にヒューバートは苛立つ。
[捕まって、お前は殺されるかもしれなかったんだぞ]
[はい……俺は殺されない?]
命をなぜ大事にしないのか。その憤りがヒューバートの胸の中をぐるぐる回ったが、それを言っても仕方がないことに哀しみがこみ上げる。
[辛いとき、神に縋るくらいするだろう]
[神……ヴァル・シータ様ですか?]
神という言葉にアリシアを見て、目を輝かせる少年にヒューバートは苦笑する。
[そんなにヴァル・シータに似ているのか? 帝国で壁画を見たことが何度かあるが、金髪に緑の目というくらいだったかと]
[ヴァル・シータ様は俺たちの母親だから、顔は色々ある]
それでなぜアリシアをヴァル・シータだと思えるのかと思ったが、
[金色の髪、初めて見た]
(なるほど、帝国では金髪そのものが珍しいからな)
ヒューバートが納得していると、パーシヴァルが隣に来た。
[父さん、ケイに聞きたいことがあるのだけど]
[ケイ? それはこの少年の名前……パーシヴァル、帝国語が分かるのか?]
[うん、学校で習った]
自慢げに親指を立ててみせるパーシヴァルにヒューバートは笑い、この場をパーシヴァルに任せることにした。カトレアからも、子どもたちは何か話しているようだったと聞いていた。
[ケイはシータ教の信者なの?]
[違う、ただ信じているだけ]
[それって信者じゃないの?]
[違う、俺は神殿に寄進していない。俺はただ、街のあちこちにあるヴァル・シータ様の画にお祈りするだけ]
ケイの言葉に、ヒューバートは壁画に向かって拝礼する帝国の民を思い出した。
(なるほど、貧民層でもそうやって信仰されてきたんだな)
今日を生き抜くための水を、食べ物を求めてきた人々。寄進という名の大金を払って権力を得る『信者』よりもよほど信仰が深いとヒューバートは思った。
[それじゃあ……]
[ちょっと待てよ。俺はヴァル・シータ様に頼まれたからそこの赤目と話していたけれど、お前と話せとまでは言われていない。お前、一体なんなわけ?]
(赤目……)
[僕はパーシヴァル。君がヴァル・シータ様って呼んでいる女性の息子]
[スーク・シータ?]
[あ、うん、そのスーク・シータ様ってやつかも]
シータ教の最高神である女神ヴァル・シータには、息子スーク・シータがいる。赤子なので布に包まれて登場するが、経典には『ヴァル・シータと同じ緑の目をした男児』と書かれている。
(パーシヴァルの奴、ステファンから悪影響を受けていないか?)
飄々とケイを丸め込むパーシヴァルに呆れつつも、手段を選べないのも事実なのでヒューバートは黙っていた。
[君の言う『組織』って子どもはどのくらいいるの?]
[沢山います]
(敬語……やっぱりいい子だな)
[君たちみんな、このレイナードに移住しない?]
[……え?]
「ん?」
反応がケイより一拍遅れたのは二人が話しているのが帝国語だったと思いたい。そんなことを切実に願いながら、ヒューバートがパーシヴァルに「もう一度、言ってくれるか?」と頼むと、
[みんなここで暮らせばいいんだよ、だってレイナードって仕事が色々あるから万年人手不足でしょ? ケイの組織って子どもをあちこちに潜入させようとしているんでしょ?]
パーシヴァルの質問に声が出ないのか、ケイはただ首を縦に振る。
[子どもを一人で潜入させるなんて、それだけ子どもが優秀ってことでしょ? 若いし、即戦力だし、子どもだから食事量だって寝る場所だってあまり多くは必要ないし]
[いやいや、そのくらい沢山だすから。子どもが空腹を抱えるものじゃないし、部屋だって二人一部屋とかで良ければ用意できるし、なんなら家をいくつか建ててもいいし]
[ほら、父さんもこう言っているし]
パーシヴァルの言葉に、ケイが首を傾げる。
[父さん? それじゃあ、この赤目がヴァル・シータ様の伴侶様? 俺は伴侶様をこの手で……]
顔を青くして動揺を隠さないケイにパーシヴァルが首を傾げる。
[『はんりょさま』ってどういう意味、父さん?]
[……『夫』という意味だ]
ヒューバートの説明に納得したパーシヴァルは伴侶じゃないから安心するように言いきかす。
[伴侶様ではないけれど、スーク・シータ様の父親……え、分からない?]
(難しいよなー)
[大丈夫、理解できなくても困らないから。それで子どもは何人くらいいるの? みんなの特技は?]
[え? えーっと……]
ぐいぐい押すパーシヴァルと、引き気味だけど逃げないケイ。
(パーシヴァルに予算案も作らせてみるか)
どうとでもなるような気がしたので、ヒューバートはケイと子どもたちのことはパーシヴァルに任せることした。




