第11話 襲撃者に遭う
「門の外に不審人物?」
ヒューバートの問いに報告にきた騎士が頷く。
「小柄な男性か女性です。建物の影にいたので顔まで分からず、騎士の一人が何か用事か尋ねようと近づいたら逃げたため五名が追っています。その人物がいたところに血痕があったので、ケガをしている可能性があります」
(小柄な不審者……子ども、ケガをしている可能性)
ヒューバートの頭に保護したときのタピオが浮かぶ。
「手の空いている騎士を連れて屋敷周辺の警戒を。子どもが一人でいたら例外なく保護をしろ。メルデス、警備隊に住民の安否確認の指示を出せ」
「二手に分け、もう一つは指定宿に送り滞在者の確認を急ぎます」
タピオの話を聞いたヒューバートは子どもを保護するため、この街にいる子連れの旅人を全てヒューバートが指定した宿に滞在させている。その宿の従業員は全員が武芸の心得がある者で、こういう事態に備えて準備していた施設だった。
「侍女長、本邸と別邸の所在を確認してくれ」
ヒューバートの指示にマリサは少し困ったような顔をして、アリシアとミシェルがいま入浴中だと報告する。
「女性騎士を浴場の前で待機……いや、騎士の数が足りない」
こういう事態は想定していたが一人分しか想定していなかった。どうしようかと悩むヒューバートにマリサが咳払いをして自分に注意を向ける。
「お二人はご一緒なので、とりあえずは女性騎士と警護もできる侍女たちを浴場に送って執務室までお二人をお連れしてはいかがですか?」
問題のない提案だが、一つだけ気になることがあった。
「いま『一緒に』と言わなかったか?」
「言いましたが?」
マリサの呆れた目は『この一大事に、そこ大事ですか?』とヒューバートを責めていた。問題はない、ただミシェルが羨ましいだけだった。
「ヒューバート様も普通に男だったんですね」
「黙ってろ」
マリサに言い返せない分、ヒューバートはアランに八つ当たりした。
「それでは全員、持ち場に……」
「失礼します!」
焦りを隠せない表情で一人の騎士が執務室に駆けこんできた。
「パーシヴァル様たちがお部屋にいらっしゃいません!」
「何だって!?」
***
時を少し遡る。
アリシアがミシェルと風呂に行ったと聞いたパーシヴァルは、ロイドとタピオを誘って厨房に向かっていた。厨房の使用人たちはパーシヴァルたちに甘く、夕食前でもパーシヴァルたちが空腹を訴えれば『内緒ですよ』と言って菓子や果物をくれるのだ。
「バターのいい匂いがする」
「うわっ! 俺、腹が鳴りそう」
ロイドのその言葉がキッカケとなったように、ぐうっという音が廊下に響いた。
「あはは、誰?」
「俺じゃないよ、タピオか?」
「僕ではありまセん」
三人はお互いに顔を見合わせる。
「僕じゃないよ」
「俺でもない」
「僕も違いまス」
顔を見合わせていた三人の顔が薄っすら青くなる。このレイナード邸は歴史のある建物で、霊的な怪談話もある。
「や、やだなあ。それじゃあ、誰……」
背中に何かが当たった感触にパーシヴァルは口を閉じて顔を険しくする。その変化にロイドとタピオも警戒を露にする。
「……誰?」
「静かにシろ」
今は耳に馴染んだ帝国訛り。侵入者の目的は自分だと察したパーシヴァルは、急いでヒューバートに報せてもらうためにロイドに合図を送ろうとした。
「ロイ……」
[ケイ、止めろ!]
鞭のように飛んだタピオの声に、パーシヴァルはタピオのほうを見たがタピオはパーシヴァルの後ろを見ていた。
[……タピオ?]
(知り合い?)
予想外の展開にパーシヴァルが驚いていると、ロイドに腕を引っ張られて背後にいた襲撃者との間に距離を置かれる。襲撃者は何も言わず、制止しようともしなかったので、パーシヴァルは安全な距離からタピオと彼の前にいる人物を見ることができた。
「……子ども?」
「高等部の人たちとあまり変わらない感じだけれど……タピオの知り合いのようだな」
ロイドの言葉を証明するように、襲撃者はパーシヴァルたちのことに目もくれずタピオを見ていた。
[やっぱりケイだったんだ]
[タピオ……お前、何で生きて……]
タピオが生きていることに驚いている彼に、パーシヴァルはヒューバートたちがタピオを守るために彼の死を偽装したことを思い出した。
[うん、生きてるよ。ケイも、だね。正直言って、ケイが生きているとは思わなかった]
このケイと呼ばれる人物がタピオと同じ立場、皇弟やボルダヴィータ・ララ家の工作員だとパーシヴァルは察した。タピオの境遇については『メリッサが虐待していた帝国の少年』としか聞いていたが、『生きていること』を確認し合う二人の様子からヒューバートの説明以上の事情があるのだとパーシヴァルは理解した。
[ケイ、ナイフを下ろして。この子たちを傷つけないで]
[あ、ああ……]
ヒューバートの気遣いと、位置を変えてパーシヴァルとロイドを庇って立つタピオの様子にパーシヴァルは自分がまだ子どもだと痛感した。でも不思議と悔しくはない。
(いまはできないだけだ。『お前ならできる』と言われたんだ、いつか僕もできる)
拳をぎゅっと握っていまの無力さを深呼吸と共に受け入れると、心も落ち着いたらしくパーシヴァルは人の声が近づいてくることに気づいた。
[くそっ、邸内が騒がしくなってきた。タピオ、早く行こう]
[ケイ、待って!]
ケイに腕を引っ張られたタピオが制止を求め、抗うように踏ん張る。
[タピオ、逃げるんだよ]
ケイが目的を迷わず『逃げる』に変えた様子から、パーシヴァルはケイが殺されたタピオの復讐のために屋敷に忍び込んだと察した。
[僕は帝国には戻らない]
[それなら帝国に戻らなくてもいい。俺だって戻りたくない。だから行くぞ]
[違う、僕はここにいる]
タピオが恐怖からここに残ると言っていると誤解したらしいケイがパーシヴァルを睨む。その怨嗟がこもった目に一瞬おじけづいたが、「ここにいる」と言ってくれたタピオの気持ちに応えるためにパーシヴァルは踏ん張る。
[お前たち、タピオに何を……]
[違う、違うよ! 彼らは僕を助けてくれたんだ。助けてくれて、仕事もくれた]
食ってかかってきたケイをタピオが制し、タピオが言ったことにケイは信じられないものを見る目でタピオを見る。
[お前、今度はこの貴族のために仕事をするつもりか!?]
[違う! 僕はもう二度とあんな仕事はしない。そんな仕事じゃなくって普通の……素敵な仕事だ]
[お前、騙されているよ! こいつらは貴族だぞ]
[違うよ、信じてよ]
[……分かったよ、分かったからまずは逃げよう。逃げて、それで話を聞くから]
[ケイ!]
(説明を聞いてもらえさえできれば解決する気がするけれど)
「ややこしいことになったな。そして、帝国語を真面目に勉強しておいてよかった」
「そうだね」
パーシヴァルもロイドも学院で帝国語の授業を選択しているため、タピオとケイの会話を理解できていた。
「タピオも困ってんな……どうすれば話を聞いてくれるかな」
「ロイド、その悩みはもう他人事じゃないから。お祖母様が来た」
ロイドが「はあ!?」と驚く声が聞こえたが、パーシヴァルはこちらの駆けてくる騎士たちの先頭にいるカトレアから目を離せなかった。
真っ赤な鎧を纏って剣を構えている姿は『凛々しい』を通り越して、
「ああいうのを東方では『修羅』っていうんだって」
「辞書で知るだけで十分だったな」
乾いた笑い声をあげながら「具体例を見たくなかった」というロイドにパーシヴァルは深く同意した。




