第10話 湯浴み着を作る
「湯浴み着についての会議を始めます。本日はご本人の希望もありヒューバート様とミシェル様も参加です」
プリムの言葉にミシェルは拍手したが、ヒューバートはアリシアの戸惑いと後ろめたさの混じる視線が気になっていた。
今日のヒューバートの予定にこの会議への参加はなかった。ただミシェルがこれに参加すると聞き、アリシアの邪魔をしたら申しわけないと思ってミシェルを回収にきただけだった。
それなのにミシェルに「お兄様も参加してみては?」と言われ、店の従業員にもヒューバートの意見を聞きたいと言われて参加となった。アリシアはトワとの打ち合わせで会議の場に来るのが遅れており、部屋に入ってきたアリシアがヒューバートに驚いて何か言う前にプリムが開始の挨拶をしたのだった。
(俺が提示した予算を大幅に超えたのだろうか。それとも工房の場所が悪いとか?)
常に遠慮がちで、時には利他的なアリシアである。この会議でアリシアが困っていることを察しなければいけないとヒューバートは気合を入れた。
三分後、ヒューバートはたった三分でアリシアが戸惑っていた理由を察した。
「湯浴み着は二種類。一つは従来の水着に似たものと同じもの。上は半袖、いえ袖なしね」
「袖なしのほうが上腕の筋肉がよく映えるわ」
(……上腕の筋肉)
ヒューバートは自分の上腕を見ないように必死に視線を前に固定する。同時に剣の素振りを日課にすることに決めた。
(護身のためだ、何も問題はない)
「上のサイズはかなり大きめに、脱がせやすいもの」
「それなら肩紐で結ぶほうが脱がせやすいのではない?」
(なぜ脱がせやすさに着眼するのだ? 脱ぎやすさのほうが重要ではないか、普通)
主人の着替えを手伝う使用人の手間を考えた提案なのだとヒューバートは自分に言い聞かせる。
「濡れていると解けにくくて紐が千切れてしまうかも」
「気が急いているとそうなるわよね」
「紐は交換できるようにしておきましょう」
使用人が怒られないように配慮するのは素晴らしいと思った。『ミセス・クロース』の従業員たちの職業意識の高さにヒューバートは感心する。
「それなら肩紐なしで、ギャザーをつけて胸元で抑える形は?」
「チューブトップは脱がせやすい!」
「積極的に見えると男性のほうが引いてしまうのではない?」
ヒューバートは自分のほうに沢山の視線が向いた気がしたが、『何を言っているのか理解できない』という笑みで顔を固める。
「そのデザインはなしね」
「攻め過ぎだわ」
(……解せない。別に据え膳を食わないわけではない、はずだ)
ヒューバートの納得いかない気持ちは放っておかれ、水着タイプのほうは袖なしのシャツ(かなり大きめ)に半ズボンとなった。
「二着目はガウンタイプね。これは貴族夫人向けで、平民はガウンを着る習慣はあまりないから」
ヒューバートの隣ではミシェルが真剣な目をしていた。冷やかしだと思ってしまってミシェルに悪かったとヒューバートは反省した。
「足に絡まると危ないので丈は膝より上にしますが」
(だからなぜ俺を見る?)
「膝丈でいいでしょう」
「男性って本命には奥手なことが多いですよね」
「お相手に困らない方は特に自分から攻めるのは苦手よね」
自分に向けられる視線に居たたまれず、ヒューバートは手元の資料に目を釘付けにする。内容を一つも理解できないし、目が乾いた。
「男性が奥手の場合はどうするか」
「女性側の積極性」
「男性が引いてしまう分かりやすいものではなく、さり気ないアピール……難題だわ」
会議から言葉が消えたため、ヒューバートの頭の中で資料の中の湯浴み着をアリシアが着たらどんな感じかという想像が浮かんでしまった。
「お兄様……」
「何だ?」
「アリシア様がこれを着たらどうでしょう」
「最高だろ。項、首筋、胸元、足、どれも計算された露出で想像が掻き立て……おい!」
何を言わせるのか。
「お兄様が勝手に言い出したのではありませんか」
自分は何もいけないことはしていないと主張するミシェルをプリムが庇う。
「ミシェル様のおかげで項の重要性を知ることができました」
「項好きが多いというデータは本物でした」
そのデータをどこの誰が何のために集めたのかヒューバートは本気で知りたかった。
「皆様」
ミシェルが手をあげて、その場の全員の意識を自分に向ける。
「男性の好みで無視できないデータがあります。ある服飾師が城の騎士様たちに聞いたものです」
ミシェルのこんな真面目な表情は彼女の結婚式以来だとヒューバートは思った。
「騎士様の約九割が『女性の下着は白がいい』と答えたそうです」
その場が沈黙に包まれ、ミシェルの愚かな発言にヒューバートが代わって謝罪をしようとしたら、
「白……」
地の底から這うような声は誰のものかヒューバートには分からなかった。
「何てことなの……白? ルージュナードは赤なのよ」
憤る気持ちはヒューバートにも分かった。
「でも九割は無視できないわ。私、下着は全部白にする」
(彼女はさっきやけに筋肉に拘っていたな)
彼女の苦悶は服飾師ゆえのものだとヒューバートが思い込もうとしていると、「白」とアリシアが小さく呟いた。
(朝食の席でも顔を合わせたが、久しぶりにアリシアの顔を見た気がする。おそらくこの会議が有意義で時間の流れも速いんだな)
意図的にアリシアから目をそらしていた事実をヒューバートが誤魔化していると、
「女性も淡い色の下着のほうを好むから、あまり真っ赤では落ち着かないかもしれないわ。トワ、薄紅色より淡い色にできる?」
「可能ですが、それでは今回売り出したい赤の印象が薄まってしまいます」
「湯浴み着をとめる紐、あれを赤くすればいいわ。良質のアカネが必要で量産を諦めたものがあったわよね、あれで紐を作れない?」
「作れます」
力強く頷くトワにアリシアが頷き返す。
「それでは湯浴み着は薄紅色、紐が濃い赤ならば対比でかなり白く見えるはずよ。それに運命の赤い糸と言うでしょう、赤い紐は若い令嬢に好まれると思うわ」
アリシアの言葉に全員が『それだ』と納得する。ルージュナードの赤を印象づける見事な戦略だとヒューバートは感心する。
「お兄様」
「……同じ手は食わないが、何だ?」
先ほど見たミシェルの真剣な表情を思い出し、最初から疑ってかかり話を聞かないのはよくないとヒューバートは考えを改めたが、
「お兄様もやっぱり白派ですか?」
「黙秘する」
***
ガウン型の湯浴み着の試作品は直ぐに出来上がり、アリシアと一緒に試してほしいとプリムに言われてミシェルは快諾した。
「素肌にガウンを羽織るのは違和感がありますわ」
「これは慣れですね。慣れと言えば、私もヴァル以外とお風呂に入るのは初めてで緊張しています」
(照れているわ、可愛らしいわ)
普段より緩めにまとめた毛先を指に絡めて照れるアリシアの姿にミシェルはほっこりした。
「今までの湯あみ着は濡れた布が肌にくっつく感じでしたが、これは湯が通って肌にあたりますね」
「水切れのいい麻を使って網のようにしました。でも生地の肌触りがザラリとしてしまいました。違和感はありませんか?」
二人で湯船に浸かり、感想や改善点を自由に言い合う。
「濡れても重くならないのがいいです。重いと湯船から出たときに体の負担となるので」
「生地の硬さも体の線が出ないと思えばいいと言えますね」
(体の線……)
ミシェルだって貴族夫人として恥ずかしくないように美容に心がけているし、母と兄に似た美貌は三人の子どもを産んでも衰えないと評判である。しかしアリシアは一児の母とは思えないスタイルの良さで、ミシェルとしては自信がなくなる。
(それに、どこに目を向けたらいいのか)
しかも、アリシアには、同性相手でも妙に照れ臭さを感じさせる独特の色気があった。
「木綿や絹ではもっと肌に張り付いてしまいますね」
襟元を開けて、肌とのくっつきを確認するアリシアの姿をミシェルは直視できなかった。石膏雪花を連想させる白い肌を金色の柔らかそうな毛先が撫でる様子が実に艶めかしい。自分と同じ女性であると、ミシェルは頭の中で念じながら深呼吸を繰り返して気を落ち着かせる。
(お兄様、すごいわ。こんな妖精の女王みたいな女性と子どもが作れたなんて)
そんなミシェルの動揺に気づくことなく、アリシアは試作品のチェックに余念がない。しかし、何をしても艶めかしい。
「紐は濡れていると結び直しにくいので、もう少し長くしましょう」
赤い紐を縛ったり解いたりを繰り返すアリシア。結び具合を調整しようと合わせの部分を緩くしたりもするので、ミシェルの緊張が一際大きくなる。
「丈は予定通り膝、いえ、もう少し短め?」
そう言いながら裾を持ち上げて太腿を半分ほど見せるアリシアにミシェルの脳がくらくら揺れた。
「ア、アリシア様……逆上せそうなのでお先に失礼しますわ」
「……そうですか」
見るからにシュンッとするアリシアにミシェルはグッと息を詰まらせたが、風呂場で倒れる醜態を避けるために撤退しなければいけないと自分に言い聞かせる。
「アリシア様はごゆっくりお入りください」
そう言ってミシェルは逃げた。




