第8話 悪女は疵を遺す
「みんな、落ち着かないね」
そう言うパーシヴァルも、そしてその隣のロイドも朝から落ち着きがないとタピオは思う。
(小さな子ってそんなにいいものではないけれど)
今日から託児事業が始まり、通いの使用人には自分の子どもを連れて出勤している者がちらほらいる。子どもたちはここが領主の屋敷であること、そして厳つい顔の門番の前を通ってくることで緊張していて、窓から見えるその姿は借りてきた猫のようだ。
(あっという間に悪魔に変身するぞ)
パーシヴァルは一人っ子で、ロイドは三兄弟の末っ子。小さな子どもが大人しく可愛がられる存在ではないことを知るのはタピオだけだった。
(……きょうだい、か)
兄らしき少年にくっついて歩いている幼い少女の姿にタピオは病気で亡くした幼い弟妹を思い出し、もう顔が朧げな彼らに代わって次に浮かぶのはボルタヴィータ・ララ家の地下で身を寄せ合って生活していた奴隷仲間だった。
(やっぱりアイツのことをヒューバート様に言おう)
「ボルタヴィータ・ララ家でのことを話したい、だったな」
タピオの予想よりも早くヒューバートが時間を取ってくれたので、タピオはまだ言いたいことが纏まっておらず口を開いては閉じることを繰り返してしまった。それを見かねたのかヒューバートは思ったままに、そして帝国語で話していいと言ってくれた。
[ボルタヴィータ・ララ家には子どもの奴隷が沢山いました]
タピオの言葉にヒューバートの顔が嫌悪に歪む。
自分の子どもだけではなく、託児所を開いて多くの子どもを守ろうとするヒューバートにとって子どもを売り買いする行為は蛮行でしかないのだとタピオは思った。
しかしタピオはアランから学んでいる。
国ごとに法律や文化は違い、奴隷の売買が合法の国は少ないがあるということ。ボルダヴィータ・ララ伯爵家のあった国は奴隷が合法で、ノーザン王国やヴォルカニア帝国で行方不明になった子どもがあの国で奴隷になっていることはよくあるということ。
[伯爵たちは僕たち子どもの奴隷に教育しました。教育した子どもの奴隷は金になる、近くにいた大人たちがそう言っているのを何度も聞きました]
[……どんな『教育』を受けた?]
その『教育』が文字の読み書きや算術ではないことを分かっているようなヒューバートの問い掛けにタピオは笑いたくなった。笑わなければ、できないたびに振り下ろされる容赦のない鞭の痛みに言葉が出なくなってしまいそうだった。
[僕たちは……]
[待て。この先を聞いたら茶が不味くなりそうだ。先にお茶にしよう、準備を頼む]
ヒューバートの言葉に後ろに控えていたアランが頷き、あっという間に紅茶のカップがタピオの前に置かれた。
[あと、今日は少し冷えるからな。まだ本調子でもないだろう、これを掛けていろ]
[……これ]
ヒューバートが肩にかけてくれた赤い布。パーシヴァルたちとトワの作業を見学して、自分も作るのを手伝った『ルージュナード』だった。
[アリシアが作ったルージュナードの試作品だ。第一号の特別な品だが、特別に貸してやろう。アリシアが言うには赤には邪を祓う効果があるらしい。赤ん坊用の守り布を作ると言っていたから、お前たち三人もアリシアに強請って何か作ってもらえ]
アリシアを思うたびにタピオの頭に浮かぶのは自分の母親。
(優しくて、温かくて……でも、あんなに美人ではなかったかな)
アリシアほど美しい女性を見たことがないとタピオが思ったとき、
(デイムは『彼女』に似ている気がする)
生きとし生けるものを全て包み込むように腕を広げ、慈愛に満ちた顔をしていた女性を思い出したタピオはもう大丈夫だと思った。もうメリッサの悪夢はみない、タピオはそう確信できた。
[僕たちは人を殺す訓練をしていました]
[訓練を受けていた子どもたちは何歳くらい、いや、何人くらい……いや、それよりも……]
冷静な表情をしているが、何から聞いていいか困っている様子からヒューバートも戸惑っているらしい。
(予想していた感じはあるけれど、予想以上だったのかな)
ヒューバートの想像の上をいく非常識な場所に自分がいたと思うとタピオは変な気分だった。
[子どもの年齢は短剣をもてる……五歳くらいから十歳前後まで。大きな子どもはいません、みんな『仕事』が与えられたので]
[『仕事』……]
[どんな仕事かはみんな言わないので……だからアイツが何でこの街に、どんな仕事できているのかは分かりません]
予測はできるけれど、タピオは言いたくなかった。
[奴隷の……いや、『知り合い』に会ったのか?]
ヒューバートが後ろを向き、アランが首を横に振る。そのやり取りはまるでそういう報告を受けるのが当たり前のようで、あの日もそう言う報告をする騎士がタピオたちの傍にいたことに他ならなかった。
(やっぱり……僕たちだけで外出なんて無理だと思っていたけれど)
冒険だと喜んでいたパーシヴァルたちを思い出し、街の散策に護衛がこっそりついてきていたことは永遠に内緒にしようと決めた。
[年齢は僕より何歳か上で、ナイフの扱いが上手です。顔立ちは……普通で、王都では目立つでしょうがここでは]
[仕方がない、ここはレイナードだからな……アラン、騎士たちに子どもに注意するように伝えろ。『知り合い』は少年のようだが、少女にも警戒するようにと]
ヒューバートの命じる硬い声にタピオは息をのむ。
(覚悟していたことだろう)
これを話すということは『彼』への裏切りになる。彼は捕えられるどころか、ヒューバートたち誰かの殺害を企てた者としてその場で切り捨てられる可能性のほうが高い。
(ごめん……)
[安心しろ、うちの者は誰も子どもを傷つけない。あの母上が鍛えている騎士たちだ、どんな手練れだろうと余裕で無力化できる]
そう言うとヒューバートはタピオと視線を合わせた。その顔は優しくて、とても自信に満ちていた。
[みんな大丈夫だ]
* **
泣くタピオを部屋に送らせたアランが戻ってくると、ヒューバートは用意していた酒のグラスをアランに渡した。
「まさか、でしたね」
「胸糞悪い話が多過ぎて酒の減りが早い」
ボルダヴィータ・ララ伯爵家が武器を売買している情報をヒューバートは掴んでいた。あの国が奴隷制度を禁止していないこともヒューバートは知っていた。
「それがまさか……子どもの奴隷を武器にするとはな」
「非人道的ですが……有効なのでしょうね。避難民に混ざってしまったらまず分かりませんし、子ども相手では騎士たちも警戒が薄れますからね」
「王城騎士団に囲まれた移送馬車を襲撃してまでメリッサを逃がす理由はこれか」
「タピオを執拗に狙う理由も、ですね。しかし、メリッサ夫人はなぜこのことを言わなかったのでしょう。移送される前にかなりきつめに尋問されましたよね?」
「本人がいないから予想になるが、メリッサは知らなかったと思う」
ティルズの騎士たちの厳しい尋問を知っているヒューバートとしては、知らないから話せなかったという推測には自信があった。
「奴隷とはいえ子どもが武器を振り回し、日常的に鞭で打たれていたのですよ?」
「……訓練の一環として子ども同士を戦わせたのではないか? 死にたくなければ強くなれとでも言っていたのではないか?」
加虐趣味のあるメリッサにとって子どもたちの訓練は娯楽であったのかもしれない。そう思うと嫌悪感や怒りがわき上がるが、
(やめよう、あの女のことを考えても仕方がない)
メリッサのことはもうヒューバートの手を離れた。深呼吸をしてヒューバートは気を落ち着かせた。
「ステファンの尋問がもっと長ければ、あの女が吐き出した情報からこのことは推察できたかもしれない。しかしあの件は秘密裏でなければならない以上、ステファンは尋問よりも移送を優先させた。ただこちらにとっては不運で、あちらにとって幸運だっただけだ」
「そうですね……逃がされたメリッサ夫人はどうなったでしょう」
「目的が口封じである可能性が高いことから、生きている可能性は極めて低いだろうな……全くステファン宛ての報告書がどんどん分厚くなる」
ヒューバートが重いため息を吐くと、「いいじゃないですか」とアランが明るい声を出した。
(気落ちしても始まらないと言うことか……こいつのこういう所には救われるな)
「何がいいんだ? 俺が今夜も徹夜になることか?」
「公子様宛の手紙が分厚くなるとレイナードの侍女が喜びます」
「……なぜだ?」
なぜそんなことを侍女たちが喜ぶのか。何となく答えを察してしまうが、信じたくない思いのほうが強い。
「レイナード家に仕える侍女は腐った恋愛脳の持ち主が多いですから」
「……なぜだ?」
年齢も出身地も、家族構成も育った環境も違うはずなのになぜ恋愛嗜好が偏るのか。
「レイナード邸の採用基準が『ヒューバート様に言い寄らない』だからですよ」
当然とでも言うようなアランの様子に、当然なのかとヒューバートは戸惑う。
「執事長さんを筆頭にこの点は厳しくチェックされていますからね。その結果、レイナード邸にいる女性は『侯爵様はないわー』と笑い飛ばせる恋愛強者、『男なんて最低』という男嫌い、そして『男同士の恋愛こそ至上』という腐った嗜好の持ち主となったわけです。ご存知なかったのですか?」
「なんで侍女たちの恋愛嗜好まで……」
そこまで言って、ヒューバートは部屋でアランと二人きりでいることに気づいた。
「俺はアリシア一筋だ」
他人の恋愛観などどうでもいいが、それだけは主張しなければいけない気がした。そしてその予感は正しかった。
「お兄様」
「……ミシェル?」
短いノックのあと、ヒューバートが入室を許可する前にズカズカと執務室に入ってきたミシェルは満足気に頷きながら、
「素晴らしい言葉ですわ。アリシア様と一緒に盗み聞きをすればよかった」
ヒューバートは「悔しい」というミシェルと、その後ろで頷いている数人の侍女の姿に頭が痛くなった。
「アリシアが盗み聞きなんてはしたない真似をするわけがないだろう、馬鹿者」
誤字報告ありがとうございました。




