第4話 腹心は駆ける
「凄いでス」
馬車の窓に顔を押し当てて興奮する少年にアランは笑い返す。
彼の名はタピオ、メリッサがヒューバートの息子と仕立てた少年だ。本当は十四歳だが、劣悪な環境にいたため十歳のパーシヴァルやロイドと体の大きさは変わらない。
(少しは子どもっぽくなってきたかな)
子どもとして扱われなかったからか、幼い子どもに不似合いな冷めた表情。これはよくないと子どもらしさを引き出そうと思うのは自分が余裕のある大人になれたからだろうと、アランはそんな大人にしてくれたヒューバートに感謝した。
(そのヒューバート様が作られた『水の要塞』)
「圧巻だよな……っと」
堀を渡る唯一の道に入ろうとしたとき、わずかな窪みがあったのか車輪が大きく弾む。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫でス」
その言葉通り、タピオは腕を伸ばして自分の体を支えていた。保護したときは虫の息、しばらくは自分の足で立てなかった少年が元気になってきたことを目のあたりにしてアランはジンッとする。
(こうして子どもはあっという間に大きく……いや、待て。子どもの成長を早く感じるなんてオッサン化したか?)
気を取り直して、とアランはタピオに笑いかける。
「嬉しそうだな。デイム・アリシアに会えるもんな」
「はい、とても嬉しいでス」
そう言うタピオの表情は母親を慕う幼子そのもの。
(これにまで警戒心を抱くって、余裕なさ過ぎだろう)
嫉妬するヒューバートの相手は面倒だから、少しでいいからヒューバートとアリシアの仲が進展していることをアランは願ったのだったが、
(え、これ、何があったの?)
夢でも見ているのだろうかとアランは自分の頬を抓った。
(痛いということは、この男の余裕を出しているヒューバート様は本物)
「まあ、タピオ。ずいぶん元気になったわね。きちんとご飯を食べてる?」
「はい、食べてまス」
抱き合って再会を喜ぶアリシアとタピオを余裕の笑顔で見守るヒューバート。それが夢ではないなら、
(プリム嬢とお祝いしなくては)
「タピオ、元気そうだな。言葉もかなり流暢に話せるようになったな」
「頑張って話シ、話ス練習をシていまス」
「うん、頑張ることが大事だ」
(そして優しい。いや、もともと子どもには優しい方だけれど)
「アランも、ご苦労だったな」
(俺にも優しい!)
絶対に原因はアリシアだと思ってアランがアリシアを見ると、アリシアの頬にわずかに朱がさした。
(……可愛い)
美人が見せるギャップにくらっとしたが、ジッと自分を見たヒューバートにアランは首を竦めた。
「旦那様がお待ちです」
客室に荷物を置くとアランはヒューバートの執務室に向かった。何度もここには来ているので使用人の案内は要らなかった。アランが部屋に入ると、ヒューバートが煙草を揉み消していた。アリシアとパーシヴァルが同じ屋根の下にいるのに煙草を吸うとは、よほど機嫌が悪くなる報告が届いたのだとアランは察した。
「タピオはなぜ狙われる?」
「何かあったのですか?」
ドーソン子爵邸からタピオを保護して以来、レイナード邸とレイナード商会が何度か襲撃されている。全て未遂で片付いてはいるが、その回数は異様でしかない。
それもあってタピオはまだ療養が必要であったのに、無理を押してレイナードに連れてきた。どうしても日数がかかること、そして無事に連れてくるためヒューバートはタピオの墓を作り死んだと偽装までした。
「タピオの墓が掘り返されたと報告があった」
「そこまで……中に納めていた孤児の遺体は?」
「巻いてあった布を取られたくらいで……再度身を整え、埋葬し直したそうだ」
(……よかった)
身元不明で既に死んでいたとか、タピオを守るためとか。言い訳や大義名分があっても子どもの遺体を利用したことには変わりなく、あまり気分がよいことではなかった。
「奴らのほうにタピオが生きている可能性が生まれた。尾行は?」
「いくつかありましたが、商売敵か皇弟関係かは分かりません。いつも通りの手順でまいてきましたが、行き先が知られている以上はいずれ……」
このくらいはヒューバートも考えていただろう、だからこその煙草だったのだ。
「タピオについて、国の判断は?」
タピオは帝国の下町で育ち、彼が幼いときに流行した疫病が原因で家族を全て亡くして天涯孤独。孤児となったタピオは奴隷商につかまり、ボルダヴィータ・ララ家の奴隷となった。タピオは赤茶色の瞳をした整った顔立ちの少年で、当時伯爵家の夫人だったメリッサに『自分を選ばなかった男に似ている』という理由で虐待されていた。
(そして今回ヒューバート様の息子を演じるためこの国に連れて来られた……残念だが、全てはタピオの証言でしかない)
アランは、そしてヒューバートもタピオを『シロ』だと思っているがその証拠がないため、タピオの処遇は国の判断待ちだった。
「タピオについて国も『シロ』と判断した」
「それはよかったです。まずは体を治して、心のほうはおいおい……」
「何を企んでいる?」
自分を見るヒューバートにアランは笑みを返す。
「企むとは人聞きが悪い。ただ、頭のいい子なので仕込めばよい商人になるのではないかと。年齢も丁度良いですしね」
「なるほど。タイミングを見てタピオに聞いてみよう」
タピオがそれを望むなら、この先十年は自分の傍付きとして徹底的にしごくことになる。
* **
「どうだ?」
ヒューバートが呼んでいると言われて彼のいる部屋に行くとアランもそこにいて、ケガが治ったあとのことについて聞かれた。しかし、そのとき与えられた選択肢はタピオにとって信じられないものだった。
(いや、孤児院に入ることは分かる。でも……僕が、レイナード商会に?)
異国の奴隷であるタピオもレイナード商会の名前は知っていて、ノーザン王国に来てその規模の大きさに驚いた。。
(僕が、働ける……誰も傷つけることない、普通に働いて……僕が?)
「今すぐ信じるのは難しいだろうから、療養している間にゆっくりと考えて……」
「やりまス!」
ヒューバートの言葉に重なるように声を出してしまった。
(無礼だ!)
咄嗟に両手をあげてタピオは頭を庇ったが、何も起きなかった。何も起きないのに、このままでいるのは変と思ってタピオが顔をあげたらヒューバートは困ったような顔をしていた。
「ごめんなサい……」
「……まずはそこからだな」
ヒューバートがため息を吐くから、何かやっぱり駄目だとタピオは思った。
(駄目なら直さなきゃいけないのに、何が駄目か分からないから直し方が分からない)
「ちょっと待っていてくれ」
「はい……」
ヒューバートが部屋を出ていってしまい、タピオは見限られたと思った。
(孤児院か……デイムにももう会えなくなるのかな)
デイムというのは貴族の爵位のひとつで、アリシアがヒューバートの恋人ということはレイナード邸でタピオを世話していた使用人から聞いていた。
「待たせたな」
そう言って部屋に戻ってきたヒューバートの後ろにはパーシヴァルとロイドがいた。パーシヴァルはヒューバートに似ているので、彼の子どもだとタピオにも直ぐに分かった。
「息子のパーシヴァルと、その友だちのロイド君だ。パーシヴァル、この子はタピオだ。三人とも仲良くするんだぞ」
「……え?」
(『仲良く』……『なかよく』って言葉に違う意味があったっけ?)
現実を理解できないでいるタピオの手が不意にパーシヴァルに握られた。
「よろしく。それじゃあ行こう! ロイド、行くよ!」
手を強く引いたパーシヴァルが「失礼しました」と言って部屋を出ていく。
(しっかり教育されている、貴族だ)
でもタピオの手を引く力は強いし、いつの間にか反対側の手もロイドに握られていた。




