第3話 元嫁は復讐する
「母上、アリシアと再婚します」
「うん? それはいまさら言うことか?」
ずっとそのつもりだろう、とヒューバートを窘めるカトレアに視線を向けられてアリシアは顔が赤くなった。それにカトレアは『何か』を感じ取ったらしい。
「アリシア、ヒューバートに無理強いはされていないな?」
「母上、息子を何だと思っているのです?」
アリシアが『はい』と言う前にヒューバートの呆れた声に遮られ、その後に続いた母と息子の掛け合いに割り込めず、結局アリシアが口を開けたのはカトレアに祝いの言葉を言われたあとだった。
「しかし、始まる前に終わってしまった感じだな」
満足気にワインを飲むカトレアに苦笑しながらアリシアもひと口だけワインを飲む。酒に強いほうではないと理解しているため、祝い酒はカトレアとヒューバートに任せることにした。
「そう言えばパーシヴァルはどうした?」
「眠っています。道中も興奮しておりましたし、ここに来てからはウォルトン家のご子息と屋敷中を走り回っていましたから」
どうやらパーシヴァルは一階と二階をしっかり案内したらしい。戻った二人の靴下は真っ黒だった。
「会えるのを楽しみにしていたのだが」
会えると言えば、この場にはもう一人いない人物がいる。
「カトレア様、オリバー様はどこに?」
「山にいる。懐いている狼たちの繁殖時期ということもあるが……アレなりに気を使っているのだろう」
(『アレ』……夫婦の形は人それぞれよ。それよりも狼とは?)
「父上はここで狼の研究をしていてね」
「狼を研究できるのですか?」
オリバーが食べられてしまうのではないかとアリシアは思ったが、オリバーは異常なほど狼に懐かれる性質らしい。
「父上が山に入ると狼たちが集まってくる。父上には彼らが『遊ぼう』と言っているように見えるそうだが、俺には『美味そう』にしか見えない」
やはり危ないではないかと思ったが、オリバーは甘噛みをされても血が出るほどのケガは一度もしたことがないらしい。
「あれは一種の才能だな。来るもの拒まずの男だとは分かっていたが、狼もとは」
オリバーに懐いている狼たちは賢く、オリバーの命令を理解し山狩りではかなりの戦力になっているという。狼は持久力も瞬発力も人間を遥かの凌ぐ上に、集団での狩りが得意なので『お客さん』は数分で戦闘不能にされるそうだ。
「最近は帝国方面からの『お客さん』が多いからな。繁殖期で気が立っていることもあってアレは狼たちのご機嫌とりに必死なのさ。今日も自分の夕食用の肉を持って山に行ったよ」
「ご自分のお肉を……」
「高齢で肉が食べられなくなったのでは?」
狼への愛情を茶化すヒューバートをアリシアが窘めると、ヒューバートはバツの悪い顔をして侍女に狼たちの肉をオリバー用の肉とは別に用意するよう指示した。
「アリシアには敵わないな、ヒューバート。お前の気持ちは分かるが、役に立つかどうかで判断するならアレは役に立っている」
「……はい」
(カトレア様……)
わだかまりを捨てろとは言わないが、認められるところは認めてやれ。ヒューバートに諭すカトレアにアリシアは心がジンッとした。
「だから復讐は死ぬ一歩手前までだ」
(……ん?)
だから『復讐』と言われてもピンとこなかった。
「母上?」
「おすすめの復讐があるんだ」
ニコニコと楽しそうなカトレアにヒューバートがため息を吐いた。
「あれでも一応父親ですから、血を見るようなことは嫌ですよ?」
「馬鹿者、アリシアとパーシヴァルに血を見せるわけがないだろう」
私たちがいなければ血を見る復讐だったのかと思ったが、返事が怖くてアリシアは聞けなかった。
「それならいいですが」
(いいんだ……)
「大丈夫だ、失敗しなければ血は見ない」
(失敗したら血を見るのね)
カトレアの『おすすめの復讐』は、かつてレイナードで行われていた成人の儀式だった。切り立った崖の上から飛び降り、その身に宿る勇気を周りに示すのだという。
「失敗とは?」
「飛び降りる男の足に結ぶ植物の蔓が切れる」
ヒューバートの質問にカトレアはしれっと答える。
「命綱失格ではありませんか。母上、本当に大丈夫なのですか?」
(どちらかと言えば、命綱として植物は不適格)
飛び降りることで成人男性の体重の何倍もの負荷がかかるのだ。なぜそれを植物の蔓でやろうとしたのか、アリシアは理解に苦しんだ。
「安心しろ、流石に私も植物の蔓は使わない。ヒューバート、頼んだ縄は?」
「……俺は父親の命綱を持ってこさせられたのですね」
呆れたヒューバートにカトレアは微笑んだが、その微笑みを見たアリシアは背が寒くなった。
***
(崖からぶら~ん)
昨夜は早くに寝てしまい、食べ損ねた夕食の分と用意された沢山の朝食を前にロイドと盛り上がっていたら、食堂に入ってきたカトレアにオリバーの処刑が決まったことを教えられた。
「処刑だね」
「うん、間違いなく処刑だ」
朝食を終えた一同は山を登り、崖の上まで来た。オリバーの朝食は水のみ、吐いたら大変だという配慮らしい。
「すごい、崖の下が見えない」
「見れるだけすごいよ。俺、怖くて崖っぷちにいけない」
「崖から飛び降りて、縄でぶらんぶらん」
「ぶら~んと揺れて崖の壁、山肌の岩壁に激突したりしないんですか?」
青い顔をしたロイドが後ろにいるヒューバートに聞いた。ヒューバートもロイドと同じく高いところに立つことは苦手らしく、崖の際から相当離れた場所にいた。
「失敗しなければ血は見ない、はずだ」
(それって失敗したら血を見るんだよね)
あのカトレアを止めることができるのはアリシアだけ。そう思ってアリシアを探したら、
「母さん、そのお婆さんは誰?」
「この成人の儀を執り行っていた巫女の末裔よ。色々お話を聞いたの」
「父さん?」
「場所とか、やり方とか、色々聞くために母上が呼んだ。縄の長さも聞かないといけないし、長いと地面にぶつかるし、短いと岩壁に激突だ。それでな、安全確認の話がどんどん横にそれて、山の祠に祀られている儀式用の衣装の話になって」
(あー……)
「儀式以外に持ち出すと山の神の怒りを買うらしくてな」
「うん、経緯は分かった。母さんはラヴァンティーヌだからね」
呆れた声しかでないパーシヴァルの頭がポンと叩かれ、
「歓迎の催しだと思えばいいさ」
「お祖母様」
「歓迎の言葉が僕の絶叫でごめんね~」
「……お祖父様」
カトレアはいつも元気だが、パーシヴァルには死に装束にしか見えない白い衣装を着たオリバーはパーシヴァルの想像以上に元気で楽しそうでさえあった。
(僕の想像を遥かに超える肝の太さかも、狼使いだし)
「オリバー様、もう少し右を向いてくださいませ」
そんなオリバーをモデルにしてスケッチブックに絵を描くアリシア。細工がどうとか、虫食い穴があったとか楽しそうだった。
(母さんも肝が太いよな……)
「よし、そろそろ始めよう。ヒューバート、縄を掛けろ!」
(……罪人扱い)
ヒューバートの手によって実に手際よくオリバーの体に縄が掛けられ、にじむ渋さが格好いいと言われるオリバーは古の成人の儀式に倣って崖から空に飛んだ。
間もなく絶叫が上がり、続いて彼を慕う狼たちの遠吠えが山に響き渡った。




