第14話 謎を解く
――レイナード侯爵の元恋人が異国で生んだ侯爵の子どもを連れて帰国した。
この噂は王都を駆け巡り、ノーザン王立学院に通うパーシヴァルのもとにも届いた。
こういう噂があり、事実無根だという手紙を先にヒューバートから受け取っていたが、噂の回る速さにパーシヴァルは驚いた。
学院中がこの噂を知る頃には、パーシヴァルは時の人になった。
もともとヒューバートの姓が違う子どもということでパーシヴァルは目立っていたが、パーシヴァルとしてはため息が止まらない。
「同情の視線が鬱陶しい」
噂に混じるのは悪意のある推測。
次の侯爵になるのは元平民の母でじゃなく貴族の母をもつその子どもがなるのではないか。噂についた尾ひれの所為で周りは『捨てられる』パーシヴァルに同情しているらしい。
「勝手に想像されて、勝手に同情されるのは迷惑」
「まあ……人の噂も七十五日だから」
項垂れるパーシヴァルの肩を叩きながらロイドが慰めたが、噂が流れ始めてまだ三日。
「残り時間のほうが圧倒的に長いよ」
もっと上手に慰めてほしいという気持ちを込めてロイドを見たら「もっと噂を気にしていると思った」と安心したように言われ、パーシヴァルは友だちが自分以上に噂を気にしていたことに気づいた。
「ありがとう、大丈夫だよ。ロイドだってあの手紙を見ただろう?」
「ああ、大きな字だった」
あの女は恋人でもなかったし、子どもなどいるわけがない。
便箋を開いた瞬間、目に飛び込んできた力強い大きな文字にパーシヴァルは呆れて大笑いし、パーシヴァルを心配して隣の部屋からきたロイドにその手紙を見せるとロイドも笑い、結局二人で腹痛に苦しむほど笑い続けた。
「手紙、か」
今度はロイドのほうが項垂れた。
「手紙、昨日も届いていたみたいだけれど」
父親のウォルトン伯爵がリリアンと離縁したあと、リリアンはロイドに手紙を沢山送ってきているようだ。
「昨日の手紙は兄上から。あの女が領地にきて、父上はどこだって騒いだらしい。父上も兄上も研究所にいることが多いだろ。全く、それも知らないで大騒ぎ」
「どうやって治めたの?」
「閣下がつけてくれた護衛が諫めてくれた」
「へえ」
「でも人の言うことを聞くような女じゃないだろ? 騒ぎ続けていたら、遠征地に向かっていたらしい城の騎士団が『公務執行妨害』で捕まえて連行してくれた。そんな偶然あると思う?」
「伯爵は父さんと国王陛下の大事な『癒し』らしいよ」
「おっさんじゃん」
呆れているロイドにパーシヴァルとしては苦笑するしかない。
ヒューバートは犬猫に癒される感覚に似ているとアリシアに言っていたが、さすがにそれは伯爵の息子であるロイドには言えない。
「二人揃って閣下に迷惑かけて……まったく、揃いも揃って迷惑でしかない」
「そうだね……ロイド。『揃って』って、ロイドはメリッサ夫人を知っているの?」
「ああ、顔は知らないけれど話だけ。あの二人、母親が姉妹なんだよ」
「従姉妹ってこと? でもアランさんの調べでは、メリッサ夫人の母親に兄弟姉妹はいなかったはずだけど」
メリッサとヒューバートが噂になっている以上、パーシヴァルも学院で付き合う貴族に気をつけなければいけない。そのためアランに情報収集を頼み、メリッサの母親がドーソン子爵家の傘下にある男爵家出身なことも分かっている。
「リリアンの母親のほうは実家から勘当されたらしいよ。アランさんも調べて分からなかったなら、除籍されたんじゃないかな」
ロイドの話では、姉のような政略結婚を嫌がった妹はある商人と駆け落ちして結婚したが、何らかの理由で離婚。母親は娘であるリリアンを連れてドーソン子爵家に一時身を寄せていたという。
「こんな経緯があったから、あの二人は従姉妹というよりも主従関係にあったみたいだな。よほどひどい扱いを受けたのか、あの女から聞くメリッサ夫人の話は愚痴というより呪いだな、それを会うたびに聞かされてきたんだから」
その後、リリアンの母親は商家の主人に見初められ、リリアンと共にドーソン子爵家を出ていったらしい。
「ロイド、ウォルトン伯爵は親戚の紹介で夫人と再婚したんだよね」
「ああ、その親戚には時々会うけれど『三人の息子の母親になってくれる』という条件を包み隠さなかったせいで伝手を使っても苦労したと愚痴られ……まさか、その伝手のどこかにドーソン子爵家があったとか?」
パーシヴァルは自分の頭の中でチカチカ光るものがあるが、それは明確な形をしておらず、もやもやした気持ちと焦りだけが募る。
――お母さんとお父さんの間には、あなたという素晴らしい縁があるの。
パーシヴァルの頭にアリシアの言葉が浮かぶ。
「縁……関係をまとめたい。まとめなくちゃ」
いまにも何かが吹き出そうな頭をパーシヴァルが手で押さえると、その反対の手をとってロイドが走り出す。
「ど、どこにいくの? もうすぐ授業……」
「こんな状態で授業を受けても意味ないだろう。デルーザー講師のところに行くぞ」
フィラン・デルーザーは学院の高等部で地政学を教える特別講師で、ヒューバートがパーシヴァルに何かのために備えて送りこんだレイナード商会の商会員である。
そのことはもちろんロイドも知っている。
「パーシヴァル様、どうなさったのですか?」
「先生、すみませんが場所を貸してください。あと俺たち、授業サボるので何か言い訳をしておいてください」
先生にサボりの協力をさせるのはどうかと思ったが、サボりという非日常にドキドキと興奮していることは否めずパーシヴァルも揃って頭を下げた。
「分かりました。危険なことでもないので協力しましょう」
「ありがとうございます」
部屋の中のものは好きに使っていいと言われたので、パーシヴァルは棚から未使用の紙を出し、ロイドは机と床の上を片付ける。
「それじゃあ、まずはメリッサ夫人から始めよう。メリッサ夫人の父親はドーソン子爵、母親……そしてこの母親の妹の娘がリリアン夫人。リリアン夫人から、ウォルトン伯爵。伯爵から、お兄さんたちで、ロイド」
「俺からパーシヴァル、パーシヴァルから閣下とアリシア様。閣下からレイナード前侯爵夫妻、ミシェル夫人」
ミシェルからコルボー子爵家、アリシアからコールドウェル子爵家、ヒューバートからティルズ公爵家そして王家とどんどん図が広がり、書いた紙が床にどんどん置かれていく。
「狙い……狙うなら、お金?」
「あと特産品だろうな。うちは、小麦はあるけれど金はない」
「レイナードは、お金はあるけれど特産品はないよ。ないから水を売ったって……ロイド、水だよ!」
「水、用水路……この王都で使われている水は用水路を流れてレイナードからきているものだ」
用水路ができるもっと昔から、この国の住民の多くがレイナードにあるマウラ山脈を始めとした山々から湧く水を使って生きてきた。
水がなくなったら人は生きていけない、
だからレイナードは侯爵家として重要な地を守ってきた。
水を目的とした諍いは昔から今までずっと続き、それを調整するのもレイナードの仕事だとパーシヴァルは教えられた。
(レイナードの水、ウォルトンの小麦、そして……コルボー)
パーシヴァルがコルボーの名前を二重の丸で囲む。
「コルボーがどうした?」
「授業で先生が言っていただろ、騎士科で飼育している馬はコルボー産だって」
「コルボーは馬の産地だからな。うちも運搬に使っている馬はコルボー産が多いし、レイナードもそうなんじゃないか」
ミシェルの嫁入りで騎士たちが使う馬が増えたと笑っていた祖母カトレアの顔を思い出す。
「ロイド、このままだと戦争が起きる。小麦も水も馬も全部戦争に必要なものだ。戦争を起こすのは、ドーソン子爵につながっている者!」
「手紙を書かなきゃ」
「それならデルーザー先生を探そう、手紙より早く閣下に伝わるはずだ!」
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