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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第4章

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第11話 こぶしを握る

 ティルズ公爵家での夜会の話を聞いてから、ミシェルはいつかこんな日が来ると思っていた。


 手元の手紙に再び目を落とす。

 送り主はメリッサで【会いたい】とあった。


「僕が思うに、メリッサ夫人は焦り始めたのではないかな」

「旦那様?」


 目の前で紅茶を飲んでいた夫エリックの言葉にミシェルは首を傾げる。


「義兄上は名誉棄損でメリッサ夫人を再び国外に出すよう陛下に進言しているそうだよ。ようやく故郷の土を踏めた女性に対する躊躇ない仕打ち、相変わらずアリシア様に関することでは容赦がない」


 「気持ちはよく分かる」と言って自分を見るエリックの目に宿る愛情にミシェルは頬が熱くなるのを感じる。

 今のミシェルは三児の母だが、夫の愛情は出会った頃と何も変わらない。


「女の子は父親に似た男性(ひと)と結婚すると聞きますが、私の場合は『兄に似た男性』のようですわね」


 ミシェルの言葉に「光栄ですね」と笑ったエリックは、ミシェルの後ろに控えるパトラに目を向ける。

 パトラはミシェルがレイナード邸から連れてきた乳姉妹の専属侍女だ。


「レイナード邸のほうは大丈夫だろうか」

「大量解雇以来レイナード邸の使用人は最低限です。みな忠義心が強いのでメリッサ夫人の買収に応じることはまずないでしょう」



 アリシアと離縁後にヒューバートが使用人を大量に解雇した背景にはメリッサがいる。


 ヒューバートがアリシアと離縁すると、それを待っていたかのように自薦他薦の女性たちがヒューバートに群がった。

 しかしどんなに積極的にアプローチしてもヒューバートは靡かず、彼女たちは次の策としてミシェルの友人になろうとした。


 そんな浅はかな思惑にミシェルも乗らず、茶会や夜会の誘いは欠席した。

 しかし彼女たちは、角が立たないようミシェルが理由にした体調不良を逆手に取って見舞いと称してレイナード邸に入りこもうとした。


 しつこい点は別にして、このように正攻法でくる女性たちはまだ良かった。

 ヒューバートを狙う女性たちの中には使用人を買収する者が出てきた。


 それでも多くの者はヒューバートの予定を知る程度しかできなかったが、メリッサはレイナード邸の隣家である地の利を活かしてレイナード邸に忍び込み、買収した使用人の手引きで何とヒューバートの寝室に忍び込んだのだ。


 もちろんヒューバートはメリッサの夜這いに応じることはなかった。

 騒ぎに駆けつけた騎士によると、ヒューバートは嫌悪感を露わに全裸のメリッサの腕を掴み、一切躊躇うことなく廊下に叩き出したらしい。容赦ないな、と思った。


 これがヒューバートの堪忍袋の尾をぶった切り、ヒューバートは財政を立て直してから雇った新しい使用人を全て解雇した。


 そしてメリッサを高位貴族宅への不法侵入に加えて、なんと王族暗殺未遂だと国王に訴え出た。


 ヒューバートによればメリッサが忍び込んだ書斎にはレイナード商会が王城に出入りするために使う通行証があり、それをメリッサが盗み出そうと証言。

 メリッサは父であるドーソン子爵と共に無実を訴えたが、無実を証明する者がいない上に不法侵入は事実であるため王族暗殺未遂に対しても「事実ではない」と言い切れない。


 結局国王がため息と共にヒューバートを宥めて王族暗殺未遂については証拠不十分としたが、メリッサには国外追放という不法侵入罪としては重い罰が言い渡されたのだった。


「今回のことでは王妃陛下がかなりお怒りでね、義兄上と結託して国外追放かそれ以上の罰を与えようとしているらしいが」

「現時点での罪は名誉毀損程度、噂を流した程度で国外追放は無理ですわね」


 ため息を吐いたミシェルだったが、考え込む夫に首を傾げて「エリック?」と呼び掛けた。


「義兄上がデイムに夢中なことは有名なのに『ヒューバート様は自分を待っていた』と振る舞うのは脳内お花畑だとしても異様が過ぎる。その点を重視すると、ミシェルに会って執り成してもらおうとしているという考えが正しいとは言えない感じがする」


「メリッサに別の目的が……会えば、それが分かるかもしれませんわね」

「君が探り出すつもりか?」


 エリックはミシェルがメリッサに虐められていたことを知っており、また傷つくのではないか心配する優しさしかない瞳にミシェルは微笑み返す。


「あの日、メリッサに唆されてアリシア様を傷つけた罪、そしてお兄様を悲しませた罪を償いたいのです」



 ヒューバートたちの結婚式のあと、新婚夫婦の邪魔をするべきではないという母カトレアと一緒にミシェルはホテルに滞在していた。


 カトレアもミシェルも王都のホテルに長く滞在することはなく、カトレアはホテル生活を満喫していたが、ミシェルはワインをかけた罪悪感やアリシアが言っていた離縁のことが気になって食事以外は部屋を出なかった。


––レイナード家がアリシアを探している。


 結婚式から一週間もたっていない蜜月期の醜聞にカトレアはヒューバートが何をしたのだと眉を顰めたが、ミシェルは嫌な予感に心臓がドクドク鳴った。


 しかし自分たちにできることは何もない。

 カトレアとミシェルは落ち着かない気分のままホテルに滞在し続け、結婚式から十日後に屋敷に帰ると全てが終わっていた。


 ヒューバートはアリシアと離縁した。

 そう説明するボッシュはかなり老け込んで見えた。


 そしてレイナード家は騒ぎになった。


 ヒューバートの婚約は父オリバーが目先の金目当てにヒューバートの了承もなく取り付けてきたと知ったカトレアがオリバーに斬りかかった。

 あれは本当に殺す気だったとミシェルはいまも思っている。


 そしてヒューバートもカトレアに拳で殴られ、ミシェルもワインのことでカトレアには叱られた。


 アリシアはヒューバートには黙っておくと言ってくれたが、屋敷のごみ箱に小さく丸めて捨ててあったウエディングドレスに気づいた侍女がヒューバートに報告したことで知られてしまっていた。


 カトレアに叱られたことは堪えたが、初めて母娘として接したことで心の箍が緩み貧乏を理由にメリッサを中心とした令嬢たちに虐められていたことを話せた。


 虐められている自分を知られたくなくてヒューバートに黙っていたのに、ヒューバートには「気づかなくてごめん」と兄としての言葉で謝られて、ミシェルは幼女のよう泣いてしまった。


「過去の因縁を断ち切りたい、だから頑張りたいのです」

「分かった、応援するよ」


 もっと食い下がられるかと思ったが、意外とあっさり受け入れたエリックにミシェルは首を傾げる。


「君が自分のために頑張るなら止めないよ。僕にも協力させてね、君はもちろん義兄上と義姉上も僕の大事な家族だからね」

「義姉上?」


 ミシェルもアリシアにはぜひ義姉になってほしいと思うが、ヒューバートからはアリシアに返事を急かすなと口酸っぱく言われている。

 それはエリックも同じはずで、だから『アリシア様』と呼んでいたはずなのに。


「お兄様たちに何か進展が?」


 知っていることがあるなら吐け。

 そんな気持ちを込めてエリックを睨むと、エリックは頬を染めた。


 エリックはミシェルが高圧的に振る舞うと嬉しい(ゾクゾクする)らしい。

 一種の性癖らしく、何と言っていいか分からないのでミシェルはこの点には触れないことにしている。


「アリシア様が義兄上のことを『ヒューバート様』と呼んでいたんだって。その姿は実に初々しく、デイムの美しい項と合わせて『パン三つは食べられる』と友人は興奮していた」


 義姉となるアリシアを妄想のネタとするなど許せない。


「旦那様、あとでそのご友人の名前を教えて下さいませ」

「君が寝室で僕を熱心に説得してくれれば喜んで友を売ろう」


 そう言って片目を瞑ってみせるエリックにふとオリバーが重なり、やはり娘は父親に似た男性を選んでしまうのだろうかとミシェルは真剣に悩んだ。


 家庭を顧みず女遊びに耽る父オリバーのことは昔からが軽蔑しているため、夫が父親に似ているなどミシェルは本気で嫌だった。


「あれ? 思った以上に真剣なんだけど……とりあえず、アリシア様にはどこまで説明するの? 君が子どものときから、金をやるから義兄上に自分に媚び諂うよう言えとメリッサ夫人に言われていたことは知っているんだよね?」


 身も蓋もない表現だが事実だったのでミシェルは否定しなかった。


 メリッサはヒューバートを自分の取り巻きにしようとした。

 いま思えば子爵令嬢が侯爵家嫡男に対して大それた考えだが、メリッサはヒューバートに恋をしていたのではないかとミシェルは思っている。


 ただヒューバートに断られたことで本人も気づかなかった恋は執着になり、何が何でも手に入れようと躍起になっていたのではないか。


「義兄上がアリシア様と婚約した後は八つ当たりするように君を虐めるようになる。虐められた君はアリシア様を恨むようになる、義兄上を金で買ったということもあったしね。その結果、君はメリッサ夫人に唆されてアリシア様のウェディングドレスにワインをかける実行犯にされる、と」


 まるで見てきたようにスラスラッと当時のことを語るエリックにミシェルは唖然といていると、「義兄上はもっとストーカー気質だよ」と言われた。

 ミシェルは何と反応していいか分からなくなった。


 ミシェルの頭をエリックが優しくポンポンと叩く。


「デイムにちゃんと謝れて偉かったね」

「……お義母様のおかげですわ」


 義母とアリシアは趣味仲間だが、ミシェルはアリシアが『ミセス・クロース』だと知らなかったので義母が自分に代わってミシェルの事情を話したことも、ミシェルに代わってアリシアに謝罪していたこともずっと知らなかった。


 義母と実母のカトレアは元々仲が良く、義母はミシェルのやったことをカトレアから聞いたらしい。

 どちらの母にも頭が上がらないとミシェルは思っている。


 自分の口でもアリシアにきちんと謝りたいと義母に言うと、義母はアリシアと連絡を取ってヒューバートの持つホテルのレストランでの食事を設定してくれた。


 アリシアはミシェルの謝罪を受け入れてくれた。

 それだけでなく、王都に戻ってきていたのに避け続けていたことをしまったと逆に詫びられてしまった。


(優しい気遣いができるところ、お兄様とアリシア様はよく似ているわ)


 お互いに謝罪合戦になったところで義母が間に入り、ヒューバート経由でアリシアにお直しを依頼したアンティークドレスの話になり、その後は『ラヴァンティーヌ』同士でとことん趣味トークを楽しめた。


 話はとても盛り上がり、護衛からいつまでも帰らないと連絡を受けたヒューバートは呆れてホテルに部屋を用意してくれた。

 あのときヒューバートには「アリシアには酒を飲ませるな」と言われたため、夜更けまで三人でワインを飲んでいたことはヒューバートには秘密にしている。



「とにかくメリッサに会って、メリッサの目的を探り出しますわ!」

「好戦的な君を見るとゾクゾクするなあ」


 頬を染めるエリックを見て一度話し合ったほうがいいかとミシェルは思ったが、何だかやぶ蛇になりそうなのでやめた。

読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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アリシアはミシェルの謝罪を受け入れてくれた。  それだけでなく、王都に戻ってきていたのに避け続けていたことをしまったと逆に詫びられてしまった。 避け続けてしまったことを 逆に詫びられてしまった。 …
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