第7話 塩を撒く
顧客と品質を守るため『ミセス・クロース』は一見さんお断りの完全予約制の店である。
つまり予定にない来客を従業員は漏れなく「客ではない」と判断し、今まさに店のほうで「ちょっと、誰かいないの?」と騒いでいる女を客とはみなさず誰も工房から出て対応しようとは思わなかった。
しかし、今日の招かれざる客は異様に粘るため、気にしたくないのに気になる。
社交シーズン直前で、最近は修羅場でしかない工房内は疲れと焦りをカンフル剤にしてどんどん殺気立っていく。
(私が出るわ)
「ちょっと黙らせてくるわ」
様々な修羅場をくぐって経験を積み、最近ではすっかり落ち着いて……はいないため、大きく舌打ちをしてプリムは工房と店を繋ぐ扉に向かう。「本音のほうが口に出ていたわよね」と言うお針子たちの言葉は聞かないことにした。
「お待たせして大変申しわけありません」
女は店の中央で仁王立ちし、美しい顔に苛立ちを浮かべていた。
プリムは営業用の笑顔を浮かべつつも、歓迎はしていないので「ようこそ、『ミセス・クロース』へ」の決まり文句をプリムは言わなかった。
「人を待たせるなんて、なぜ店に誰もいないの?」
(今日は臨時休業日なので。お得意様には口頭と手紙で報せてあるし、そもそも店の入口にかかった『CLOSE』の札を無視するほうがどうかと思うわ)
「失礼いたしました」
悪態は心の中で。
プリムの勘では恐らくこの女は貴族で、こういうタイプの貴族はこちらが正論を述べても『不敬』と文句を言うことが多い。
(とっとと満足していただいて、帰っていただこう)
「ご用は何でしょうか?」
(頑張れ、私の表情筋)
「ふ~ん」
頭の天辺から靴の爪先まで、刺々しい目でジロジロ見られたプリムは苛立ちを募らせる。
絶対にこの女とは友だちになれないと思った。
「貴女、庶民ね」
(踏ん張れ、私の表情筋)
傲慢な貴族の見本が来たと、プリムは根性で笑顔を維持する。
こんな無礼な客の相手は久しぶりだと思った。
「こんな礼儀も知らない庶民が店番なんて、この店の評判はずいぶん誇張されているようね」
(この人に礼儀についてあれこれ言われたくないわ~)
工房から漂う殺気にプリムは苦笑する。
自分より感情的になっている者がいるとかえって冷静になれる。
「まあ、いいわ」
(何が「まあ、いい」なのかは分からないけれど、気がすんで帰ってくれるなら別にいい……)
「ミセス・クロースはいるかしら?」
(やっぱり『クジャク』か)
いまのアリシアには二種類の敵がいる。
一つは同業者、同じ服飾師の人たちが客の付き添いとしてやってくる。もう一つはヒューバートを狙う女たちで、プリムたちは後者を『クジャク』と密かに呼んでいる。
(クジャクの共通点その一、派手)
クジャクたちは自分のほうがヒューバートに相応しいといわんばかりに派手に着飾り威圧的に振舞って帰っていく。
(そう言えばクジャクは派手なほうがオスだってデイムが言っていたわよね)
思わず吹き出しそうになると、目の前の女性の顔が歪んだ。
やはりクジャクだとプリムは再認識し、ヒューバートは何をやっているのだと怒りがわいてきた。
ブランドン商会の倒産後はヒューバートの報復を恐れてクジャクは激減したが、こうしてまた『ミセス・クロース』に来るクジャクが増えている原因は恋愛ヘタレのヒューバートのせいだとプリムは思っている。
(侯爵様がびびって二の足を踏んでいるからチャンスがあるなんて思われるのよ)
クジャクたちもヒューバートに熱烈なアピールをすればいいのに、クジャクたちは選民意識が強いらしく店にやってきてはアリシアに対して「身のほどをわきまえなさい」という態度で振舞う。
言葉には出さない、あくまでもアリシアが自主的に身を引くのが大事という美学みたいなものがあるらしい。
(クジャクの共通点その二、デイムをミセス・クロースと呼ぶ。『あなたはもう服と結婚しているのよね』って意味みたいだけど)
「デイムはただいま外出しております」
臨時休業の店に突撃してきた非常識に対して教えてやる義理はないが、早々に退場してもらいたかったプリムはアリシアの不在を明かした。
「あら、ご夫君と……あらやだ。失礼、『ミセス』のご夫君はドレスでしたね」
悪意を嘲笑で捏ねたような女の言い草にプリムの笑顔の仮面にひびが入る。
(ここまで正面切って嫌味を言うクジャクは久しぶりというか……呆れてしまうわ)
社交界に限らずこの王都でヒューバートの溺愛を知らない者はおらず、『嫌味を込めてミセス・クロースと呼んでいます』と分かるやり方は自分が田舎者であると吹聴しているようなものだ。
(あくまでもさり気なく、遠回しに嫌味を言えなくては中央貴族とは言えない、って公子様が言っていたわよね)
「デイムが戻ったらご連絡さしあげます。どちらのお宿ですか? 長旅でお疲れでしょうから、宿でお待ちください」
王都から遠く離れた田舎から来たから中央の常識を知らない、という意味を込めて嫌味たっぷりにプリムが言えば、女の額に青筋が立つ。
「結構よ、屋敷で茶会をたくさん開くから忙しいの」
(ああ、そうですか。それでは……)
「今夜、お会いできないかしら? あら、ごめんなさい。明日まで戻らないかもしれないわよね」
寝室で男性と社交を楽しむのではないかと仄めかす女にプリムはカチンときた。
『淑やかで、有望なアリシアの右腕』の仮面は割れた。
プリムは仕事柄努めて淑やかにしているが、実家に帰れば六兄弟の長女として采配を振るい、拳での生活指導も躊躇わない『ねえちゃん』なのだ。
「デイムはレイナード侯爵様とご一緒なので……今夜はもちろん、お疲れでしょうから明日の昼過ぎまで誰ともお会いできないかもしれません」
(デイム、侯爵様、ごめんなさい)
プリムな心の中でアリシアとヒューバートに謝る。
恋愛を楽しむ二人を穢してしまうようなことを言ってしまったからだ。
十歳の子どももいる二人なので「その程度」と思ってしまいがちだが、不意に指先が触れただけで頬を染め合うピュアな二人なのだ。
(それに、嘘ではないですよね)
アリシアは王城に呼び出されていて、ヒューバートはそのエスコート役として『ご一緒』だ。
そして『今夜』は城での晩餐会に参加、貴い方々と過ごして心身ともに『疲れ』ているだろう。言ったことに嘘はない。
王都で店を開いたアリシアの周りは騒がしかったが、騒ぎの中心にいるはずのアリシアだけは静かだった。
逆にプリムたちのほうが憤る始末で、いつだったから「腹が立たないのか?」と尋ねてしまったことがある。それに対するアリシアの反応は「何で?」と笑うだけで、アリシアはたっている土俵が違うのだとプリムたちはそこで知った。
アリシアにとっては仕事とパーシヴァルだけが大事で、それ以外はどうでも良い。
そして仕事には愚直なほど真摯で、アリシアは客が平民でも王女でも対応を変えない。その態度を無礼だと咎める貴族も少なくないが、そういう貴族はアリシアの客となった王女を筆頭にした貴族女性たちから袋叩きにされている。
「ヒューバートとまた噂になっているから気になっただけよ……ふん、相変わらず地味な女」
(『ヒューバート』ですか……そうですか)
驚きが顔に出てしまったようで、アリシアの肖像画からプリムに視線を戻した女の顔は勝ち誇っている。付け焼刃の貴族教育では生粋のご令嬢には敵わないと言われた感じがしてプリムは悔しかった。
(レイナードの威を借りてやり返してやる! ついでに侯爵様にこの女との関係を問い質してやる!)
今まで何人もクジャクが来たが、ヒューバートを名前呼びするクジャクは初めてだった。
貴族社会には細かな規則と制限が多くあり、名前を呼ぶ行為にも「相手が許可するまでは名前で呼んではいけない」という制限がある。虚勢なのか、それともヒューバートが許可したのか。
(アランさんから夕食の誘いが来るだろうな)
今頃はこの店を守る者から女の情報がアランに伝わって入る頃だろう。
この女がどこの誰か、ヒューバートとはどのような関係か、プリムが満足する情報をたっぷり準備しておいてくれるはずだ。
そう思いながらプリムは精一杯の笑みを向ける。
とにかく笑う、こういうタイプの女は弱みを見せた途端に攻撃してくるから。
「……帰るわ」
案の定、面白くなさそうに女が言う。
(帰れ、帰れ……あ、そっちは)
「ふん」
そう言って女はトルソーにかかっているドレスを指先で突く。数日後に王女に納品する予定のドレスを汚されたら困るため、プリムは慌てて大きく揺れるドレスを支える。
「下品なドレス」
吐き捨てるように言うと女は店を出ていった。
(王女様が喜ばれたデザインが下品……アリシア様を地味とも言っていたし)
「審美眼の腐ったポンコツ女」
プリムの呟きに、女が帰った途端に工房から店にきた従業員たちがポカンとして、静かな店内にドッと笑いが起きる。
先祖が東方の島国からきた移民という従業員のトワが勢いよく外に出て、通りに向かって塩を撒く。
「それ、何か意味があるの?」
「穢れによって汚れた地を浄化する効果があります。『おととい来い』という意味にもなるとか」
それを聞いた従業員たちは次々と塩の壺に手を突っ込み、通りに向かって勢いよく塩を撒く。その様子にプリムは笑っていたが、なぜかモヤモヤする胸を押さえた。
(なんかイヤな予感がするのよね)
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