第6話 根性を入れる
「ヒューバート様、ステファン様からのお手紙です」
渡された封筒の、見慣れない字で書かれた自分の名前にヒューバートは眉をひそめる。ティルズ公爵家の紋が封に押されていなければステファンからとは分からなかっただろう。
「ふざけているのか?」
封を開けて便箋を出せば【いつもの時間、いつもの場所で】と秘密の逢瀬をにおわせる言葉にヒューバートの喉から唸り声がでた。
「毎度のことではありませんか。仕事のほうも調整できておりますので」
冷たい夜空に宗教的な音楽が響くこの時期、新たな年を迎える準備に追われ始める前に顔を合わせて酒を飲み交わすのがヒューバートとステファンの慣例だった。
いつもと同じ店に行き、いつもと同じ時間に入口を潜ると店員に奥にある個室に案内されたヒューバートは全身を覆っていた外套を外す。
「やあ、お互いに今年も無事に年を終えられそうでよかった」
「そうだな……襲撃されることが増えている点は気になるが。ざっとだが、今年は去年の三倍だ」
「三倍とは、どこかで恨みを買ったんじゃないの? パウエル伯爵とか」
「恨み、ならいいのだが……妙に外国産の飼い犬がうちに入り込んできているのも気になる」
「外国産、ね」
新しい玩具を発見した子どものような顔をするステファンにヒューバートはため息を吐き、出されたロックグラスを礼を言って受け取る。
いつも通り二人はグラスを軽くぶつけて飲み始めた。
「物騒な話はさておき、最近はどうなの? もちろんアリシア嬢とのことだよ?」
「まあ……ぼちぼち」
二月ほど会っていなかった友人に「最近どう?」という問い掛けは一般的であり、それに対して「ぼちぼち」という答えは多い。
「『ぼちぼち』?」
ステファンだって、話し相手がヒューバートではなければ聞きとがめたりせず、最初の掛け合いとして満足して何らかの話を始めただろう。
「ぼちぼち、だ」
いまは使っているが、物事には白黒はっきりつけたい性格のヒューバートはこの『ぼちぼち』という曖昧な表現が嫌いだった。この表現を使ってもこの話題を避けたいのだと気づいてほしいとヒューバートはステファンに念を送った。
「今年も『ぼちぼち』、去年も『ぼちぼち』。このままだと『ぼっち』になるよ、君」
気持ちは理解しても汲まないのがステファン。さらにヒューバートと同じく白黒をはっきりつけたい性格、そして遠慮というものを知らない。
寂しい未来を予言するようなステファンの言葉にヒューバートはグッと言葉を詰まらせる。
「ぼっちにはならない……パーシヴァルも『父さん』って呼んでくれるようになったし」
「うん、それは喜ばしいよ。君も嬉しいんでしょ、普段は筆が遠い君が自慢の手紙を送ってくるくらいだしね。パーシヴァル君は本当によい子だよね。不器用な君に同情している可能性は大いにあるけれど」
(……同情)
アリシアの答えを待つと決めたが、ヒューバートもボーッとただ待っていたわけではなく、それなりに行動してきたつもりである。
この『それなり』と『つもり』は独自解釈すると危険なものだが、萌黄色の瞳に灯る甘い熱や視線を交わすたびに薄く色づく頬、ふとした拍子に触れる指先から感じる『何か』は、厳しく見積もってもそれが自分の独り善がりではないとヒューバートに告げているのだ。
「どちらにせよ、彼の援護射撃は大きいはずだよ」
それはステファンの言う通りだとヒューバートは思った。ヒューバートは「将を射んとする者はまず馬を射よ」という言葉の意味を日々実感している。
パーシヴァルはアリシアの息子として傍で見てきた経験を活かし、ヒューバートには思いつかない口実を作り出しては三人もしくは二人で会う時間を作ってくれる。
「パーシヴァルはいい子で、アリシアは綺麗で……今が幸せだからこそ、待つのがつらい」
「珍しい……酔っているのかい?」
酔ってはいないが、ヒューバートはステファンの言葉に甘えて酔っ払いだから許されることを言ってみる。
「拒絶される可能性が高かったことを思えば、いまこうして待てるだけでも幸せだと分かっているんだ。しかし、アリシアに好意を向ける男が多くて気が気じゃない」
「だから言ったじゃない、とは言わないであげるよ」
(言っているじゃないか)
上位の貴族や王族が目にかけている『ミセス・クロース』のアリシアの価値についてはステファンから指摘されていたが、ヒューバートは心のどこかで『レイナード』の名前がアリシアの壁になると思っていた。
確かに最初は壁になっていただろう。
しかしヒューバートやレイナード侯爵家が三年も付かず離れずの距離にいることに周囲はアリシアに手を伸ばし始めた。そしてアリシアが自力で叙爵したのをキッカケにアリシアに伸びてくるての数が倍増した。
もともと貴族の家に生まれて一通りの教育を受けているので貴族夫人として問題はない。
さらに叙爵を祝う商人たちの出入りで、彼女の人脈が国内の貴族だけでなく他国の有力な商人にもあることが明らかになった。彼女はいまや貴族や商人がこぞって欲しがる有力な花嫁となった。
「『愛人にいい』と下品に笑っていたくせに、『子どもがいるのが惜しい』とも言っていたくせに」
「……その子どもがアリシア嬢の価値向上に一役買ったからね。パーシヴァル君の継父になれば侯爵家の後ろ盾が得られるって言っているようなもんだし」
「それは……」
「それに、君ときたら邪な輩は力の加減なく排除するけれど、真剣な男ならば邪魔すらしないじゃない。そんな君の姿を見たらさ、真面目な奴なら『頑張ろう』となるよ」
「仕方がないだろう……俺は元夫でしかないんだから」
(ほかの男と結婚するなんて言われたら嫌だな……自分がどんな反応するのかが怖い)
アリシアに護衛でつけた者たちからアリシアへの求婚者が現れたのを聞くたび、アリシアからそんな報告を聞かされるのではないかとヒューバートは最近ビクビクしていたりする。
つまり、全然『ぼちぼち』ではないのだ。
***
(なかなか拗らせているねえ)
そんなことを言ったらヒューバートは「拗らせてなどいない」と言うだろうから放っておく。ステファンは上手くいかずに手間取り四苦八苦するヒューバートを見るのは嫌いではない。
(じれったいけれど、面白くて、歯がゆいよねー)
ステファンから見たアリシアは好ましい性格で、ヒューバートの隣に並ぶ者としての能力も気概も十分な女性である。絵面としても美男美女でお似合いだ。
さらに最近の二人の間に漂う甘い雰囲気は結婚式の日に見た新郎新婦の初々しい姿をステファンに思い起こさせる。
(キッカケさえあればコロッと上手くいきそうなのに……縁結びの神様が二人で遊んでいるようだ)
縁結びの神様なんて、柄でもないことを考える自分に笑いながらステファンは先日までお付き合いをしていた東方にある島国の民の血を引く女性を思い出す。
『縁結び』という言葉をステファンに教えた彼女は「運命の恋人たちは小指と小指を赤い糸でつながっている」と言って、エキゾチックな顔立ちに妖艶な笑みを浮かべてステファンの小指に赤い糸を結んでみせた。
ステファンは彼女がもう一方の端を自分の小指に結ぶと思っていたのだが、少女のようなジンクスを楽しむわりに大人の瞳をした彼女は「貴方の相手は私じゃないわ」と笑っていた。
(縁結びの神様はあの女性のような気まぐれな女神様なのかも)
気まぐれなのに慈愛に満ちていて、運命の神様が嫌がらせをしても二人が決して離れないように密やかに、強かに『縁』を守るのだ。
「ヴァル君は元気?」
「元気だが……突然どうした?」
パーシヴァルは二人の『縁』そのもの。
自分を放置していた父親に対する不信感を隠せなかった幼い少年は成長し、大人の事情を飲み込める大人びた少年へと形を変えた。
「彼、君たちの亀より遅い恋の進みに悩んでいたから」
「……亀」
息子の評価に凹むヒューバートに笑いがこみ上げる。
二人の周りにはやきもきしている者がたくさんいて、彼らの近くにいる者たちを食事に誘って近況を探ろうとしたらアランは「お二人そろって恋愛の発信器が超旧型、ポンコツ過ぎる」と言い、プリムは「恋愛の受信機は完全にいかれている、復旧の見込みなし」と、二人揃ってひどい評価だった。
高い料理をご馳走した割に得られた情報は毒にも薬にもならなかったが、彼らの「当て馬がいないから二人の恋は燃え上がらない」という意見には目を見張るものがあった。
(ここは僕の出番だよね)
「仮定の話だけど、アリシア嬢が『この男性と結婚します』と言ったらどうする? ほかの男の隣に婚礼衣装を着て立つアリシア嬢に笑って祝いの言葉を言えるの?」
意地の悪い質問だと自覚しているが、友の恋愛脳を強制復旧させるために仕方がないとステファンは心を鬼にしたのだが、拗らせた男の恋愛脳はステファンの予想の斜め上の回答を叩き出した。
「彼女が決めたことなら根性入れて祝ってやる」
「……根性入れるところが違うよ」
この瞬間、公爵家で所蔵しているロマンス小説を全て読み返すことをステファンは誓った。
読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。
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