第4話 教育に悩む
「会長、顧問弁護士のフィスト先生をお連れしました」
アランの案内で部屋に入ってきたハイル・フィストはフィスト伯爵家の三男で、レイナード商会の顧問弁護士を務めるヒューバートの友人である。
「久しぶりだな」
「元気そうで何よりだ」
簡単な挨拶をすませたハイルは勧められたイスに座ると、鞄を開き机の上に書類を何枚も並べていく。
「これがこの一年間で変動したお前の資産だ。確認してくれ」
ハイルの言葉にヒューバートは書類に目を走らせ、不備がないことを確認しながら書類を二つに分けていく。最後の一枚の確認と仕分けが終わると、小さいほうの山をハイルに渡して、高いほうの山の一枚目からサインをしていく。
「そっちはパーシヴァルの名義にしてくれ」
「……分かった」
ハイルの了承までの間にヒューバートは苦笑し、ハイルは肩を竦めて思っていることを口にした。
「お前の資産なのだからお前の好きにすればいいけれどさ。先に言ってくれれば書類を事前に準備して二度手間を防いだのに」
「運動不足の解消になってよかったじゃないか」
「半年前にアリシア嬢が王から『クロース』の姓を賜ったときに祝儀として無料で書類を整えただろ。あのとき俺が王都を何周まわったと思う? 彼の資産が増えるたびに俺の仕事も増えるんだよ……なんで『父親』じゃなくて『後見人』にしたんだよ」
「先に『父親』になったら『お父さん』にはなれない気がしてさ」
パーシヴァルの後見人。それが三年前にアリシアの自由を受けいれるヒューバートからの条件だった。
将来何が起きるかなど誰にも分からないし、常に護衛をつけていなければいけないほどヒューバートの周りには危険が多いことは事実。
つまり『万が一』が起きる可能性が一般的なそれよりもかなり高い自分に『万が一』のことが起きたとき、ヒューバートは自分の遺産がパーシヴァルに渡るようにしておきたかった。
(それに……あまり考えたくないが、逆のこともあり得る)
『万が一』はアリシアにもある可能性で、そうなったときにせめて自分が後見人であればパーシヴァルの傍にいることができると思った。この可能性についてはアリシアも考えていたようで、カトレアの後押しもあって後見人に同意してくれた。
ヒューバートには意外なことだったが、アリシアはカトレアには甘えられるらしい。
どうやらずっと領地にいたカトレアはアリシアにとってレイナード侯爵家の中で最も過去のしがらみがなく、さらに細かいことを気にしない大雑把な気風は気が楽だとアリシアは言っている。
(甘えられる人がいるというのはアリシアとっていいこと……いいことなんだけどさあ)
「ヒューバート、どうした? 突然眉間に深い皴を寄せて、文句は言うけれど仕事はちゃんとするぞ?」
「……文句を言わずにやってくれ」
友人に機嫌の悪さが分かってしまうくらい、ヒューバートはカトレアに甘えるアリシアを思い出すと不愉快になる。アリシアにではない、カトレアに対してだ。
(母上が羨ましいと思うなんて馬鹿らしいと分かっているが)
カトレアに見せるアリシアの面映ゆそうな表情は横から見ても可愛らしいとヒューバートは思う。あれを正面から見たいと切望し、そんな可愛らしいアリシアを正面からみているカトレアは、傍で嫉妬しているヒューバートにドヤ顔を返すのだった。
「ヒューバート様、追加の書類です」
ハイルを一階まで送って戻ってきたアランの手には書類の分厚い束があった。
「労働環境の改善を求める、まずは俺の決済が必要な書類を減らす」
「各部門長たちにもっと多くの決定権を与えるための書類が増えますよ?」
ヒューバートは「不機嫌なヒューバートに怯んでいたら仕事にならない」と言っていたアランを思い出し、悔しさをかみ殺して書類に目を通す。
「来月に新しく入会する商会員のリストか……めげないな」
ヒューバートはアランがリストにつけ足した、誰がどこの飼い犬かという情報にため息を吐く。
「ギルド経由の正規ルートで雇うとこうなるのですよね。飼い犬なら餌には困らないでしょうし、適当に瑕疵をつけてクビにしますか?」
「いまのところは放っておけ、代わりを募集しても同じことになる。与える餌さえ間違えなければ喉笛を噛みちぎられることはないだろう」
「うちの餌で育って飼い主に噛みつこうとしている犬はどうします?」
アランの言葉にヒューバートの口元が緩む。
アランの指がさす一人の男の情報をざっと読む。
「お前の目に敵ったならうちの首輪をはめれてやれ。その辺りの見極めは任せる」
アランを見ながらヒューバートが「お前もそうだったからな」と言えば、アランは自分の首に手をあててニコリと笑う。
「しつけが大変ですよ、噛みつく恐れもありますし」
「面白いじゃないか。さて、こっちはこっちで手間がかかる」
ヒューバートは飼い主のいない新職員のリストを指で弾く。
「いつも通り三カ月の試用期間、その間にいろいろな部門を回らせて適性を探れ。そのあとの教育は配属させた部門に任せる。この者たちは『知らない』から、ちゃんと教えてから配属させるように」
「……分かっております」
「あのうっかり男はどうなった?」
ヒューバートの言う『うっかり男』とは二年前にレイナード商会に入会した職員で、彼はレイナード商会に来ていたアリシアに一目惚れした。
この男が一目惚れしたアリシアを影からこっそり見るだけの奥ゆかしいタイプなら何の問題も起きなかったが、国で一番人気の就職先であるレイナード商会に入会できたことで天狗になっていた。
実家は子爵家で容姿も整っていたため「俺に惚れない女はいない」と豪語し、アリシアを見かけるたびに付きまとい、同期の新人たちに「もし彼女が恋人になったら」で始まる妄想話を披露していた。
ある日の昼休みも、彼は妄想を同期の新人に披露していた。内容が徐々に卑猥なものになっていったが、昼間と職場ということで内容はマイルドなもの、女性が聞いても「やだあ」と明るく往なす程度の内容のものだった。
しかしそれを聞いたのがヒューバートだったことが彼の将来設計に大幅修正を加えた。
冗談の一切通じないお局に聞かれたほうが数千倍よかったといえる。
最愛のアリシアが男の妄想のネタとなっていることにヒューバートはぶち切れ、アランの制止を聞かずに「私の最愛の女性のことかな?」と、整った笑顔で彼らの会話に乱入したのだった。
「ああ。入会して三ヶ月では異例過ぎる場所に飛ばされたうっかり男ですね。アリシア様がどれだけヒューバート様の大事な女性か一時間ほど惚気られた、あの気の毒な彼ですね」
(棘があるな……確かに私怨で新人を村というのも烏滸がましい関所に送ったからな。しかも彼はアリシアに話しかけたくらいで、アリシアも実害はなかったと言っていたし)
ヒューバートが彼を異動させたのはヴォルカニア帝国との国境に近い小さな村で、国境警備隊が見回る地域にあるため一定の安全は確保されるが、近くの街道には時々盗賊が出るため完全に安全ではない。
ほかの地域の比ではない手当がつくため、体力自慢の職員が自ら赴任することもあるが、都会派の青年である彼には過酷だっただろうとヒューバートは反省した。
「彼は国境警備隊所属の女性騎士と恋仲になり一ヶ月前に入籍しました。再来月に式を挙げるそうで、休暇の申請が出ております」
「……規定の倍の期間の休暇を与える。あと、うちからの祝儀とは別に俺からも祝い金を出すから、一緒に贈ってくれ」
ヒューバートの指示をメモに取りながらアランはしみじみと言う。
「恋愛運の持ち主って本当にいるんですね」
「……そうだな」
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