第11話 祖母が来る
長いです。
――リンゴーン。
客が来たことを報せるベルの音にパーシヴァルとミロは顔を見合わせ、部屋の奥にいるように指示されたパーシヴァルはソファの後ろに立つ。
それを確認したミロがリビングを出て玄関のほうに向かったが、直ぐに「え?」と驚く声がパーシヴァルのもとに届いた。
(侯爵様がまた来たのかな?)
玄関扉を開く音がして、ヒューバートが来たと思ったパーシヴァルは肩の力を抜いたが、玄関のほうの騒ぎにパーシヴァルは首を傾げた。
「お待ちください、パーシヴァル様に聞いてまいります」
慌てたようなミロの声にパーシヴァルはリビングを出て玄関に向かった。そこにはミロと、アパルトマンの入口によくいる管理人の男性がいた。
「パーシヴァル様」
「ごめんなさい、でも、気になっちゃって……あの、何か?」
パーシヴァルの問いにミロと押し問答をしていた管理人が一礼をした。
「レイナード前侯爵夫人であるカトレア様が、パーシヴァル様にお会いしたいといらっしゃっています」
「……どうして?」
警戒心を剥き出しにしてパーシヴァルがそう呟けば、ミロが自分をその背に隠すように隠してくれた。
そんな二人の様子に管理人が苦笑する。
「会いたくなければそれで構わない、会わずにこのまま帰ると伝言を承っております」
まるで選択肢があるような言い方だが、相手は貴族である。
管理人の表情を見ても「会います」と言うしかないことがパーシヴァルにも分かった。
「僕だけでいいならお会いします」
「パーシヴァル様」
ミロの立場ではパーシヴァルの完全な味方にはなれないのに、自分のために声を荒げてくれるミロの姿がパーシヴァルには嬉しかった。
「大丈夫だよ、だって僕のお祖母さんでしょ?」
一般的に祖母は孫に甘いと言われているし、自分に対するヒューバートの態度を思えば、『お祖母さん』として彼女と接してもいい気がした。
(それに……)
「何かあっても侯爵様に相談すれば大丈夫……って」
パーシヴァルはハッとして言葉を途中でとめる。
そしてミロを見ると、彼は優しい目で笑ってくれていた。まるで「そうやって甘えていいのですよ」と背中を押してくれているみたいで、パーシヴァルはさっきまでの緊張が和らぐのを感じた。
「それでは呼んでまいります」
そう言って管理人が去る後ろ姿を見送りながら、パーシヴァルは扉が開いたままになるようにしゃがみ込んだ。パーシヴァルはまた扉を開けるところから始めるのが面倒だった。
「父親に続いて今度は祖母か……今の心境はこんな風に突かれた感じかな?」
その声にパーシヴァルは驚いて顔をあげた。突然なことに驚いただけでなく、その口調にも驚いた。
「お祖母さん、ですか?」
祖母という単語が自然に出たのは、瞳がヒューバートと同じ赤色で、同じ様に優しかったから。
「ヒューバートによく似ているが、アリシア嬢に似た優しい顔立ちだな。瞳も緑だからか、オリバーにもよく似ている」
「オリバー?」
また知らない名前。反射的にパーシヴァルが不愉快そうに顔を歪めると、それに気づいたカトレアがオリバーはヒューバートの父親だと教えてくれた。
「カトレア・エディス・レイナードだ」
「パーシヴァル・クリフ・シーヴァス……えっと、パーシヴァルって呼んでください」
「喜んで名前で呼ばせてもらう。私のことはなんとでも、お祖母ちゃんと呼ばれるのも新鮮だし、名前でもいいな」
「えっと……」
悩むパーシヴァルにカトレアは優しく微笑みかけると、パーシヴァルの髪を雑に撫でた。
「幼いのにしっかりしているのはアリシア嬢の教育の賜物だな。君は……ふふふ、この口調が気になるか?」
図星を指されてパーシヴァルは謝った。
「謝ることはないが、そうやって素直に謝れることは素晴らしい。大人になるとそれが難しいから……っと、私のこの口調の話だったな」
カトレアは自分が武家出身で騎士たち囲まれて育ち、彼らの口調が移ったとパーシヴァルに話した。
「王都にいたときは貴族女性らしい話し方を心がけていたが、レイナードで暮らすうちに元に戻ってしまった。畏まった話し方ができないことはないが、君が構わなければこちらの話し方でいいかな?」
カトレアの問い掛けにパーシヴァルは頷いた。
パーシヴァルはカトレアの飾らない話し方が好きだと思った。
「そろそろ夕食の時間だが、どうするんだ? ヒューバートが何か手配していったのか?」
カトレアの問い掛けにミロがハッとした。昼食はプリムが用意してくれたが、夕食のことは二人揃って忘れていたのだ。
「お祖母さん、僕はお腹が空いていないから大丈夫……」
焦って腹に力を入れてしまったため、腹の虫が大きく鳴ってしまった。パーシヴァルは顔が羞恥で熱くなるのを感じた。
「……ミロ」
「急いで買ってまいります」
(いっそのこと大きな声で笑ってほしい)
ヒューバートには泣き顔を見られただけでもパーシヴァルの気分は最悪だったが、初対面のカトレアにはこの短い時間でたくさん褒められたから格好悪いところは見せたくなかった。
「ミロが戻るまで食事の準備をしよう。どこに何があるか分からないから教えてもらえるかな?」
カトレアが出してくれた助け船にパーシヴァルは乗り込み、カトレアを連れてキッチンに行く。
フォークとナイフを三人分、そして三人分とは思えない大量の皿を出すカトレアにパーシヴァルは驚く。
「領地から来たばかりで空腹なんだ。携帯食は味気がないから、今夜は王都で美味しいものを食べようと昼食を抜いたんでね。パーシヴァルは馬に乗ったことがあるか?」
「ステファン公子様が馬に乗せてくれました」
「楽しかったなら乗馬を習うといい。上手くなったら私と領地のあちこちに出かけようじゃないか」
当然のようにカトレアはこの先を語るが、パーシヴァルは戸惑った。言葉にできないモヤモヤが腹の底で揺れている感じだった。
「言いたいことは何でも言ったほうがいい。腹にため込んだままでは食事も美味しくない」
そう言うカトレアの目は優しく、色は違うがアリシアの目と重なった。パーシヴァルの口が素直に動く。
「お祖母さんは、どうして僕を孫だっていうの? 違うかもしれない、お金が欲しいからお母さんが嘘を吐いているって思わないの?」
幼い自分に周りの大人は気を使ってくれるが、会う大人全員がパーシヴァルに善意を向けるわけはない。 たった数日の結婚で子ができるわけがない。侯爵の財産目当てにアリシアが嘘を吐いているに決まっている。パーシヴァルの耳にも悪意ある囁き声は入ってきていた。
「ヒューバートが君を自分の息子だと言ったからだ。仮に何か嘘があっても、ヒューバートが君を息子とするのに反対する権利が私にはないからね」
「侯爵様のお母さんなのに?」
「私は母親らしいことは何一つしていないからね。家のためにやっているつもりだったが、全てを解決したのもヒューバートだ。せめてと思ってここ来たが……何をしているんだか」
なんとなくカトレアが寂しそうなのでパーシヴァルはその手を握った。
「来てくれて、ありがとうございます」
「……こちらこそ、気が楽になった。パーシヴァルも、あんまり難しく考えるなよ」
(この人が、僕のお祖母さん)
アリシアと同じ『母親』の雰囲気を持つカトレアはパーシヴァルに彼女は絶対の味方だと感じさせた。
「お祖母……様」
「お、そう呼んでくれるのか? うんうん、何だい?」
楽しそうなカトレアにパーシヴァルの気持ちが軽くなる。
「僕は侯爵様が父親だって分かっているけれど、お父さんって感じじゃないから、お父さんみたいって思えないんだ」
「そうか……それについては、パーシヴァルの好きにすればいいとしか言えないな。ずっと君の傍にいたお母さんと私たちは違うんだ、君がヒューバートをお父さんとするかどうか好きに決めたらいい。君にもきっと理想のお父さん像があるだろうからな」
「うん……」
「ただ、我が息子ながらヒューバートはできた男だと思うぞ。言葉足らずで、思い込んだらわき目もふらないから無茶をすることも多いが、それで結婚も失敗したわけだが、愚直なほど一途に君とアリシア嬢のことを大切にするはずだ。一緒に歩きたくない見た目でもないし、君が将来なりたいものになるために惜しみなく援助できるくらい金も力もある」
「僕は……」
パーシヴァルが返事に困ると、背後で扉が開く音がした。
「急いで答えを出す必要はないのよ。大事なことだから、ゆっくり時間をかけて一生懸命考えましょう」
「お母さん!?」
***
「ご無沙汰しております、レイナード前侯爵夫人」
「……お邪魔しているよ。そんな堅苦しい長い名前で呼ばれると肩が凝るから、ぜひ『カトレア』と呼んで欲しい」
礼をするアリシアの所作は以前見たときと変わらず綺麗だったが、パーシヴァルの横に立ち、敵意とまでいかないまでも観察するような視線を向けるアリシアは子を守る雌獅子のようだとカトレアは思った。
「話はどこから聞こえていたかな?」
「今回のことにおける選択肢をパーシヴァルに委ねると仰ってくださった辺りからです。ありがとうございます」
言われたのは礼だが、その響きは侯爵家との縁を受けいれられないアリシアの意思のようにも感じられてカトレアは内心苦笑する。
(これは手強い)
カトレアをオリバーの妻として認めないと侯爵夫人の自分に喧嘩を売る貴族令嬢たちや、貴婦人と舐めてかかる荒くれ者たちと向かい合ったときとは違う緊張をカトレアは感じた。
(この女性なら、パーシヴァルが侯爵になりたいと言ったその日にレイナードの元老会の門をたたいて奴らを掌握してしまったかもしれないな)
ヒューバートはパーシヴァルが自分の息子と分かったその日にカトレアに宛てて手紙を書き、その手紙を持ってカトレアはレイナード家の元老会に当主代理として出席してヒューバートがパーシヴァル以外に侯爵位を譲る意志がないことを発表した。
パーシヴァルを排除しようとしたものはもちろん、彼に侯爵を継ぐよう強要するような真似をした者の家門は漏れも温情もなく一切取り潰す。そんな脅しも忘れずに伝えた。
このことに元老会ではいまだに反対の声があがっているが、どの家もレイナード家や商会から仕事を分けてもらって生計を成り立たせているため声はどれも小さい。
「ありがとうと言うのは私のほうだ。君が一人で子どもを生んで育てると決めてくれたから、私はこうして素晴らしい孫に会うことができた」
(私とどう接していいか悩んでいるようだな)
アリシアの生まれ育った環境や、辺境の街でのことはヒューバートから報告を受けていたカトレアはアリシアとの距離感をどうするべきか悩んだが、もともと深く考えず直感で行動するタイプのカトレアは少し図々しくすることに決めた。
(ヒューバート以外からの報告を聞く限り、あいつみたいにヘタレて遠慮していては先に進まない気がする)
「今回ここに来たのは、私は君たちの味方だと言うためなんだ。アリシア嬢、体調が大丈夫ならばパーシヴァルとソファに座ってくれないか?」
顔を見合わせた母子は頷いてソファに座り、カトレアは彼女たちの前に向かい合って座ると懐から書類を取り出す。
「この紙は私たち侯爵家の者およびその親類縁者に対する君の言動には一切不敬を問わないといった旨がかかれた誓約書だ。好きに使うといい」
「……これは、侯爵様が?」
「これはあの子も知らない、私の独断だ。当主はあの子だが、私はあの子の母親だからね、あの子も私には優しいんだ」
どうぞ、と勢いよく差し出せばアリシアは反射的に受け取ってくれた。
貴族が好んで使う滑らかな紙には殺人など倫理上問題にあることは許さないなど細かいことが書いてある。この辺りの説明は面倒なので「自分で読んでくれ」と言ったらアリシアはキョトンとした顔をして、笑った。
(ちゃんと笑えるということは、疲れていても心は元気ということだろう)
それなら目一杯食べるべきだ。
『食事は元気の源』と信じているカトレアはタイミングよく戻ってきたミロに指示を出して料理を並べさせる。
「腹が減っているだろう、好きなものを食べてくれ。パーシヴァル、子どもに遠慮は不要だ。成長期なのだからたくさん食べろ、足りなければ外にいるうちの者に買ってこさせるから。ミロ、肉ばかりで野菜や果物がないじゃないか」
「レイナードと違って王都は物価が高いのですよ。新鮮で美味しい果物なんて贅沢品です」
「そのためのヒューバートだろう?」
ミロの「閣下は財布ではないです」と言うのを無視して、カトレアはアリシアに尋ねる。
「果物は嫌いか?」
「いえ、その……あまり果物は食べたことがないので好きとか嫌いとかは、分かりません。ですから果物はなくても、食べなかったら勿体ないですし」
アリシアの言葉にカトレアは「ふむ」と考えた。
「余ったら屋敷に持って帰ってうちの者が食べればいい。不敬には問わないのだから、食べかけでも構わないぞ。さっそくその証書を使おうじゃないか」
「……そんな残飯処理のような使い方でいいのですか?」
唖然とするアリシアにカトレアは片目をつぶってみせる。
「君が満足するまで、いつまでも好きなように使っていいのさ。こういう地味で、嫌がらせめいたのも楽しいだろうね。君も言ったじゃないか、ゆっくり時間をかけて一生懸命考えましょうって。一生かけてネチネチとやり返そう」
(『一生』はヒューバートを喜ばせるかな)
少しは息子孝行できただろうと考えたカトレアはやっぱり大雑把だった。
読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。
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