第6話 右腕に会う
「初めまして、アラン・カールセルと申します」
話が終わるタイミングを計ったように部屋に入ってきた男性はそう名乗るとヒューバートに何かを囁く。
「すまない、少し席を外す」
「お気になさらず」
「アラン、彼女にお茶を。砂糖は忘れずにな」
アリシアが甘い物を大変好いているようなヒューバートの言葉をアリシアが恥ずかしく思っていると、アランが小さく笑った。
「失礼いたしました、会長が女性をこんなに気遣う姿を見たのは初めてで」
そう言うとアランはヒューバートが開けたままだった扉にドアストッパーを挟む。
男女が二人きりでいることを周りに誤解されないためと分かるが、ドアストッパーを押し込む力がやけに強い気がした。
「失礼いたしました。私のことは『アラン』とお呼びください。副会長の職を頂いておりますが、私自身はヒューバート様の秘書だと思っておりますので」
十年ほど前に領地を返上した伯爵家がカールセルという珍しい家名だったと覚えていたが、アリシアは知らぬ振りをした。
「私のことはアリシアとお呼びください」
***
(名前呼びなんてした日にはヒューバート様の悋気を浴びてしまう)
アランは聞かないことにして、笑みを深めてアリシアに紅茶を出す。忘れずにシュガーポットを用意しながら、アランは何度も扉が開いていることを確認する。
(うっかりでも扉が閉まったらヒューバート様が地獄の釜の蓋を俺のために開けるだろうな。うっかり、だめ、絶対)
ヒューバートは女性と噂にならないように気を使い、どんなときでも必ず職員を二名以上同席させている。
そんなヒューバートが会長室に女性を招き入れ、扉を閉じて二人きり。その衝撃は職員たちを騒めかせ、「ヒューバートが探している」というメッセージよりも先にアランの耳に届いたくらいだ。
ちなみにヒューバートの用心深さをアランは最初大袈裟だと思ったが、職員を買収して会長室で下着姿で待ち伏せる女性や、根も葉もないロマンス話を新聞に載せて外堀を埋めようとする女性たちの犯罪も辞さない『妄執』を目にして認識を改めた。
(見た目も金も『ほどほど』が一番幸せなのかもしれない)
アランとアリシアの間には特に会話もなく、「静かな女性だな」とアランが思っていたら扉が強くノックされた。焦りを隠さないノックの音に、アランはアリシアに断りを入れて扉を開けた。
「何があった?」
「エミリー嬢が来てしまいました」
(げっ)
エミリーは先ほど突然ヒューバートに会いに来たブランドン商会長の娘で、ヒューバートに妄執している女性の一人である。アポなしでくる迷惑な父によく似た娘は、レイナード商会にやってきてはヒューバートに付き纏っている。
当然このエミリーを行動をヒューバートは「迷惑だ」と父娘の両方に言っているが、「侯爵様をお慕いしているので」が全ての免罪符になるとばかりに全く効果がない。
(タイミングが最悪だ)
いまここにはアリシアがおり、いまの商会内には「ヒューバートが特別扱いする女性が会長室にいる」という話が蔓延している。
「受付横の特別室に閉じ込めて、警備員も呼んでエミリー嬢を絶対に部屋から出すな」
「そ、それが……エ、エミリー嬢は……ちょっと、ほんの少し目を離した隙にいなくなって」
「帰ったのか?」
「わ、分かりません」
(帰っているわけないよな、どうするかな……)
「あの」
思考を遮るように声を掛けてきたアリシアに探るように見られてアランは焦った。
トラブルが起きたと知られればアリシアは「迷惑だから」と帰ってしまい、帰してしまったら戻ってきたヒューバートは絶対に不機嫌になる。
ヒューバートは今夜の食事をとても楽しみにしていた。
普段なら相手が誰でも「適当に手配しておけ」なのに、今回は「魚が美味しくて、軽めの白ワインが美味しい落ち着いた個室のある店。ハーブが好きなようだったから、ハーブや香辛料の使い方が上手な店。そういう店を予約してくれ」とこと細かい指示もあった。
(今日はスーツにも気合が入っていたからな。ヒューバート様が探し続けた女性、この人にエミリー嬢を近づけてはいけない)
「いえ、そんな大きな問題ではありません。ただ少し指示を出してこなければいけないため、申し訳ありませんが席を外しますね」
ヒューバートが今でも『七日間の花嫁』を探していることは王都の社交界では有名であるが、その理由については様々な憶測がされている。
最も有力な説はヒューバートが女性嫌いであることから、女性嫌いになった原因はアリシアでその責任をとらせるため探しているというもの。
アランからしてすればあり得ない解釈なのだが、信じている女性たちは「自分ならばアリシアの呪縛を解き、ヒューバートの女性嫌いを治せる」と信じているらしい。
恋物語の読み過ぎだとアランは思うが、この「自分ならば」を強く信じている女性の一人がエミリーなのである。
***
「私が部屋を出たら内側から鍵をかけてください。会長と私以外には決して扉を開けないようにお願いします」
エミリーと接触を防ぐためのアランの指示だったが、エミリーのことを知らないアリシアは「この部屋の中に機密情報があるから」と解釈してしまった。
(この部屋に部外者の私が一人でいるわけには……でも、案内なく歩き回るのも良くないし)
化粧室で時間をつぶすことに決めて部屋の扉を開けると、真横から「どちらに?」と声を掛けられてアリシアは吃驚した。
声を掛けた屈強な体格の警備員はアリシアを守るためにアランが配備したのだが、彼がここにいれば部屋は安全だとアリシアは思ってしまった、
「化粧室はどちらでしょうか?」
「あちらです……お気をつけて」
目と鼻の先にある化粧室に行くのに何に気をつけるのかとアリシアは首を傾げたが、警備員の気遣う表情に「ありがとうございます」と礼を返した。
警備員の彼としては「化粧室に行く」と言われてはアリシアを止めるわけにもいかず、注意を促すことしかできなかったのだった。
それは突然のことだった。
鏡の前でアリシアが化粧を直していると、化粧室の外で女性と先ほどの警備員が騒いでいることに気づき、何が起きているのかとアリシアが思っていると女性が飛び込んできた。
ぞの女性は不躾にアリシアの頭の上から足の先までジロジロと見る。
敵意を隠さない女性の目に居心地が悪くなったアリシアは会釈して化粧室を出ようといたが、アリシアの行く手を女性の足が阻んだ。
「なんでしょう」
「あなた、『七日間の花嫁』のアリシアよね」
無礼で直接的な物言いから貴族の令嬢ではないが、オーダーメイドのドレスや手入れが行き渡っている長い艶やかな髪から、アリシアは目の前の女性が商家のご令嬢だと推測した。
相手をすると面倒になる気がしたアリシアは彼女を無視するように足を跨いで化粧室を出ようとしたが、その前に彼女の手がアリシアの肩を掴んだ。
真っ赤に塗られた爪がアリシアのスーツの肩に食い込む。
「あなた、ここで何をしているの?」
「見ず知らずのあなたにそれを答えることはできません、その手を放していただけますか?」
アリシアの言葉に女性の顔が怒りに歪み、爪がさらに食い込んでアリシアは痛みを感じ始める。
「痛いの?」
「ええ」
「ヒューバート様はあんたのせいでもっと痛い思いをしたのよ? あんたの父親にナイフで刺されて、二週間も目を覚まさなかったのだから!」
(……え?)
突然投げつけられた言葉が、アリシアの頭の中で意味のあるものになる。
(ヒューバート様が子爵に刺された?)
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