第4話 悩みを相談する
長いです。
アリシアが手芸店で出会った女性を雇おうとしている報告を受けたヒューバートはアランにその女性の身元調査を命じた。
彼女の名前が本当は「プリム」だったため確認に時間がかかったが、二日後にヒューバートはプリムを安全と判断した。
その間にアリシアもプリムに自分がミセス・クロースであることの説明ができ、ヒューバートが雇用に問題ないと報告するときには二人はすっかり意気投合していた。
ヒューバートはプリムにアリシアたちが暮らすアパルトマンの近くにある住まいを用意した。
商業地に近い立地の良い部屋を格安で提供するとヒューバートが言うとプリムの目が疑わし気になった。
「そのために私は何をしたらよろしいのでしょうか」
美味しい話の裏を疑い、相手がレイナードでも怯まずに問い質すプリムにヒューバートの彼女への評価が上がる。
「アリシアたちを警護しろとは言わないよ、それは私のほうで用意している。君がこの話を受けたら彼女は君の隣人になるかな」
ヒューバートの言葉にプリムは一つ息を吐き、「お受けいたします」と頭を下げた。
「私の耳になることも込みであることを理解した上での回答のようだが、その理由を聞いても?」
威圧を込めて問えばプリムの体が震えたが、それでも視線を合わせたままのプリムに評価が更に上がる。
「アリシア様が『七日間の花嫁』だからです」
そう言ってプリムは鞄から今朝の新聞を取り出して拡げる。
そこにはヒューバートがアパルトマンに囲っている女性が「あの『七日間の花嫁』ではないか」という内容のことが書かれていた。
「今日で三日目、意外と早く結論が出たな」
アリシアをアパルトマンに連れてきた日の翌日の新聞にはヒューバートに新たな恋人が誕生したと書かれ、パーシヴァルのこともヒューバートの隠し子ではないかと書かれていた。
「『ミセス・クロース』が必要だと思うからです。いまの貴族女性のドレスは見た目の美しさだけで、体のことを何も考えていません。美しさを求めることは間違いではありませんが、成長過程にある十歳の子どもが見た目のためにダイエットをさせられて、コルセットをきつく締めて細いドレスを着せられる必要があるのでしょうか」
「それが、君がクビになった理由か」
ヒューバートの問いにプリムは顔を背けて答えとした。
「美しさよりも身を労わること。選択肢の一つとして、私は必要な選択肢だと思っています。このまま王都で仕事を始めたら『ミセス・クロース』は貴族の方々の好奇心や思惑で潰されてしまいます」
「自分のために私を利用しようというのか」
自分の願いのためにヒューバートを利用しようとするプリムが気に入ったが、その気概がどこまでかをヒューバートは測る必要があった。
「利害は一致しているのでは? 私は、利害ではなく純粋に『アリシア様たちを守りたい』と思っておられるのは侯爵閣下だけだと思っております。その結果、「ミセス・クロース』もついでに守られるだけ」
手段を選ばないプリムが気に入り、ヒューバートはプリムと『契約成立』の握手をする。
「君の判断でいい。私の力を使いたくなったら、隣人にちょっと世間話をしてくれ」
「畏まりました」
「給与についてはアリシアと話をすることになるだろうが、私からも……」
「そちらは結構です。この話は私にとって旨味しかありません。朝から晩まで憧れの『ミセス・クロース』の服に囲まれて生活できるのですから。そのためならば馬小屋暮らしでベッドが干し草でも、三食全てが芋粥でも構いません」
(この意気込みを頼もしいと思うべきなのだろうが……怖いと感じるのはなぜなのか?)
***
しばらくヒューバートのアパルトマンに滞在すること、街に残した荷物をアパルトマン宛に送ってほしいと書いた手紙をアリシアはルークに送った。
そしてやや過激な表現があるルークからの手紙を荷物と一緒に受け取った頃には王都に来て二ヶ月がたっていた。
パーシヴァルの入学手続きは順調に進む一方で、店のほうは準備に手間取っていた。
新装開店の目玉となるドレスを作りたいと思うのだが、満足のいくものができないのだ。
「既存の型紙に少し手を加えただけの形ではダメね」
「貴族向けは外出着が限界ですね。ベースとしているワンピースの型紙でドレスを作ると野暮ったくなります。やはりデザインから型紙が作れないと」
「やっぱりパターンをおこせる人が必要ね」
二次元で描いたデザインを三次元の服にするは型紙が必要。この型紙を作るのに『パタンナー』という専門の職人がいるほど、型紙は服の出来を大きく左右する。
(ちょっと名前が知られたからっていい気になっていたわ)
「お母さん、大丈夫?」
自室からリビングに来たパーシヴァルの心配そうな声にアリシアは苦笑する。
「大丈夫よ、いままで何とかなってきたもの」
根拠のない根性論になってしまったが、始めたからには頑張ろうと思った。ルークからの手紙には【上手くいかなかったら戻ってこい】とあったが、自分とパーシヴァルの幸せのためにその選択肢はない。
「お母さん、お店の場所は決まったの?」
「商業ギルドに相談していくつか候補を出してもらったけれど、いいところがなかったのよ」
どれも上手くいかないと悩むアリシアに、パーシヴァルが意外な解決策を提案する。
「侯爵様に相談したら?」
「それはいい案ですね」
自分の提案にプリムも賛同してくれたからか、パーシヴァルの声に熱が入る。
「ミロさんは『閣下は国一番の大商人』と言っていたよ。大商人なら仕事の成功の秘訣を教えてくれるんじゃない?」
アリシアは反射的に「迷惑ではないか」と思ったが、頼ってほしいと言っていたヒューバートの真剣な目を思い出す。
「レイナード商会長が事業のコンサルタントをしていると聞いたことがあります。多くの商会がコンサルタント料を払って経営の相談をしているとか」
「コンサルタントしてもらいなよ。お母さんもプリムさんを雇ったんだからちゃんと給料を払わないと」
大人顔負けの意見をもつパーシヴァルに二人揃って驚く。
「パーシヴァル様、まだ幼いのにしっかりしていますね」
「驚いたわ」
「お母さん、感動していないで早く侯爵様に手紙を書きなよ。侯爵様も忙しいんだからアポを取らなきゃ」
***
「何かあったのか?」
帰宅したヒューバートは落ち着かない様子のボッシュに首を傾げて問い掛けると、待っていたばかりにボッシュが力強く頷く。
「アリシア様からお手紙が届いております」
「アリシアからっ……ゲホッ」
予想外のことにヒューバートは緩めていたアスコットを逆に引っ張って喉を絞めてしまった。咳き込むヒューバートに「驚きますよね」とボッシュが力強く頷きながら封筒を差し出す。
(なんだ?)
アリシアにつけている護衛からは何の報告もないため、何が書かれているか分からないヒューバートは開封をためらってしまう。
「旦那様は透視ができるのですか?」
「できるわけないだろ」
封筒をジッと見たまま動けずにいたらボッシュに呆れられ、ヒューバートは深呼吸して封を開けた。
(これは……)
手紙には【王都で店を開くためのアドバイスが欲しい】と書いてあった。
「店を王都に移すから、店の場所や開店準備について相談にのってほしいと」
「それはようございました。そのほかにも何か?」
「コンサルタント料を払うから、と」
アリシアにならいくらでも無料で教えるのに。
『甘える気はない』と言外に示すアリシアにヒューバートは落ち込む。
「知らない悪魔より知っている悪魔のほうがいいと言いますからね」
「慰めるならしっかり慰めろ」
「甘えん坊ですね」
ヒューバートの気を軽くするためだろうが、子ども扱いされるのは嬉しくない。ヒューバートはボッシュを睨んだが往なされ、ため息をついて書斎のイスに座ると前に紅茶のカップが置かれた。
温かい湯気からは紅茶の香りに混じってブランデーの香りがする。
「旦那様、長く険しい千里の旅は準備が大事ですよ」
「頑丈な靴を履いて挑むことにするよ」
ヒューバートの言葉に「それだけでは足りない」ボッシュは首を横に振る。
「アリシア様の気持ちに合わせて道を選び、歩調も合わせなければいけませんよ」
ヒューバートは眉間にしわを寄せる。
「俺は子どもか?」
「旦那様に比べれば三歳になる孫のほうが上手に恋の道を歩いております。先日も初恋が実ったと嬉しそうに報告してくれましたよ」
「早くないか?」
「旦那様が遅いのです。遅い初恋は熱が冷めにくいとは聞きますが、二十代後半まで熱を燻らせ続けるとは……孫の初恋がいつ始まるか心配で爺は夜しか眠れず」
まだ昼寝が必要な年齢ではないボッシュに気を軽くしてもらいながら、ヒューバートはアリシアへの返事を考える。
「アリシアには商会まで来てもらおう。商業ギルドが近いから必要なら人員補充のサポートもできる」
ヒューバートがアリシアを囲っているという情報は子爵に金を貸した者たちから守る一方で、別の視線をアリシアに集めてしまっている。
「アリシアの店に自分の飼っている犬を送りこもうとするだろうな」
「事前にプリム様を身内にしておいてよかったです。女性同士の繋がりとは侮れませんからね、プリム様の信頼を得られれば、アリシア様からも信頼を得ることができましょう。まずは信頼できるやり手の実業家をアピール、ヤリ逃げしたクズ野郎から仕事のできるイイ男にならなくては」
(ヤリ逃げしたクズ野郎……オブラートに包まれていない言葉が痛い)
「それではその日は一日空けて」
ヒューバートは手帳を出して予定を確認したが丸一日空いている日がない。
調整できなくはないが……と悩むヒューバートの横からボッシュが手帳を覗き込み、二日後を指差す。
「夜が空いているこの日の夕方から、が宜しいかと」
「なぜ夕方から?」
「旦那様がお忙しいことはアリシア様もご存知、それで一日空けてはアリシア様が恐縮してしまいます。相談と言っても二時間がいいところ、夕方からにすればディナーにお誘いできるでしょう?」
パーシヴァルはミロに迎えにいってもらって三人で、店もアットホームなところで気軽な食事を楽しむ。ボッシュの計画にヒューバートが感心していると「これだから恋愛オンチは」とボッシュに呆れられる。
「手慣れているな」
「私も人並みに恋をしてきましたので。教えてさしあげましょうか?」
ボッシュの申し出をヒューバートは反射的に拒否しようと思ったが、アリシアが断らなそうなプランはありがたかったため気を変えた。
「クズ野郎から先に進まなかったら頼む」
「畏まりました、ヒュー坊ちゃま」
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