第13話 作戦を考える
「どうなんだ?」
アリシアが運び込まれた部屋から出てきた医者を、扉の前で待ち構えていたヒューバートは掴みかかって問い詰めた。
職業柄医者は動揺する患者の家族を宥めることに慣れてはいるのだが、「あのときは骨が折れた」と後に彼は医者仲間に語ったという。
「……患者のご家族、それかそれに相当する方ですか?」
個人のプライバシーである病状は原則家族にしか明かせない。『だから分かりますよね?』と言う医者の目をヒューバートはジッと見る。
(……嘘も方便)
「……正直なことは良いと思います、閣下。患者の元夫で、患者の子どもの父親で、先ほど求婚したばかりで返事はまだもらっていない……正直なことは良いと思います。おかげで助手は患者の症状よりも恋愛事情のほうが気になっていましたよ」
「婚約者……だ」
ヒューバートに呆れた目を向けた医者はホッと息を吐く。
「過換気症候群です」
「過呼吸ということか」
ヒューバートはアリシアの症状が命がいますぐどうこうなるわけではないものと聞いて一息つく。
「彼女は?」
「とりあえず薬で眠っています。それで、ミズ・シーヴァスの倒れたときの状況などから判断すると心因的なものである可能性が高いです。不安、恐怖、困惑などが強いストレスとなって呼吸困難を引き起こしたと考えられます」
医師の言葉を聞いていたヒューバートは、隣にいるステファンの責めるような視線から顔を背けた。
医師と彼の助手に相場より少し多めの金を払い、宿の外まで見送りにいったヒューバートが戻るとアリシアのいる部屋の扉の前にステファンがいた。
「この階は貸し切った。隣に行こう」
返事を待たずに隣の部屋に入り、ステファンが扉を閉める音を黙って聞く。
「それで、アリシア嬢に何をしたんだい? 医師を手配したんだから、僕には聞く権利があると思うな」
「求婚した」
「……時間がないと煽った僕が言えることじゃないけれど、愛の告白までって言ったじゃないか。焦り過ぎだよ」
ステファンは深くため息を吐き、自分が悪いと自覚していたヒューバートも項垂れた。
「考えてもみなよ。元夫が突然会いに来た、ストレスだよね……そんなショックを受けた顔をしないでよ、事実なんだから」
「分かってはいる……続けてくれ」
「さらに死んだ父親のせいで借金取りに追われていると知る、ストレス追加。それを解決するため元夫と一緒の馬車で何日も過ごす……ストレス過多だよ、さすがに気の毒過ぎる」
***
(なんでこんなに上手くいかないのかな)
ステファンから見れば、アリシアの気持ちもヒューバートの気持ちもお互いに向いている。
しかし結果を見ると上手く重ならない。
いい年をした二人の甘酸っぱい雰囲気に感化されてステファンは「真面目に恋をしようかな」と思ったが、恋愛の面倒臭さを目の当たりにして一気に後ろ向きになった。
ステファンはため息を吐き、いつもの飄々とした顔を真剣なものに変える。
「彼女は過去のことと割り切った顔をしているが、心の傷は深い。治す余裕はなかったからね。そして彼女はとても頭がいい。よく状況を把握している。高位貴族が平民を娶る、とても素敵なロマンスだが現実的ではない。君がアリシア嬢を娶る方法は二つしかない」
一つはヒューバートが侯爵位を他の者に譲る、もう一つはアリシアが適当な貴族家の養子になって貴族になる。
「いまこの国の情勢を少しでも読める者なら、いまのレイナード侯爵は君以外になりえない、陛下は王命を出して引き留めるだろう。それをアリシア嬢も分かっているし、そもそも自分のために君が貴族でなくなることを願うタイプでもない」
レイナード領はいま北部の山脈を挟んで隣にあるヴォルカニア帝国からの侵攻を防ぐ役割を担っており、今も『野心家』と噂される皇弟がレイナード領を略奪しようと密偵や暗殺者を送りこんできているのだ。
ヒューバートの調査はこちらにも協力者がいるようなのだが、レイナードは二十年以上領地運営が上手くいっていなかった弊害で調査に時間がかかっており、その間の領の防衛費は情報漏洩を防ぐためにヒューバートが私費を投じている。
ヒューバートに代われるのはレイナードの血筋かつ一領地の防衛費を肩代わりできるくらい莫大な資産をもつ者、つまり現状誰もいない。
「アリシア嬢をどこかの貴族の養女にすることは簡単だ、つまり結婚は簡単にできる。しかし貴族社会が彼女を『レイナード侯爵夫人』として受け入れるかどうかは別だ。権力なり財力なりで受け入れさせることはできる、しかしそれは彼女が認められたことにはならない」
矜持を大切にする貴族には誰しも『誇りにしているもの』がある。
それは資産、容姿、宝飾品など様々だが、血統に誇りにしている者はとても多い。
「君の人気の高さから考えると、目立つ瑕疵のない王女でも何かしら言われるだろうね。そんな座に元平民、しかも『七日間の花嫁』と呼ばれる元妻だなんて……ストレスで過呼吸になるわけだよ」
ステファンはため息をついて立ち上がると、ヒューバートに何も言わずに廊下に出る。
「さて、続きはもう一泊することとなった僕の部屋で酒を飲みながらにしよう」
「飲みたい気分なわけがないだろう」
「男の恋愛話なんて飲まなきゃ聞いていられないよ。しかもその恋はぎりぎりの崖っぷち」
「煩い。俺は自分の泊まる部屋に戻る」
「ウジウジと一人で悩んで時間をムダにしたいなら止めないよ? あ、僕の予想では彼女は二度と君と二人きりで話をしようとはしないと思うよ」
自分の言葉に足をとめたヒューバートの背中にステファンは満足気に笑い、部屋に入る。
自分を睨むヒューバートを無視してグラスを二つ出してそれぞれに酒を注いだ。
「……どうして?」
「膿んだ傷跡に消毒薬をぶっかけようとする奴が近づいてきたら君だって逃げるだろう?」
ステファンの言葉にヒューバートは苦いものを噛んだような顔をした。
「とにかく時間を稼ごう。物理的に距離をとられないように……王都に残ることは提案してみたかい?」
「ああ、言ってはみたが……緊張していて彼女がどんな顔をしていたか……でも、無理とか嫌だとかは言っていなかった、はずだ」
「頼りにならないな。まあ、仕方がないか。ここは母上に頼もう、うまくいけば王家の女性たちも協力してくれると思う。王妃様とか母上に『ミセス・クロース』を紹介して欲しいとお願いしていたし」
ステファンにはそれなりに勝算があった。平民となっても貴族らしい考えをするアリシアなら王族の『お願い』が命令だと分かるに違いないからだ。
(ただ気づかない振りをされるかもしれないから)
「あとはパーシヴァル君だ」
子どもの名前に思わずヒューバートの目が吊り上がり、赤い瞳が剣呑に光る。
「彼女から親権を奪う気はない。そんな素振りも見せたくない」
「違うよ、あの子にノーザン王立学院への編入を勧めるのさ。僕の見立てだけど学力は問題ないんじゃないかな。短期の留学でもいいね。時間稼ぎが目的でもあの子の将来を考えたらいい話のはずだ」
パーシヴァルに勧めようとしているノーザン王立学院はヒューバートやステファンも通った学校である。身分に関わりなく全生徒を平等に扱い、たとえ王太子でも学力が足りなければ入学させない学院の姿勢は国内外で高く評価され、『ノーザン王立学院の卒業生』というだけで社会では一定の評価をされる。
「しかし入学でも留学でも手続きに半年ほど時間がかかるはずだ」
「実はこの案は母上が出したものなのさ。それでうちが学院に『仮に』でパーシヴァル君の入学について問い合わせてみたら、とっくにパーシヴァル・シーヴァスの願書がすでに提出されていたんだ」
ステファンは密かにヒューバートが手続きしたのかと思ったが、手続きをした『保証人』の名前を聞いて驚いた。
「イザベル・マリス伯爵令嬢が保証人で手続きしていた。イザベル嬢はコールドウェル子爵元夫人、アリシア嬢の継母だ」
「『嬢』という年齢か?」
そう言いたい気持ちは分かるが、それ以外に適した呼び名がないからステファンだって困っているのだ。離縁したイザベルを、彼女の兄が当主を務めるマリス家が受け入れたためイザベルはマリス家の令嬢となっている。
「彼女も学院の卒業生だったみたいだ」
「すでに申請されていることは嬉しいが……アリシアが頼んだとは思えないな」
「僕もそう思う。夫人とアリシア嬢ってどんな仲だったの?」
「俺の知る限りでは、夫人とアリシアに母と子の関係があったとは思えない。アリシアも『夫人』と呼んでいたし」
「彼女の真意は別途探るとして、今回は利用させてもらおう。アリシア嬢には夫人のことを言わないほうがいいね。パーシヴァル君の意思を確認次第、入学または留学となったら学院に連絡して保証人を君と僕に変えてもらおう」
パーシヴァルが編入するのはノーザン王立学院の初等部。
ノーザン王立学院の生徒は全員寮生活が必須となっているが、初等部だけは自由だ。とくにまだ幼いパーシヴァルくらいの生徒たちは通学の生徒も多い。そのため王都には学院直通の馬車の停留所がいくつかある。
「これでアリシアは王都に残るというわけか」
「あとは、アリシア嬢が侮られないように君の保護下にあることを分からせるようにしないと。男除けにもなるように、君の目の色に合わせてルビーを使ったネックレスを贈るんだよ」
アリシアが王都に残れば『七日間の花嫁』はすぐに社交界を騒がせるだろう。それにさえ気づかないほど焦っていたヒューバートにステファンはため息が止まらない。
「男除け……必要だよな」
「必要だよ。あの見た目だし、彼女に注目が集まれば『ミセス・クロース』の正体もすぐに露呈する。『ミセス・クロース』の顧客は野心ある男にとても魅力的なものだろう」
「それじゃあ、いつもの店に頼んで」
「それもいいけれど、いま人気のある新人宝飾師に頼んだほうがいいよ。あのレイナード侯爵がいまも寵愛していることが分かるようにね。いつもの店だと過去の贖罪と罪悪感とか悪意のある解釈をされるから」
「なんだ、それ。深読み、怖い」
社交界での男女の付き合いに一切興味がないため、ヒューバートにその辺りのテクニックはない。素直に自分の助言に従うヒューバートにステファンは苦笑する。
「今後の参考に知りたいのだが、何でネックレスなんだ?」
「君の場合、周囲を牽制するだけでなく彼女に自分を受け入れてもらう必要がある。その点、ネックレスなら彼女の目にも入るからね」
「王が『甥っ子がもてる』と感心していたわけだ。しかし、彼は女性の目の色のものを贈っていたと思ったが?」
「婚約とか、深読みされたら困るからね。僕はまだ誰とも恋をするつもりはないんだ」
「甥っ子が結婚しないと、王が俺に愚痴るわけだ」
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