第9話 趣味を語る
ステファンの勧めた店は人気だったが、ステファンは見事に店を予約してみせた。
「公園がお店の庭みたいですね」
「ライトアップされた公園内はロマンチックですよ」
アリシアの言葉に応えながら給仕がメニューを置く。
内臓を使った料理をアリシアが大丈夫だと言ったので、ヒューバートはステファンのお勧めだと言うコース料理と白ワインを注文してくれた。
「侯爵様はいつミセス・クロースが私だと知ったのですか?」
「昨日、ステファンから聞いて初めて知った。君も知っているだろうが俺はミセス・クロースを探していた。まさか俺の探している二人が同一人物だったとはね、驚いたよ」
言葉を切ったヒューバートは白ワインを飲んだ。緊張している姿によほど言いにくいのだと察したアリシアは黙って待つことにした。
「ミセス・クロースに依頼したかったのは、ミシェルのドレスのお直しだ」
「……ミシェル様の?」
ミシェルの名前に思わず硬い声が出てしまった。
「もちろん、もう君に依頼するつもりはない……遅くなってしまったが、ミシェルが君に酷い真似をした。本当にすまなかった」
(ああ、やっぱりご存知なのね)
「ミシェル様と、仲違いを?」
「仲違い、と言うのかな。あのときはお互い気まずくて、母が『気分転換』でミシェルを領地に誘ってくれて助かった。いまは仲直りして、あいつは嫁に行ったが時々会ってもいる……君があのことを俺に言わなかったのは、俺とミシェルの仲を気にしたからか」
「仲の良い『きょうだい』に憧れがあったので……仲直りして下さって、良かったです」
「……君は寛大だな。しかし、君の寛大さに甘えるわけにはいかない……と恰好をつけたいところだが、いかんせん今回のことは俺の専門外過ぎて。それで、できればアンティークドレスのお直しができる服飾師をできたら紹介して欲しい」
(アンティークドレスのお直し……)
社交界には同じドレスを何度も着て茶会や夜会に参加することは恥だという風潮があるが、ヒューバートの商会が成功するまでミシェルは侍女たちがお直しした古いドレスを着て茶会などに出ていたらしい。
それが、ミシェルが虐められる原因になり、その経験がミシェルのトラウマになっていることをアリシアは数年前に偶然知った。
「ミシェル様にそのアンティークドレスを贈ったのはコルボー子爵夫人ですか?」
「……なぜそれを?」
「コルボー子爵夫人は私の趣味友だちなのです。それでミシェル様の事情も知りました」
ミシェルが嫁いだコルボー子爵家の現当主夫人は初めて店に来たときアリシアが『七日間の花嫁』だと直ぐに気づいた。そしてミシェルがしたことを知っていた彼女は義娘に代わって謝罪と、「彼女は言わないだろうから」とワインを零した理由を教えてくれた。
「趣味友だち……つまり、君も『ラヴァンティーヌ』なのか?」
「はい。ミセス・クロースのアンティークドレスのお直しは趣味と実益を兼ねたお仕事なのです」
ラヴァンティーヌとは、公爵夫人から平民のお針子まで所属している大規模な非公式団体『アンティーク愛好会』に所属している会員の俗称である。
アリシアは仕事柄古いドレスに触れる機会が多く、知り合いのお針子に誘われて愛好会に加入し、今ではアンティークのドレスや小物に魅了される一人になった。
因みに加入といっても何か手続きがあるわけではない。
定期的な集まりがあるわけでもなく「あなたも私もラヴァンティーヌ」という感じで、仲間意識が高まる程度の効果でしかない団体である。
「ミシェルから子爵夫人は大層熱心なラヴァンティーヌと聞いている。そんな彼女と友だちというなら、君も熱心なラヴァンティーヌなのだな」
「まあ、それなりに…」
自分の好きなことを誰かに教えることは初めてで少しだけ恥ずかしく、アリシアは照れを隠すためにワインを飲む。キリッと冷えた白ワインは口当たりもよく、「酒は緊張を解す」と誰かが言っていたことを思い出してさらに数口飲んでみた。
***
レイナード商会が成功するとレイナード侯爵家はミシェルがいくらドレスを買っても揺るがない資産を築き、その頃からミシェルは何かに憑かれたように新しいドレスを買い求めた。
それが虐めから逃れようとしていたミシェルの悲鳴だったことにヒューバートは気づけなかった。
そしてミシェルの傷ついた心はヒューバートとアリシアの離縁の原因が自分にあることが決定打となり、鬱状態になりかけたミシェルを見かねたカトレアが領地に連れ帰った。
中央の華やかだが陰湿な社交界と離れたことがミシェルには良かったのだろう。
ミシェルはカトレアに虐めを受けていたことを話した。
虐めの首謀者はヒューバートに執着していたメリッサで、アリシアとの婚約で虐めはより陰湿なものになったという。
それをカトレアから聞いたヒューバートはミシェルに謝罪の手紙を出し、メリッサを社交界から追い出した。
メリッサを社交界から追放するとミシェルは直ぐに王都に戻ってきた。
早い帰還に驚くヒューバートに、カトレアから婚期を逃す前に王都に戻れと言われたとミシェルが事情を説明した。
母と娘はヒューバートが思う以上に打ち解け、遠慮がないやり取りができるようになったことをヒューバートは喜んだ。
カトレアは数少ない友人であるコルボー子爵夫人にミシェルのことを気にかけてくれるよう頼んだらしい。コルボー子爵と接するうちにミシェルがラヴァンティーヌになるのは自然なことだった。
「ミシェルが義理の娘になったことを子爵夫人は心から喜んでくれたんだ。それで二人目の出産を終えたミシェルに祝いとしてアンティークドレスを、マニア垂涎の百年以上前のアンティークレースが付いたドレスを贈ったんだ」
「ああ、あのドレスですね」
心当たりがあるのか。アリシアの顔が一段冷めたものになり、いつもより心なしか低い声は真剣そのものだった。
(かなりの熱の入れようなんだな)
「手直しが必要ということは、夫人は落札した状態のまま渡したのですね」
「それについてはミシェルに非がある。ミシェルは見栄を張って子爵夫人にドレスのお直しも出来ると言ったらしい。前にも言ったがアイツの裁縫の腕は並み以下というか、以下の以下なのだが……まったく、見栄を張るにも程がある」
「それでミセス・クロースに……」
事情は説明できたがミシェルのためなど、妹がアリシアに数々の無礼を働いたことを考えれば図々し過ぎる頼みだとヒューバートは反省する。
(二人きりで話すためとはいえ、もっと良い口実を作ればよかった)
「すまない、忘れてくれ」
緊張で乾いた喉をワインで潤して、アリシアのグラスが空になっていることにヒューバートは気づく。
満足にもてなすこともできない自分の不手際を悔やみながら店員に白ワインを追加で頼んだ。
「お直しするときにミシェル様にお会いしなくてもよろしければその依頼をお受けいたします」
店員がワインのコルク栓を抜いたとき、ずっと考えこんでいたアリシアが口を開いた。
「いいのか?」
「はい、ぜひやらせてください。私もラヴァンティーヌですもの。あのドレスに使われているアンティークレースには興味があります」
ヒューバートに気を使っているともとれるが、爛々とした目の輝きは気遣いだけでは説明がつかず、アリシアが見せた新たな一面にヒューバートは口元を綻ばせた。
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