第7話 友に嫉妬する
「ティルズ公爵邸へようこそ」
灯りのついた屋敷を背景に立つステファンに出迎えられたあと、他の者は使用人によって部屋へと案内されたがヒューバートだけはステファンの書斎に呼ばれた。
「それで、彼女と再婚するの?」
気心知れた友人といえ、前置きなく聞かれたストレートな問いにヒューバートはため息を吐く。
「いま王都に向かっている理由は分かっているだろう?」
「うん、子爵の籍から彼女を抜くためでしょ? でもこうして旅をしてさ、友としてはそれなりの進展があったのではと期待しちゃうじゃないか。それで再婚は?」
「その予定はない」
「あの子を侯爵家の後継ぎにしたいとかは?」
「それについて彼女はパーシヴァルに一任している。パーシヴァルが望めば俺はそれに応えるが、彼女はそれを認めさせる証拠を用意してあると思う」
母子証明書を突きつけたアリシアを思い出してヒューバートは苦笑する。
「それじゃあ王都での手続きが終わったら辺境に帰られてしまうじゃないか。ここまで何をしていたの?」
何もしていない。
それがヒューバートの答えなのだが、ステファンの言葉が胸に刺さる。
(王都で別れたらそれで終わり、そうだよな……)
「想像したよりも深刻そう」
「煩い」
「そう言う人にはとっておきの情報を教えてあげないよ?」
このタイミングなのだからアリシアに関することに違いない。
ヒューバートがステファンを見ると、ステファンは親指と人差し指で丸を作ってみせた。対価を要求する貴公子にヒューバートが銀貨を一枚投げつけると、難なく受け取ったステファンは「まいど」と笑った。
「『ミセス・クロース』を知っているよね?」
「最近人気の服、正体不明の服飾師ミセス・クロース。彼女のファンである貴族女性が口を割らないから謎だらけの人物」
「ミセス・クロースは彼女だよ」
ステファンの言葉にヒューバートは驚く。
「どうして分かった?彼女の顧客たちは頑ななほど情報を漏らさない。その顧客には高位の貴族夫人もいるらしいが……そうか、ティルズ公爵ご本人が直々に調査したのか」
「その通り。あとで彼女にはちゃんと謝らないと。試すような真似をしてしまったし、彼女が僕の無礼を愚痴ったら袋叩きにされてしまう」
国王の甥っ子を叱れる人物など限られる。ヒューバートの頭に浮かぶのは彼ら三人の息子を今でも容赦なく叱り飛ばす貴婦人。
「公爵夫人も彼女の服のファンなのか?」
「ファンとか、そんな単純なことじゃないみたいだ」
公爵夫人に強く望まれる理由がミセス・クロースにはあるという。
「今ごろ彼女には母からの手紙が渡されているはずだ。母からは君に謝罪の言葉も預かっている。君がアリシア嬢を探していることを知っていてずっと彼女の居場所を黙っていたから。その詫びなのかもしれないが、彼女に店を王都に移転してはどうかと提案してみるらしい」
晩餐の席で、食事が運ばれてくる前にステファンはアリシアに頭を下げた。
「先ほどは試すような真似をし、あなたに不快な思いをさせてしまって申しわけない。加えて我が家があなたを調査したことも重ねて謝罪する」
「謝罪をお受けいたします。調査については公爵様ご本人からも謝罪されましたので、公子様が気になさる必要はございません。それに公爵夫人は私のお願いを聞いて今まで秘密にしてくださりましたし、もう秘密にする必要はありませんから」
アリシアがそう言うとステファンの体から力が抜けた。
「たとえ公子様に思う所があったとしても子と母は別。それを理由に夫人の依頼を断ることはありません」
「ありがとう!」
ステファンの被っていた貴公子の皮が完全に脱げ、少年のように笑う。
「もう本当に、本当にありがとう!! 許してくれたお礼に公爵家お抱えのパティシエが作る自慢のデザートを一個追加するよ。パーシヴァル君の分もね」
「賄賂が魅力的過ぎますね」
「友好のしるしだよ」
ステファンが道化師のように大袈裟に肩を竦めてみせると、アリシアは笑顔を浮かべた。
それを向かいで見ていたヒューバートは心の底から驚く。
(アリシアが笑っている)
警戒心が強く人見知りが激しいアリシアは打ち解けるまでに時間がかかり、特に相手が男性だと長い。
ヒューバートだってアリシアから素の笑顔を向けられるのにかなり時間が必要だった。
(どうしてステファンに?)
ヒューバートの胸の奥がチリッと焦げる。
「僕も君たちと一緒に王都に行こうかな、仕事もあるし」
「旅は道連れって言うんだよ」
パーシヴァルも気さくに会話をしている。
その姿を、どうしても自分のときは警戒していたパーシヴァルの姿と比較してしまう。
「お、よく知ってるな。なあ、いいだろう?」
「……好きにしろ」
ヒューバートの言葉に「やったね」と笑い合うステファンとパーシヴァルの姿に胸の奥がチリチリと焼ける。
「ヴァル君って呼んでも構わないかい?」
「いいよー」
「それじゃあ友だちになった君を僕のセロシア号に乗せてあげよう」
「いいの?」
ステファンの提案にパーシヴァルは目を輝かせ、隣にいるアリシアに「いいよね?」と強請るような目を向ける。
「公子様、本当によろしいのですか?」
「もちろん。僕が子どもの頃に着ていた乗馬服を届けさせるね」
ステファンの言葉に少し悩んだと、アリシアは「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「ヴァル、公子様の言うことをきちんと聞くのよ?」
「もちろんだよ」
三人の仲の良い姿に、ヒューバートの胸の奥で嫉妬の火が付き、あっという間に燃えさかる黒い炎になった。
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