第11話 過去を語る
「僕のお父さん、ですよね?」
パーシヴァルの言葉にヒューバートがうなずいて応えると、パーシヴァルの視線がヒューバートの頭から靴までゆっくりと這った。その視線はやけに大人びていて、堂々と値踏みされる居心地の悪さにヒューバートはモソッと体を動かした。
パーシヴァルの視線が今度は下から上へ、再び頭を見るとそこで止まった。
誰も動かず、何も言わない。緊張を孕む静寂に、ヒューバートは口内に溜まっていた唾を飲み下した。
「あはは、嘘みたいです。本当に僕と同じ黒髪なんですね」
想像もしていなかった反応にヒューバートは戸惑った。
「髪の色?」
「この街の人は茶色い髪ばかりなので、僕の髪は目立つんです。お母さんの金色も珍しいけれど、お店のお客さんに時々いますし」
ヒューバートはパーシヴァルが自分に向ける、正確には自分の髪の毛に向けられる好奇な視線に戸惑ったが、説明を求められていたので応えなければいけないと感じた。
「ノーザン王国で黒髪は珍しいが、レイナード家には黒髪が多い。私の父と妹も黒髪だ。大昔に隣のヴォルカニア帝国から嫁いできた黒髪の令嬢の影響だと言われている」
ヒューバートの説明に「へえ」とパーシヴァルは自分の前髪を摘みながら感心していたが、それ以外の感情は何も見えなかった。
母一人子一人で育ってきた子どもが初めて父親に会う。世間で時々聞く話ではあるが、パーシヴァルの反応が話に聞く『父親と初めて会った子ども』と外れていることはヒューバートにも理解できた。
熱烈に歓迎するような反応ではないが、恨みや怒りは感じられない。
ヒューバートを父親と受け入れているようだが、あまりにアッサリし過ぎていてヒューバートは俄かに信じられなかった。
その戸惑いが顔に出ていたのだろう。
ヒューバートの視線を大人しく受け入れていたパーシヴァルが、口元を歪めつつも、仕草だけは可愛らしくコテッと首を傾げてみせた。
「『どうしていままで僕たちを放っておいたの!?』とか言ったほうが良かったですか?」
「正直言うと、そういう反応があると思っていた……だが」
「だが?」
「聞かれても俺は……君たちが納得できる答えは返せないと、思う」
返せる答えは言い訳でしかない。
言い訳など自己満足でしかなく、「いままで放っておいた」という事実の前では意味はない。
「それじゃあ叩きましょうか?」
「君が望むなら俺は構わないが……君の手のほうが痛くなると思う」
「そうですよね、侯爵様は壁みたいですし」
(俺が壁みたいなら騎士たちはどうなるんだ?)
子どもならではの発言にヒューバートの思考が思わずそれたが、幸いパーシヴァルが軌道に戻した。
「僕とお母さんのこと、探しましたか?」
「ああ、ずっと君たちを探していた」
ヒューバートの答えにパーシヴァルはしばらく考える素振りを見せたあと、後ろを向いてアリシアを見た。背を向けられていたヒューバートにはパーシヴァルの表情が見えなかったが、アリシアの顔が強張ったのを見てパーシヴァルがアリシアを責めていることを察した。
「違う、お母さんが父親のことを君になんといったかは分からないが、お母さんは何も悪くない! ここに君たちがいると教えてくれたのはお母さんじゃない。俺がここにきたことにお母さんだって驚いているんだ! 君がアリシアにとって唯一の家族だ」
「……本当ですか?」
アリシアから再びヒューバートに戻ったパーシヴァルの目には苛立ちが浮かんでいた。
「それではどうしてここが分かったんですか? ずっと分からなかったのに」
責めるような言葉はいままでの好奇心混じりの、どこか面白がるような声とは違う。
明らかに強い感情のこもる声にヒューバートはこぶしを握って、言葉を選びながらここに来ることができた理由を説明する。
「最近になって新しい情報が手に入ったんだ」
金髪に萌黄色の瞳、二十代半ばの『アリシア』という女性。その情報だけだったが、それでもヒューバートがこの街に来る理由としては十分だった。
その『アリシア』は黒髪の幼い男児を育てている。その情報が追加されたのは仕事を調整しているときで、それを聞いていてもたってもいられず仕事を放り出すようにヒューバートは王都を出てきた。
「アリ……お母さんからは何の連絡もなかった。俺は何も知らない、君の名前もさっき知ったばかりで、何でこの街にいるのか、どうやってここまで来たのか、君たちの……『シーヴァス』という姓が何なのかも俺は知らない」
ヒューバートは視線をアリシアの手に向け、ヒューバートの視線に気づいたアリシアは指輪ひとつ付けていない左手を右手で隠した。
「母子証明書のために姓が必要だったので、祖父の姓を借りました……ヴァル、一度家に帰って着替えていらっしゃい」
「……うん、分かった」
興奮した自覚があるのだろう。
アリシアの言葉に素直にうなずいたパーシヴァルは、ヒューバートに何も言わずに、顔を背けるようにして店を出て行った。
「一人で大丈夫なのか?」
「自宅はあの角を曲がれば目と鼻の先です。治安も良いエリアですし、いままでも問題ありませんでしたから」
そう言いながらもアリシアは窓辺に立って、パーシヴァルが通りを渡って角を曲がるまでずっと見ていた。
「『シーヴァス』、の話でしたね」
パーシヴァルの姿が見えなくなるとアリシアはヒューバートに視線を向け、アリシアの祖父『ルーク・シーヴァス』について説明した。
「ルーク・シーヴァスは母方の祖父で、この街で商会を営んでいます」
「シーヴァス商会、この街の顔役の一人が君の祖父ということか」
「私の母は彼の最初の妻が生んだ娘で、色は違うものの私は祖母と瓜二つだそうです。私をひと目見て祖父は孫だと認めてくださいました」
今のシーヴァス商会長夫人はルークの後妻で、アリシアの祖母はアリシアの母親を産んですぐに亡くなった。
「継母と上手くいかなかった母は家出し、その後の消息は私が尋ねていくまで知りませんでした」
「子爵が王都に連れて行ったのか?」
「ここはコールドウェル子爵の領地ですし、母の容姿は子爵の好みだったそうですからその可能性はありますね」
そこまで言って、アリシアは気づいた。
「今は『元子爵領』でしたね」
「……ああ」
この辺境の街を含む地域一帯を治めていたのはコールドウェル家。それが王家に返還されて王領となった背景にはヒューバートがいるのだとアリシアには分かっていた。
「一応説明いたしますが、私は子爵家の領地にも財産にも一切興味はありません。息子も同様……と言いたいですが、息子は私がコールドウェル子爵家の娘だったことは知りません」
「そうか……」
「ついでに言わせていただきますが、子爵には領主の資格はなかったので、領地返還は当然のことです」
領民のことを考えず、税収の増減しか気にしていない者に領主の資格などないとアリシアは思っていたし、アリシアの祖父にあたる先代コールドウェル子爵も同じ考えだったことをアリシアは知っていた。
「先代子爵は息子の領主としての素質の無さを理解しており、ご自身の代で 領地を王家に返上しようと考えていらっしゃいました。その前に病に倒れてしまったそうですが」
アリシアが肩を竦めると、ヒューバートの小さな笑い声が聞こえた。この話のどこに笑う所があったか分からずにアリシアは首を傾げる。
「やっぱり君が『領主代理』だったのだな」
「……なぜ?」
なぜ分かったのか。その意味を込めてヒューバートを見ると、今度はヒューバートのほうが肩を竦めた。
「君が姿を消すと同時に領主代理も姿を消したから、もしかしてと思っていたんだ。君はとても手ごわかったよ。俺たちは君のことを『彼』と呼んで、男性だと思い込んでいたんだが、彼が何かするたびに作戦変更を余儀なくされるから『今度は何をする』と戦々恐々としていたよ」
「私など侯爵様の足元にも及びませんわ。あなたと向かい合ってお茶を飲みながら、えげつない作戦をする人だなと感心していたことが何度もあります」
アリシアの言葉にヒューバートが声を上げて笑う。
「『えげつない』……そんなことを思っていたのか」
「ええ。こんな領主様なのですもの、レイナードの皆さまは幸せですわね。遅くなりましたが、爵位継承おめでとうございます」
不適切な表現の御指摘ありがとうございました。
修正しました。




