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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第1章

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第10話 二色が混じる

 七年振りに再会した元夫婦、気まずい沈黙を破ったのはアリシアだった。


「急ぎの仕事があるので、少し席を外しても構いませんか?」

「こちらが勝手に来たのだから俺のことは気にしないでくれ」


 アリシアは作業机に使い慣れた道具箱を置き、少し奮発して仕入れた生地を机の上に広げる。この生地は高いこと、失敗は赤字になることを念じながら鋏を手に取る。集中するために深く息を吐いて、下書きの線に鋏をあてる。


 ショキショキ……ショキショキ……。


 今では慣れ親しんだ音を聞いていると自分の中のごちゃごちゃした感情が整い、自分が思ったより緊張していたことに気づいてアリシアは苦笑した。


(最後にお会いしたのは初夜の床ですもの、緊張して当たり前よね)


 ジョキンッ。


 閨を思い出してしまって手元が狂い、強く握ってしまった鋏の大きな音にアリシアは慌てて布を確認し、線を外れていないことにホッとした。しかしこれは結果論。この状況で仕事をするのは危険だと、アリシアは鋏を置いて生地を畳み、パーシヴァルのハンカチに刺繍をすることにした。


 パーシヴァルはヒューバートとの初夜で宿った子どもだ。

 妊娠が分かったときは「まさか」と笑い飛ばしてしまったが、パーシヴァルはアリシアが世界で一番大切に思う、そしてずっと憧れていた『家族』なのだ。


 ただこの街でシングルマザーは忌避される存在だ。

 アリシア同様に『よそ者』として扱われるだけでなく、パーシヴァルの場合はそれに『父親がいない』というレッテルが貼られてしまっている。


 幼いうちはアリシアだけの世界にパーシヴァルを閉じ込められたので良かったが、成長して日中は擁護院に預けるようになると、『よそ者』で『父親がいない』ことはパーシヴァルを苦しめている。



(もう噂になっているのね)


 店の前の通り、顔を知っている程度の女性たちが何人も集まってこちらをチラチラ見ている。好奇心ならまだ良いが、勝手に先走った想像をされて軽蔑されては堪らないとアリシアは思う。

 娯楽の少ないこの街、明日の昼には自分のふしだらで多種多様の噂が街の端から端まで広がるだろうとアリシアは内心ため息をついた。


 噂を利用して商売をしている点は否めないが、パーシヴァルの行動範囲が自分の目の届く範囲を超え始めると自分への悪意がパーシヴァルに向くのではないかとアリシアは心配で堪らない。


 さらにパーシヴァルはこの街しか知らない。

 それなのに『よそ者』扱いされていることをパーシヴァルがどう思っているかも心配だった。


(パーシヴァルも初等学院にいく年齢になるし……頃合いかもしれないわね)


 アリシアは窓の外を観察しているヒューバートに目を移す。

 変化のキッカケを起こすのはいつも、いまは元夫のこの男性だと思うとヒューバートだと思うと、アリシアは何だか可笑しかった。



「ただいま」


 扉につけたカウベルの音と少年特有の高めの声。扉が閉まる音より先に、反射的に立ち上がっていたアリシアの体に細い腕が巻き付いた。


「お帰りなさい」


 いつものように飛びついてきたパーシヴァルを抱き返しながら、視界の端で驚いた顔をしているヒューバートにアリシアは目を向ける。自分と同じ黒髪をした少年に驚いているのだろう。目を見開いているヒューバートにアリシアは苦笑する。

 パーシヴァルは目の色だけはアリシアに似たが、ほかはヒューバートをそのまま幼くしたような少年なのだ。


(変な感じだわ)


 結婚して家族になった夜、ヒューバートはアリシアに触れるときに許可を取った。

 貴族の男性は許可なく女性に触れてはいけない。貴族のマナーだと分かっているが、その余所余所しさがアリシアは寂しかった。


 パーシヴァルはアリシアに触れるときに許可など取らない。

 『大好き』という気持ちを全身で表すように飛び込んでくる。それはパーシヴァルがアリシアの『家族』だからだ。


(夫婦として過ごしていれば、私たちは『家族』になれたのかしら)


 許可など必要とせず触れ合える関係に。夫としての義務感ではなく、少しは興味で自分に触れてくれただろうか。


(今さらだわ)


 アリシアは自分の腕の中にいる、幸せそうに自分に甘える最愛の存在に集中する。

 パーシヴァルに集中せずヒューバートのことを考えていたことへの謝罪を込めて抱きしめる腕に力を込めた。


 ***


 目の前の光景に、ヒューバートは夢を見ているような気分だった。


 レイナード家の特徴ある黒髪を見てすぐに自分の子だと分かったが、仮にアリシアに似た金髪でも自分の子だとすぐに分かっただろうとヒューバートは思う。

 それほどまでに子どもは色だけでなく、形も自分によく似ていた。


 二十年前の自分に、時を超えて再会した気分だった。


「パーシヴァル」


 抱擁を解いたアリシアが屈みこんでパーシヴァルと目を合わせる。

 そのアリシアの萌黄色の瞳はとても優しく、甘く。アリシアがパーシヴァルを愛していることが見ているヒューバートにも伝わってきた。


「あなたに会わせたい人がいるの」


 アリシアの言葉にパーシヴァルは少し目を見開き、次の瞬間には苦笑で目元を緩める。


「そうだと思った……入口にあんな人たちがいるんだもん」


 パーシヴァルの笑い混じりの言葉に、今度はアリシアが困ったような表情になり、腕の中のパーシヴァルの向きを変えてヒューバートと向き合わせた。


 パーシヴァルの萌黄色の目に映るのは強張った自分の姿。

 緊張の喉を鳴らしたとき、パーシヴァルが感嘆の声をあげた。


「うわあ……僕にそっくり」


 息子に会えたら何を言うか。初対面だから「はじめまして」と言うべきか、それは少し変だと色々考えていたがパーシヴァルの楽しそうな声がそんなごちゃごちゃした複雑なものを吹き飛ばしてくれた。


「本当、だな……でも目の色は違う」


 自分と同じ黒髪に、アリシアと同じ萌黄色の瞳。

 パーシヴァルは二人の特徴が混じる子どもだった。


(アリシアが産んでくれた、俺の子どもだ)


 ヒューバートは目の奥が痛くなったが、男のプライドで奥歯を強く噛んで耐えた。

文中に出てくる「パーシヴァル」の綴りは、アーサー王伝説に登場する円卓の騎士の一人である「パーシヴァル卿」を参考にしました。



読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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