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「う…むぅ…」


目が覚めると床に寝そべっていた自分に気付く。しかし部屋に見覚えがなかった。しかも床にはファンタジーめいた魔法陣が描かれている。


「また床寝してしまった…」


床寝はいつものことだから良いとして、ここは一体どこだろうか。自宅以外で床寝をする心当たりがない。まだ寝ぼけているのか本当にわからない。新しいフォロワーさんの家に泊まりに来たのだったか…

立ち上がってうろついていると大きな姿見の前を通り掛かった。


「む!?これは…他人が鏡に映っているとはこれいかに!?」


ポーズは自分と同じことをするのに姿は美少女。これは新手のアトラクションだろうか。そういえば部屋の内装もアトラクションが如しである。西洋チックな重厚感。

自分はどこかのテーマパークに来ているんだと納得しかけたときに、あるものを目にした。自分の腹である。


「三段腹はいずこに!?」


最近は家系ラーメンにドハマりし、より立派に育った腹が凹んでいる。ふと、顔に掛かった髪に触れればサラサラとしたストレートである。自分の髪といえば左右ともに左向きにカールする癖毛である。どういうことかと言うと、右は内側にカールしているが左側は外に向かってハネているのだ。癖毛にしたってもうちょっとどうにかならないか。

髪質だけの話ではない。髪が長い。腰まで届くロング。しかも濃紺とかいうファンタジー色。


「なる…異世界転生…」


フォロワーさんがハマっているのをタイムラインで眺めていた。ゲームの世界に転生しちゃうあれだ。


「困った…そっち系を嗜んでおらなんだ…」


自分は漫画、ゲームはまんべんなく好きだが、一番力を入れていたのは「レツモン」、レッツゴーモンスターというモンスターを捕獲して育てる位置情報ゲームだ。

ジャンル違いのゲーム世界に転生してしまった。ちょっとどうしていいかわからない。

だが頭を悩ませたのも数秒である。


「ま、悩んでもしゃあなしであるからして」


変わり果てた自分の姿を鏡で確認していると、背後から物音がした。


『こ…これは一体!?』


振り返ると人形が立ち上がって喋っている。


「ははぁ、やはりファンタジー。人形も喋るというわけだ」

『あんたは何者!?わたくしの肉体を乗っ取ってどういうおつもり!?』


どういうおつもり、と言われましても。


「はあ…せっかく美少女に生まれ変わったので、素材を活用して楽に逃げ切ろうと思います」

『じょ…冗談じゃないわよ!わたくしの体を返しなさい!』

「いや…知らんがなですね…」

『ふざけないで!』

「いや、ふざけてないですし…本当にそんなやり方知らんってだけで」


この生意気そうな喋る人形はマスコットキャラクターだろうか。人形でも顔面蒼白って表現がぴったりな顔をしてるが大丈夫だろうか。


「しかし…そうなると私は死んだんだな…死因は覚えてないがきっとレツモンがサ終したのだ…レツモンと共に私は死んだのだ…」


サ終とはサービス終了のことだ。そう考えると、いくばかの未練はあるが納得がいく。家にあるヤバいあれこれは近所に住んでる十年来の付き合いのフォロワーさんがどうにかしてくれる約束である。頼むぞ、切実に。

そして生まれ変わった先は超絶美少女。これはラッキーが爆発して超新星である。思わず私は「超新星グレイトスターズ」の変身ポーズをキメる。


「グレイトパワー、激射!とう!弾ける1の星グレェェェトレッ…」

『何をなさっているの!?』


人形が金切り声を上げる。何をって超新星グレイトスターズの変身ポーズだ。


『私の姿でおかしな真似はおやめなさい!』

「おかしくはない。かっこいい」

『な…っ!?』


人形が二の句も告げられずにいるが、まあ奇行だろうなと思いあと四人のポーズはやめる。この人形はきっとパンピーなのだ。パンピーにオタクのノリを分かれと言うのは無理な話だ。

そんなことをしていると、ふいに扉をノックする音がする。


「エカチェリーナ様…先程から一体お一人で何をされているのですか…」

「なんと様付け」


美少女な上に様付けされるような身分であるらしい。生まれた瞬間に人生に勝利してしまった。


「あ、大丈夫でーす」

「エカチェリーナ様!?」

『あなた!その威厳のない物言いはおやめなさい!!』


小声なくせに金切り声とは、ずいぶん器用な人形である。


「いや〜威厳とかマジ無縁なので」


そう言うと人形なのに青筋を立ててわなわなと震えている。さすがマスコットだけあって感情豊かだ。これは一体何系のゲームなんだろうか。


『あなた、なぜこんな状況になってるか不思議ではないの!?』


人形にそう言われて驚いてしまった。


「本当だ…さして気にならない」

『どうして!?』


どうしてと言われても、気にならなかったものは仕方がないのではないだろうか。


「寝て起きたら頭と足が逆に寝てても、びっくりはするけどまあなんかあったんだろうなって思いますしね…」


自分でもこの例えは微妙ではと思っていると、人形はくるりと背を向ける。そしてスタスタと机に登って座り、それきり喋らなくなった。だんまりだ。なんだか涙目になっているからそっとしておこう。


「エカチェリーナ、入るぞ。一体どうした…」


入ってきた「旦那様」と呼ばれるおっさんは床を見て絶句した。高そうな絨毯にインクの落書き、そりゃあ絶句もする。


「これは一体何だね?」


困惑した顔で自分に問う。さて困った、これは父親でいいのだろうか。


「お父様」

「なんだね」


正解だ。


「こちらはですね…私の創作意欲が爆発してしまいまして、つい床にこのようなものを描いてしまったのです」

「創作意欲…?エカチェリーナ、お前は何をやってるんだね」

「神絵師の作業を見たら、自分も真似したらできるようになるんじゃないかという気持ちが抑えきれず、つい…。結果、神絵師は神絵師だから神絵が描けるんであって自分には無理だという結果になりました」


SNSに投稿したらフォロワーさんがいいねしてくれるであろう内容だ。別に私は絵を描かないが、お絵描き講座とか見ると自分にもできるのではと錯覚するときがある。

ガタンと音がして見てみると、机の上で人形が倒れていた。

あれかな、「ズコーッ」っていうコケるツッコミ。やるじゃねえか…

父は人形から視線を自分に戻し、ため息をつく。


「わかったエカチェリーナ、ただし他のものに心配をさせる行動は慎みなさい。絨毯は明日変えさせよう」

「申し訳ございません父上殿」

「ちちうえどの?」

「間違えました、お父上」

「ん…んん…?」

「絨毯ですが、このままで構いません。芸術が爆発して超新星ではございませんか」


ゴトンっと音がする方を見ると人形が床に落ちていた。体を張ってツッコミを入れるタイプらしい。やるな…アイツ。


「床をインクで汚したままでいいわけないだろう」

「は、承知しましたお父上。代金につきましては出世払いで願います」


自分の小遣いと貯金額はいくらなんだろうか。始まった時から大きな出費は痛い。できれば後回しにしたい。


「やはり今日は様子がおかしいねエカチェリーナ。お前に払わせるはずがないだろう。今日は早く休みなさい」

「は、ありがたき幸せ」

「本当に、早く寝なさい」


今生の父は何だか困ったような顔で部屋を出た。父とは呼んで見たものの同世代か下手したら自分が上…新しく配属された先の同僚みたく思えてしまう。しかし弁償しないで済んだのは良かった。


「サンキュー、パッパ」


父の出ていった扉に向かって親指を立てる。


『あなたふざけたは口を利くのはおよしなさいって言ったでしょう!?』


人形が万年筆で殴ってくる。まるで痛くない。


「いやはや、色んな方向の貴族知識を総動員しましたが私にはあれが限界」

『限界を決めるのが早いのではなくて!?』


素晴らしい発想だ、人形にしておくのがもったいない向上心である。そう言いながら私は寝室に向かう。


『ちょっとあなた、どこ行くのよ』

「寝ます」

『はぁ!?待ちなさい!今後のことを話す必要がございませんこと!?』

「床寝はよくないんで。今後のことはまた明日ってことで」

『お待ちなさい!なぜ服を脱ぐの!?』

「この服じゃさすがに…寝間着はどこかわかりませんし」

『こっちよ!その前にあなた、男じゃないでしょうね!』

「どっからどう見ても美少女です」

『中身よ!!』

「レツモン大好きおばさんとは私のこと」


そこまで言うと人形が寝間着を投げつけてきた。下着の替えも。そうしたらわなわなと震えだし、床にパタパタと涙を落とした。


『わたくし…どうなっちゃうの…?』


その姿を見ながら着替えを済ませ、音もなくベッドに潜り込んだ。


『何か言いなさいよ!』


潜った布団の上で人形がドスドスと跳ねる。


「いや〜…だって、知らんがなって言うのはさすがに…」


人形がますます激しく跳ねる。その揺れが心地よく、私は眠りに落ちてゆく…

全ては明日の朝、目が覚めてからだ。


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