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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジー系(短編・中編・長編)

誠実な国と異世界勇者

作者: 休暇中

 


「お義母さん、幸せそうだったね~」

「ああ、本当に良かった」


 俺を女手ひとつで育ててくれた母親が60歳にして再婚した、その祝いの席の帰り道。もうすぐ父親になる俺は妻と二人、家路を歩いていた。

 蒸発した親父のことは忘れて母には幸せになってもらいたい。


「くそ親父、ざまぁみろ!」

「ちょっと、みっくん。胎教に悪いから」

「ごめんごめん」


 妻と出会い、大切そうに呼んでくれるまで、父親がつけた自分の名前が皮肉過ぎて嫌いでしょうがなかった。


 お前なんかいなくたって、母さんも俺も幸せになったぞ! ざまぁ!


 会ったこともない親父のせいでどれだけ悔しい思いをしたことか。父親がいないとからかわれたり、虐められたりする度、俺に詫びる母を見るのがつらかった。


 生活も楽じゃないし進学だってそうだ。必死にバイトしたけれど奨学金を合わせても到底足りない。おまけに俺の希望職には無利子、返済免除なんて素晴らしい奨学金なんてない。

 金の為に夢を諦めるなんて気も毛頭なく、入学と同時に休学して自分で稼いで学費を貯め、やっとの思いで夢を叶えた。


 必死に努力する俺が好きだと、ど貧乏の俺に告白してくれた彼女は今、妻となって隣にいてくれる。だが結婚するのだって、妻の両親に猛反対されて大変だった。

 ()()()()()()()があったせいだ。

 彼女の父親から『君の家は無責任な男が多い。それに君は父親似らしいしね?』と言われた時は心底抉られた。蒸発した父親が本気で憎くて、親父が帰って来ても絶対に会わないと誓ったくらいだ。

 『俺は親父とは違う。あんな無責任な男達と一緒にしないでくれ』と何度も何度も説得して、三年かけてようやく籍を入れられた。


 本当に、本当に、今の幸せを掴むまで長かった……思い返すと泣けてくる。


「泣かないでよ、パパになるんでしょ?」

「うん、あまりに幸せで……愛してるよ。君と子どもにお袋や俺のような思いはさせないから」

「わかってるって。ほら、この子の名前考えてくれた?」


 出産予定日は二か月後だ。右手で大きなお腹を、左手で俺の背中を擦る妻が幸せそうに催促する。俺が手の甲で涙を拭って笑い返すと、妻も向日葵のように笑った。


「候補は絞ったんだ、どれにしよっかな~」

「楽しみ。早く決めてね」


 自宅まで曲がり角あとひとつ、というところで……()()()()()。昔聞いた母の話が本当だったと、そして俺がしてやれるのはもうこれだけだと。だから妻に向かって叫ぶ。


「男でも女でも! 真実と書いて、マサミ!」


 俺を吸い込んだ眩しい光が消えた時には、青ざめ手を伸ばす妻の代わりに、喝采を叫ぶ見知らぬ集団に囲まれていた。



 ◇◇◇


 異世界に召喚され、壇上から当たり前の顔で悪びれもなく魔王討伐を命じる国王に謁見させられた。その数日後、俺は巨大な魔法陣のある建物に案内されていた。


 『お前らは苦労の末に手にした幸せを奪ったんだ。頼みなど訊くわけがない』と俺が宣言してやったせいだ。

 魔王討伐を渋る俺を説得したいと、神官達が手をあげて、今に至る。


「カ・ナウ様、この博物館は先代勇者の要望で建てたものなので、我が国の誇りであると同時に、我が国の勇者に対する誠実さの証明でもあるんですよ~~さ、次はこちらのプレートです」


 案内人の神官達が示した石碑には、歴代の勇者の名が召喚日と没年とともに刻まれていて、皆、老年といえる頃に亡くなったことがわかった。


「異世界からお招きした勇者様は、全員、貴方様と同じ称号をお持ちでいらっしゃいました。ですから我が国は尊敬を込めて『勇者様』ではなく、その称号で呼びしております」


「それが『カ・ナウ』?」

「はい。初代の勇者様からずっと歴代の勇者様はカ・ナウという称号をお持ちでしたが、そちらの世界ではどのような意味を持つのですか?」

「……」

「いえいえ良いのです、わかっておりますから。嬉しやカ・ナウ様がいらっしゃれば、もう魔王など恐れるに及ばず」


「……何故、勇者はここの世界の人間ではダメなんだ? 勇者は異世界人と決まっているのか? 軍もあるんだろう?」


「ああ、昔から魔王が現れたら召喚の儀式をすることに決まっていますから。騎士は騎士、勇者は勇者で役割が違いますよ」


 ()()()()()()()()()()?!


「ささ、こちらもご覧ください」


 神官に一つの彫刻の前へ案内される。


「これは!」


 そこにはおくるみを大事そうに抱え、そのおくるみに向かって微笑む〝俺〟がいた。


「見事な彫刻でしょう? 先代の勇者様が晩年彫った物で、予言だと言われておりましたが、カ・ナウ様のお姿を見てそれが真実だとわかったというわけで」


「……先代勇者は百年前、九十歳で亡くなったと石碑にあったが……ご家族は?」

「いらっしゃいません。歴代のカ・ナウ様は皆様独身を通されておりますので、血縁の方はお一人もいらっしゃいません。ですから、わかったのです、カ・ナウとは聖職者という意味なのでしょう?」


 バレておりますよ、と神官が得意顔で胸を張る。それには何も返さずに彫刻に近づいた。


「どうしてこれが予言だと──いや、いい」


 聞かずとも彫刻に彫られた、見知らぬ文字の()に彫られた日本語に、すべての答えがあった。


「ご遠慮は要りません。何でもお聞きください。『遠い明日へ』と彫られておりますでしょう? 先代が将来、貴方様がおいでになり、こちらでご家庭を築くことを予言なさった証しです」


 あの見知らぬ文字の意味を聞き、この世界には日本語の題に最も近いのがそれしかないことを知った。


 ──予言なんかであってたまるか。


 俺には解る。この彫刻は、やがて召喚されるだろう俺へ、先代勇者からの精一杯のメッセージだ。本当に精一杯の。


 溢れそうになる熱いものを無理矢理引っ込め、神官に向き直る。


「俺達の世界の文字を訳せる者はいるのか?」


「いいえ、残念ながら。博物館でご覧になった古文書はカ・ナウ様からカ・ナウ様へと遺されたもので、訳そうと試みたのですが断念せざるをえませんでした。私も是非読んでみたいのです、宜しければ訳していただけませんか?」


「断る。あれは私信と日記だ。第三者や大衆に公開していいものではない」

「ですが後世の為に」

()()()()が、救国の勇者の私信を白日に晒すのか?」

「大変失礼しました。私が浅はかでありました」


 ギロリと睨む俺に目を泳がせたその神官が、この国の最高位の司祭だという。


「……それよりもだ、初代から全員こちらに墓があるというのは本当か?」

「はい。王宮の裏手のカ・ナウ墓地に眠っておいでです。ご家族がいらっしゃらないので、最後まで私共がお世話させていただいたのです。ご案内致しましょう」


 半円形の墓碑が整然と並ぶ墓地に連れて来られた。一番奥の苔むした墓碑から先代の勇者の墓碑まで、順に手をあわせていく。彼等の気持が俺には痛いほどわかるから。


「歴代のカ・ナウ様もそうしていらっしゃいました。では私も?!」

「何をする!」


 手をあわせようとした最高司祭を、咄嗟に墓の前から突き飛ばした。最高司祭を突き飛ばされて気色ばむ神官達とにらみ合う。


「やめろ。お前達にそうされては彼等は安らかに眠れない。お前達にはそんな資格がないからな」

「失礼しました。カ・ナウ様の世界では資格が必要なのですね?」


 立ち上がった最高司祭は、ひとり見当違いに納得していた。


 疑問には答えず、最も知りたかったことを訊く。


「なぜなんだ? 国王から魔王討伐後は向こうに帰してもらえると聞いたが、歴代のカ・ナウはなぜ帰らなかったんだ?」


「有り難いことに皆様、こちらの暮らしを気にいって、ここで暮らしたいと仰ってくださったのです。我が国は勇者様に対して大変誠実ですし、引退後も手厚くもてなしておりますから、当然と言えるかと」


 こいつらは()()()()()()()()()()()

 歴代の勇者が独身を通した理由を知っている俺に、そんな説明が通じるわけがない。


「歴代のカ・ナウ様は王女の降嫁も辞退されるほど謙虚な方ばかりで、皆様質素にお暮らしだったと記録がございます。魔王討伐の報酬も次代のカ・ナウ様へと延々と遺されておいでだったと知ったのは、先代が博物館を建てると仰ったからなのです」

「この博物館を建てたのは先代なのか?」

「はい。歴代のカ・ナウ様が遺された全財産をお使いになって建てられたそうです」

「……先代勇者も帰りたいと言わなかったのか?」

「ええ、それはもう。『未練などない、この国の為に尽くしたい』と仰っておられたそうです」


 最高司祭の即答に俺の気持ちは固まった。


「そうか。博物館と、この墓地を見て決意したよ。()()()()()()()()()

「そうですか、そうですか。戦っていただけるのですね、有り難いことです。おなくなりになるまで我が国のことを愛してくださった先代もお喜びになるでしょう。私共の誠実さがご理解いただけて喜ばしいことです」


 興奮する最高司祭や神官達に向けて俺は微笑んだ。


「私はこの吉報を国王陛下にお知らせして参ります。そこのあなた、カ・ナウ様をお部屋にご案内して」


 ◇◇◇


 その数日後出発した俺は神官、魔術師、弓使い、双剣使いと共に、広大な国を回って魔族を討伐した。


 行く先々で涙を流して礼を言われたが、俺の気持ちは少しも動かない。異世界人の勇者が、自分たちを助けると信じきっているこの世界の人間に、親愛の欠片も感じない。


 俺の心には、妻と顔さえ見ることのできなかった我が子のことしかなかった。


 望みを叶える為には、魔王が怒り狂うほどの魔族を討伐しなければならない。屠って屠って、血を浴びる毎日。俺が屠ったなかには魔族に通じた人間もいたが、躊躇いなどなかった。父親として我が子の為に人生を捧げる決意した俺に迷いなどない。






「お前は勇者だろう? 何故、仲間を殺した?」


 討伐に出発して三年。魔王の問いに、俺は周りで事切れている魔王討伐パーティーを見やった。


「仲間? こいつらを仲間と思ったことなどない。こいつらは、あんたに会う為の道具に過ぎない」


「愚かな。お前たったひとりで余に勝てるとでも?」

「いや。歴代勇者からの伝言だ。『この国の人間を滅ぼしてくれ』」

「……ほう。多くの魔族を屠ってなお、余を愚弄するとは恐れ入る。よほど死にたいのだな」

「侮辱するつもりはない。……二度と勇者を召喚出来なくなる方法がある」

「ふん! 命乞いか? 戯れ言をぬかすな」


「聞け。歴代勇者や先代勇者が人生をかけて調べてくれたことだから本当だ。俺もお前も命をかけることになるが、お前はどうせ復活するからいいだろ?」

「お前は死ぬつもりか?」

「俺も我が子の為ならなんだってするさ。歴代勇者の願いでもあるしな」


 俺は全部話した。この世界の人間を滅ぼしたい理由もすべて。俺の苦労話を聞いた魔王は目を潤ませて、「つらかったな」と肩を叩いてくれた。


 ◇


「これからは、こちらのことはこちらでカタをつけさせよう。餞別に何か欲しいか?」


 俺を召喚した国はもうない。

 そこだけは攻撃するなと頼んであった博物館に、俺と魔王はいた。

 召喚した魔法陣と鏡写しになった魔法陣の上に立つ俺。腕にはあの彫刻があり、足元には沢山の遺骨の箱。


「もうけして召喚出来ないようにしてくれればいい。彼等を連れ帰ることが出来るだけで充分だ」


 俺の足元をチラと見て魔王が頷いた。


「そうか。約定は違えぬ。すべての魔法陣は滅し、術を知る者を含め召喚に関わった者も殲滅した。魔法に関する書物は焼き払ってある。その魔法陣が消えれば座標も失われるだろう」


「そうか。ありがとう。ここで信じられたのは魔王だけだったな」

「礼を言うぞ、最後の勇者。そうだ、せめて名乗っていけ」


(かのう) 未来(みらい)だ」

「ごたいそうな名前だな」

「うるせっ 先代勇者に言え!」


 フッと魔王が笑うと同時に魔法陣が光る。


 俺は妻子の元に戻った。

 誰よりも誠実だった歴代の勇者(父とご先祖様)と一緒に。











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― 新着の感想 ―
[一言] 誘拐して命を懸けて魔王倒してこい等と言われれば当たり前の結末だな
[良い点] 良いですね!
[良い点] そう!そうですよね! 何もかも残して…ってそういう事ですよね。 すっきりしました。 ありがとうございました。
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