開拓
誰かが呼んでいた。私はゆっくり顔を上げてその方向を見る。
誰もいない。空耳だったのだろうか?
火星の開拓団に志願して、1年目。最近ちょっとおかしい。ふいに泣きたくなったり、イライラしたり。
ローバーに乗って遠くの丘陵地帯まで遠乗りしても気が晴れない。
基地内の食糧生産ルームでレタスの水耕栽培から収穫があっても、貴重な水を飲んでもいつのまにかそれが当たり前になってしまって、無感動だ。
「ここでの暮らしに慣れてきたんだろ?」
アキラがそう言った。私は大きく息を吐いて、空気の中の鉄の臭いにうんざりする。
「不定愁訴かしら?それとも更年期障害?」
「体調を維持する錠剤を飲んでるだろう?」
「ええ、ええ!ちょっとだけおかしいのよ。その原因がわかったら気が済むと思うんだけど」
「あんまり深く考えすぎんなよ」
「わかった」
本当はわかってなかった。
誰か呼んでる。赤い世界で宇宙服姿であえぐ。
「誰?」
「私」
「!?」
「私はあなた」
頭の中で声が響く。いよいよおかしくなった?
「私はあなたたち。私はこの星を開拓することをよく思っていません。おわかり?」
「え?」
「この星はこの星としてあるべき姿があります。あなたたちはいわば侵略者。故郷の星へおかえりなさい」
「そんなわけにいかないわ!地球の生物は地球だけで生きていくことが難しくなりつつあって、私達は宇宙に進出するしかないの!」
私は精一杯の声をあげる。
「困っているの?」
「ええ。困っているわ」
「私と共存できる?それとも争う?」
「できれば穏便に共存したいわ」
「他の人は違うかもよ?」
「それは、わかんないけど……」
とぼとぼと基地へ戻る。どうしたらいいの?
「私、おかしくなったみたい」
「何かあったのかい?」
アキラが聞いた。
「頭の中で声がして、地球へ帰るように言ってきたり、共存するか争うかを聞いてきたりしたの」
「火星人だな」
「まさか!」
「アメリカのフロンティアスピリットって知っている?」
「イギリス人が未踏の大陸を開拓したときの精神?」
「アメリカ大陸にはインディアンがいたんだ」
「その時、インディアンはどうなったの?」
「あまりいいことにはならなかったな」
「でも、諦めるわけにはいかない、そうでしょ?」
「火星の開拓もだめです、はいそうですか、とはいかないと思うよ」
「そうね。そうよね」
弱気が見せた幻影ならば打ち勝つしかないと思った。
「フロンティアスピリット!」
「お、元気でたじゃん」
アキラがニヤッと笑った。
基地の外では赤い砂嵐が起きていた。