-File 5-
−File 5 神様の言う通り−
3人の言い合いは、Handが見兼ねて止めたことで一旦は落ち着いた。その様子をずっと見ていたゲームマスターは、一呼吸置いたあとで僕らに尋ねた。
【ここまでで 何かご質問は?】
相変わらず微笑を浮かべたまま、意外にも彼は情報を明かす姿勢を見せた。
【もっとも すべてにお答えするわけではありませんが】
付け足された言葉に苦笑する。
僕はありすぎる疑問を矢継ぎ早に尋ねようとしたが、Handのよく通る声が先に彼に尋ねた。
「あなたの言う、主って誰ですか?ここに俺たちが集められた目的は?」
彼はその声に怒気を含ませていた。たぶん、この中で一番まともな反応なんじゃないかと思う。理不尽な状況であることは変わらない。さっきまで黙っていたのも、腹の中にずっと溜め込んでいたのだろう。
【主は私の創造主です 神様と言えばご理解いただけますか?】
「…つまり、あなたの妄想の産物ですか。それで勝手に断罪とか言って、訳のわからないゲームをさせるつもりだと」
筋が浮き出るほど強く拳を握る。一番体格のいい彼がそう怒りをあらわにすると、何か物の一つでも壊しそうな勢いだった。
けれどゲームマスターは一切無視して、それには言及しなかった。
【あなたたちが集められたのは 断罪されるべき罪があるからです
それはゲームで明らかになるでしょうから 聞かれてもお答えできません】
「最初から、俺たちを集めるつもりだったと?」
【その通りです あなたたちなら 必ずこのゲームに乗ると確信していました】
膝の上で手を組んで、少しだけ首を傾かせる。緩くクセのある髪がさらりと流れた。
指紋認証式の扉や、個人にぴったり合わせた部屋を用意したことを考えると今更その答えに驚きはしない。
【断罪方法は死のみ 一週間以内に出られなければ
沈んでいく船と共に海の藻屑になっていただきます】
賭けるのは、自分の命。助かって大金を得るか、全てを失うか。
賞金なんていらない。けれどここで死ぬわけにはいかない。
死という言葉が現実味がなく、決意もなんだか重みがない。いまだにこの状況に溶け込めず浮いた思考のまま。
それでもゲームマスターの絶対の言葉を信じるくらいには真剣で、意識が剥離したように奇妙な感覚だった。
シュウもアイさんもいる。僕の平静を保っていられるだけの存在がいてくれるから、目的を見失ったりしない。父さんの手がかりを追ってここまで来たこと。探しに行くと決めたこと。ひとつひとつを思い出して、ぎゅっと拳を握った。何がなんでもここから帰る。
「おもしろいじゃないか。確かに、凡人が一生かけても稼げない大金を一度で手にするんだ。それくらいのリスクじゃなきゃ割が合わないだろうな」
メガネをくいっと持ち上げて、Mouthが息巻いた。もう誰かが負ける前提で話をしている。ゲームが行われるたびに確実に1人は脱落する仕組みを考えれば、一攫千金も手中に収めたようなものだ。彼ら…少なくとも僕ら以外には、この話に乗らなくてはいけない事情があるらしいことをゲームマスターの言葉でわかっている。
必ず乗るとわかっていたから、主催は大金をチラつかせていた。
「俺からも一点質問。執行人についてだが、何を以てバレたと判定されるんだ?」
負けの条件である『周知されること』について、確かに他の役目のように明確な線引きが難しいように思う。
ゲームマスターは一度頷いた後でまた答えた。
【ゲームの終了宣言前に 告発イベントを行います
「執行人」と思われる人を 確たる証拠をもって誰かが告発する
それが正解であった場合に 「執行人」は負けとします
間違った解答や証拠不十分 あるいは偽装 当てずっぽうなどは不正とし
告発を行った当人が負けとなります
告発はしてもしなくても構いません なければそのゲームは終了です】
わざわざリスクを負ってまで告発する必要はあるだろうか。特に「陪審員」は、参加さえしていれば負けにはならない。
それに、気づいても告発さえしなければいいということになる。「犯人」を知っている「執行人」と、それとなく協力関係を結べる「探偵」にも害する利はなさそうだ。
となるとやっぱり、敵の多い「犯人」が主な告発者になるだろうか。
いや…人数を減らすことによる利益はこの場の全員が持っている。つまりこれは、ゲームマスターが用意した他人を蹴落とすための公式ルールってことか。誰がやってもおかしくない。
「ねー。ゲームマスターさん」
テーブルの方で椅子に座っていたEarが、不機嫌そうな声をあげた。
僕はふと、学校でのことを思い出した。我の強い女子が先生に抗議する時、教室の後ろから同じような声音で呼ぶ。
「そこの双子、明らか有利じゃないー?2人いればどの役割だって楽勝じゃん。勝ち目ないんですけどー」
伸び切った人差し指の赤い爪が僕らをさした。テーブルに肘をつきながらじとっとした視線を向けてくる。
これは教室の中のそれと同じ光景。彼女の意見はもっともだし、このことについてハンデがつくのは当然だろう。
けれど、彼女はアンフェアであることに抗議しているのではなくて、自分が不利側であることが不満なのだ。それに、彼女みたいな人の声は影響力がある。
【このゲームの性質上 ひとつの役割が有利になることはありません
あなたが彼らを危険視するのなら それ相応の行動をとればいいのです
もちろんルールを守った上で ということになりますが】
てっきり何か具体的な行動制限をされるかと思ったら、ゲームマスターは意に関せずといったふうにそう告げた。
実際、僕らは双子である上にアイさんもいる。身内が多いというだけで彼らにとっては脅威だろう。なにがなんでも勝たんとしている姿勢を見ると、害されることを想定して関係者であることを黙っているべきだと思った。
それはシュウも同じ考えだったらしく、ちらりとアイさんに視線をやった後で僕と頷き合った。
ただ一つ不安なことといえば、アイさんは意思疎通をしない。この状況ともなれば筆談くらいはするのかもしれないけど、話さないことがどうに判断されるかわからないから心配だった。
そんな僕の視線に気づいたのか、アイさんはふと僕らに目を向けた後で、小さく口角をあげて見せた。滅多に表情を見せない彼女の貴重な微笑に、思わず目が釘付けになると同時に妙な安心感もあって。
大丈夫だからと言ってくれた気がした。
後ろの方で交わされた言葉のないやりとりに気づいているのは、きっとゲームマスターだけだろう。
「まあ相手はガキだ。少しくらいハンデがあった方が面白いじゃねぇの」
Noseはけたけたと掠れた笑いを上げた。見くびられているみたいだが、そう思ってくれるならこっちとしても好都合だ。
Earも、渋々と言った様子だが先程のことについて納得してくれたらしい。
「全員が勝ち残る条件は?」
僕はずっと気になっていたことを尋ねた。
ゲームルールを聞く限りじゃ必ず脱落者が出る仕組みだが、賞金が人数分用意されていると言うことは、全員が勝ち残る可能性もあるということ。
ただ単に彼らの参加意欲を掻き立てるだけだと言われてしまえばそれまでだが、負ければ死ぬリスクがある代わりの救済措置であって欲しかった。
【それはすでにお伝えしてあります】
あっさりした回答だった。つまりルールをよく読めということらしい。
全員が助かることを望んでいない彼のあからさまな態度に、顔を顰めずにはいられなかった。
「…俺は、やっぱり納得いきません。自分の命が危ないなら大金なんてりません。だからここから出してください」
ゲームマスターはそこですっと笑みを消した。不気味なほど凪いだ黒い瞳がじっとこちらを見つめる。Handを見ているのか、それとも僕ら全員を見ているのか、大きな画面の中にある視線は正しくわからなかった。
【不可能です Hand 早速お忘れですか?
あなた方は断罪されるために集められたのです】
機械的にそう告げる。最初に感じたように、妙に無機質で違和感のある声。
【ここから脱出したいなら ゲームに参加し勝ち残る
それしか方法はありません あなた方が金を求めようが求めまいが
出たいのなら方法は一つです
そして もし出口に辿り着いたなら
あなた方は贖罪を果たしたとして 残りの人生を自由に謳歌したらいい】
この扉を潜ったなら 贖罪の機会を得ます
何もしなければ あなたはそれを失います
ゲームに参加することが贖罪となるなら、彼のいう通り、選択肢は一つだけ。
僕たちが抱えている裁かれるべき罪。ゲームで明らかになるというそれがどういう類いのものなのか、まだわからない。
けれど僕らには…思い当たる節がある。
いなくなってしまった両親。
幼い頃のあの事件だけなら、まだ被害者とも言える立ち位置かもしれない。
それでもひとつだけ、犯した罪があるとするなら。
【…どうしても納得がいかないのなら ひとつお話をいたしましょう】
彼はそう言って、少しの間目を伏せて沈黙していた。初めて、彼の表情に迷いが見えた気がした。眉間に皺を寄せていたからかもしれない。彼には全て作り物のようにわざとらしい仕草が多かったからか、その微妙な変化がやけに画面越しに伝わってきた。
【何度も言うように あなた方がここに集められたのも
断罪と題してゲームを強制的にやらされるのも
すべては己の行いが故です】
暗い部屋の中で、機械の点滅光だけが、瞳にかろうじて生気を宿していた。
【言って仕舞えば この断罪方法は政府の一存で取り入れられました】
彼が語ったのは、想像していたものよりももっとずっと大きな背景をもつ話だった。それこそ有無を言わさない圧力をもって、この『プロジェクト』なるものが密かに行われているらしい。
【この世には 裁かれず野放しになった罪人で溢れています
たとえ裁判にかけられたとしても 相応の制裁がされない事例も少なくない
大金を積めば容易に刑務所から出ることもできる
大事にならず 悲しみに潰えた罪も多い
誰かを傷つけ貶めて のうのうと生きている人間が 主は許せないのです
ただそれは突き詰めれば際限もなく
やがては人類を滅ぼす結論に至るしかないでしょう
傷つけ合う種族であり 今日の被害者は明日の加害者という人間世界では
それが真と理だからです
だから主は考えました 命を奪うことを最悪としたのです
殺したのが何人だろうと 大人子供関係なく 情状酌量の余地もなしに
そしてその最悪を犯した人間を 同じ目に合わせようと考えました
ただ死刑執行制度には大きな欠陥がありました
この国は極刑に対して臆病になりすぎてしまったのです
たとえそれが”制裁”として下されるとしても
脆い精神では耐えきれなかった
だから 抱えきれない罪悪の感情を押し付け
人に成り代わる存在を求めました
それにより造られたのが私 量産型AIです】
にこりと笑う彼は、ただ平然とそう口にした。
「だから…創造主って…」
Handは気が抜けたように呟いた。目的のために開発された人型ロボット。彼の言う主は、妄想の産物なんかじゃなかった。
なぜこんな回りくどいやり方で罪を償わせるのか、聞いたって仕方のないことだろう。秘密裏にこんなことをさせる『政府』に、声なんて聞こえない。
このことについて僕らは…そこにいた全員は、考え異を唱えることを放棄したも同然だった。
それを感じ取ってか、彼は満足そうに続けた。
【これで 現状をご理解いただけたはずです
考えることを放棄し 叫ぶ声を聞かず その手を血に染め 汚れた姿に目を瞑り 死臭を嗅ぎながら 見苦しくも御託を並べる
あなた方はその1人です
なぜ自分たちが その問いの答えはやがてわかるでしょう
それとも もうお分かりではないですか?】
言われたような気がした。
お前は人殺しだって。
ずっと逃げ続けていた事実を、鼻先に突きつけられたようだった。頭から血がすぅっと降りてきて、軽く目眩を覚える。
かろうじて立っていられたものの、脈がどんどん落ちていくのを自分でも感じていた。
ふっと、右手に冷えた感触がした。どれほど力が入っていたのか、白くなった拳に重なる手が柔く包み込んでいる。
見なくたって誰だかわかる。
僕は握りすぎて硬くなった指を解いて、その手を繋いだ。
【ご自身が抱える罪をどう扱うかはあなた方次第です】
もしも…これが本当に贖罪になるなら…。
国が取り決めた断罪方法に則って、この罪を洗い流せるなら。まっさらな心で父さんを迎えに行けるなら。
生きて必ず、3人で帰る。
抱いた決意は、今度こそ揺るぎなく胸に落ちた。
彼は嘘は言いません
次回 第2章
グロテスクな表現がそろそろ出てきますので
その回には印をつけます。