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いつかゲームになる日まで  作者: 白藤あさぎ
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    -File 2-




   −File 2 ゲスト−




冷たい空気が頬を撫でた。うっすらと目を開く。朦朧とした意識の中で、ここがどこなのかを理解するのに時間がかかった。

しばらくぼんやりと天井を見つめたのち、ゆっくりと起き上がって目を擦る。


いつもと違う室内。暗闇に目が慣れてくると、無駄に豪華な家具の模様までもじんわりと浮かんできた。


ああ…そうだ。船に乗ったんだった。


どうやら中途半端な時間に起きてしまったらしい。寝慣れないベッドだったからか、それとも少し肌寒いからか。

とにかく目が覚めてしまえばもう一度眠ることはできなくて、サイドランプのスイッチを入れた。一番小さい明かりの設定だったが、眩しくて若干目を細める。

壁側に寝ていたシュウは制服のまま、こっちに背を向けて起きる気配はない。

秋も半ばを過ぎれば明け方まで冷える。おそらくアイさんがおいてくれたであろうガウンを羽織って、バスルームに向かう途中だった。


ふと部屋の違和感に気づく。


僕らが食事をしていたローテーブルの真ん中に、それは白く照って見えた。


無地の真っ白い封筒。宛名はなく、手にとって裏返してみても差出人の名前がなければ封もしていない。


眠る前にはこんなものなかった気がする。シュウかアイさんのものだろうか。

なんともなしに中の紙を取り出して、体が凍りついたように動かなくなった。


Brain 考えるもの


どこかでみた字面。たった1行、冷たいワープロの文字が仄暗い部屋の中でやけにはっきり見えた。

何かが背筋をするりと舐める。

はっと後ろを振り返っても誰もいない。

静かすぎる空間に耐えられず、けれど声を出すのも恐ろしかった。


シュウのベッドに近づいて、その体を揺さぶる。

手に触れた体が温かいのを感じて、ようやく掠れた声を出せた。


「シュウ。起きて、ねえ」


何かが起きてる。思考が止まって上手く考えられないが、とにかくひとりでは何もできない。

シュウはやがて呻きながらゆっくりと上体を起こした。


「…なんだよ…まだ真っ暗じゃん…」

「ねえシュウ、変だよ。みてこれ」


目の前にかざした紙を見て、シュウの眠そうな顔が少しずつ強張っていった。


「…これ…どっかで見たな。どうしたんだ?」

「このテーブルに置かれてた」


そういった直後、部屋のドアの一つが控えめに叩かれた。どくんと大きく心臓が沈んだ。

使用人用の続き部屋。シュウはベッドから下りて明かりをつけた後で、ドアを開けた。

寝巻きにショールを羽織ったアイさんが立っていた。難しい顔をして、その手には僕が持ってるのと同じような白い封筒があった。


「まさかアイさんも?」


シュウの問いに彼女は頷いて、中を見せた。


Eye 見るもの


同じようにたった1行。彼女の様子からして、これも知らない間に置かれていたようだ。

部屋に誰かが入ったことは間違いない。それにも気づかないほどぐっすり眠っていたなんて。

薄気味悪い感じがして、僕らはみんな黙った。


「…とにかく、このことを船員に伝えよう。いたずらにしても勝手に部屋に入られるなんて質悪ぃし」


間を置いた後でシュウがそう提案し、僕とアイさんは頷いた。一人になりたくないし一人でいかせたくなくて、僕らは三人で伝えにいくことにした。

部屋を出る直前で、ドアノブに手をかけたシュウが立ち止まる。


「どうしたの…?」

「オートロックだよな、この部屋。キーがなきゃ入れないなら、むしろ犯人は船員なんじゃねぇの」

「…それか、誰かが鍵を盗んだとか…?」

「…どっちにしろ聞くしかないか」


考えたって仕方がない。そう言って部屋を出た。


この船のどこに向かえばいいかはわからないが、キャビンの並ぶ狭い廊下は一本道で、まっすぐエレベーターに続いている。無機質なプレートと扉をいくつか通り過ぎて、突き当たりに立った。エレベーターのドアの脇にある階上案内を見てまずロビーに向かうことにした。

きた時と同じようにそれに乗り込むと、今度はアイさんがぴたりと動きを止めた。

様子を伺ったシュウが、あ?と怪訝そうな声をあげる。


行先はひとつしかなかった。

”ゲストルーム”と、そう書かれた丸いボタンだけ。


「なんだこれ。こんな場所案内図にはなかっ…!」「えっ?」


シュウの言葉と同時に、エレベーターのドアが閉まった。慌てて駆け寄ったがびくともせず、開閉のボタンもないために完全に閉じ込められた。焦りながら二人を振り返った。


「どうなってるの?」

「どうしてもこのゲストルームってところにいかないとみたいだな」


シュウはイラついてボタンを乱暴に押した。

何かがおかしい。さっきから何か不気味な気配がずっと追っている。

天井を見上げたが、監視カメラの類は見えるところにはなかった。けれど誰かに見張られている気がしてならない。


どのくらい下りたのだろう。感覚では十数階分は下っただろう。独特な浮遊感ののち、チンと音がしてエレベーターは止まった。まるでなんの間違いもないと言いたげに機械の動きは正常で快適だった。


ドアが開くと、すぐ目の前に大きな扉があった。

この豪華客船にふさわしい重厚で光沢の落ち着いた扉に、僕は手を伸ばして押し開けた。


白く眩い光が目を刺した。


扉の向こうはちょっとした広間になっていた。家具は置かれてなくて、天井にシャンデリアが飾られているだけだった。

けれど僕らの意識が向いたのは部屋の内装ではなく、そこにいた4人の先着たちだった。


女性が一人と、男性が三人。年齢層はまちまちだったが、少なくとも僕らと同じくらいの人は一人もいない。

僕がその中で一番目についた人は、中でも比較的若そうな青年。

昨夜のパーティで倒れた僕を介抱してくれたあの船員だった。


僕らが見つめるように、4人もこっちをじっと見ていた。最初に口を開いたのは、派手な化粧をした巻き髪の女性だった。


「あんたたち、もしかして最後のゲスト?」


不躾な態度は見たままだ。やたらぷっくりした爪先も唇も真っ赤で、濃い目元を見ると擦れた印象を抱く。高いヒールを履いていた彼女は背が高く、アイさんを見慣れてる僕は同じ目線に女の人の顔があるのがなんだか慣れなかった。30代後半くらいか、化粧も濃いし、香水の匂いもきつい。その人がウェーブのかかった胸までの長い髪をかきあげる、ほんの少しの仕草でむわっと空気が甘くなった。


シュウも警戒しているのか、眉を顰めただけで何も言わなかった。


「君らのとこにもこの紙が来たってことか」


ネイビーのスーツを着た男性が、くいっとメガネを押し上げながら指に挟んだ紙をひらひらと示してきた。ビジネスマンといった風で、神経質そうなすました細目が僕らを品定めするように上下する。

ぴっちりと整えられた髪にシャンデリアの光沢が乗って、プラスチックみたいだなとぼんやり思った。

彼が持っているそれは僕らのもとに来た例の封筒と同じものだ。


「…これってどういうことですか?」

「どうもなにも、船の余興だ。昨日パーティで言っていただろう」


男性に言われ、僕らは途中退出したために知らなかったのだということを理解した。それにしたって凝りすぎな演出だと思ったが、余興だと言われて少し緊張が解ける。ここにいる人たちは今の状況を不可解には思っていないらしい。


「俺たちパーティは最後までいなかったんで。怪しい奴が部屋に出入りしたんじゃないかって心配しちゃいましたよ」


シュウはぎこちない笑顔を見せながらそう言った。


「もう体調は大丈夫ですか?」


事情を知っている青年はにこりと笑った。体格がよく、癖っ毛なのかあちこちにつんと伸びた髪は少しの仕草でもそよがない。あかりの下で見ると日に焼けて健康的な肌色で、笑った時に見えた歯の白さが浮き立つ。大雑把な性格なのか、着ている制服の袖口がよれていた。


「はい、おかげさまで。その節はどうもありがとうございました」


僕は言いそびれていたお礼を言って彼に頭を下げた。


「いえいえ、それが俺の仕事ですから。まあこれに選ばれることまでは聞いてませんでしたけど」


頭を掻いて困ったように言う。確かに、クルーの一人もゲストに含まれるとは少し変わってる。普通は招待客が選ばれるものだろう。それとも何かがあったときの補佐員の意味合いか。だとしたら人数に組み込むのは尚更不自然だが。


「具体的に何をするんですか?」


僕が尋ねると、それまで黙っていた一番年上らしい男性が掠れた声を出した。タバコと酒で喉を痛めたようなガラガラ声だった。ぼさぼさ頭で、めんどくささを前面に訴えるようなだらしないスーツの着こなし。むしろきっちり形が整ってる分、男性が浮いていて、スーツの方がこの場に相応しく見える。


「どうやら俺たちはラッキーな客らしいぜ。貸切の極上施設に案内してもらえるってよ。海上の楽園と言ったところか?」


どうやら余興というのは、単純に特別待遇を受けられるというだけらしい。

男性は半ば呆れを滲ませて揶揄するように言った。


「この先に行くならルールがある見てぇだぜ」


彼は髭を残した顎をくいっと動かして、部屋の奥のドアに下がっていたプレートを指し示した。

僕らはそれに近づいて、書かれていた文字を読んだ。


=: ゲストルームへようこそ :=

1.あなたは何も明かしてはいけません

2.あなたは暴くものであり、暴かれるものである

3.この扉を潜ったなら、贖罪の機会を得ます

4.何もしなければ、あなたはそれを失います


けったいな文章で、理解させる気のない言い回しだった。何もしなければとあるが、招待したのは主催側のくせにこちらに何を求めているのだろう。前文から解釈すれば贖罪、だろうか…。

正直乗り気はしなくて、シュウと顔を見合わせた。


「俺らは元の部屋で十分ですから、戻ります」


そもそも目的があってこの船に乗っている。無駄に隔離されても仕方ない。

入ってきた扉に手をかけた。


シュウが力をかけたところで、ピタリと動きを止める。


「どうしたの?」


声をかけると、シュウは眉根を寄せてぽつりと呟いた。


「開かねぇ…」

「え…?」


そんなはずはない。誰も施錠していないのだから。僕も一緒になってノブを引いたり押したりしたが、そもそも開くこと自体が間違いだとでも言うように、びくともしなかった。


「なんで…?どういうこと?」

「ちょっと、なんなの?」

「扉が開かないんです」


僕が言うと、みんな怪訝そうな顔で扉に近づいた。クルーの男性は体当たりをして、メガネの人はガチャガチャと乱暴にノブを揺する。


「…閉じ込められた…?」

「はあ!?何それ、意味わかんない。ちょっとあんた、船員でしょ?誰かに連絡してちょうだいよ」


メガネの人の言葉に食ってかかるように、女性はヒステリックに声をあげた。


「あ、はい」


これは主催側のサプライズではないのか。演出にしてはたちが悪い。ここに来るまでのイレギュラーをいくつも思い出して、何か仄暗い思惑が這い寄っているように感じた。

クルーの男性が無線機を使って上と連絡を取る間、微妙な空気が流れていた。


「…。繋がらない」


ぽつりと呟きが落ちる。いささか深刻そうに僕らを振り返った彼はもう一度言った。


「無線、繋がりません。さっきから何回か試したんですけど、応答どころか機械音がしなくて」

「ここ、船底に近い部分だからじゃないですか?ずいぶん下までエレベーターで降りてきたし…」

「じゃあ何?誰とも連絡取れないってこと!?ケータイなんて持ってきてないし、どうすんのよ!」

「落ち着けよ。ケータイなんてここで繋がるわけない。まだ夜も開けてないうちだろうし、朝になって俺たちがいないとなれば誰か探しに来るんじゃないか」


腕時計を確認しながら、メガネの人は言った。取り乱して焦っても仕方ないのかもしれないが、悠長にもしてられない。


「どうだかねぇ。連れがいるならともかく、動いている船の上で客をわざわざ探す奴なんざいねぇんじゃねぇかなぁ」


一人、楽しげに顔を歪ませた年配の男がくくくと肩を揺らしながらそう言った。彼の言う通り、ここにいることを主催側がわかっているなら探しはしないだろう。


「あんたたち、親は?部屋にいないってなったら探すでしょ」


一縷の望みでもかけるように女性は僕らにギラっと目を剥いた。


「…俺たちだけです」

「まじか。てことは誰も探さないってことぉ?」


苛立って髪をかきむしる。香水のきつい匂いが、彼女が動くたびにむわっと鼻を掠めた


「ここにずっといるわけにもいかないし、この扉が駄目ならあっちに行くしかないだろう」


メガネの人がそう言った矢先、狙ったようにカチャンと金属の固い音が響いた。全員の視線がそちらに向けられる。

見ると、ルールがかかれたプレートがかかった扉が、少しだけ開いていた。向こうから薄暗い光が漏れている。

ゲストルームと呼ばれたその部屋に呼ばれているようだ。


「存分に楽しませてもらおう」


誰かが言った。

それを合図というように、僕ら七人はぞろぞろと扉の向こうに引き寄せられて行った。




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