表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかゲームになる日まで  作者: 白藤あさぎ
23/32

    -File 2-




   −File 2 3日目:昼−




???の手記 n番目 ・月・日


やめていた酒と煙草に、ついに手を出してしまった。だってもう、悪影響を気にするような大事な存在はいない。

帰りたい理由もなくなってしまった。それじゃダメだと、どこかから声が聞こえてくる気がするけれど…今は、失ったものが大きすぎて、まだこの悲しみに浸っていたい。


この世に因果応報があるなら、これは今までの人生のどの罪の仕返しなのだろう。まだこの先、いくつ罪を償えばいいんだろう。その全てがこんなに重くて苦しくて、こんなに酷いことになるなら、もっと誰かに優しくした。もっと善で満たした。

後悔してももう遅い。

きっと今の自分の不幸は、かつて誰かが涙ながらに必死で願った報いなんだろう。

___





「おはよ…ってあれ……とっくに起きてたのか」


何時間たっただろうか。

背後でもぞもぞと動く気配と、ぼんやりした声が聞こえた。

血を綺麗にした机と床、巻きなおされた包帯をぼーっと眺めるうちに、さっさと夜が明けていたらしい。時計をみるともう10時に差し掛かっている。


とっくにというか、寝てないというか…昨日の今日でシュウの顔を見れなくて、曖昧な相槌を返しただけだった。


「…顔洗ったら飯食いに行こうぜ。今日は何も作る気起きないから、インスタントでいいよな」


洗面所の方に遠ざかっていく声を耳に、そっとため息をついた。

今日で3日目。


今夜また、誰かが死ぬ。


Handか、Earか、Noseか…Eyeか。はたまた自分達か。


そして誰がどの役割かで、ゲームは大きく変わるだろう。


「なあ、」


怪我のしてない方の肩にぽんと手を置かれて振り返ると、タオルに顔を埋めたシュウが怪訝そうに見つめてきた。


「大丈夫か…?」

「うん」


僕はちょっとだけ笑ってみせた。嘘をつくことは難しくない。シュウはそれを見破るけど、問いただすことはしないし。


「…風呂入ってこいよ。昨日の格好のままだぞ」


…今はそれが、嬉しいような、悲しいような。めんどくさい心境だった。


「そうする。先に行ってて」

「いいよ、待ってる」


洗面所に入る直前、シュウは傷のことを言ってきた。


「濡らさないように気をつけろよ」


それに返事をして、僕は扉を閉じた。

思い出したとわかっても、シュウはまだ僕に変わらず接してくれる。それとも本気で、あの夜のことに自分にも責任があったと思ってくれてるのだろうか。


だとしたら、もう僕には手の届きようもないほど彼が遠い。


みんながシュウを見る理由なんて、とっくにわかってるはずだった。

僕は僕だと言い聞かせて、憧れる気持ちから進めたはずだった。


でも全て思い出したことで、僕自身はまた子供の頃の気持ちごと波に押し返されるみたいに、戻ってきてしまった。


『自分のせいだってわかってんのに…なんで…あの日のこと思い出せねーんだよ…!』

あの言葉は…自分自身じゃなくて、僕に向けての言葉だった。僕への憤りを、シュウは…一体いつから抱えていたんだろう。


そう思ったらもう、思い出す前の自分には当然戻れる訳が無い。



大人にならなきゃ。

もう足手まといにはならない。

もう不幸の原因にはならない。


せめて、この船にいる間だけでも。





食堂には、HandとEyeさんがいた。話していた様子はなく、テーブルの両端に座っていた。

僕らが入ってきたことで顔をあげたのはEyeさんだった。弾かれるように立ち上がって、シュウにおずおずと近寄っていく。


彼女の視線はシュウの額にいって、すぐに足元に落ちた。


「アイさん、俺なら平気」


シュウは慌てて言った。

ただその視線だけで、シュウは彼女が赦しを乞うていることを理解する。そして簡単に、人を許す。


「むしろ、アイさんからちゃんと罰をもらえてよかった。罰だから、よかったなんて思っちゃいけねーかもしんないけど…」


シュウの言葉に、彼女はゆっくり頭を下げた。


彼女が傷つけたかったのは僕。その道具にシュウを選んだ。その判断は正しかったわけだけど、罪人は口を噤むしかない。

僕が誰かを殺す以外で苦しめるとしたら、きっと同じ方法を選ぶだろう。


自分のなかの残虐さはどんどん深まっていく。


僕は二人のやりとりにずっと黙っていた。

余計なこと、空気の読めないことを口走って、呆れられたくなかった。ロボットみたいに相槌を繰り返して、自分の意思を押し殺せば、誰も傷つかない。


「どうなんですかね」


不意に割って入った声に目を向けると、Handが机に肘をついてこちらをみていた。目を細めて観察するように視線が動く。本性を隠すことをやめたらしい。


「……なんだよ」

「呼ばれた7人のうち3人が元からの知り合い…以上に、家族なわけですよ。双子はまあ百歩譲っても、側仕えも一緒って、偶然にしては怪しいって思われても当然じゃないですか?」

「…つまり何が言いたい」

「僕らがゲームの主催者とグルなんじゃないかってことですか」

「そういうこと」


側から見たら当然そうだろう。

実際僕らは疑われると思って、Eyeさんとは距離を置いたわけだし。


「…もし僕がゲームの主催者なら、工作員を3人も滑り込ませるなんてすぐバレるリスクは負いません」

「だったら、他に考えられる可能性がある」

「主催者は、僕らとEyeさん両方に共通した知人である」


僕はHandの言葉をとって続けた。

こんな大掛かりなことができる共通の知人なんて、考えられる限りでひとつしか知らない。


綾川家。


ゲームマスターも、政界が関わっているようなことを最初に言っていた。

Eyeさんは僕らが生まれる前から両親と繋がりがあったみたいだし、もしかしたら綾川家の分家筋なんてことは可能性としては十二分にある。


「で?君らの共通の知人って誰ですか?綾川家の人間なら、政財界のいろんなところに手が伸びてますよね?君らじゃなくても、両親が恨みを買うようなことをしたとか?綾川家ってだけで世間じゃ敵も多いだろうし」


彼の方を見ないまま、僕が再び口を開こうとしたところで、さっと前に影ができた。


「…俺たちは何も明かしてはいけない。そうだろ。知ってても言えねーし、俺たちの罪のこと暴いたんなら、俺たちと綾川家がどんな繋がりかもわかってるはずだ。もうこれ以上詮索してくんなよ」


シュウは僕とEyeさんを隠すように立ちはだかった。その背中をぼんやり見つめながら、そういえばゲームフロアの自分たちの部屋には何があるのかと考えた。


「んじゃ、せめて知ってることはメモに書いて目に見えるところに捨てといてくんねぇかねぇ?」


背後で声がしたと思うと、Noseが下品な笑みを浮かべながらだらしなく扉に寄りかかっていた。

煙草を加え、ライターで火を付ける。昇った煙を確認するより先に、甘い匂いが鼻についた。


「Mouthの証明じゃ、それでルール打破できるわけだろォ?頼むよーぼっちゃん。俺の命運がかかってんだからさあ!」


力加減を知らない腕が、僕とシュウの肩に乗っかる。真昼間だと言うのに、彼はもうすでに出来上がっていた。間近で見た顔は目玉が飛び出そうなほど眼窩が窪んでいて、髭も汚く伸び放題だった。酒の匂いはしないのに足元も覚束ないまま。さっきまでEyeさんが座っていた席にほとんど崩れるように座り、おそらく紅茶が入っていたカップの中身をテーブルにぶちまけた。


遠くでHandが舌打ちする音がした。


「あんたの命運なんかどうでもいいけど、キッチンを汚したなら片付けるぐらいしてくれませんかね。俺とEyeさんでさっきまで大変だったんですよ」

「あァ?なんで俺なんだよ」

「…あんた、今後のゲームでその煙草吸いながら参加すんのやめた方がいいですよ。どこで何してたかほぼバレますんで」


匂い…か。

確かに、死んだMouthの服からもその煙草の匂いが微かにして、それで執行人ってわかったんだっけ。


けど……なんだか今は、その頃よりずっと匂いが濃くなってる気がする。


「まあまあこまケェことはいいじゃねぇか。俺ぁもうゲームとかどうでもいいんで」

「はあ?あんだけ賞金に固執してたくせに…」

「だってもう、俺たち助からねぇからよォ」


さっきから言ってることがめちゃくちゃだ。命運がどうとか助からないとか…


「ちょっと、何よコレ…!?」


その声に、彼と同時に振り返った。

開け放された食堂の扉の向こうから聞こえてきた、Earの声。その主の姿が見えるところまで行って、ようやく叫びの意味がわかった。


水浸し。


女神像の抱えた壺から水が絶え間なく流れていることは、昨日までと同じ風景。けれど、その水が溜まる足元の水受けから、揺れに合わせてびちゃびちゃと溢れ出していた。


「溢れて…んのか?」

「…おりてくるときは気づかなかった…」

「そんときはまだ、ここまでじゃなかったんだろ。一回溢れ出したら早いからな…」


目に見えて流れてくると言うよりは、こぼれては侵食すると言った感じだったが、船の揺れも合わせて溢れる量はもう見過ごせないほどになっている。


「…とりあえず、キッチンの扉を開けておこう。すぐに浸水するとは思えないけど、一応唯一の食糧庫だし。数センチも溜まれば扉なんてびくともしなくなる」


Handはいつの間にか側に来ていたかと思うと、素早い判断でキッチンと食糧庫の扉を開けに行った。


僕は水の表面に指を少しつけて、舐めてみた。塩辛い、若干生臭い海水の味。そういえばシュウと、この水は海から汲み上げてるって話をしたっけ。船底に穴が開いたわけじゃないなら、確かに沈むのにはもう少し時間がかかるだろう。


「…この船、大きさはどのくらいだろう。実際僕らが行けるところの他に空間はいくつもあるとして…」

「……沈むのは時間の問題ってことだよな」

「意味わかんない…なんなの…?このままで大丈夫なんでしょうね?」


困惑した声でEarが言う。Handも考え込むように腕を組んでいた。


「この船は1週間で沈むって言ってました。ゲームマスターの言うことは絶対なんでしょう?だったらそれを信じるしかないですよ。AIって自称してたし、その辺はちゃんと計算してるでしょ…」


そういいつつ、Handも不安げな様子を隠しきれていなかった。


「ってことは、あと4日。ゲームは1日1回なのに、どうやってそれをタイムリミットまでに終わりにするんだ?」

「どうしたってギリギリの脱出ゲームになるでしょうね。ゲームが終わる頃には、この船は沈没間近ですよ」


残るゲームは、今日を含めてあと4回。残っているのはHand、Eye、Nose、Ear、Brain。


………。


コードネームの数に対して日数が足りないのは、ゲームの役割が足りなくなるから……?

でも、だとしたらもっと早い段階で陪審員はいなくなるし、最後には犯人と、執行人か探偵の一騎討ちになる計算。


でも逆に一回のゲームで犯人以外も死ぬことになったら…?役割がなくなった時点で、残り日数を余らせた上で脱出できるのだろうか…。

それとも…僕らBrainが贖罪を成功させても罪を問うゲームはおこなわれたように、どこで死のうが全員分のゲームが用意されているのか。


どちらにしろ、沈む船が現実味を増したこの光景を見て早くゲームを終わらせようとする人間が出てきてもおかしくない。

そうしたら賞金が増えると知った時以上に危険な状態になるだろう。


何せ大金を手にするどころか、命の危機なんだから。


「…できることもないし、とりあえず食料を2階に持っていくか…」

「そうですね。幸い取り合いにならずにすみそうですし。まあキッチンが使えないとなると、持っていけるものも限られますけど」

「…サイアク。まあいいわ、早い者勝ちってことでいいわよね」


言いながら、Earはさっさと食堂に向かっていった。

彼女を見送って、Handが口を開く。


「…君らは昨日の、自分たちの部屋を見に行かないんですか」

「あ…そういえばそうか。どうする?」


自分たちの部屋…か。

見に行って損はないとはいえ、また罪のことを考えなくちゃいけないのは正直気が滅入る。


「うん…まず何か食べてからが良いかな」

「そうだな、そうしよう」





ゲームフロアに行くことになっていたのに、食事を済ませた後、僕はベッドに横になったが最後眠ってしまった。


夕方近く、シュウに起こされて目が覚めた。


「…ぁ。ごめん…」

「気にすんなよ。昨日寝てなかったんだろ」

「うん。部屋には行った?」

「あーまあ。暇だったし行ってみたけど、胸糞悪くなっただけだった」

「……」


目を擦りながら起き上がった視界の端、シュウのパーカーの前ポケットが不自然に膨らんでいる。


「さっき時計が鳴った。食堂に行くぞ」


けれど僕が聞く前に、背を向けてドアの方に歩いていってしまう。結局何も言わないまま、シュウの後に続いて食堂に向かった。なにやらEarの騒ぐ声が聞こえてくる。開け放たれた扉はもう防音の効果を失っていた。



【ようやく揃いましたね】


絵はすでにひっくり返っていて、モニターにはゲームマスターが映し出されている。初めからずっと変わらない姿で、その笑みも何ひとつ歪みなかった。


【それでは 第三のゲームの指示書をお渡しします】


床に白い封筒が人数分吐き出された。自分のコードネームのものを拾ってシュウと覗き込む。


そこにはこう書かれていた。



:第三のゲーム コードネーム『Brain』


   あなたは『執行人』です


 あなたは犯人『Nose』を処刑する権利を得ました:



犯人と書かれた時よりも、重く心臓が脈打った。首筋の後ろで冷や汗が伝った感覚が走る。

シュウが小さく生唾を飲む音がした。


いつか来ると思っていた。おそらく全員一度ずつは経験するこの役割。

人を殺す権利。それに大手を振って喜ぶ人間なんてまずいないだろう。


犯人は…『Nose』。

僕らの目的の人物。そいつを僕らが殺す…。けどそれをすれば、Noseから父さんの情報は得られなくなる。


……脅迫することもできなくはないけど、前回のゲームでHandがやったことが通るなら、殺さずに役目を全うすることだって…


そう思ったところで、僕のその期待は、ゲームマスターの一声で打ち砕かれた。


【ああそう 一応警告しておきましょう

第二のゲームでの執行人の振る舞いですが

本来ならば 役割放棄というルール違反に抵触します

Brainの贖罪によって 全員生き残る というルールが

優先されたので 特にペナルティはありませんでしたが】


指示書を持つ指先が力んだ。

つまり、Noseが贖罪を行い、それが認められない限り、僕らは確実に彼を処刑しなくてはならないということ。


「……執行人は、犯人を殺さなきゃ行けないとは言われてないはずです」


Handは若干強張った顔をしながらそう言った。殺すところを見られなければ決定的な証拠ではない。彼が言ったその仮説は、もともとがルール違反だったせいで実証できていないことになる。


【ええ そうは言ってません

ですが 皆さんにお配りしているのは 私からの指示書であり

ゲームでの 役割 です】

「……まさか…」

【ご理解いただけたようで安心しました】


一度にこりと笑ってから、彼は続けた。


【改めて復唱しましょう

「執行人」は罪人を処刑する存在

誰にも気づかれることなく そして間違いなく

処刑していただきますよう】


恭しく目を伏せたものの、その口元は端から端まで裂けているような不気味な笑みを隠しきれていなかった。


遊ばれてる。そんな感覚を抱かずにはいられなかった。

まるで、それまでルール上問題なかったことが、僕らが執行人になった途端に設定されたような気がした。実際は彼の言う通り、最初からそう明言されていたけれど、警告といいながら僕が僅かに抱いた期待を目の前で折られた気分だ。


【3階の部屋をひとつ開放しました 以降出入り可能になります】


Noseからまずは情報を得る必要がある。

明かさないルールに則れば、ほとんどダメ元に近いけど…。それでも何も聞かずにいるよりはマシだ。


【それでは 日没後ゲームの開始を宣言します】


そう言って、ゲームマスターはモニターから消えた。


時間がない。日没までに誰にも知られずにNoseに接触して、誰にも知られずに殺す必要がある。どうする。

死体の処理。それから、万が一誰かに気づかれそうになった時の対処。


そして何より、シュウの手を汚さずにできる殺害方法。

考えろ。必ず何か方法はある。そして考えること以外、僕にできることは何もないんだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ