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いつかゲームになる日まで  作者: 白藤あさぎ
21/32

    -File 7-




   −アヤカワ アマネの部屋−




人の心を癒し、ほころばせ、傷つけ、もつれさせ、無垢で邪悪な存在。

多くの人々はそれを幼さの象徴として愛し、受け入れることができる。


誰も彼もが言うだろう。

『誰も彼もが通ってきた道だ』と。


___



双子の部屋には3つのレリックを用意した。

ひとつは左右対象に並んだ兄弟の家具。

もうひとつは古びた絵本。


さいごのひとつは、引き出しにしまわれた記憶を()じた手帳。


___



双子は、1LDKの小さな貸家で生まれた。病院ではなく、助産師さんも呼ばずに、父と母と使用人の3人に心待ちにされながら、その日の夜中にようやく産声をあげた。


借りた当初は2人だった部屋が一気に手狭になった。もともと仕事で家を開けることが多かった父の都合もあって、母に不自由をさせないためだけに選んだ貸家だったらしい。


身籠ったのが双子だと知り、管理人の進言もあって、父はその時すでに戸建ての家を構えていた。

だから生まれた場所に住んでいたのは半年ほどで、その頃のことはもちろん覚えていない。


ただその頃、本当に奥底の潜在意識の中で、双子は確かに見ていた。


 自分と同じ顔。そして自分たちと違う、同じ顔を。



___


同じ家具。同じ服。同じ持ち物。

けれど僕らは、鏡合わせにはなれない。

___



幼少期のことはよく覚えていない。後からわかったことだけど、綾川本家から隠れ住むために、僕らは各地を転々と移り住んでいた。母さんがいなくなる6歳以前の自分たちを知っている人はそう多くはない。関わってきた大人は両親とアイさんくらいだ。


小学校にあがる頃から、記憶は徐々に鮮明になる。ただし改竄(かいざん)されているものも多いだろう。

その中のあれこれを思い出してみるが、僕は決して『いい子』ではなかった。


皮肉らず率直に表すなら、『狡猾』とか、『頭がいい』といった類のものが当てはまる。


大人が何を喜んで、何をみて、何を善悪としているのか。そういったことを測って、見極めて、自分を見せることが得意だった。ただそれは同い年たちには通用しなくて、クラスではいつも浮いていた。

スカした顔で小馬鹿にしてる。そんな陰口を聞いた。


シュウは僕と正反対の『人気者』だ。

破天荒でやんちゃをしたし、サボり癖など不真面目さがあるかと思えば、気持ちとか大事な部分は決して間違わない。人に対しては義理堅く優しすぎる性格で、嫌われる要素のない人。自然と人を集めて、先導する。僕のように打算ではなく、心から生まれる感情だから、みんなそれを感じていた。


僕がそんなだったから、よけいにシュウは好かれただろう。

僕らは鏡というより、いわば光と影のような存在だった。


他の人がどう思うかは知らないけど、少なくとも僕自身は、その立ち位置が心地よかった。


『ふたりは双子なのに、あんまり似てないよね』


近所に住む交流のあった年下の男の子が、よくそう言った。無邪気に笑って、絵に描いたような双子を見たがる。


『入れ替わったりしないの?ふたりはいちらんせーソーセージ?』

『難しい言葉知ってんだな。そうだよ』『……』


シュウが答えて、僕は黙った。


『できなくないだろうけど…あんま考えたことねーな』

『オレが双子だったら、ぜったいやるけどなぁ。面白そうだもん!アマネのにーちゃんは?』

『うーん…シュウは僕みたいな優等生になれるかな?』

『うわ、どう言う意味だよ。てか自分で優等生って言うな!』

『ははっ、そのままの意味。抜き打ちテストなんてあった日には一発でバレるよ』


その子の前だから、当時はなにもいわなかったけど、実は一度だけ入れ替わったことがある。

これは数少ない割とはっきりした幼少の頃の記憶。



ある日、僕らの部屋にイレギュラーが運び込まれた。


確か3歳くらいの頃。当時の記憶のキャパシティーはほぼこれで埋まっている。


『新しい家族ができるんだ。ふたりに、妹か弟が生まれるんだよ』


父さんの愛おしそうな声が耳に残ってる。


その意味がぼんやりとわかったのは、鏡合わせに青色の家具が並んだ僕らの部屋に、色の違うベッドが運び込まれた時。家族ぶんしかなかった食卓に、新しい赤ちゃん用の足の長い椅子が、誕生日席に置かれた時。


あったかいオレンジ色が、狭い部屋に満ちていたのを感じていた。

自分たちの時もきっとそうだったのだろう。家族みんなでこうして待ち侘びて、母さんをとても大事に、大事に守った。


記憶といっても、出来事を断片的に思い出すくらいのもの。

映画を見ている感覚に近く、思い出そうとすると視点が瞬きのたびに切り替わるし、感情を事細かに説明できるわけでもない。

けれどはっきりしているのは、入れ替わったのはその、家中が僕ら二人を置いて幸色に染まっていた時。


入れ替わったというのは、別に自分たちの意思じゃなかった。

それまでずっとふたりで一緒にいた僕らが、ひとりずつになる瞬間があった。

父さんは僕をシュウと呼び、母さんがそれを訂正した。その後で今度は母さんが僕をシュウと呼び、父さんも僕をずっとシュウと呼んでいた。


それが、記憶としてずっと残り続けている。





どっちがどっちかなんて、実はとても適当なんだと思った。あたりまえのように自分は自分という意識があったけれど、小さな世界の中にも別の誰かがいて、また自分も別の誰かだってことが、奇妙で不思議だった。


ふたりで生まれ出た時、一番最初に呼ばれた名前と、今呼ばれている名前が、いつ何度入れ替わっていたかなんて自分自身にもわからない。


実際自分たちがいつからアマネで、シュウだったのか。記憶の始まりは曖昧だったけれど、お互いに似ていないと自覚しているのは、無意識にそうなるよう選んできた結果だったのだと思う。


鏡合わせではなく光と影であろうとしたのは、正反対だけれど、自分を区別するためにお互いなくてはならない存在だったから。


___


ぺら、と軽い音をさせて、ページをめくった。

それはかつて心を震わせた、小さな幻想の世界だった。

___



寝る前の本は特別だ。目を閉じたとき、頭がその世界を広げることで夢を見る。夜の暗闇はその広がりを手伝って、真っ黒の何もないところに星色のちらちらした光で絵を描くと、奇想天外な物語が動き出す。


母さんの優しげな、シャボン玉に包まれたみたいな声がそう語った。


『シュウ、アマネ。今夜は何を読む?』


毎晩寝る時間になると、母さんを真ん中にして両脇に僕とシュウがもぐっても、まだ十分あまるくらいの広いベッドに寝転んだ。

そこは父さんと母さんの寝室。父さんは帰りが遅くて、僕らが寝静まって夢を見始める頃にようやく帰ってくる。

父さんは背がとても高くて、ほとんどドアに頭すれすれだけど、このベッドはそんな父さんでも足がゆったり伸ばせるほど大きいし、4人で寝てようやくちょうどいいくらい。

だから母さんはたとえ僕らに部屋があっても、ある時からこうして家族全員で眠るようにしてくれた。


『僕ら、父さんの話が聞きたい』


いつからだったか、僕もシュウも、夜の寝る時間にはお気に入りの本じゃなくて、そうせがむようになった。


理由はふたつ。


ひとつは、僕らは父さんをよく知らない。今でもそう。父さんが夜遅くでも頻繁に家に帰ってた頃、僕らはまだ幼すぎた。そして母さんがいなくなった日から、父さんはまず家に帰らなかったし、僕らとの関わりも極力せずにいた。

知らないから、知りたくて話を聞いた。


そんな関係でも、どうして僕らが父さんを好きかといえば、決して愛情のない人というわけではないことを理解していたから。少なくとも僕らに対しては、母さんがいなくなる前までは。


家に帰れば必ず抱きしめてくれたし、おみやげをそれぞれ買ってきてくれたし、少ない休みは全部家族のために費やしてくれていた。

それに寝る前の母さんの話を聞けば、純粋に尊敬できるかっこいい父さんだった。

そしてなにより、母さんが大好きだったから。


僕らが大好きな母さん。

母さんが大好きな父さん。

父さんが大好きな母さん。


輪っかの中で笑い合う二人を見上げて、その遥か下の世界にいる僕らは幸せだった。



もうひとつの理由は、母さんのため。


母さんのお腹の中で、妹は死んでしまった。

家に運び込まれたイレギュラーは、持ち主になるはずの存在が触れることもなく取り除かれた。

影が幸せを飲み込んで大きくなった。家中冷たくて灰色だった。


父さんは何かをものすごく呪って、怒り狂っていた。知る限りでは優しく笑う顔が、取り憑かれたみたいにぐしゃぐしゃに変わっていた。


『許さない____!いつか絶対__、絶対に報いを受けさせてやる_!!』


何がなんだかわからなかったけど、地鳴りを起こしそうな怒声と見たこともない剣幕に、ただ恐かったという感情だけは覚えている。


そんな父さんとは裏腹に、母さんはいつもと変わらなかった。


普通に笑って、普通に話して、そして…僕らを抱きしめた。やけに強く、力をこめて。苦しいと身を(よじ)っても離してくれない。


『おかあさん、いたい』

『……痛いよね…母さん』


背中に腕をまわしてやっと気付いた。


かなしいっていうのは、きっとこういうこと。


胸が熱くなって、喉が苦しくなること。

母さんの背中に片方ずつの腕をいっぱいに伸ばしても、覆い切れないこと。


僕らがいるよって、言えないこと。



その数日後、寝る前のお休みを言いに、まだ台所にいた母さんに声をかけようとしたとき。


シンクを磨きながら泣いている母さんの背中をみた。


なぜ泣いてると思ったのかはわからない。涙を見たわけでなければ、顔を擦る仕草を見たとか、しゃくりあげるのを聞いたとかでもない。

それでも、泣いてると思った。心許ない背中を今も忘れられない。


シュウも僕も、母さんに声をかけずに部屋に戻って、二人とも押し黙ったままベッドに入った。


ベッドの中で、お互いに手を握った。


声をかけたら、母さんは笑っておやすみを言ってくれたはずなのに。そう思いながら、もう一度行く気にはもちろんなれない。


母さんが泣いてる。それが、なんだかすごく…すごく、どうしようもないくらい、かなしいと思った。母さんの涙を想像するだけで、僕らがあっというまに涙を流してしまうくらい、目が熱くなった。


その日から、僕もシュウも母さんの笑顔を覗き込むようになった。なんとなく無理してる。なんとなく、歪んでる。そう見えれば見えるほど、元気付けたくて必死になった。


そんな数日間を過ごした中で、僕らがようやく辿り着いた答え。


母さんが心から笑ってくれるとき、それは決まって、父さんの記憶を辿っているときだった。





だから僕らは、お話の世界に浸ることをやめて、父さんの話を母さんから聞きたがった。その時だけは、母さんは本当に幸せそうだった。

それに父さんの話は、木の妖精のおとぎ話より、かわいそうな狼の話より、何倍も何十倍も面白かったし、母さんにとって本当に父さんはヒーローだった。


『ねえ、僕もお父さんみたいになれる?』

『もちろんなれるわ。あの人の子だもの。何にだって、なりたいものになれるの』

『ぼくもなる!おとうさんがいないあいだ、ぼくとシュウでおかあさんをまもってあげる!』

『ね、ふたりで守ってあげるね!』


きゃっきゃいいながら母さんの腕に絡まる。母さんは声を立てて笑った。ありがとうっていいながら、僕ら二人に顔を埋めて遊んだ。


かないっこなくても、母さんのためにヒーローになりたかったんだ。


それなのに。



父さんがいない間に、母さんは真っ赤な血溜まりを残して消えてしまった。



___


引き出しの奥。きっと二度と開かれることのない手記は、罪の重さに耐えきれずに吐き出された幼い文字で、真実が埋め尽くされている。

___



『ねえおとうさん、おかあさんはいつ帰ってくるの?』


そう聞いたことを、今でもひどく後悔している。

一度や二度ばかりか、何度も何度も父さんにそう尋ねた。おかあさんに会いたいと、泣き喚いたこともあった。


父さんが自分を見る時、いつも何かを耐え忍んでいるような表情だったワケに気付いたのは、母さんがいなくなってから少し経ってからだった。


父さんはついに言った。


『アマネ、頼むから…母さんのことを聞かないでくれ』

『なんで…?おかあさんのこと、きらいになっちゃったの…?』


僕は先生に気に入られることは得意だったけれど、シュウのように人の気持ちを理解することが苦手だった。無遠慮な物言いと、空気の読めない会話。子供じゃなければ、無神経で失礼な人間として当然孤立していただろう。もっとも学校でもすでに浮きまくっていたけれど。


やがて父さんは僕と話をするとき、目を合わせてくれなくなった。


『アマネのばか』

『いたっ!なんで叩くの?』

『お前がばかだから』

『ばかじゃないもん!大体、テストじゃいつもシュウより点数いいもん』

『そういうことじゃないよ!ちょっとは父さんのこと考えろよ!』

『え…?』


悪気がないことは、思うにこの世で一番罪深い。父さんはよく自分に手を挙げなかったなと思う。どれだけの思いと戦っていたのかを考えると、幼い頃の自分に殺意さえ湧いた。


父さんやシュウのそんな態度から、母さんがいなくなったのは自分のせいなんだと理解するようになった。


知らず知らずのうちに人を傷つけること。シュウに散々怒られながらやっとわかりはじめた。

僕はやがて人から距離を取るようになって、なるべく多くを語らず、自分に降りかかる何かしらの不利益は全て、今までの自分の無意識で犯した罪の償いなんだと思うようになった。


それからシュウと父さんが会話するなか、僕は黙って聞いていることが多くなった。少なからず無神経に傷つけることを怖いと思うようになったし、僕が何も言わないうちは、父さんは少し平気そうだったから。



なのに、まもなくして父さんは僕らを置いて姿を消した。


僕はともかく、シュウも何も知らないことに不安は増した。

アイさんに聞いても何も言わない。どうにもできない不安をシュウと一緒に庇い合いながら過ごす日々は、何かがとてもすり減っていくような気分だった。


ベッドの中で、震えるシュウと背中合わせに寝ながら、僕は父さんがいなくなる前の自分との会話をできる限り振り返った。この頃にはずいぶん記憶力もしっかりしてきたから、数少ない父さんとの会話の中でなにか間違えなかったか、やらかさなかったかを思い起こした。それでも引き金になるようなものは見つからなかった。


原因がわからないまま日々は過ぎて、やがてアイさん宛の手紙をみつけ、あの騒動へ繋がる。





これは、あの日の記憶の続き。



目を背けていた。都合よく忘れようとしていた。


また…自分とシュウ、二人でやったことだと書きかえていた。



アイさんが手の甲を怪我した。

それだけでこの出来事は終わっていない。


アイさんが怪我したことで理性を取り戻したシュウが、まだ攻撃しようとしていた僕を押さえつけた。その力を逃れ、僕はアイさんに飛びかかって問い詰めた。知ってること全部話せと、間近で怒鳴った。胸ぐらを掴みながら、それこそいつかの父さんみたいな勢いで。


こんな貧弱な体、クラスのいじめっ子にも対抗できなかったくせに、この時ばかりは本性が現れたとでもいうような凶暴性だった。


それでも彼女は黙っていた。

全て見ていたはずの目で僕を見下ろして、そして、薄く笑った。


つま先から血がサッと冷えた。それは理性がプツリと切れた合図だった。


そこからのことはまたよく覚えていない。

覚えていないことだらけの僕に、他になにが記憶に残っているのか不安になるくらい、大事な出来事が都合よく抜け落ちている。どうでもいいことばかり、当たり障りのない記憶を集めては、まるで平凡な人生を送っているかのような錯覚を自分にかけている。


耳に残るゴキっという鈍い音をさせて、気がついたらアイさんが数歩先の床に倒れていた。肩で荒く息をしていた。シュウが慌てて彼女に駆け寄る姿と、騒ぐ音を聞きつけた誰かの影がリビングの入り口に立つのを、目の端で見た。


ひゅーひゅーと乾いた呼吸が喉を擦った。耳の奥でひどい耳鳴りがしたし、慣れない力加減だったせいか、腕の震えが尋常じゃなく止まらない。

少し遅れて鼻につんときた、鮮烈な赤。



母さんがいなくなった夜にも見た光景。



___



                  狂い 狂わせ やがて消し去る

                      幸も哀も面影も

               真実は塗りつぶされ 上書きされた虚像に溺れ


                   記憶の海に葬られた心は

                 再び日の出に照らされることはない



                   その扉はやがて開かれる。





第三章



無 垢 の 代 償

— — — — —




case closed.




ゲームは心情ほぼカットの淡々構成でいこう…

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