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−File 4 2日目:夕−
???の手記 n番目 ・月・日
今日は久しぶりに家族でピクニックに出かけた。
バスケットにサンドイッチとおにぎりをつめて、お弁当箱には卵焼きと唐揚げ、サラダにタコさんウインナー。デザートは昨日の夜作って冷やしておいたプリンと、家の庭で採れたリンゴ。料理上手が2人もいるから、メニューも豊富だし彩りも綺麗で栄養満点のお弁当になった。 写真→
最近忙しくしてなかなか時間を取れなかったから、かなり羽目を外した1日だった。
2人とも楽しそうだったし、頻繁には無理でも今後こういう時間を作っていきたい。
日頃の翳りは全て、このささやかな時を幸せに感じるためのものだと思えば。
この腕の中に、ただ在ることを思えば。
___
*
犯人。
その文字を何度も目で追って、何度も口の裏で音にもせず呟いた。
今朝のあれは…間違っていたのか…?贖罪として認められなかったから、こうして選ばれた…?
赦しの秘蹟を行なったところで、ゲームの進行が止まるわけじゃない…
それは明言されてない以上判断できなかった。とすればやっぱり、今朝のやり方は間違っていたということ…
駄目だ。
こんなことでショックを受けるなんて。
あれだけで、犯人候補から外されただろうと思っていたことに他ならない。そう考えた時点で、贖罪になるわけがない。
ああ…またこの自己嫌悪。いったいどれほど自分を過信したら気が済むのか。そういう心を見破られていたから今回選ばれたとさえ思える。
遅かれ早かれこの役が回ってきたとしても、今のタイミングなのには思惑があるような気がしてならなかった。
今回の探偵は…?今回の執行人は…?
勝ち残るために、これ以上罪を重ねることになっても……
いや…。
償うべき罪があるのに、ここで抗ったらそれこそ朝のアレが上部だけの贖罪になってしまう。むしろこのまま流れに身を任せて、勝ちにこだわらずにいることが、“犯人”としての役目…
ただ、シュウを巻き込むような形になってしまった。きっと同じ思いでいるだろうけど、もし役目をうまくこなせなくてもシュウだけは…助かる方法はないだろうか…
「ねえ、あたし死体が動かされた問題にまだ納得できたわけじゃないんだけど」
Earの声に顔をあげた。長いこと指示書を見つめて思考していたらしい。みんなもうとっくに次のことに移ろうとしていたところだった。
「あァ?まだ言ってんのかオメェは…。アイツが言ったみてぇにどうでもいいだろ。死んだ奴のことなんて」
「だってあたしたち以外に誰かいるかもしれないんでしょ?Mouthが生きてることはないにしても、このまま見過ごしておくのも気持ち悪いのよ」
Earは自分の腕を抱きながら、顔を歪めて言った。食堂の照明でその肌は血が抜かれたみたいに青白く、誤魔化すために飲んでいた酒はもうすっかり効果がなくなってしまっているようだ。
「別に、俺たちの中にだって隙を見れば動かせる人はいますよ。これは推測ですけど…Mouthさんはおそらく自分の部屋に移動されたんだと思います。本人だけの指紋認証式の扉の向こうなら、彼が死んだ今確認できませんし、窓もなければ海に捨てることだってできない状況で、他に考えられるところはそこくらいです。そうでしょ?Brainさん」
Handが僕らを振り返ったその時、確かに感じた。
何気ないその一言が、僕らと彼らの間に小さな蟠りを落としたこと。
彼の空気感が、変わったこと。
目元を吊らせて、三日月形の隙間から僕らを見下ろす彼は、昨日までの純朴な青年の面影がどこかへ行ってしまっていた。
「…ええ、まあ。その可能性はありますよね…」
ごく普通に答える。けれど喉がざらりと張り付いていた。
細い糸で首を絞められるような引っ掛かりが確かにあって、距離を取りたいと思うのに体が動かない。
ゆっくり近づいてくるHandの背に合わせて、僕の首も上を向いた。
「身内が3人もいれば、Mouthさんを殺すことも、部屋に隠すことだって造作もないでしょ?」
「…!」「ぇ…なに?…3人ってどういうこと?」「……くっく…」
冷えた空気が心臓を包んだ。
光を失ったHandの瞳に、ただただ驚愕から目を見開くだけの自分が映っていた。
「ウェルカムパーティで、Brainのお二人とEyeさんは一緒でしたよね。Eyeさんはあなたたちの世話がかりか何かなんでしょう?黙っていたのは良心のつもりでしたけど、ここまでくるとそうも行かなくなりました」
そこで彼は一度、何かを待つように天井を見上げた。
「……なるほど。Mouthさんの考えは正しかったようですね。さっきのは何かを明かすというルールに抵触しないらしい。じゃあ、死体がなかったことも気を使う必要はなかったか…」
そう、独り言のようにつぶやく。
すでに解放された情報だった場合、何かを明かしたと言うことにはならない。Mouthが最初のゲームの時に言ったことだ。パーティでのことは知っていてもおかしくない。死体が動かされたことも、一目瞭然の事実だった。
ゲームマスターの反応を待っていたらしいHandは、すぐに僕らの方に視線を戻すと、よく通る声で言い放った。
「今までの犯行、すべてあなた方3人でやったとすれば説明がつくんですよ」
「!!」「あんたらだって、裏で全員が協力関係にあったら可能だろうが!」
シュウがすかさず食ってかかる。
けれどHandはそれに予想通りだとでもいいたげな顔で反論した。
「どうやって連絡を取り合うんです?防音された部屋と廊下に、どこに誰が潜んでるかわからない死角が多すぎるゲームフロア。けどあなたたちは、双子が同室だ。君らが作戦をたてて、Eyeさんには臨機応変にサポートしてもらえば、日頃の信頼関係があれば不可能じゃないですよね?」
「けど…!」
「それに、仮に俺たちが協力関係にあったとしても、もともと3人協力関係にある君たちにバレずにやり遂げることは難しいと思いますけど」
Handの言い分は筋が通っていた。彼は唯一僕ら3人が家族同然の繋がりであることを知っていたから、その思考にも納得がいく。今まで起こった全てに対して、有罪を決定づける証拠はHandにはない。
けれど、僕らが自分たちがやってない証明ができない以上、彼の言い分が推理として信憑性を持ってしまう。
ただ一点を除いて。
「死体が移動した件については、僕らは無実を証明できません。ですが、少なくともMouthさんを殺したのは僕らじゃない。あの時、遺体からNoseさんの煙草の匂いがしていました。死後、彼に匂いが移るような接触をしていなかったのにも関わらず、その匂いが鼻についたと言うことは、少なくとも直前までMouthさんといたということですよね」
「部屋に行った順番的にも、NoseがMouthと協力関係を装っていたなら隙をつくことは簡単だろうぜ。大体、告発のときNoseはあからさまに執行人の言動だったじゃねーか!」
僕とシュウはなるべく毅然と見えるようにはっきり言った。主張は間違っていないはずなのに、疑われているという状況下で手はじっとりと汗ばんでいた。
「俺は指示通りに動いただけだぜぇ?殺した当人じゃなくても、それ以上のことをしたのはおめぇらだろ」
…それ以上…?
Mouthの死体の状態を思い出して、不可解に感じたことを思い出した。一人だけでやり遂げたとは思えないような惨状。
その時僕はすでに、可能性としてこの船に僕ら以外の存在を考えた。死体がなくなっていたことでその可能性は上がったと考えていたけれど、Handは僕らが協力してやったとずっと疑っていたというのか。
そしてそのことをおそらくNoseにも話していた。
朝の食堂での会話やHandに抱いた違和感は、気のせいなんかじゃなかった。
「…誰も無実を証明できない以上、僕らだけが疑わしいわけじゃない。それよりもこの船に見知らぬ人間が潜んでいる可能性を考えた方がずっと…!」
「そんな目に見えない存在に怯えていたら、狼の思うつぼですよ。そうやって村人を内側から喰おうと画策しているんだから。疑わしきは罰する。巷の人狼ゲームでも初手プレイですよね」
そう言いながら、彼は背中から鈍色を走らせる包丁を取り出した。
この近さはまずい。
直感的にそう感じたのはシュウの方が早かった。僕の腕を力強く引いて、体勢を整える暇もなく食堂の出口に走った。
まさかこんな公然の場所で。
Handは執行人なのか…?僕らが犯人だとわかっているから、ゲームのルールに則って排除しようとしている。
だとしても、告発されてしまえば自分も負けなのに。
彼の考えがわからず扉の前で振り返った。その目前に、きらりと白く光った何かが迫る。
「っ危ない!」
シュウの叫びと同時に、火傷したときのような刹那の痛みが肩を掠めた。遅れてじわりと熱く溢れる感覚がやってくる。
包丁は僕の肉に中途半端に速度を削がれ、食い込んだ肌から柄の重みでゴトっと落ちた。その際さらに抉られた痛みに呻きながらかろうじて反対の手で傷を抑えたが、熱く脈打った感覚が生々しく力が入らない。
突然の痛みに腰が抜けて立てなくなった僕を、シュウは必死に抱えてなんとか食堂の外に出たが、Handたちからは逃げられなかった。
「安心してください。別に殺したりしません。権限を与えられているとはいえ、死刑にしてしまったら告発されてしまいますし」
これがHandの本当の顔か。あの怯えや繊細さはすべて演技だったのか。
それともこの場所が、彼をそんなふうに変えてしまったのか。
どうに見つめていいのかわからなかった。じくじくとただ熱さを訴えてくる傷が、自分の代わりに痛みを叫んでいるようだった。
僕らは追い詰められ聖卓に背を預け、大人たちを見上げていた。
力や狡猾さでは彼らに敵わないことはわかっていた。
だから僕がこの場で考えなくちゃいけないことは、僕を庇うように彼らと対峙しているシュウを守ること。
「これからゲームをするのに君たちに阻まれると厄介なんでね。行動不能くらいにはしますけど、負ければ死ぬことが確定なら俺が手を汚すまでもないでしょ?」
「…そういうことなのね…。急にキャラが変わるから狂ったのかと思ったわ」
「ハッ、狂ってるに決まってんだろ。一番無害そうに見えておそろしい奴がいたもんだぜ。まあでも、双子だけじゃなくてそこのメイドもと来たもんだ。身内が3人なんてどう考えてもアンフェアだもんなァ?一人くらい死んじまってもまだハンデあるようなもんだろ」
Handの豹変ぶりにNoseとEarの二人が言った。
彼らが僕らの味方をして、状況を逆転させることはまず不可能だ。そしてアイさんも、自分も疑われている一人だというのに動じもせず、こちら側に来る気配もない。
「…一人くらい?まさか…。Eyeさん、その手の甲の傷、過去にあの双子にやられたんですってね」
Handはなにか含ませた声音で、アイさんを振り返った。
僕らの今朝の贖罪を聞いていなければ知るはずのないこと。揺さぶりはこの時のためか。
「神さまに赦しを請うより、本人に直接罰を下してもらったらいい」
まるで指導者にでもなったような振る舞いだった。Handはアイさんに何か耳打ちをした後で、持っていた包丁を手渡す。
「……その通りですね。その傷を負わせたのは僕だから、僕が彼女から罰を受けます」
あの日、シュウが彼女に割れた何かの破片を投げ、僕が彼女を突き飛ばした。倒れた拍子に、その破片が手の甲に運悪く刺さってしまった。
僕が何もしなければ彼女が消えない傷を負うこともなかった。
だから……
Handは僕の言葉に、胡散臭く…ゲームマスターのような笑みを浮かべると、ゆっくりこちらに歩いてきた。
「っ…!」
彼は僕の怪我してない方の腕を強引に聖卓に押さえつけ、アイさんに顔を向ける。
衝撃に顔を歪めた僕も、彼女を見上げた。
シュウは引き離され、まるで囚人がされるようにNoseに後ろで手を抑えられていた。
彼女は包丁を持ったままゆっくりこちらに歩いてくる。微かに眉根を寄せてはいるが、この場に合わせているだけにも思えて、彼女の心はやっぱりよくわからなかった。
目が合うこともなかった。
「おいっ、待て!俺が全部受けるから…!もうこれ以上傷つけないでくれ…っ」
シュウは逃れようと体を捩りながらそう叫んでいた。
優しいシュウのことだから、きっと僕が傷つくことを自分がそうなるより痛がってくれるだろう。
けどそれはお互い様だ。
父さんと母さんがいなくなってから、僕のためにずっと兄さんでいてくれたシュウに、これ以上…何も背負わせるわけにはいかない。
天から振り下ろされようとしている銀の刃を見つめた。沈みかけた赤い陽光に当てられて、その照りは冷たく優しく一度きらりと光る。
瞬きをした一瞬。
視界からズレたと思ったその刃先は、軌跡を真横に描いて、すぐ隣にいたシュウの額を切り裂いた。
振り乱された髪で途切れた視界の向こう。
ボ ク の ダ イジ な 人 が、あってはならない色に塗りつぶされていく。
ノイズでもかけられたように、ずれ込んでいく景色。
くすんでいく視界の端。
赤い、飛沫が、張り詰めた空気を濡らしていく。そこにだけ時間が存在しているように、散らばって広がっていく。
頬に跳ねたそれは、自分の体から溢れたものより濃い熱を垂らした。
目に写ったその光景は、僕の感覚の全てを奪った。
耳は脈動の音でいっぱいになり、肌は痛いほど冷え切って、すでに嗅ぎ慣れた鉄の匂いは、乾き切った喉にまで降りてきて、叫びさえも押し潰した。
うさぎが鳴くような声がかろうじて、締め出されただけだった。
支えをなくして床に倒れた彼の体の音がして、ようやく解き放たれたように心臓が加速した。
駆け寄ろうとした僕を、忌々しい力に引き戻される。ついで、衝撃が押さえつけられていた手を鋭く貫いた。
何か叫んだ。離せとかなんとか、そんなようなこと。
言葉になっていたかもわからない。この耳には自分の慟哭と、彼の心臓の音だけが聞こえているようだった。
そんな中、 ピシッとヒビのように割って入った声。
これは罰なんですよ。
理解したくない頭が、限界を超えた痛みに埋め尽くされる。
「まさか、自分だけが被ればいいだなんて思ってたわけじゃないですよね?そんな甘い考えだったわけじゃないですよね?それどころか、大事な兄弟を傷つけた彼女に、憎悪を抱いているなんてこと、あるわけないですよねえ?」
耳元で聞こえる声がいったい誰のものなのか、何もわからない。自分のうちなる声のようにも思えて、そしてその言葉は、本当に痛かった。
「だから君らは子どもなんですよ。その目…。償うなんて、やっぱり口先だけじゃないですか。彼女に何をされたってそれは報いなんでしょ?なのになんなんです?その目は」
Handは僕の胸ぐらを掴んで揺さぶった。ナイフで聖卓に串刺しにされた手が持ち上がって、肉が引っ張られた。
わかってる。
正義ぶって甘い考えに縋って、耐え難いほど滑稽で愚かで、世界で一番嫌いな『子ども』という立場に溺れている。
だから父さんは帰ってこないし、母さんはもういない。
僕は罪人だ。
罪人の僕が一番辛いことを、世界はよくわかってる。
アイさんは僕への報復として、この方法を選んだ。
シュウには傷を、僕には傷みを。
僕はこの報いを受け入れなくてはいけない。
わかってる。
なのに…
ならば僕への報いとしてシュウが傷つけられても仕方ないなどと、思うこともまた、やりきれなかった。
「全部自分が撒いた種なんですよ。恨むなら、過去の自分を恨みましょうね?」
あやすように言う。
僕は彼を睨んでいた目を、ぎゅっと瞑った。
僕に許された感情はただ一つだけ。アイさんが悪いのでも、Handが悪いのでもない。この状況はすべて、幼かった自分が招いたこと。
僕はきっと、償いきれない。
アイさんにしたこと。その結果巻き込んでしまったシュウと、シュウに強いたこの不幸。
額から血を流し続けて、意識の失ったシュウの体を見つめて息ができなくなった。
その姿はこれから起こりうる未来を示唆しているようで、それだけは絶対に阻止しなければいけないと思った。
許されようとしたこと。罪人の分際で報復の形を望もうとしたこと。
罪と罰に対する自分の傲慢さが招いたこの結果を、僕はこの心臓に抉り刻まなければならない。
そして僕がこの先やらなきゃいけないことは、ここに来た時から何も変わらない。
そう、何度も言い聞かせた。
うさぎが鳴くような




