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いつかゲームになる日まで  作者: 白藤あさぎ
11/32

    -File 3- *

*グロテスクな表現を含みます




   −File 3 1日目:夜−




???の手記 n番目 ・月・日


最近なんだかとても疲れた顔をしている。微笑んではくれるけれど、なんだか浮かない。

…無理もないか。こんな生活を強いていたら、ストレスが溜まるのは当然のことだ。少しでも息抜きになるようなことがあればいいけど…


そういえば、彼女は手芸が好きだった。学生の頃冬に手編みのセーターをもらったことがある。とても気に入ったからずいぶん着古してしまって、毛羽だってるからダメって彼女が処分してしまった。


今度手芸キットをプレゼントしよう。何かに没頭できれば、少しは心配事からも離れられるだろうから。

___





【ただいまより 第一のゲームを開始します】


食堂に戻ると、ちょうど柱時計が音を上げ時刻を告げた。ゲームマスターのアナウンスだけが響き渡る。


「Mouthは?」


まだ彼の声の余韻が消えないうちに、Earが言った。この部屋に彼の姿だけない。始まったばかりだし、個室でなにかしていて遅くなっているのかも知れない。開始が告げられたしそのうち現れるだろう。

最初に集まって会議をしようと言い出した張本人がいないから、誰もどうに進めていいかわからず黙った。ゲームマスターからの進行もなく、各々椅子に座って落ち着かなげにしていた。


「…僕、呼んできます。このままじゃ進まないし」


開始から10分ほど経った後でそう言った。僕の声にシュウも立ち上がる。


「部屋にいなかったら3階見にいくんで、遅かったらそう思ってください」

「はあ?もしかしてMouthのやつ、ひとりで抜け駆けしてるかもってこと?」


そういうつもりじゃないけど…。

防音対策されているために部屋にいるかどうかの確認はできないから言っただけで、Earはなにかとそういう捉え方をする。痛い目見たばっかなのに。


「あたしもいく」


僕ら二人の監視のつもりもあるのかもしれない。ともかく僕とシュウ、EarでMouthを迎えにいくことにした。


まずはMouthの部屋。ここは防音効果のせいで扉を叩かなきゃ外に人がいるかどうかを認識できない。ゲームマスターのアナウンスはどこにいても聞こえるようになってるはずだから、聞いていれば出てきてもいい頃だ。

指紋認証式のドアだから僕らじゃ絶対開けられないし、中にいるのかどうかわからなかった。


ドアを数回ノックしても出てくる気配はない。


「…いないのかな」

「3階に行ってみようぜ。ったく、自分で言い出したんだから来いっての」

「まあまあ、全会一致だったんだし」

「上にもいなかったらどうすんの?」

「部屋にいるってことでしょう。キッチンか食料庫にいない限りは。隠れる意味はないと思うんで、もしかしたら寝ちゃってるのかも」


部屋にずっといたら、何もしてないって判断されかねない。あのいかにも勝負師な性格の彼が自ら負けの危険を冒すとは思えなかった。

けど…たとえば…。


彼がこのゲームの犯人だったとしたら。


あの部屋で何かを見つけ、何かに怯え、勝負を投げ打つことを決めた可能性もなくはない。

今までの彼からして、正直あまり想像はできないけど…


やってきた3階は、なんだか時間を経るごとに暗くなっている気がした。重苦しい闇が廊下の奥に続いていて、明かりも心許なく薄暗い。

部屋にいくまでの間、僕はずっとぞわぞわと不快感が止まらなかった。


「……誰もいない、よな…?」

「Mouthさん?もうみんな集まってますよ」


声を張って呼びかけてみても返事はない。ここはきちんと確かめていないが、もし防音加工がしてあるとしたら奥の部屋まで確認したほうがいいだろう。


「あんたたちそっちのリビングをみに行って。あたしはバスルームに行くから」


頷いて、僕らは玄関扉からリビングへの扉に向かった。Earは途中で脇に入っていく。

さっき調べられたのはこのリビングまでだ。キッチンまでは人がいるかどうか一眼でわかる。ここにいなければ、あと残るのは奥の部屋だけ。


「いないわねー。ったく時間がもったいない。奥は見たの?」

「いえ、まだです」


リビングに入ってきたEarもいないことを確認したようだ。僕の返答を聞いてズカズカと奥の部屋に向かう。おそらく寝室だろう。

僕らも後に続いて入っていくと、むわっとした空気に迎えられた。


「…なんか…(よど)んでんな」

「なんだろうこの匂い…色んなものが混ざってるみたい」


埃っぽい匂いと人間の体臭?それから若干甘い香りも混ざっている。Earの香水だろうか。耐えられないほどではないが、ここだけやけに空気がくすんで溜まっていた。


「ねえこれ、Mouthのメガネじゃないの?」


床から何かを指に摘んで、Earは僕たちに見せた。ひび割れて片方フレームが歪んでいたが、それは確かに彼がつけていた黒縁メガネだった。


「ここにいたってことでしょうか…でもなんでメガネだけ…」


ずっとつけていたし、無くしたり壊れたりしたら困るものだ。何かのはずみでそうなったとしても、ここに置きっぱなしにしたりするだろうか。


「本人がいなきゃ意味ないっての」


うざったそうに髪を揺らして、Earがこちらを振り返った瞬間だった。


ポタ_


視界を何かが一直線に落ちた。

反射的に床を見ると、そこにぽつりと黒いシミができている。


「…なにこれ」


カーペットを汚したシミの正体を見ようと体を屈めた。


ボタッ ボタタッ


続け様に一際大きな塊が落ちてきたと思うと、タラタラと天井から糸を引くようにそれらはEarの髪を濡らした。


「えっ」


頬に、肩に、降ってきたそれらは、ベッドサイドのわずかなランプの光に照らされて赤黒くぬめる。Earは訳がわからずそれを髪や肌に撫でつけて引き伸ばしながら、困惑したように上を見上げた。


引き攣った悲鳴が喉を締める。体が一瞬で硬直し、瞬きすら忘れた。


「ぃっ…いやあああああっ」


耳を(つんざ)いた悲鳴。止まった時間を取り戻そうとするかのように、彼女は喚きすごい速さで後ずさった。壁に激突し”彼”を凝視する。


天井のぽっかり空いた穴。何かの拍子に張りが剥がれたのか、人一人が通れるくらいのそこから上体を半分ほど出して、Mouthの顔が逆さまにこっちを見下ろしていた。完全に制御を失っている目を傾けて、締まりのない口から長い舌がだらりと垂れ下がっている。


僕はそこから動けなかった。自分が何を見つめているのかもよくわかっていない。アレは何で、一体どうしてあそこにいるのだろう。


ガタガタと(せわ)しい音がする。Earがそこから逃れようと腰が抜けたまま這いずってランプを倒した。その光源の軌道に合わせ彼の目がぎょろっと横に振れる。


ズッと体が一度動いたのを皮切りに、彼の顔がだんだん勢いを増して目前に迫った。


咄嗟に目をつぶる。シャッターを切ったように、その瞬間彼の迫り来る顔が瞼の裏に焼きついた。


ギリ、ギリ、と妙な音が、やがて静かな空間に聞こえ始めた。規則正しく、それがいつしか自分の鼓動と合わさっていく。


恐る恐る目を開けた。

ひらけた視界の中で、つま先が床から少し浮いたところでゆらゆらと揺れていた。滴り落ちる血が今もまだそこに黒いシミを広げていく。

そうしてはいけないと思いながらも、ゆっくりと上に視線を向けることをやめられなかった。


明かりの消えた部屋の中で、彼は首を吊られていた。

鉄錆びた匂いが今になって鮮烈に鼻を刺激する。妙な匂いの正体はコレだった。

血に塗れた彼の体と、青白い頬に引き伸ばされた真っ赤。仄暗い部屋の中でそれはほとんど黒かったけれど、脳裏に過った記憶がこの目を狂わせていた。


「なんなの!?どうなってんのよ!?」


まだ荒く呼吸を繰り返しながら、Earはぐらぐらと焦点の定まらない目で彼を見上げていた。額に脂汗をかき、起き上がることが難しそうで、尻餅をついたまま体を縮こませて震えている。


真っ赤なお掛けでもしてるみたい。

染みになった彼の襟元を見てそう思った。

一向に血を流すことをやめないその口から、目が離せなかった。


「…殺されたんだ」


シュウがつぶやいた。


「…この船に乗ってる誰かに」


まるでそこにだけ執着したかのようにズタズタに傷つけられた口元。

耳まで一直線に切れ込みがされ、裂かれた唇から歯茎が覗き、でろりと伸びた舌は切断面が欠けた鋸のようだった。

人間の顎はこんなに開けるものだっただろうか。人間の舌はこんなに長く分厚かっただろうか。途中で刃が駄目になったとでもいうように、今にも重みで千切れそうになりながらかろうじて繋がっている。


そこから目が離せなかった。


「おいっ!しっかりしろ!」


突然ガシッと肩を掴まれ揺すられて、ハッと息を飲んだ。

自分とそっくりな顔が、険しい顔で見つめてくる。


「…ごめ…ん…」


かろうじてそれだけ言葉にできた僕に、シュウはそれでも顔を(しか)めたまま言い放った。


「…はやくここから出よう。他の人たちにこのことを伝えねぇと」


自分で立ち上がれないEarを、僕とシュウで支えながらその部屋を出ようとしたときだった。


聞き覚えのあるジーという機械音が微かにして、あの声が部屋中に響き渡った。


【Ear Brain3者による遺体の発見を確認

執行人により 犯人が処刑されました

ゲームを続行します】


ああ…


あれは静かな絶望を知らせる音。


始まっていたんだ。

断罪ゲームは、もう終わらない。


ぼとり

這うように彼の体をなぞり転がりながら、舌がちぎれ落ちた。





エレベーターが開くと、慌てた様子で食堂に待機していた人たちが立っていた。


「さっき放送が…い、一体何が…?Earさん、それ…まさか…」


HandがEarの髪や服についた血をみて言葉を失う。

さっきのゲームマスターの声を聞いて慌てて来たんだろう。


「あたし…シャワー浴びてくる。Eye、部屋にいてくんない?」


すっかり怯えて、Earはアイさんにそう縋った。アイさんは心配げな表情を向けて、静かに頷く。明らかに疲れ切った背中を誰も止めはしなかった。

無理もない。あんなものを見た後だ。戻ってくる前にマンションのトイレで吐いていたし、普段の虚勢を保てなくなってる。


「…3階の、マンションの寝室でMouthが殺されてた」


念の為なのか、アイさんはEarの部屋の扉を開けっぱなしにした状態でいた。そうすれば音が遮断されることはないし、全員の目があるから安全だろう。


シュウの言葉にみんなどう反応していいかわからないようだった。


「…首を吊ってた。けど……」


どう考えても他殺。彼の状態を細かく説明することはできなくて、シュウは吐き気を堪えるのに一度深呼吸して続けた。


「…見に行ってとしか言えないです。とにかく…死んでた」


事の重大さは、その場にいなかった彼らにも十分伝わっているだろう。Handはそれ以上を聞かず、頷いた。


「……わかった。とにかく全員でいましょう。ゲームは始まってるし、執行人も…これ以上は何もできないはずですから」


ルール上はあとはバレずに動くだけ。でもさっきあんな殺人を犯した人間がいるかもしれないこの空間に、たとえその他大勢がいたとしてもいたくない。

自分が殺されない保証はどこにもないのだ。


「お前らのことを疑うわけじゃねぇが、この目で確かめねぇと納得いかねぇ。おいHand、あんたもいくか」

「…嫌ですけど、単独行動させたくもないですし行きます」


僕らが降りたばかりのエレベーターに、今度はNoseとHandが乗っていった。

訪れる静寂にどっと疲れが押し寄せる。

そばの壁に背を預け、ずるずるとそこに座り込んだ。


目の当たりにするまで、本当の意味で実感なんてやっぱりできていなかったんだ。

いくら船が沈むと言われても、本物のライフルを発砲されても…

むしろ非現実的すぎて、自分の世界に今まで示された死の恐怖は浸透していなかった。


けれど彼は、間違いなく死んでいる。つい数時間前まで生きていたはずの人間が、あんな無惨な殺され方をしていた。

あれが罰。あれが…ゲームマスターの言う断罪。これ以上彼をどうするというのか。犯人であることがわかったところで、これ以上罪を暴いてなんになる。


僕は…勝つために死んだ人の罪を暴かなくてはいけないの…?


「なあ、これ見てみろ」


エレベーターの機械前にいたシュウが声をかけた。ディスプレイに目を向けたまま、僕を呼んでいる。それは『探偵』の役割を持った人が、ゲーム終了前までに『謎かけ』の答えを入力する機械。

ゆっくり立ち上がって、シュウの隣から覗いた。


:人間だけに許された叡智の象徴

時には心 時には事象 時には虚実

人を生かし 殺す 形なく罪深い力を持つもの


彼の罪は?:


それは『謎かけ』だった。


ゲームは止まらない。そして僕は、どう足掻いてもこのゲームから逃れられない。死んだ彼の罪を暴いて勝ち残らなければならないんだ。

嫌とか辛いとか無意味だとか、そんな段階はとうにすぎている。




細い二つの背中を見守る視線は物憂げだった。


このゲームの『答え』に、彼ら自身が辿り着くまで、あとーー。




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