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8. 魔法使いの訓練

「眠そうだな。旅行記はそんなに面白かったか?」

 少し目を赤く充血させたエルヴィラを見て、ルクロドは苦笑い混じりにそう言った。


 テーブルにはフライドブレッド、ポリッジ、そして目玉焼きにグリンピースとキノコソテーが添えられ、マリアが注いでくれた温かいハーブティーがあった。

 エルヴィラの苦手なベーコンははなからない。

 この屋敷では何故かエルヴィラが嫌いな食べ物は一度も出てきていない。

 むしろ好きなものばかりで、肉が嫌いなことは知られていたが、この国の朝食に付き物のインゲン豆も無いところを見るとエルヴィラの好き嫌いは完全に把握されているようだ。


 エルヴィラはハーブティーを一口飲み、ホッと息を吐いて言った。

「ええ、面白すぎて一気に読んでしまったの。やっぱりイニリ・ニシは美しい所のようね。あそこの湖に是非行ってみたいわ」

「じゃあ来月早々にでも行ってみよう。あそこは旅籠(イン)も充実してるし、旅行にはピッタリだ」

「嬉しい!楽しみだわ」

 エルヴィラにとって生まれて初めての旅行だ。小さな時に一、二度領地に行ったことぐらいしか遠出の経験はない。その時にインに何度か泊まったが、あまりよく覚えていなかった。


「今日はどうする?もう一度街に連れて行こうか?まあ街にはマヘスと一緒ならいつでも好きな時に行けば良いが、その前にもう少し魔法を覚えて行った方が良いな」

「魔法を?」

 まだ、この国に来て三日も経っていないのに早すぎではないかとエルヴィラは思ったが、魔法ありきで生活が成り立つこの国では一日も早く不自由ない程度の魔法を覚えるべきかと思い直した。


「分かったわ。どんな授業をするの」

「とりあえず、長い手(ラアム)という、魔力をあたかも自分の手のように操る訓練をしよう。それから、浮遊(スネイム)という物を浮かせる魔法だ。ラアムを覚えれば、スネイムは直ぐにできるだろう」

 魔力を手のように操ることが出来れば確かに便利だろう。あのルクロドの部屋の壁一面にある本も自由に出し入れ放題だ。


「朝食が終わったらホールでラアムの訓練をやってみよう。まあお前なら小一時間もあれば十分だろう」

「そんなに簡単なの?」

「エルヴィラはもう自由に魔力を放出できる。それができるなら後はそう難しくないさ」

 ルクロドはそう言って笑った。その笑顔はエルヴィラの不安を払拭させるのに十分だった。



 客間の奥にガランとした広いホールがあった。多くの客が来る時はここを使用することもあるようだが、普段はほとんど利用していないらしい。

 マリアがカートを押して入ってきた。上には本、ナイフ、大小の板、棒、ペンと紙があった。

 遅れてマヘスが土の入った袋を持って来た。軽々と運んでいるが相当重いはずである。


「さて、エルヴィラ。杖を出してくれ」

「はい」

 エルヴィラは左手を開き、杖を取り出した。

 ルクロドが頷く。

「よし。では杖の先に魔力を集めて放出してごらん」

 エルヴィラが言われた通りにするとキラキラとした光が微かに杖の先から放出しているように見える。


「ではその力を、カートの上の紙に向けてみろ」

 エルヴィラは杖の先を紙に向けた。すると紙が微かに動いた。

「動いたわ!」

「上出来だ。そのまま紙を持ち上げるイメージを持って、出来ればクルクルと回してみろ」


 エルヴィラは意識を集中して紙を持ち上げようとした。すると紙がそのままスーッと浮き上がった。

 続いてクルクル回るイメージを持ったがウンともスンとも言わない。


「エルヴィラ、手の上に載せた紙を回す時どうする?」

 ルクロドのその言葉にエルヴィラは考えた。一本指の上に乗せて回すか、指を動かして回すかだろう。

 何となくイメージがわかったエルヴィラは魔力を一本指のように伸ばし、紙を回すイメージをした。すると紙が揺れながらも回り始めた。


「すごいニャ!」

 マヘスとマリアが拍手してくれた。


「よし。じゃあ次は魔力を広げるイメージを持ってみろ。本を投げるから、両手で受け止めるような気持ちで受け止めてみろ」

 エルヴィラは紙を下ろし、ルクロドの本に杖の先を合わせた。紙と比べ物にならないくらい重そうな本だ。


「左手も使うイメージでな。ほれっ!」

 エルヴィラは気持ち的に蹌踉めきながら本を受け取った。

 左手を大きく開き右手の杖との間に魔力の網を作るようなイメージをしたが、上手くいったようだ。


「良くやった!スネイムも十分できそうだな。じゃあ次に本を一枚、一枚捲ってみろ」

「浮かせたまま?」

「そうだ」

 これはなかなか難しかった。一枚一枚捲ろうとしてもどうしても数ページ纏めて捲ってしまう。しばらく挑戦したがなかなか出来ず、一旦休憩を取ることになった。


 ホールにいつの間にか用意された、お茶のセットが置かれたテーブルに着き、一息ついたエルヴィラにルクロドがアドバイスをくれる。


「上手く出来ない時は、一旦魔法じゃなくて素手で触ってみると良い。その感覚を魔力で再現するんだ。まさに自分の手でやるかのようにな」

 エルヴィラは頷いた。

「そう言えば、自分が手で捲る時どんな風にしてたか思い出せないわ」

「そんなもんだ。人間の行動は無意識に行われている事が多い。そうするといざという時イメージが曖昧になる」


 練習を再開して、エルヴィラはまず手で本を捲ってみた。手の動き、指の動きを改めて確認するといくつかの発見があった。

 本自体を反らせることでページが勝手に浮き上がる事。そうならない時は自分の指で本の端を歪める事。


 エルヴィラはもう一度魔法で本を浮かせ、数ページを纏めて反らせてみた。ここまでは問題ない。

 一番上の一ページ目以外を抑えて、ページを更に反らせると上手く一ページだけ捲る事ができた。


 結果、エルヴィラは魔力をあたかも自分の手のように操る事ができるようになった。

 ナイフを板に投げ、棒をクルクル回し、撒かれた土を一纏めにして袋に戻すところまでは完璧にできた。

もう少し頑張れば、ゴーレムを作り、動かせるようにもなるだろうという事だった。


「じゃあ、最後に浮遊の練習をしよう。俺がお前を浮かして、マットの上に落とすから、落ちきる前に自分の身体を浮遊させろ」


 ルクロドが杖を振ると何処からかマットが現れた。エルヴィラの顔が青ざめた。

「ちょっと私、スカートよ。この格好で浮き上がるなんて嫌よ!着替えて来るわ」

 ルクロドは逆に赤くなった。

「す、すまん。気がつかなかった。マリア」

「はい」

 マリアが頭を下げたかと思うとその手には昨日買ったキュロットが現れた。

 マリアがエルヴィラに近付き、キュロットを当てると一瞬でスカートがキュロットに変わった。


「あらすごい」

「それなら問題ないだろう。昨日買った自動車に乗る時もキュロットの方が良いかもしれんな。魔法で広がらないように抑えても良いのだろうが」

「そうね。じゃあキュロットをもう二、三枚買っても良いかしら?」

「ああ、好きなだけ買って良い。遠慮するな」


 服装が変わって、魔法の訓練が再開された。

 杖はしまうように言われたエルヴィラが身を硬くすると、ルクロドの魔法で仰向けにマットの上に浮かび上がった。


「合図をしたら落とすぞ。それまで魔力を出すな」

 緊張から、落ちる前からラアムを出していた事を見咎められた。


「三、二、一、落ちろ!」

「!」

 エルヴィラは両手を固く握り締め、目を固く瞑った。


ーー浮いて!


 衝撃はやって来ず、エルヴィラの身体はマットスレスレで浮遊している。

「よし。スネイムも成功だな。念の為にあと何回かやってみよう」

「えー!!」

 ルクロドの容赦ない言葉にエルヴィラは抗議の声を上げたが、結局その後、三回ほど繰り返すことになった。

 エルヴィラも二度目には余裕が出て、三度目にはマットの外に足から着地してみせた。


「これで万が一自動車から放り出されても、高いところから飛び降りる羽目になっても大丈夫だ。この国は何が起こるか分からない。マヘスが絶対にお前を守るが、お前自身も自分の身を守る手段を持つに越したことはない」

 どれだけ物騒な国なのだ。しかし、実験室のことを思い出す。

 他の魔導師も同じような実験をしているのだろう。そうなるといつ巻き込まれるか分かったもんじゃないのかもしれない。


 三日前まで深窓の令嬢だったエルヴィラは、慣れない訓練に疲れてしまい、結局その午後はお昼も食べずに寝込んで、ルクロドを心配させることになった。


 予想外に過保護なルクロドが、泣きそうな顔でエルヴィラの様子を聞きに来ることに、母の死後、誰にも顧みられなかったエルヴィラはくすぐったいような嬉しさを感じて眠った。

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