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7.自動車選び

 自動車屋は工房になっていた。中では男達が設計図を書いたり、部品を作ったりしている。

 馬車と同じく木で作る場合もあれば、金属を加工する場合もあるようで、広い工房に色々な音がこだましていた。


「ルクロド先生じゃないですか!珍しい。こちらに来てくださるなんて開業の時以来ですね」

 背の高いヒョロヒョロとした男が駆け寄って来てルクロドの手を握りブンブン振った。


「マシュー、相変わらずだな。元気そうで何よりだが。今日は娘のために自動車を見繕いに来た。乗り心地は改善したか?」

「娘?遂に養女を迎えられたんですか!初めましてお嬢様。マシューと申します。ルクロド先生の弟子の一人です」

 エルヴィラに向かってマシューは背中を丸めて視線を合わそうとしてくれた。

「初めまして。エルヴィラと申します。お見知り置きください」

 エルヴィラが笑顔で応えると元々笑い顔のマシューもますます笑顔になった。


「良かったですね。こんなに可愛いお嬢さんを娘にできて。では師匠のために、飛び切りの新作をお見せしましょう!こちらへどうぞ!」


 マシューに連れられて行った先には車輪が三つついた椅子があった。革張りで、座り心地は良さそうだ。前の車輪と椅子の間に足置きがある。前輪は繋がったハンドルで稼動できるようになっているようだった。


 車輪はよく見ると木枠ではなく金属枠で黒い物で覆われている。


「車輪をゴムで覆い、椅子の部分にはスプリングを入れました。乗り心地が随分改善しましたよ。それと坂道対策でブレーキ機能をつけました。このペダルを下げると後ろのタイヤに負荷がかかって減速できるようになってます」

「素晴らしいな。機構でそうしたのか」

「はい。仕組みは単純ですが。あまりにも速度が上がり過ぎる場合も安全装置が降りるようにしました」

「それはどういう仕組みだ?」

「後輪の回転数に連動する歯車を取り付け、回転数が上がりすぎると遠心力でここのストッパーがはずれ、この部品が下がり、ブレーキをかける仕組みになっています」

 マシューが椅子をひっくり返し説明を始めた。ルクロドは顔を近づけその仕組みを確認しているようだ。


「なるほどこれは考えたな」

「安全装置が作動したら、手で元どおりにしないといけないのが難点ですがね」

「説明書が必要だし、販売時にも口頭で伝えた方が良いな」

 エルヴィラも横から覗いたが何がどうなっているか全く理解できない。しかし、乗り心地は早く試してみたかった。

 だがしばらく二人の会話が終わりそうにないのでエルヴィラはマヘスと二人で近くのベンチに座った。


「マヘスってルクロドのことを以前から知ってたの?名前、聞いてないのに知ってたでしょ」

「ルクロド様は女神の愛し子ですニャ。魔神なら誰でも知っておりますニャ」

「愛し子?」

「はいニャ!」

「女神ってもしかしてアヴァロンの……」

「そうですニャ!」

 そう言った瞬間、マヘスが目を見開き、毛を逆立てた。尻尾もピンと上に伸びている。


「……申し訳にゃいニャ。喋りすぎましたですニャ……」

 マヘスは可哀想なほど縮こまってしまった。ルクロドは自動車に夢中だが、マヘスはどこからか叱られた様に見えた。

「ごめんなさい。もう聞かないわ」

「ご主人様は悪くないですニャ!」

「でも聞いてはいけなかったのでしょう?」

「いえ、魔神は魔神の世界のことを人に話してはいけないのですニャ。マヘスがルールを破ったので忠告を受けただけですニャ」

 誰から忠告を受けたのか気になったが、これ以上聞くべきではないだろうとエルヴィラは話を変えることにした。


「ところでマヘス、私のことはご主人様じゃなくてエルヴィラと呼んで」

「かしこまりましたニャ!」

「敬語も良いわ。出来れば友達になって欲しいの」

「!友達なんて初めて言われたニャ!嬉しい……。でも良いのですかニャン」

「ええ、もし私に至らない所があったら友達として教えて欲しいの……。駄目?」

「駄目じゃないニャ!初めての友達ニャ!よろしくニャ!エルヴィラもマヘスに嫌な所があったら言って欲しいニャ」

「ありがとう。マヘス、私にとっても初めての友達よ」

 二人は両手を握り合って喜び合った。


 エルヴィラは昨夜改めて自分の日記を読み返した。未来の記述ではなく、過去の記述をだ。そこには、父や義母、使用人達への怨嗟や文句ばかりが書き連ねられていた。

 見直してみて自分が如何に些細な事に腹を立てていたかが分かり、とても恥ずかしくなった。この様な性格だからこそ破滅の未来を辿るのだなとも納得できた。


 エルヴィラはそんな自分を変えたい、変えようと決心して朝を迎えた。今日から自分は変わらなくてはいけない。その為には、マヘスに対して今までの使用人達と同じ様に接しない。そして、正しい意見をもらう為にも、マヘスと友達になれたらと考えていた。

 実際、マヘスと接して「友達になりたい」と心から思うことができた。

 それはほんの少しの変化かもしれないが、エルヴィラにとっては大きな一歩となった。


「エルヴィラ、こっちに来てちょっと乗ってみろ」

 いつのまにか、三輪自動車の試運転をしていたルクロドがエルヴィラを呼んだ。

 どうやらルクロドのお眼鏡に適ったらしい。


「さあ、ここに座って。足は前で揃えて。止まりたい時は魔力の流れを止めるか右足のペダルを踏めば良い。手はここだ。魔力を流せば動き出す。ハンドルを左に向ければ左に曲がれるし、右に向ければ右に曲がれる」

 エルヴィラは言われた通りに魔力を流した。ゆっくりと前に進み出す。椅子の座り心地は良く、揺れも大して感じなかった。

 ハンドル操作にも慣れ、工房をグルリと一周する頃にはとても楽しい気分になった。

 拍手で迎えられて止まると、マヘスが乗りたそうにしていた。

「マヘスも乗ってみる?」

「良いのかニャ!?」

 ルクロドの顔を見ると渋々といったように頷いた。

「良いが、くれぐれも魔力を流しすぎるなよ」

「わーいニャ!」

 

 マヘスは尻尾を振りながら椅子に座ったが、一つ問題があった。足がペダルに届かないのだ。


 しょうがないので立って乗ることにしたマヘスだったが、ルクロドの心配を他所に上手に乗りこなして見せた。


「マヘスも乗りこなせるなら何の問題もないな。じゃあこれをもらっていくぞ」

 その後、珍しく価格について揉めたが、値切った訳ではなく、材料費しか取ろうとしないマシューに加工賃や利益を乗せるよう、説教した為だった。

 結局、加工賃だけ上乗せするという事で決着した。その代わりエルヴィラが感想をレポートにして報告することになった。


 思いの外遅くなってしまったので、やはりルクロドの転移を使って屋敷に戻った。

 書店には寄れなかったが、マシューが昨年買ったという国内の旅行記を一冊貸してくれた。

 本を開くと幻影が浮かび上がり、その景色を立体的に楽しめる作りになっており、エルヴィラは夢中になって読み耽り、夜更かししてしまうことになる。






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