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4.魔法使いの実験室

 屋敷の庭は幾何学的に整えられたものではなく、四季折々の草花が自然な形で楽しめるナチュラルガーデンとなっていた。

 大人の背丈ほどの茂みが所々にあり、油断しているとルクロドを見失ってしまいそうになる。エルヴィラはドレスの裾を気にしながら歩いていたため度々遅れを取ったが、その度にルクロドは穏やかな顔を向けて立ち止まってくれていた。


「歩きにくそうだな。明日、動きやすそうな服も買おう」

 ルクロドは重そうに幾重かのタフタの裾を持ち上げているエルヴィラを見て面白そうに言った。

 エルヴィラはこのような庭を歩いた経験がなく、勝手が分からなかったのだからしょうがないと思いつつ、早く魔法を習って裾を短くしてしまいたいとも思った。


「さあ着いた。帰りは扉を屋敷に繋げるから安心していい」

 そう言いながらルクロドは小さな白壁の家の扉を開けた。


「あら素敵!」

 中は吹き抜けになっており天窓から柔らかな光が差し込んでいた。意外に広々としており、シンプルな丸テーブルと椅子が並んでいる。奥にはキッチンと、小部屋に続く扉があった。

 実験室と言うから、ごちゃごちゃとしたものを想像していたが、目で見える範囲は整然としていた。


「さあ、実験室に案内しよう」

 ルクロドは奥の扉を開けた。暗くて中がよく見えないが建物全体から推察するに、相当狭いはずの部屋だ。

 エルヴィラは小部屋に入った。途端に明かりが灯る。そこには見慣れない不思議なガラス瓶や大きな鍋が所狭しとあった。

 中はエルヴィラの推察よりももっと広く、まだまだ奥に続いているようだった。


「この部屋はクロゼットと一緒で、いくらでも広く使えるようになっている。それにしても物が溢れすぎだな……。整理しないと」

「ここは何の実験を行っているの?」

 エルヴィラが待ちかねたように尋ねた。


「ああ、主に錬金術だ。どんなものか分かるか?」

「鉛から金を作るのでしょう?」

「そうだな。元々はそれが錬金術の始まりだ。今は実際に作れることが判明したがあまりにも膨大な魔力が必要で、誰ももう研究してない。魔力を使って魔石でも作った方がよっぽど稼げるからな」

 ルクロドは笑いながら答えた。そして真面目な顔に戻り、今はこれだと透明なガラス瓶を振って見せた。


「これは何?」

「水に魔力を流して産まれる空気の一種だ。これは引火すればとてつもない威力を発することが判明している」

「引火?これは燃えるの?」

「そうだ。簡単に言えば爆発するんだ。火薬は知っているだろう」

 エルヴィラは頷いた。戦争で使用された兵器の一つだと聞く。採掘現場でも使用されているはずだ。


「あれと良く似た効果がある。火薬は調合が必要だが、水は何処にでもある。魔法使いの攻撃の道具としてぴったりだ」

 そう言ってニヤリと笑うルクロドが恐ろしく感じられたが、すぐに普段の表情に戻りエルヴィラを安心させた。

「……というのは冗談で、これは魔力に代わる動力源として注目されているんだ。明日見ることができるがこの国では乗り物も自動で動く。馬はいない。今は魔力で動かしているが、将来的にこれや他の物質を動力とする予定だ。そうすれば他国にも輸出できるからな」

 エルヴィラには難しすぎてよく分からなかったが何か大事なものだということだけは分かったので、へぇと頷いてみせた。


「俺は日中はここにいることが多い。だが、ここだけは危険だから俺の許可無しではお前も入れない。来たい時はマリアに伝言してくれれば迎えに行こう」


 エルヴィラは素直に頷いた。

「分かったわ。あまり近付かないようにするわね」

「魔導師を目指すなら是非興味を持って欲しいところだがね」

 ルクロドはそう言って笑うが、爆発などと物騒な話を聞いてしまっては、深窓の令嬢だったエルヴィラには恐ろしいものでしかなかった。


「外に出てもう一つの実験室を見せよう。そちらならお前も興味を持つかもしれない」


 外に出るとまだ日が高く、実験室の暗さに慣れたエルヴィラの目をしばたかせた。

 白壁の家の裏手に着くと、そこには大きなガラス張り温室があった。


「ここでは主に薬草を研究している。もう一つ裏手に温室があるがそちらは研究対象じゃなくて家で食すためのものだ」

 中に入ると、ジャングルのように多種多様な植物が溢れかえっていた。壺の様な形をした不思議なものや、棘の生えた禍々しいものもある。

 エルヴィラは見たこともない植物をマジマジと見つめた。


ーー美しくはないけど、ちょっと面白いかも。


「それは食虫植物だ。虫を捕らえて食う。下手に触ると指を食われるぞ」

 エルヴィラはそう聞いて両手を急いで後ろに隠した。その姿を見てルクロドがクスクスと笑う。

「まあ、触らなければ大丈夫だ。この中には棘や毒のあるものもいくつかあるから触りたければ俺に一声かけてくれ」


「薬草研究ってどんなことをしているの?」

「魔法では怪我を多少治すことができても、病気は治せないものもある。だから薬草を研究して、色々な病気に対抗するための薬や食事を見い出すんだ。大陸の東の大国カタイを知ってるか?あちらでは薬草やキノコ、虫から薬を作る研究が盛んで、この国でもその製法に関する書物が伝わっている。俺たち魔導師はそれらを読み解き、実際に薬として役立つか研究しているんだ。ここではそれだけじゃない独自の研究も行っているが」

「独自の研究?」

「……エスティマ公爵家の初代当主はアヴァロンの魔女の息子だと知ってるか」

「ええ、アヴァロンの魔女ってペンドラゴンの初代国王の異父姉でしょ。偉大な魔女、女神だったとも言われているわ」

 アヴァロンの魔女は伝説上の人物だ。ペンドラゴン王国の建国神話の一つとして語られる偉大なる女性。エスティマ公爵家はその子孫だと言い伝えられているので、全くの想像ではなく該当する人物が実在したのだろうが。


「アヴァロンの魔女は医術に長けていた。この国にはその魔導書がいくつか伝わっている。それを再現するのも魔導師の仕事だ」


ーーアヴァロンの魔女の魔導書ですって!?


 自分の中にお伽話のアヴァロンの魔女の血が流れていると知った時は興奮したものだった。その祖先の書いた物が残っているなんて想像もしていなかった。


「それ読んでみたいわ」

「原本は国会図書館で厳重に管理されているが写しは俺の部屋にある。後で見せてやろう」

「ありがとう!」

「お前が魔法に興味を持ってくれたようで嬉しいよ」

 ルクロドはそう言って本当に嬉しそうな顔をした。エルヴィラもお伽話だと思っていたことが現実に引き継がれていると知ってワクワクする気持ちを抑えることができなかった。


「ほらこれがアヴァロンの魔女の魔導書の一つだ」

 屋敷に戻るとルクロドはすぐにエルヴィラに本を貸してくれた。

 表紙には大きな鍋の絵が描かれており、中身は棒に横線が入った不思議な文字が書かれている。


「これはオームと呼ばれる古代文字だ。これを理解するためにはまず古語を学ぶ必要がある」

「ちゃんと読めるようになりたいわ」

 エルヴィラは食い入るようにその不思議な文字を見入った。所々植物の挿絵がある。きっと薬効が書かれているのだろう。


「翻訳版も売っているが、あまり国内では出回っていない。学園に入れば古語を学べるからな」

「私、来年になれば入れるのよね」

「ああ、入る気になったか?」

「まだ分からないけど……、私、ご先祖様の残した言葉をちゃんと理解したいと思うわ」

 エルヴィラはまっすぐルクロドを見てそう言った。ルクロドは頷いた。  

「では俺は全面的にお前に協力しよう。何かを学ぶことは良いことだ。せっかくアヴァロンの魔女の血と素晴らしい魔力を持っているんだ。それらを活かす道を見てみることは絶対にお前の人生において必要なことだと俺は思う」


 エルヴィラは新たな道を見つけたことが嬉しかった。王太子との婚約の道は閉ざされたが、アヴァロンの魔女の遺志を継ぐことこそ本当の自分の使命である気がした。


ーーそれに医術を学べば、お母様と同じ病に苦しむ人たちを助けることができるかもしれない。


 エルヴィラは魔導師となり医術を極めることを心に決めた。


 



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