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2.日記の中身

 エルヴィラは慎重にそれを開いた。見れば見るほど自分の日記とそっくりだと思った。

 しかし昨日書いたものと同じ記述の後もそれの中には綿々と書き記されている。


 エルヴィラは一ページずつ内容を確認していった。

 数ページは特に当たり障りない日常の情景が続く。しかし、年が明けてからの記述は思いもかけないことがいくつか記されていた。


『一月十五日 先日弟が産まれたと連絡があった。』


 弟の出産予定日は三月だった筈だ。本当なら随分な早産ということになる。


『六月八日 王太子殿下が成人された。私は来月から行儀見習いで王宮に赴く。楽しみだ。』


『七月一日 王宮で行儀見習いが始まった。他の候補者も一緒だけど、殿下は私に一番お優しい。嬉しい。』


『九月十日 弟のお披露目の為に父達が王都にやってきた。』


『十月八日 弟のお披露目があった。あの娘が聖女だなんて信じられない。』


――聖女ですって!?


 エルヴィラは驚愕した。そこからは食い入る様に日記を読み耽る。


『十一月一日 あの娘まで行儀見習いに参加することになった。』


『十二月二十日 冬至のお祭り(サトゥルナリア)だったのに、殿下はあの娘と行ってしまわれた。』


 そこからは怨嗟が続く。

 悔しい、憎らしい、あの娘さえいなければ、あの娘が目障りだ、どうにかしなければ!

 その様な記載が一年以上続いた後、最後の一行にはこう記されてあった。


『六月八日 このままではあの娘が王妃だ。伯父様だけが頼りだ。』


 伯父様とはエルヴィラの母の兄、フォレスタ侯爵のことを指すと思われた。「あの娘」とは当然リーナのことだろう。

 リーナは聖女の力に目覚めて、王太子殿下の婚約者に選ばれるのだろうか。エルヴィラはこれらの内容からそう推察した。

 しかし、日記には肝心の破滅の未来が記載されていない。


「あの、これは未来の私が書いた日記なのですか……?」

「その通りだ。俺はそれを手にしてお前を助けることに決めた」

「あの、でもこれには追放のことも狂い死にのことも書いてません」

 エルヴィラは疑問を投げかけた。


 ルクロドは一旦息を吐き、口を開いた。

「その最後の記述の後、お前は聖女殺害未遂の罪で国外追放になる。お前の伯父は結局何も出来ず、お前は自棄になって自ら妹を手にかけようとするのだ。そして、追放先で狂った上に五年後の二十歳で亡くなることになる。俺はその未来をある方法で知った」


 エルヴィラはあまりに衝撃的な内容に俄かに受け入れることは出来なかった。そもそもこの日記が本当に未来の自分が書いたものだと信じたわけではなかった。

 しかしルクロドの真剣で、何か思いつめた様な表情を見ると無碍にすることも躊躇われて黙り込むしかなかった。


「まあ、すぐに受け入れろとは言わない。まずは弟が本当にその通りに生まれるか確かめれば良い。あと数ヶ月先の話だからな」

 エルヴィラはただ頷いた。そのまま下を向くエルヴィラにルクロドは続けて言った。

「お前にとっては見知らぬ男でも、俺にとってお前は唯一の家族だ。お前のことは必ず守るし、幸せにする。魔導師になりたく無いというならそれでも良い。婚約者が欲しいなら王太子に負けない様な立派な男を用意してやる。だから安心してここにいろ」


 エルヴィラはルクロドがなぜそこまで自分に良くしてくれようとするのか判らなかった。血が繋がっているというが、ルクロドが実の父親なのではないかと疑う気にはなれない。それほどエルヴィラはエスティマ公爵と良く似ていたし、ルクロドの黒髪や緑の瞳は母方の血を思わせた。血縁というなら母方の縁者であろうと予想できた。

 

「さて、今後のことだが、この国では魔法が使えないと何かと不便だ。当面、俺が直接魔法について教えよう。一年後の九月になれば魔導学園に入学できる。魔導師を目指すならそこに入れば良い。魔導師が嫌なら家庭教師をつけるか、他国に留学して好きなことを学べ。この国でも結婚は十五歳からできるが、別に二十歳を半ば過ぎても問題はない。もちろん結婚しなくてもこの国でなら幸せになれる。誰も他人の結婚にとやかく言う奴はいないからな」

 俺も結婚していないしな、そう言ってルクロドは柔らかく笑った。ルクロドがエルヴィラを見る瞳は常に優しかった。愛しい者を慈しむ様な暖かさが感じられる眼差しだった。


――この人は本当に私を幸せにしてくれようとしているんだわ。


 理由は判らないがエルヴィラはそれだけは信じられた。


「エルヴィラ、この屋敷が今日からお前の家だ。不自由なことがあるなら俺かマリアに遠慮なく言ってくれ。それから一つお願いなんだが……」

 ルクロドは一瞬言い淀む様に言葉を切った。エルヴィラは首を傾げて言った。

「何でしょう。何なりと仰って下さい」

「……呼び名なんだが、俺のことはルクロドと呼び捨てにしてくれ。敬語もいらない」

「?養女になったならお義父様とお呼びした方が良いのではありませんか?」

「いや、頼むからそれだけはやめてくれ……」

 ルクロドは弱った様に眉を顰めた。名前呼びはともかく、目上の人物に敬語を使わないなど躊躇われたが本人が望むならしょうがないとエルヴィラは頷いた。

「……わかりました、いえ、わかったわ。ルクロド、今日からよろしくね」

「ああ、ようこそカールマン屋敷へ。こちらこそよろしく」

 ルクロドはそう言ってとても嬉しそうに笑ってみせた。エルヴィラはその顔を見て釣られた様に微笑んだ。エルヴィラが笑顔を見せたのは実に数年ぶりだったが、本人もそんなことは気付いていなかった。


その後、特に会話する事なくお茶とお菓子を楽しんだ。随分時間が経っていたはずだがお茶もお菓子も温かいままだった。


――これも魔法なのかしら。


 エルヴィラは少し魔法に興味が湧いた。ペンドラゴン王国では魔法は非常に珍しいもので、王宮の魔導師団ぐらいにしか魔法使いはいない。

 魔力がある者は基本的にマーリン公国にて魔法を学ぶことになっている。卒業したら何処かの王族に仕えるか、公国に残り研究に勤しむのが魔導師というものらしい。


――魔導師か……。


 自分にどれだけ才能があるか判らないが、目指してみるのも面白い気がした。どちらにしろ他に望みもない。婚約者もすぐに欲しいとは思わない。王太子に負けない様な立派な男性が本当にいるとも思えなかった。


「さて、落ち着いたなら屋敷の中を案内しよう。魔導師の屋敷は色々と勝手が違うだろうからな」

「ええ、お願いするわ。この屋敷は他に人はいるの?」

「いや、人はお前と俺の二人だけだ」

「あらマリアがいるじゃない。通いなの?」

「ああ、マリアは人間じゃない。自動人形(オートマタ)だ」


 自動人形(オートマタ)?初めて聞く言葉にエルヴィラはしばし停止した。


「自動人形を聞いたことがないか?公国では使用人や兵士は全て自動人形かゴーレムだ」

「マリアは人形なの?」

 確かに人ではない様な気がしていたが、まさか人形だとは思わなかった。

「ああ。だがマリアは魔神が入っているから普通の人間と同じように会話もできるし機転も利く。感情はある……が、まあ魔神だからな。人間とは大分感覚が違うが」

「魔神が入っていない自動人形もあるの?」

「ああ、ある。魔法使いの魔力で動かすものや、魔石を動力源にしたものだ。そういったものは感情がないし単純な作業しかできないがな。そうだ。明日お前用の自動人形を買いに行こう」

「私専用!?」

「マリアは魔法が使えるし、遠くにいても呼べば来るが、俺の用事と重なると不便だからな。護衛にもなるし、ちょうど良い。公爵家ではどうだったかしらんが、ここではお前は自分の行きたい所に行きたい時に行って良い。ああ、もちろん俺に連れていって欲しい所があるなら遠慮なく言え。何処でも連れて行ってやる」

「何処でも?」

「街でも、美術館でも、観劇でも、サーカスでも、図書館でも、旅行でも良いぞ。他国でも行きたい所があるなら言ってくれ」

 何て魅力的な申し出だろう!エルヴィラの今までの生活は王都の公爵邸が九割で、自領にさえも数度しか行ったことはなかった。


「じゃあ、街を歩いてみたいわ。旅行も行ってみたい」

「では、明日は街を案内しよう。本屋に行って旅行記も見繕うか。最新の観光地の情報を仕入れよう」

「嬉しい!とても楽しみだわ!」

 エルヴィラは、カールマン屋敷での新しい生活がすっかり明るく希望に満ちたものに思え、心からの笑顔が溢れ出した。

 それを見てルクロドも同じように笑顔になった。


「さあ、では先ずは屋敷の探検に出掛けよう」

 ルクロドは立ち上がってエルヴィラに手を差し出した。エルヴィラも立ち上がってその手を取った。

 

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